斯くして比企谷八幡は仮想現実にて本物を見つける。   作:ぽっち。

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第5話

 

 

 

 

「ハチ!左方から新しくPOPした1体がこっちに来る!!アスナと処理するからそっち任せて良いか!?」

 

「大丈――――夫だっ・・・・!!」

 

ボス攻略が開始してから10分程度の時間が経過していた。

現状、β版との差異と言えば取り巻きのPOP数が少し増えているくらいだろう。

まぁつまり、俺の負担が増えてるってことだ。

 

「ググギガァァ!!」

 

アスナとキリトは新たにPOPした《Ruin Kobold Sentinel》の方に対処に行っているため俺は1人でコイツを相手しなきゃならない。

すでに数回のスイッチを得て、十分なダメージを与えておりコイツのHPバーは残り3分の1といったところか。

 

《Ruin Kobold Sentinel》は事前にキリトから聞いた情報通りのアルゴリズムで攻撃してくる。

コイツの主な攻撃は中距離からの飛躍攻撃と接近してからの振り上げ攻撃だ。

 

「――――っ!!」

 

キリトの言っていた通りの接近からの振り上げ攻撃が迫ってくる。

ここで喰らってもコイツのダメージ量を考えれば大したことないのだが、今後のことを考えれば受ける必要性は皆無だ。

《Ruin Kobold Sentinel》が振り上げに対して俺は片手剣を添えるように置き、ハンマーが剣に乗った瞬間を見て切り上げる。

 

バキンッ!

 

火花のようなライトエフェクトと金属音が鳴り響く。

パリング成功だ。

俺はその動作のまま、片手剣を振り下ろす。

案の定、ソードスキルではないためダメージ量は少ない。

 

《Ruin Kobold Sentinel》はパリィされた事によりコンマ数秒の硬直がある。

それを見逃すわけにはいかない。

振り下ろした片手剣を右上に斬り上げ、左方向へと斬り捨てる。

《Ruin Kobold Sentinel》が動き出すのを確認し、後ろの死角へと回転しながら回り込み、そのついでに左から斬る。そして、右から左上へと剣を振るう。

 

片手剣4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 

しかし、これでは《Ruin Kobold Sentinel》を倒すまでには至らない。

ソードスキルを使ってない俺は攻撃力が無い代わりにディレイタイムによる硬直がない。

その動きを殺さないように右下から斬り上げる。

動きを止めないように左から薙ぎ払い、右上から斬り下ろす。

 

片手剣3連撃ソードスキル《シャープ・ネイル》だ。

 

計7連撃もの攻撃を与えたからか、《Ruin Kobold Sentinel》は気持ち悪い悲鳴を上げながら小さな光エフェクトになり、砕け散る。

 

「――――ふぅ。」

 

思わず安堵の息をする。

ほぼぶっつけ本番のソードスキル擬きを連打したのだ。

心臓の鼓動はかなり早く、HPを削っていたとはいえ無傷で勝てたのは僥倖と言うべきか。

何時もならドロップ品を漁ってニヤニヤするところだが、流石にこの現状でそれをする度胸は俺にはない。

 

「大丈夫みたいだな、ハチ。」

 

そう声をかけながらキリトはポーションを飲みながら俺の方に来る。

アスナもポーションを飲んでいるようだが、少し苦い表情をしている。

 

まぁ、このポーション不味いからな。

 

「ってお前らはもう倒したのか?」

 

「あぁ。・・・・アスナが強いからほぼ俺は壁役だったよ。」

 

なんとなく想像はついた。

キリトは持ち前の反射神経で《Ruin Kobold Sentinel》のソードスキルを片っ端から打ち消して、後ろからアスナが串刺し。

恐らくそんな感じだろう。

 

「・・・・俺たちのペースは大分速いみたいだな。今のうちに総攻撃に備えて休憩しよう。」

 

「てか、帰らないか?俺は帰りたい。」

 

俺は仕事が終わったら定時前でも帰りたい人間なんだ。

そんな俺の要求はアスナとキリトによる無言の圧力により却下される。

社畜なんてクソだ。やはり時代は専業主夫。

 

