朝食を終え、ベルに部屋の鍵を渡して宿屋を出る。
早速だがしくじった。あの老爺に冒険者ギルドの場所を聞いておけばよかった。まぁいい、街を見回った時それらしい建物には目をつけてある。間違って前のような高級店に入りさえしなければきっと大丈夫だ。これは決してフラグではない。
訳の分からない自己答弁をしていると、背後の扉、つまり宿屋の扉が開く。そして聞こえてきたのは若く元気な声だった。
「あ、あの!」
その正体は予想通り、食堂にいた初心者三人組のうちの一人の、ハツラツとした、オレンジ髪で短髪の少女だった。なんだ、朝食の時に暴れた文句でも言われるのだろうか。あの件に関しては俺が悪いし、それを言われたら謝るほかないのだが。
少女はつづける。
「これから冒険者ギルドに行くんですよね。私達もついて行っていいですか?」
「え?」
予想外の言葉に驚きつつも、よくよく考えてみればそれもありかもしれない。ギルドにいる職員や、他の冒険者に子供と揶揄され話が進まないのは面倒だ。どこかのパーティメンバーに見られていればまだマシだろう。
冒険者の集う場所には必ずと言っていいほど一人は荒くれ者のような馬鹿がいる。魔除け代わりに来てもらおう、そうしよう。
「ダメですか?」
「……分かったよ。ただし、俺は場所を知らないんだ。ギルドまで連れて行ってくれ」
「はい、分かりました!あぁ、名乗り遅れました、私はエブリンといいます。こっちはアルで、後ろにいる子がクレアです!」
エブリンが順に隣の青年と、後ろでコソコソと隠れている少女を指す。クレアの方は言わずもがなだが、アルもどこか気弱そうで覇気がない。エブリンが仕切っているのは彼女にしか出来ない役目だからだろう。
「俺はレオだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします、レオさん!」
エブリンは元気だが声量をもう少し調整してほしい。仕方ない、ギルドまでの道のりだけだから我慢しよう。
ギルドまで歩く中、朝食の時の件を色々と質問された。あの鎌や烏はどこから出したのか、どうしてあの大鎌を使えるのか、何故あんなに強くてこれまで冒険者にならなかったのか等々、あまり手の内を明かしたくもなかったので適当に流しておいた。
それでも律儀に話を聞き続けるエブリンに少しの罪悪感を覚えながらも、ようやくギルドに辿り着く。
エブリンはその両開きの木製扉の前に立つと、それを勢いよく開け放った。悪目立ちしなければいいが……。
そのままつかつかと入っていくエブリンに続き、ギルドへと足を踏み入れる。
「おぉ、エブリンちゃん、今日も元気だねぇ!」
「クエストはクリア出来たかい?手伝いが欲しかったらいつでも言ってくれよ!」
「エブリンちゃんにオススメのクエストがいくつかあるぞ。見ていきな」
「よっ、今日もいいお腹だね!」
そんな声が辺りから飛び交う。顔が知れてる、というかかなり心配されてる?どちらにせよ愛されてるようだ。最後のはただの変態だが。
「あれ、今日は見慣れない子供を連れてるんだね。迷子かい?」
「あ、いえ、この人は冒険者希望の方で、ここまで案内したんです!」
「はー、エブリンちゃんも十分若いが、まだ学生でないのかい」
だんだんと視線がエブリンから俺へと移っていく。この世界では何歳までが学生をするのかは分からないがとりあえず子供に見られているのは分かる。だが、不思議と歓迎されているような気がするのはここにいる人達の人柄のおかげか。
子供だからと舐めてかかる人は居らず、どちらかと言うと自分を心配するような目線を送ってきている。
そんな目線に晒されながらも俺はギルドの奥へと歩いていく。こぢんまりとした受付の前に立つと、受付にいた男は営業スマイルで俺に話しかける。
「冒険者ギルドへようこそ。何か御用ですか?」
ゲームのテンプレート台詞のような言葉を実際に聞くと笑ってしまいそうになるが、ぐっとこらえる。マニュアルとかあるんだろうから馬鹿にしてはいけない。
「冒険者登録を。それと、この手紙を渡すといいと言われたので渡しておきます」
「かしこまりました。ナンバーカードをお預かりしてもよろしいですか?」
ポケットから老爺から貰った手紙を、影からナンバーカードを取り出し受付の男性の前に置く。一瞬男性の顔が強ばったような気がしたが、気のせいだろう。手紙とカードを持って奥へと歩いていった。
数分後、慌てた様子で男性が戻ってくる。
「手紙、拝見致しました。どうぞこちらへ」
案内されたのは受付の奥。うん、この展開はよくあるやつだ。今からギルドマスターとご対面ってことか。あの爺さん何者だったんだ?
