斯くして比企谷八幡は仮想現実にて本物を見つける。 作:ぽっち。
《ソードアートオンライン》通称SAO。
次世代のフルダイブMMORPGとして発売されたそのゲームはHPがゼロになると、現実世界でも死んでしまうというそんなデスゲームになってしまった。
そんなデスゲームが始まり、1ヶ月の月日が流れていた。
普段なら年末やクリスマスが近づき、世間ががやがやし始める時期。
しかし、俺たちSAOプレイヤーはそんなのに浮かれるような心理状態ではなかった。
1ヶ月。
それだけの月日を費やしても未だに、第1層はクリアされていないからだ。
そして、このゲームの犠牲者は2000人を超えた。
「んで?現状はどうなってんだ?」
「ハー坊に言われた通り、ガイドブックは作成して道具屋とかで無料配布してるゾ。お陰でビギナーの死亡率はだいぶ下がったみたいダナ。」
俺は現在、第1層のトールバーナーという街にある広場の隅っこに置いてあるベンチに座っている。
俺が話しかけたのは情報屋と呼ばれるプレイヤー。
名前はアルゴ。
少し男勝りな話し方と顔の髭のようなボディペイントが特徴だ。
ちなみにハー坊というのは俺のことを指している。
そのあだ名のネーミングセンスは由比ヶ浜にも劣らない残念さだが言及したところでこの手のタイプは呼び方を早々に変えたりはしないのですでに訂正は諦めている。
彼女との出会いは数週間前にまで遡る。
一つのミスが死に繋がるSAOで必要になってくるのは情報だった。
そこで俺は一つの事を思い出した。
ベータテスター時代に情報屋紛いのことをしていた変な奴が居たことを。
名前だけは知ってはいたが面識はなかった為、アスナとともにレベル上げついでに奇妙な噂がある所に徹底して張り込みをさせてもらった。
ちなみに妙な噂というのは『ログアウトできる場所がある』などだ。
そして噂を確かめに来たアルゴと鉢合わせて、情報屋との繋がりを得ることができた。
そして俺は未だに《始まりの街》を出れていないビギナーの為に簡単なガイドブックの作成を依頼した。
アルゴも必要と思っていたようで、すんなりと受け入れてくれてアルゴを主体に俺も手伝う形でガイドブックを作ったのだ。
現在はアルゴが上手くいってるかどうかの確認と定期連絡のためにここにいる。
「ベータテスターの方はヤバイかナ。もう300人ほど死んでル。」
「なんだと?」
俺の知る限りだとベータテスターは1000人居たはずだ。
それが1ヶ月で300人。
現在の死亡者の10%以上を占めているのだ。
「・・・・理由は、β版との情報の差異か。」
「その通りダ。・・・・だが、お陰で正しい情報も手に入っタ。彼らの死は無駄ではなかっタ。」
俺たちベータテスターは第8層までの攻略法の知識は多少なりとも持っている。
しかし、その情報こそが死に繋がっている部分も少なからずある。
その情報を頼りに攻略をしていたテスター達は製品版に移行する際にできた変更点に対応しきれず、死に至ったのだ。
少し気を病むような会話の後、数秒の沈黙が流れる。
「・・・・アルゴ、一つ聞いていいか?」
「ん?なんダ?」
「なんでお前はベンチに座らず、後ろに立ってんだ?」
アルゴは現在、俺がベンチに座っているのにも関わらず後ろに立ち、背もたれに軽く体重を乗せているような姿勢をしている。
何?俺の隣に座るのは嫌ってこと?
そんなの小学生の時に言われ慣れたから大丈夫だから、素直に言ってごらん?