しかし、ここに来てキリトの強さが身に染みて分かった。

俺とは違い、本当にここまでソロプレイで来たことだけはある。

突出すべき点はあの反則的な反射神経だ。

普通なら後ろに下がってガードをすべき場面でコイツはさらに踏み込み、攻撃まで喰らわせている。

俺がアルゴリズムに対して経験と予測で事前に決めたルートを辿っているに対してキリトはモンスターの行動を後から見て行動の選択をしている。

つまり、後出しジャンケンだ。

更に言うならば、圧倒的な戦闘センス。

無茶苦茶な反射神経を援護するかの如く、その場その場で最適な戦闘方法を見出している。

リアルチーターだな。

 

さて、肝心のボス攻略というと順調にダメージを与えているようだ。

ボスである《Illfang the Kobold Lord》のHPバーはすでに2本目が無くなりそうな程だ。

今回のボス攻略のリーダーであるディスペンサー(仮名)は的確な指示を飛ばし、4つのパーティを効率よく動かしている。

たまに危なげない場面があるが、お互いの技量で何とかカバーし合ってるので釣り合いがいい具合に取れている。

 

ここまでの流れはPOPした取り巻きが少し多かった事以外を除けばβ版通りの展開だ。

この後も仕様に変更がなければ、ボスのHPバーが1本を切ったところで最後の取り巻きを召喚して武器を持ち替え、攻撃パターンが変化するはずだ。

持ち替える武器はガイドブックによるとタルワール。

それ以降は《曲刀》カテゴリーのソードスキルを使ってくる。

だが、ここまで来たプレイヤー達だ。

何とかできるだろう。

 

「・・・・ん?」

 

ここで俺の頭の隅に違和感が過ぎる。

 

「・・・・どうしたの?ハチくん?」

 

「いや、あのボス見てると変な違和感を感じるんだよな。」

 

「どういうことだ?ハチ?」

 

ポーションを飲み終わった2人が俺の側に駆け寄ってくる。

・・・・違和感を探すんだ。

このゲームでその違和感は命取りになる場合がある。

他人の力量や心情、考えを読み取ることに長けている俺だからこそ感じ取った違和感。

茅場晶彦はこのまま定石通りに事を進ませるようなヌルい事をする奴か?

その直感が間違っているとは思えない。

 

そして、ボスのHPバーが1割を切った所で事件は起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!戦斧を手放したぞ!みんな下がれ!」

 

ボスのHPバーが1本を切った所で行動に変化が訪れる。

これから武器が変わり、攻撃力が格段に上がる。

しかし、俺はディマンシュ(仮名)の行動に違和感を覚える。

こういったレイドを組んでの戦闘は完全な素人な俺だが、ここはパーティ全員で囲んで一気に囲んだ方が一気にHPを削ることができる、という事くらいはわかる。

 

しかし、ディテール(仮名)はセオリーとは違う指示を出す。

確かにβ版とは仕様変更が起きている場合はあるため、ここで一旦下がって様子を見るのもあながち間違っては無いのだろう。

 

「俺が出る!」

 

――――っな!?

ディアベル(やっと名前を思い出した)はセオリーを大きく外した行動をとる。

単独でボスに立ち向かったのだ。

 

「・・・・何がしたい?」

 

ディアベルの行動をトレースしろ。

何を目的に1人で突撃する?

命のかかったこのゲームでその行動は余りにも危険すぎる。

士気の向上?《ナイト》としての務め?

そんな単純な理由じゃ無い。

 

「・・・・待てよ?」

 

俺はある一瞬の場面を思い出していた。

攻略会議の際にモヤットボールが乱入してきて、ベータテスターに対して弾劾をしていた時、アイツの表情はとても良いものでは無かった。

俺の発言により、場が収まったことに安堵しているようだった。

それは今回のリーダーとして場が収まった事を安堵したのでは無いとしたら?

・・・・自分が隠していた事がバレなかったと安堵したならば?