エブリンがキラキラとした目でこちらを見てくる。連れていけということだろう。案内してもらったこともあるし仕方ない。
「エブリン達を入れても?」
「はい、お連れの方もご案内するよう仰せつかりましたので」
その言葉を聞いて、エブリン達と共に奥へと入っていく。奥にある扉は少し頑丈そうな造りをしている。
受付の男性はその扉を開け、入るように促す。ここまで来て引き返す理由もないので開けられた扉をくぐる。
部屋に入ると、奥のデスクに坊主頭だが顔立ちの整った、引き締まった体の男が一人神妙な面持ちで座っていた。
「初めまして。冒険者ギルド、ギルドマスターのマーカスです。セオドア様からの手紙、拝見致しました。内容は貴方にある依頼をする事と、その報酬の詳細でした」
はぁ。
セオドア、というのがあの老爺の名前なのか。また、様付けだ。偉い人なのは確かだな。
俺に何を見出したのか、ある依頼、しかもギルドマスターが出張ってくるような依頼をしたらしい。
うん、悪い予感がする。セオドアという老人がどんな立場にあるのかは分からないが確実に面倒事だ。あまり首は突っ込みたくない。とはいえ報酬も出るらしいしそれ次第では考えなくもない。そもそもの目的は資金稼ぎだし。とりあえず報酬内容と依頼内容が釣り合うかの確認が先決かな。
「詳しく教えてくれ。セオドアという人からはその手紙を渡せばいいとだけ聞いていて、何も知らないんだ」
「はい、手紙にも事情を詳しく説明するよう書かれていましたので把握しております」
そこら辺はきちんと気を遣ってくれたらしい。いや気を遣うなら事前に言っておいてくれと思うが。
「ではまず依頼内容ですが、町より南にある森の調査となります。この件は領主であるアレクシス様と我々の部隊で進めていたのですが、貴方に一任するように、と書かれていました」
うん、いくつか驚かせてくれ。
まず嫌な予感は的中した、完全な厄介事だ。
マーカスと言う名前に多少聞き覚えがあったが、そうだ、アレクの家で聞いたんだ。南の森の件で合点がいった。
そして、この町の主力である冒険者ギルドと領主のアレクが共同でやっている調査を冒険者ですらない、初対面の俺に一任?あの爺さんは何を考えてるんだ。
「報酬は調査終了後に本人に聞くこと、と」
ダメだあの爺さん完全にいかれてやがる。
重要な任務を任せた挙句報酬は俺に聞く?一体俺はあの爺さんにどれほどの事をしたんだ?目の前で暴れただけ、なんなら野蛮人ととられてもおかしくない事しかしてないぞ。
仕方ない、ここは断った方がいい。調査だけでそんな報酬が出るはずがない。絶対に俺の手に負える話じゃない。
「すまないが、この件は……」
バンッ!
ギルマスの部屋の扉が強く開け放たれ、この場にいた全員の視線が扉の奥にいる人物に集まる。
筋骨隆々だがそれに似つかわしくない豪華な装飾の施された衣装を纏い、汗だくになっている男。アレクだ。