暁の地平線(仮)   作:白えび

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プロローグ

--妖精を見たことがある。

 

今にして思えば、これを友人に言ったのが間違いだったのだろう。

横須賀鎮守府(よこすかちんじゅふ)の司令長官室で、男はそのようなことを考えていた。

船や女性の形をした、人ならざるモノ。深海棲艦と呼ばれる彼女らが日本近海に攻め寄せてきている中、人類の味方である艦娘。特にその司令官たちにとって、彼は喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。

 

妖精たちを見ることができる。

 

彼は提督としての教育も受けていないにもかかわらず、ただそれだけの特徴で最重要人物となった。

 

6年前。彼はまだ中学生だったころに、ふと妖精を見かけた。

深海棲艦と艦娘の戦闘も激化していたころだったが、少なくとも日本近海の制海権は取れていた。そのため、海岸線に沿って歩くのが彼の日課だったのだ。

日課の散歩中、砂浜に妖精が打ち上げられていたのを発見した彼は、慌てて近寄った。

 

当時小人と人間が共存するという内容の映画が流行していたこともあり、子供の純粋な心で、

「小人は実在したんだ!」と思って、けれど信じられなくて、とにかく近寄って見てみたいと思ったのだ。

 

しかし彼はその妖精に近くに寄って、抱え上げた時にはっとした。

あまりに姿がボロボロだったのだ。割れたゴーグルや水を吸って重くなったコート、そして何より、その妖精さんの額からうっすらと赤い血がにじんでいた。そこからは子供ながらに心配したのを覚えている。

決して落とさぬように手をおわん型にして妖精を抱え、家に向かって走り、義理の母親に妖精さんを見せた。

幸いにも母親が妖精さんを見ることができたので、嘘つき呼ばわりされることや奇妙な子だと言われるようなことは無かったのだが、何しろ小人に関する知識なんて無かったので右往左往していたのを覚えている。

 

しかし彼の母親はてきぱきを作業をこなし、不思議な液体を妖精の傷に塗ってガーゼを巻いた。

彼が、

「その水は何?傷薬?」と不安と手持無沙汰の余りじっとしていられなくて尋ねるも、

「いいから私に任せて、落ち着いて座っていなさい」

「ごめんなさい、座ってます」

とぴしゃり。

 

そして終わった後には、

「後は放っておきなさい」と言い残して、救急箱を持ってどこかへ行ってしまった。

いや、ふすまの近くで「ああ、そうだ」と何かを思い出して、

「このことは誰にも言わないことね」と。そう言い残し、今度こそどこかへ行った。

 

それからの妖精さんの回復は早かった。翌日に目覚めた妖精さんは、数日後にはガーゼで作られた布団から起き上がれるようになり、それからさらに数日後には母親と一緒に出て行った。

今にして思えば、母親は彼を妖精に近づけまいとしていたのだろう。だからこその不器用な

「誰にも言わないことね」

だったのだろうし、何も言わずに妖精を連れて出て行ったのだ。

 

 

 

6年後の今、このような事態になるのを防ぐために。

清瀬 渡(きよせ わたる)。君を新しい鎮守府の提督に、任命する」


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