 

「――――なんだ?何が引っかかってる?」

 

公式はわかってるのに答えが出せない、そんな歯痒い思考に少し苛立ちが積もる。

 

「・・・・?どうしたの?ハチくん?」

 

「いや、何でもない。」

 

イライラを隠しきれてなかったのか、アスナに心配されてしまう。

解決はしていないが違和感が2つある。

一つはディアベルに対しての違和感。

もう一つ、ボスに対しての違和感が拭いきれない。

すると突然、俺の横でキリトの叫ぶ様な声が上がる。

 

「――――ダメだ!全力で後ろに飛べ!!」

 

キリトの視線の先を追いかけるとボスである《Illfang the Kobold Lord》の腰につけてある武器。

情報によればそれはタルワールと呼ばれる曲刀のはずだった。

 

「――――っ!?そういうことかよ!?」

 

俺が今までボスに対して感じていた違和感はこれだったのだ。

最初に気付くべきだった。

《Illfang the Kobold Lord》が後ろにつけていた武器はタルワールなどではなく、《カタナ》にカテゴリされる野太刀だ。

 

キリトの叫びは虚しく、ディアベルには届いていない。

彼はタルワールだとだと思い込み、そのソードスキルを対処するためのソードスキルをほぼ同時に発動しようとする。

 

「ディアベル!!スキルモーションを起こすな――――」

 

しかし、俺の叫びは届かずディアベルはスキルを発動する。

しかし、ソードスキルを打ち消すには正しいタイミングで行わなければ打ち消せないのだ。

あれは確実に曲刀スキルを対処するためのタイミング。

 

野太刀を振り下ろすボスとそれを横薙ぎにしようとするディアベル。

スキルの発動タイミングはほぼ同時だが、《カタナ》スキルは剣速が途中から早くなる。

その僅かなズレがこの世界では命取りになる。

 

ディアベルの剣はボスに届くことなく、ボスの野太刀により斬り伏せられる。

 

「ディアベルはん!!」

 

近くにいたモヤットボールが悲痛の声を上げるが近くにPOPした取り巻きが襲ってきているため援護に行けない。

 

「キリト!マズイぞ!アイツピヨってやがる!」

 

一時行動不可(スタン)だ。

強力な攻撃などを食らうと身体が動かなくなる。

ボスを目の前にして無防備な状態はマズイ。

 

そして、ボスは振り下ろした野太刀を切り返し、動きを止めるディアベルに追撃を喰らわす。

その威力にディアベルは後方に吹き飛び、HPゲージが激しい勢いで減っていく。

 

「――――クソッ!!」

 

間に合わなかった、早く回復させねば・・・・!

焦る気持ちと裏腹に遮るように先ほどPOPした《Ruin Kobold Sentinel》が肉壁となり俺たちの前に立ちはだかる。

 

「――――アスナ、キリト、さっさと取り巻き倒してディアベル所に行くぞ。」

 

「「了解!」」

 

最初の分配通りに俺は前衛として《Ruin Kobold Sentinel》に突撃する。

アイツの中距離攻撃はパリングしやすいが出方を待つ必要がある。

今はそんな時間はない。

少し厳しい戦いになるが今は時間節約を理由に接近戦で叩き潰す。

 

俺が接近してきたことにより《Ruin Kobold Sentinel》は振り上げ攻撃をしてくる。

ミスは許されない、一刻も早くディアベルの所へ向かわなければならないのだ。

今まで相手の出方を待っていた俺の行動にキリトとアスナは少し困惑を示すが、流石トップクラスのプレイヤースキルを持つ2人だ、俺の意図を感じ取って素早い対応を見せてくれた。

 

「スイッチ!!」

 

《Ruin Kobold Sentinel》のハンマーを最小限の動きでパリィし、後ろのアスナとキリトにスイッチする。

 

先ほどまではあたりの警戒や状況把握に徹していたキリトもアスナに合わせて目にも留まらぬ速さでソードスキルを叩き込む。

 

てか、なんて速さだよ。

アスナの流星の様な研ぎ澄まされた《リニアー》をはるかに凌駕するキリトの剣筋は現段階だとこのSAOで最強レベルと言って良いだろう。

 

「ハチ!!」

 

「おう!!」

 

俺は片手剣を敢えて両手で構える。

こうしてしまうと装備不良というシステムが発動し、ソードスキルが発動せず、片手剣の攻撃力が格段に落ちる。

しかし、俺には関係ない。

 

「――――ッ!!」

 