「あー・・・・こうやってると情報屋っぽくてカッコいいダロ?」
「あっそ・・・・。」
こんな状況下でもロールプレイができるというアルゴの精神力に少し尊敬し、若干呆れながら俺は呟く。
いや、ロールプレイでもしなければ精神的な余裕が生まれないのだろう。
変な奴だと思っていたが・・・・まぁ、始まって1ヶ月しか経ってないこのゲームで情報屋としてすでに行動している時点で変だが。
「あと、これから最新版のガイドブックを配布するゾ。」
「・・・・第1層ボスについてか?」
「あぁ。オレっちの情報によれば、前線で潜ってるパーティーのひと組がボス部屋を発見したらしい。」
「やっと・・・・か。てか、情報が早いことで。」
「情報屋はこれくらいの情報を集めるのは朝飯前ってわけサ。これから攻略会議が始まるらしいし、ハー坊も行ったらどうだ?」
「そうだ、な。ここで立ち止まるわけにも行かないからな。・・・・アルゴ、一つだけ最新版のガイドブックに書き足せるか?」
「安心してくれ、β版の情報ということは念押ししとくヨ。」
「助かる。・・・・じゃあ、俺はアスナ待たせてるからそろそろ行くわ。」
俺はそう言って重い腰を持ち上げる。
「ムム?このアルゴお姉さんというものがありながら、他の女の子とデートとはどういう了見ダ?」
そう言ってアルゴは俺の腕に抱きついてくる。
故意か無意識か、いや絶対に前者だろうが、アルゴが分かりやすく少し膨らんでいる丘を押し付けてきている。
「お、お姉さんとか、お前俺と年齢近いだろ。」
少し吃りながら俺は軽く目を逸らす。
八幡は思春期ですが、戸塚というものがあるのでそんな攻撃効きません。
アルゴって絶妙にあざといんだよな。
どっかの後輩ほどでは無いが、思春期男子の心を絶妙に擽ってきやがる。
なに?俺のこと好きなの?八幡、勘違いしちゃうよ?
だが、不屈の精神力を持つ俺は違う。並みの男子だったら、惚れてたね。
プロのぼっちとして鍛え上げられた俺の精神力にかかればーーーーあ、あの、動かれると少し八幡の八幡が元気になっちゃうのでやめてくれませんかね?
てか、いい匂いするし、変なところを忠実に再現しなくていいよ茅場晶彦さんありがとう。
このゲーム内で初めて茅場晶彦に感謝したプレイヤーであろう俺の後ろから突如として修羅のような殺気を感じ取る。
「ーーーーハチくん?」
「んぁ!?アスナ!?」
突然、目の前に現れたアスナに俺は驚いて変な声を出してしまった。恥ずかしい。
「アーちゃん、久しぶりダナ!」
「こんにちは、アルゴさん。・・・・それより、なに?この状況?」
アスナさん?なんだか怖いんですが、俺に分かりやすいように説明していただきますかね?
「・・・・ただの情報交換だ。」
「ハー坊とオレっちの逢引的な?」
「おい。」
これ以上、話をややこしくするな。
圏内だから安心して吹っ飛ばせるから、覚悟しろ。
「・・・・へぇ、情報交換って腕に抱きついてもらわないとダメなんだ?」
アスナの絶対零度!!
効果はばつぐんだ!
八幡は力尽きてしまった!
いや、力尽きちゃうのかよ。八幡のHPはまだMAXだよ。
「・・・・むー。」
なんだか悔しそうな、羨ましそうな目でアスナがこちらを見てくる。
なにこの可愛い生物。
戸塚並みの天使じゃねぇか。
いや、それは言い過ぎた。
戸塚は全人類の中での希望だ。
天使なんて言葉じゃ片付けられないほどの神をも超越した存在なのだ。
「また、変なこと考えてるね。」
「そ、そんなことないぞ・・・・?」
図星を突かれ、おどおどしてしまうが話を戻そう。
「と、とりあえず、アルゴは離れろ!」
そう言って俺は抱きついていたアルゴを引き剥がした。
てか、こいつアスナが来るのを分かっててこんな事したな?
あとで俺の必殺、片手剣ソードスキル50連撃(嘘)を喰らわせてやる。
「あとは若い者に任せるとしますカ。ゴユックリ〜。」
そう言って、場をかき乱すだけかき乱してアルゴは人ごみの中に消えていった。
「・・・・ハチくん。」
「は、はい?」
「・・・・はぁ。まぁいいや。攻略会議、行くんでしょ?早く行きましょう。」
「わ、分かりました。」
俺はベンチを立ち上がり、攻略会議が行われる広場に向かった。
◆
「・・・・お兄ちゃん。」
お兄ちゃんがSAOに囚われて、1ヶ月の月日が流れた。
私は現在、千葉市内にある大きな総合病院に来ている。
お兄ちゃんは、まだ生きている。
「・・・・。」
一言も発する事はなく、私は眠っているお兄ちゃんの手を握る。
「女の子待たせるなんて、小町的にポイント低いよ・・・・。」
1ヶ月という月日が流れて、死んだプレイヤーの数は2000人を超えていた。
月日が経つごとに死亡者数は増える一方だ。
最初の頃はニュース番組などで引っ切り無しに報道されていたようだが、当事者ではない世間一般では興味がなくなった話題なのだろう。
報道関係者の取材なども無くなりつつあった。
小町は現在、学校へ行った後にはこうしてお見舞いに毎日のように来ていた。
お兄ちゃんが聞いたら『受験生なんだから、勉強しろ。』と言われるだろう。
しかし、精神状況を鑑みるにとても勉強出来るような状況ではなかった。
何度、目を覚まさないお兄ちゃんの姿を見て涙をこぼしたか。
何度、このまま目を覚まさないのではないかと思ったか。
コンコン
最近緩くなってしまった涙腺が再び決壊しかけた瞬間、病室がノックされる。
私は慌てて涙を服の袖で拭き取り、返事を返す。
「どうぞー。」
「失礼します。・・・・やっぱり、居たのね小町さん。」
私の姿を確認して、雪乃さんは軽く微笑んだ。
後ろには結衣さんの姿も確認できる。
奉仕部の二人はお兄ちゃんがSAOに囚われてからほぼ毎日のように来ている。
「やっはろー、小町ちゃん。」
「雪乃さん、結衣さん。また来て下さったんですね。」
私は慣れた手つきで椅子を取り出し、二人に座るように促す。
二人は軽く私に礼を言って座り、お兄ちゃんをジッと見ている。
「・・・・今、もしかしたら比企谷くんは命を懸けた戦いをしているかもしれないのね。」
「そうです、ね。でも、今は違うと思いますよ?」
そう言って私はお兄ちゃんの心拍数や血圧などのバイタルが映し出されているモニターを見る。
今の現状、かなり落ち着いたバイタルをしている。
小心者で臆病者なお兄ちゃんならフィールドに出ているだけで心拍数や血圧がかなり上昇する。
「たぶん、圏内に居るんだと思います。圏内だったらモンスターに襲われたり、プレイヤーに攻撃されたりしませんから。」
「小町ちゃん、詳しいんだね。」
「お兄ちゃんに貸してもらってちょこっとだけやったことあるんですよ。・・・・こんなことになるとは思わなかったですけどね。」
遠い目をしながら、私はお兄ちゃんを見つめる。
規則正しい寝息のような息遣いが静寂な病室に木霊する。
息苦しいさを感じさせる沈黙を最初に破ったのは結衣さんだった。
「・・・・ゆきのん。私、決めたよ。」
「今の由比ヶ浜さんでは、難しい道のりよ?」
「分かってる。でも、何もせずにうだうだしてたらそれこそヒッキーに笑われちゃう。」
決意を宿した目をすふ結衣さん。
いまいち話が読めてこない。
「・・・・結衣さん?」
「あっ、小町ちゃんは知らないもんね。・・・・私、看護師になろうと思うの。」