鋭く息を吐き、踏み出す。

両手剣ソードスキル《アバランシュ》だ。

剣先が《Ruin Kobold Sentinel》に触れる直前に俺は左手を手放す。

ソードスキルの突進技はシステムアシストにより速度が上がるが俺はソードスキルを使えないため、速度がある訳ではない。

わざわざ両手剣持ちにした理由はそっちの方が剣速が出るからだ。

 

SAO内でのソードスキル以外の攻撃は剣速とクリティカルが重要になってくる。

両手剣持ちにすれば剣速が上がり、片手剣でもかなりの威力が出るのだが、両手で持つと装備不良で攻撃力が落ちる。

俺はこのシステムに隙を見つけたのだ。

対象に攻撃が当たる前に片手を離せば剣速は上がり、攻撃力は片手剣を扱ったとしてシステムが認識する。

 

ソードスキルを使えない俺ならではのシステム外スキル。

 

剣先が《Ruin Kobold Sentinel》の身体を切り裂く。

振り下ろした剣をそのまま右脇に引きつけ、4度突き技を放つ。

短剣4連撃ソードスキル《ファッドエッジ》。

ソードスキルで使うと正確さに欠けるこの技もシステムに引っ張られない俺ならば正確に放つこともできる。

片手剣でやると多少やりにくさが出てくるがそこは技量でカバーする。

今までの戦いで《Ruin Kobold Sentinel》のクリティカルポイントは大体分かっていたのでそこを全て狙い撃ちにする。

 

「グギャアッ!!」

 

クリティカル時のノックバックで《Ruin Kobold Sentinel》は軽く体勢を崩す。

 

「キリト!アスナ!」

 

俺がそう叫ぶと、分かっていたかのように両サイドからソードスキルのディレイタイムから解放された2人が飛び出してくる。

他者から見れば超高速な戦闘にも2人は付いてくる。

この2人がパーティメンバーでなかったらこうも上手くは動かない。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

細剣ソードスキル《リニアー》と片手剣ソードスキル《スラント》を繰り出し、《Ruin Kobold Sentinel》の身体を引き裂く。

 

《Ruin Kobold Sentinel》のHPは消し飛び、淡い光エフェクトとなり、砕け散る。

最速討伐に喜びたい所だが、今はそれどころではない。

 

「キリト!!」

 

「分かってる!!」

 

「アスナは本隊の援護に回ってくれ!!」

 

「了解!」

 

持てる筋力値を最大限に活かした全力疾走でディアベルの元へと走る。

 

ここでレイドリーダーに死なれるとかなりマズイ。

士気もそうだが、命令系統が無茶苦茶になって本隊の統率が取れなくなる。

 

ディアベルの元へ駆けつけた俺たちはカーソルを見て悲痛の表情を浮かべる。

先ほどまでほぼMAXだったHPがすでにレッドゾーン入っていて、なお減り続けている。

 

「ディアベル!早くこれを飲め!!」

 

キリトが自身のポーチからPOTを取り出し、ディアベルの口に寄せる。

しかし、ディアベルはそれを震える手で押し返す。

 

「――――たの、んだ、ぞ。」

 

そして、ディアベルのHPが無くなった。

キリトの腕の中で小さな光エフェクトとなり、砕け散る。

 

――――人が、死んだ。

 

初めて目の前で人が死んだ。

ゲーム内でモンスターが死ぬ時の同じ、人が死ぬにはとても安っぽいエフェクトと共に砕け散ったのだ。

・・・・これが、人の死なのか?フザケンナ、こんな死が・・・・あってたまるか。

 

視界の隅には理解が追いつかず、呆然としているディアベルの統率下にあったパーティメンバー。

中には絶望感に表情を染め、膝を落とす者もいる。

当たり前だ、関わりのなかった俺にでさえ激しい動揺が生まれている。

 

「・・・・撤退、するか?」

 

ふと過ぎった言葉をそのままパーティリーダーであるキリトに問いかける。

しかし、同時にここまで来たのにという葛藤も生まれる。

ただのゲームであれば続行すべき場面。

だが、本当に人が死んでしまうこのSAOでは意志の強さも必要となってくる。

リーダーという統率者を失った俺たちにそこまでの士気があるとは到底思えなかった。

 