「看護師に、ですか?」
「うん、ちゃんとヒッキーが帰ってきた時に近くで支えてあげたいから・・・・。」
小町にだって看護師になること言うことがどれだけ大変かなんて分かる。
それでも結衣さんは立ち止まる事はせず、お兄ちゃんが必ず帰ってくると信じて目標に向かって覚悟を決めたんだ。
「・・・・凄い、ですね。小町なんて、受験が近いのに何にも手がつけれないんです。分かってるんですよ?お兄ちゃんはそんなこと認めないだろうって・・・・。」
俯き、私は涙を浮かべる。
私の受験が失敗したらお兄ちゃんは自分を責めるに違いない。
そんな事は分かりきっているのに、圧倒的な無気力感が小町の動きを阻害する。
すると、結衣さんが後ろからそっと抱きしめてくる。
「分かってると思うけど、ヒッキーはそんなこと許さないと思うよ?・・・・絶対に自分を責めるに決まってる。だったら、ヒッキーを見返してやるくらいの気持ちで頑張らなきゃ。」
「分かってるんですよ・・・・でも――――「甘えないで小町さん。」――――え?」
「ゆきのん?」
雪乃さんは少し冷たい声で言う。
「貴女がこうやってグズグズしている間にも比企谷くんは死んでしまうかもしれないのよ?・・・・あの人は今、命を懸けて戦ってる。きっとそれは貴女に再会するためよ。あのシスコンは妹のためなら命を張る人間よ?・・・・今ここで貴女が折れれば、今も頑張ってる比企谷くんは報われないわ。」
「雪乃さん・・・・。」
これは雪乃さんなりの激励なのだろうか。
それを理解してか、結衣さんは若干の苦笑いを浮かべつつ、そのあと優しく微笑んだ。
雪乃さんの言うことは確かに正論だ。
しかし、一言で片付けれるほどの簡単な問題ではないのは確かだ。
なら、せめて、お兄ちゃんが帰ってきたときに褒めてもらえるように。
頑張ったって笑って迎えれるように。
「・・・・小町が間違ってました。お兄ちゃんが帰ってきたときに笑って迎えれるように。小町は頑張ります。」
お兄ちゃん、私も雪乃さんも結衣さんも待ってるんだよ?
だから、こんなクソゲー早く攻略してよね?
◆
アインクラッド第1層、迷宮区手前の街《トールバーナ》
町の中央付近に位置する広場には半円状の石造りの舞台のようなものが設置されている。
その客席の端っこに俺とアスナは腰を掛け、辺りを見渡す。
「・・・・意外と来るもんなんだな。」
「そうね。・・・・みんな、早く帰りたいのよ。」
俺の視線の先には俺たちと同じように石積みの客席に腰をかける数十名のプレイヤーたち。
身につけている装備だけでもレベルの高さが伺える。
現時点では間違いなくトッププレイヤーなのは間違いないだろう。
「40人くらいか?・・・・正直多いかどうか分からんな。」
「ハチくんはβ版の時にボス攻略してないの?」
「ボス攻略はレイドが基本だろ?・・・・俺は基本的にソロプレイだったから、パーティ組んで戦うボス攻略はして無かったんだよ。」
そもそも今だにパーティなんて組んだこともなければ組み方も知らない。
そのため、アスナとすらパーティを未だに組んでいない。
「なるほどね。引きこもりでぼっちのハチくんには難しかったってわけね。」
「ぼっちは肯定するけど、引きこもりではない。たぶん。」
俺は引きこもりではない。
学校には行ってたし、休みの日にはたまにだが本屋にも買い物を行っていた。
ほら、引きこもりじゃない。
しかし、たぶんと付けてしまうところで俺の中でどこか引きこもりを肯定している部分があるのだろうか?
「あ、始まるみたいよ?」
アスナの指摘により変な方向へと向かっていた思考を元に戻す。
舞台の中央には盾と片手剣を装備した1人の男性プレイヤーが居た。
「みんな!今日は集まってくれてありがとう!俺はディアベル!職業は、気持ち的にナイトやってます!」
そんな自己紹介に周りのプレイヤーは「ジョブシステムなんてないだろー」などと言って 笑いが生まれる。
このやり取りだけでコイツがリア充ということはよくわかった。
アレだ、劣化版葉山だな。
絶対にコイツとはウマが合わない。
一頻り笑いが起こったところでディアボロス(名前はすでに忘れた)は表情をキリッと変える。
「先日、俺たちのパーティが迷宮区でボス部屋を発見した。」
プレイヤーたちの間に緊張が走る。
この場にいるプレイヤーたちは息を飲んで続く言葉を待った。
「このデスゲームが始まって1ヶ月・・・・。少しづつだけど俺たちは前に進んでいる!ここでボス攻略をしてこのデスゲームにも終わりが来ることを始まりの街で待ってる皆に教えてやろうじゃないか!」
ディアブロ(仮名)がそう言って拳を力強く突き上げる。
それに合わせて広場にいたプレイヤーたちは歓声をあげる。
俺?俺は恥ずかしいから無言を貫いてます。
「よし、それじゃあ早速攻略について――――「ちょお、待ってんか!!」」
少し癖のある関西弁がディなんとかさんの話を遮る。
そして、客席を「ほっ、ほっ」というかけ声とともに降りて広場の中央に1人の男性プレイヤーが躍り出た。
なんだよあのモヤっとボールみたいな髪型は。
「ワイはキバオウってモンや!」
強烈な登場の仕方で周りの注目を集めたキバオウというプレイヤー。
俺はそれよりあの金平糖のような髪型がどうも気になる。
なんていうか、茅場晶彦は何を思ってあんな髪型を設定に入れたのか言及したくなるレベルだ。
「会議を始める前に、ワイはこの場で言っとかなあかんことがある!」
そう言ってキビダンゴ(仮名)は剣幕な様子で話しを切り出した。
「こん中に、今まで死んでいった2000人の人間に詫びいれなあかん奴らがおるはずや!」
マキバオー(仮名)はそう言ってあたりのプレイヤーに睨みを効かせながら見渡す。
「キバオウさん、それはベータテスターの人たちのことかな?」
神妙な顔つきでディなんとかさんはキバなんとかさんに尋ねる。
「そうや!β上がりどもはこんクソゲーが始まった時にワイらビギナーを見捨てて始まりの街から消えやがった!そん時、ボロいクエストや狩場を独占して、ビギナーのことは御構い無しや!こん1ヶ月で2000人も死人が出たんは、全部β上がりどものせやろがい!」
モヤっとボールが言うのもあながち間違いでは無かった。
現在、このSAOが始まってベータテスターとビギナーには何とも言えない確執があるのは確かだ。
モヤっとボールが言う通り、そういう行動をとったベータテスターも居る。
しかし、彼ら全てがそういうわけでは無かったのだ。
俺を含め、アルゴなどの元ベータテスター達は情報を共有し、ビギナーたちに配布をしていた。
「こん中にもおるはずや!β上がりの奴らが!ここでそいつらに詫び入れさせて、溜め込んだ金とアイテム吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命を預けれんし、預かれん!」
その発言により、あたりのプレイヤーは疑心暗鬼になり、お互いを疑うように確認する。
険悪なムードが漂う。
俺は思わず手を挙げていた。
「・・・・発言、いいか?」
俺の声に反応して周りのプレイヤーは俺の方に注目する。
あんまり注目しないでくれますかね?
俺は咄嗟に隣にいたアスナのフードを深く被らせ、モヤっとボールを渾身の視線でギロリと睨む。
「なんや、おま、え・・・・。」
俺の腐った目をみて少し身を引くモヤっとボール。
そんなに威圧的な目なのかね?