だが、ここで撤退するという事は攻略の失敗を意味する。

俺たちプレイヤーは1ヶ月もの時間を費やしてやっとのことで第1層攻略、という希望を見出していた。

この戦いで敗戦したとなれば次にフロアボスに挑むのはどれほどの月日が流れるか想像もつかない。

 

統率者が居ない今、更に死者が出るかもしれないリスクを負いながら押し切るか、否かという選択に迫られているのだ。

 

今はタンク隊が何とかボスを食い止めているが、そう長くは持たない。

この答えのない問いに対して俺は・・・・何もできないのだろうか。

 

思考の泥沼にはまりかけ、視界をキリトの方へ向ける。

キリトは歯を食いしばり、覚悟を決めた表情で立ち上がっていた。

 

「撤退は、しない。・・・・ディアベルに、託された。」

 

「・・・・援護くらいは、してやるよ。」

 

リーダーにそんな顔をされては俺も頑張るしかない。

 

「素直に任せろ、とか言えばいいのにな。捻くれ者め。」

 

キリトはそう小さく呟き、俺に拳を差し出す。

 

・・・・あまりそう言うのは柄じゃないが、今は乗ってやるよ。

少し苦笑いを浮かべながら俺は軽くキリトの拳に己の拳を打つける。

 

「私も、やれるわ。」

 

回復のため、後方に下がってきたアスナが飲み干したPOTの瓶を投げ捨てながら、そう言う。

 

「分かった。アスナはあまり正面に立たないでくれ。《カタナ》スキルは初見で見切るのは難しい。」

 

「分かったわ。」

 

「・・・・俺も初見みたいなもんだが?」

 

「ハチは・・・・大丈夫だろ。」

 

なんだよその信頼は?

俺もβ版で少しだけ見ただけだが、ディアベルが受けた攻撃を見る限り対処はできる。

 

しかし、まずやらなければならないことがある。

深呼吸する様に息を吸い込む。

 

「ちゅうっもぉぉぉぉぉく!!!」

 

慣れない大声を俺は吐き出す。

こんなのは俺の役目ではないがやらなければ攻略が出来ない。

現実だとこんな大声を出して仕舞えばその日1日は声が出ないだろうが・・・・ここは仮想世界。

声は、出てくれた。

 

俺の大声にあたりのプレイヤーは俺たちの方を凝視する。

モンスターを対処しているプレイヤーも軽く視界に入れてくれているようだ。

 

「騎士、ディアベルからの伝言だ!!!・・・・ディアベルから託された!!今からコイツがリーダーだ!!」

 

そう言って俺はキリトの肩に手を置く。

とても嫌そうな顔をされるがここは我慢してくれ。

 

「納得できなくても今は無理にでも従ってくれ!!ディアベルの為にも、勝たなきゃ行けないんだ!!」

 

死人を盾に使うなど、俺らしく最低な行為だが・・・・今はここで乗ってもらわなきゃ統率がうまく取れない。

 

「そんなん急に言われても納得できるわけないやろがい!!!」

 

予想した通り、最初に反論してきたのはモヤットボールだ。

 

かなり危うい賭けだが、誰かの一言で何とかなる。

頼む・・・・!!

 

「いや!俺は聞いてたぞ!!『次のリーダーはお前だ』と!!」

 

ボスの攻撃を巨大な斧ではじきかえす大柄な男性プレイヤー。

どうやらこちらの意図を汲み取ってくれたようだ。

 

「――――っクソッ!!ちゃんと指示せんかったら後でしばき回したるからな!!」

 

モヤットボールも遅かったが意図を汲み取った様な表情を浮かべる。

 

そう、ここで必要なのは紛いなりにも認められた統率者だ。

俺が名乗り出ても良かったが、攻略会議の際にかなりの悪感情を周りに与えてしまってる為、反感する奴が多い。

だが、キリトは違う。

 

コイツのプレイヤースキルは他のプレイヤーも嫌ほど分かっているだろう。

柄じゃないというのは分かっているがここは無理にでも押し通さなければ前に進めない場面だ。

許してくれ。

 

「――――っテメ、後で覚えとけよ!!!」

 

そう言って先頭を切って疾走するキリト。

道中、タンク隊や攻撃隊に的確な指示を出していく。

 