「ハチってモンだ。・・・・オマエが言うことは攻略を遅らせてるってことになるが・・・・つまり、俺たちの敵ってわけだ。」
「そうは言っとらんやろ!ワイはここで詫び入れてもらわな、命を預けれんって言ってんねん!」
「関係ないだろ、攻略に。それに経験者であるベータテスターを攻略から外して、なんの得になる?戦力削って攻略が遅れて、俺らが死んだらお前が詫び入れてくれるのかよ。」
「うぐっ・・・・」
コイツの言うセリフには所々私利私欲が満ちている。
一見正論に聞こえる戯言で周りの空気を利用して得しようとしているだけの偽善者。
だが、それとこれは別だ。
論点をずらし、攻略を遅らせることに関して俺は許すわけにはいかない。
「大体、情報はあっただろ。宿屋や道具屋に無料配布してるガイドブック・・・・これに助けられたビギナーは多かった筈だ。さらにこれを作成したのは元ベータテスターたちだ。アイツらが命を懸けて作ったものだ。」
何も言えなくなっていくモヤっとボールをギロリと睨み、俺は話を進める。
「情報があったのに死んでいった奴の責任までベータテスターに押し付けるのか?そんなの、死んだ奴らの責任だろ。そいつらに詫びを入れろっていう名目でアイテムや金を手に入れて自分は楽しようって魂胆か?どちらにしろ・・・・お前が言ってることに正当性はねぇよ。俺はもっと建設的な話ができると思って来たんだが・・・・お前みたいなのに命を預けるなんてこっちから御免だ。」
俺はそう言って腰を下ろす。
さっきより気まずい空気が辺りを漂う。
モヤっとボールは論破されてしまったからか、項垂れて近くの客席に腰を下ろした。
席に座ったモヤっとボールを視線で確認したディなんとかさんが再び口を開く。
「えーっと・・・・じゃあ、仕切り直して、これから攻略会議を始める!まずは皆、6人パーティを組んでくれ!」
一難去ってまた一難。
ぼっちに対して最悪と言ってもいいほどのセリフが吐かれた。
◆
「そうや!β上がりどもはこんクソゲーが始まった時にワイらビギナーを見捨てて始まりの街から消えやがった!そん時、ボロいクエストや狩場を独占して、ビギナーのことは御構い無しや!こん1ヶ月で2000人も死人が出たんは、全部β上がりどものせやろがい!」
キバオウと名乗るプレイヤーはそう叫んで俺たちをギロリと睨み回していた。
俺には・・・・心当たりがあった。
始まりの街で出会ったクラインというプレイヤーを俺は置いていったのだ。
このデスゲームが始まり、自分が生き残る為とは言えクラインを見捨てて次の街に走った。
そのせいか、あのキバオウというプレイヤーが言うことがどうしても自分のことを言っているようで心を締め付けられる。
「・・・・発言、いいか?」
俺から数メートル離れた二人組の1人が手を挙げて立ち上がる。
SAOでその再現率はすごいとしか言えないような目が腐った男性プレイヤー。
「ハチってモンだ。・・・・オマエが言うことは攻略を遅らせてるってことになるが・・・・つまり、俺たちの敵ってわけだ。」
「そうは言っとらんやろ!ワイはここで詫び入れてもらわな、命を預けれんって言ってんねん!」
「関係ないだろ、攻略に。それに経験者であるベータテスターを攻略から外して、なんの得になる?戦力削って攻略が遅れて、俺らが死んだらお前が詫び入れてくれるのかよ。」
「うぐっ・・・・」
暗く、陰湿な声でキバオウを次々と捲し上げる。
彼はベータテスターを擁護しながら、自分にヘイトが集まるようにワザと強い言い方をしている。
恐らく、彼もベータテスターなのだろうか。
「情報があったのに死んでいった奴の責任までベータテスターに押し付けるのか?そんなの、死んだ奴らの責任だろ。そいつらに詫びを入れろっていう名目でアイテムや金を手に入れて自分は楽しようって魂胆か?どちらにしろ・・・・お前が言ってることに正当性はねぇよ。俺はもっと建設的な話ができると思って来たんだが・・・・お前みたいなのに命を預けるなんてこっちから御免だ。」
そう言い放って彼は座り込む。
空気は最悪だったが、ベータテスターに対する悪意を彼1人に持っていった。
簡単にできることではない。
自分1人にヘイトが集まれば、必然的に1人になってしまう。
現実世界なら1人でもやりようによっては生きていける。
しかし、このSAOでは違う。
このゲームは前提がオンラインゲームだ。
他者と協力して攻略していかなければならない。ソロ攻略ではいずれ限界が来るのが目に見えている。
彼はそれに臆することなく、他のプレイヤー・・・・ベータテスターをも含めて互いに協力しやすいように誘導したのだ。
自分を引き換えに。
そのことに気づいているプレイヤーは何人いるだろうか?
少なくとも多いとは思えない。
そして、自分の利益よりも他を優先した方が攻略が早くなると判断したあの行動は感情論だけでは行えない。
理性による合理的な判断。この生死がすぐ側にあるデスゲームで行える彼は所謂、理性の化け物だ。
「えーっと・・・・じゃあ、仕切り直して、これから攻略会議を始める!まずは皆、6人パーティを組んでくれ!」
空気を変える為、ディアベルがそう言い放つ。
げ、マジか。
動揺している間に辺りのプレイヤーは次々とパーティを組んでいく。
困ったことに俺はこのデスゲームが始まってから一度もパーティを組んだこともなければ、すぐにパーティを組んでくれと言えるようなコミュニケーション能力もない。
しかし、ここでボス攻略を辞退するのは最前線を離れる気がして拒否感が否めない。
必死に辺りを見渡し、あぶれているプレイヤーを探す。
すると、動きを見せない二人組のプレイヤーが視界に入る。
先程、悪役を演じたハチというプレイヤーだ。
俺は中腰でそそっと二人組に近寄り、声をかける。
「な、なぁ、あぶれたんだろ?一緒にパーティ組まないか?」
「・・・・周りが仲良しこよしだから組まないだけだ。てか、よく俺に近づこうと思ったな。」
この発言で分かった。
彼はぼっちを演じたんではなく、身も心もぼっちなのだ。
俺が弱ぼっちだとするなら彼は強ぼっちと言ったところか。
「・・・・パーティプレイなんてしたことない。それでも良かったら勝手に申請してくれ。」
性格も悪いというわけではない。
ただ、その一言は捻くれた優しさと感じ取れた。
俺は苦笑いを浮かべながらパーティ申請を送る。
「キリトだ。短い間だろうけど、よろしく。」
「ハチだ。んでこっちが・・・・おい、アスナ。何ぼーっとしてんだよ?」
隣にいるフードを深くかぶったプレイヤーがこちらを睨んでいるように見えた。
少し身震いをさせながら俺は引きつった笑顔を見せる。
「・・・・ハチくんがパーティ組むなんて、明日は雨だね。」
「明日の気象設定は晴れだ。・・・・何言ってんだお前?」
そういうことを言いたいのではないだろうが2人の邪魔をしてしまったようで俺は苦笑いを浮かべる。
ハチがウィンドウを操作してパーティ申請が承諾される。
俺の視界の左上に《Hachi》と書かれたプレイヤーネームと体力が表示される。
「あれ?2人ともパーティ組んでなかったのか?」
「バカ、俺はずっとソロプレイだ。」
「ねぇ、ハチくん。パーティって何?」
「アレだよ、リア充が楽しく遊ぶアレだよ。」
「いや、違うって。小さなレイドって言ったら良いのかな?組むと経験値が分配されたりするんだ。」
「え?そんな機能聞いたことないよ?」
「まぁ、聞かれなかったし。ぼっちだからそんな機能使ったことないし。」
何というか・・・・この2人と組んで大丈夫だったか不安になってきた。
装備を見る限りはビギナーと言うわけではないのだが・・・・。
俺はアスナと呼ばれたプレイヤーにもパーティ申請を送る。
突然現れたウィンドウに驚きながらも承諾してくれたようで《Asuna》と書かれたプレイヤーネームが左上表示される。
「とにかく、ハチは見た感じ経験者だよな?パーティプレイが初めてなら俺が前衛に行くから後衛は2人でローテしながらスイッチしてくれ。」
「「すいっち?」」
2人同時にキョトンとした表情を浮かべる。
「マジ・・・・?」
いかにもベータテスターって感じを出してるハチがなんでキョトンとしてんだよ。
俺の表情を読み取ったのか、目を逸らしながらハチは言う。
「いや、俺ってぼっちだし?」
「・・・・大丈夫かよ。」
不安を募らせながら俺は2人に軽くパーティプレイの基本を教えるのであった。
書きたかった場面の一つが八幡がキバオウを論破するところです。