「手が空いてる奴らはピヨった奴を引きずってでも後方に下げろ!無理矢理POT飲ませて回復させるんだ!!タンク隊は退路を確保しながら踏ん張ってくれ!!一回耐え切ったら俺たちが出るからその間に回復しとくんだ!!――――オマエら!ここで茅場晶彦(クソ運営)に目に物見せてやれ!!!」

 

「「「茅場晶彦(クソ運営)ザマァ!!」」」

 

変な結束力を見せるタンク隊。

こういう時のネットゲーマーは強い。

隣のアスナに視線を移すと苦笑いを浮かべている。

だが、ネットゲームではこれらは日常茶飯事なので気にしてはダメだ。

 

タンク隊がボスの一撃を弾く。

 

「ハチ!!頼む!!」

 

「おう!!」

 

柄にもなく大声で答えてしまったが、状況が状況だ。

タンク隊の隙間を抜い、ディレイタイム中のボスの懐に入り込む。

ボスはソードスキルを打ち消された事により、よろけるがボスと言うだけあって立ち直りが早い。

片手剣2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》を素早く打ち込む。

もちろんソードスキル擬きな為、攻撃力は無いが俺の目的はそうじゃない。

 

このSAOのモンスターの行動アルゴリズムはとても高度なもので、プレイヤーが無用心にソードスキルを使えばその隙を突いてくることがある。

ソードスキルを使ったと言う判定ではなく、ソードスキルの行動をすると反応するプログラムになっている様だ。

 

俺はそれを逆手に取り、わざとボスに攻撃をさせる。

左から振り払われる《カタナ》系統のソードスキル。

初見だが今までの経験とボスの肩の位置から軌道を予測、剣を横に滑らせパリングする。

 

「スイッチ!!」

 

「おう!!」

 

阿吽の呼吸という言葉を体現した様なタイミングでキリトが前に飛び出る。

キリトが繰り出すのは片手剣ソードスキル《スラント》。

単発系のソードスキルで、上から斜めに斬り捨てる。

 

しかし、ここで予測してなかった事態が発生する。

ここでノックバックを受けるはずのボスが後ろに下がることはせずソードスキルのライトエフェクトを輝かせる。

 

「――――キリト!!」

 

咄嗟にキリトの前に出て行く俺。

迫り来る野太刀をパリングするために剣を構える。

しかし、無理な体勢とタイミングで割り込んだせいでパリングをミスってしまい、弾き飛ばされる。

 

「――――ぐっ」

 

「ハチ!?」

 

マズイ、かなりマズイ。

俺の視界にあるHPバーは破竹の勢いでグングンと減らしていき、イエローゾーンの所でピタリと止まる。

一撃死しなかった事に安堵する遑も与えられず、最悪の事態が発生する。

 

――――身体が動かない。

 

HPが半減する様な大ダメージを負った際に一定確率で発生する一時行動不可(スタン)状態だ。

この状態だとディアベルの様になす術なく、嬲り殺される。

 

ボスはそんな俺の状態を見て、追撃を仕掛けてくる。

視界にちらりと映るキリトはまだディレイタイムが終わってない、助けに来る可能性はかなり低い。

 

「――――ハチくん!!」

 

ボス影から1人のプレイヤーが飛び出てくる・・・・アスナだ。

俺を押し退け、代わりにボスの攻撃が背中に直撃する。

ノックバックが発生してしまい、俺と共にかなりの距離を吹き飛ばされる。

 

「・・・・バカ、何してんだよ。」

 

「へへっ・・・・これでフェアだね。」

 

俺の上に被さり、笑みを浮かべるアスナ。

どうやら、アスナも一時行動不可(スタン)状態の様だ。

 

一命を取り留めたとは言え、ボスの追撃は止まってはいない。

・・・・クソ、女の子を巻きんで死ぬとか小町にめっちゃ怒られちゃうだろ。

ぼっちは、死ぬ時もぼっちで良いのに・・・・。

 

ボスの野太刀が迫り来る中、走馬灯の様に現実世界の出来事が蘇る。

そして、優しく微笑むアスナの顔が視界に入る。

 

「悪りぃな・・・・。」

 

「ううん・・・・ハチくんが近くにいたから助けただけだよ。」

 

諦めのついたような、優しい微笑みを見せるアスナ。

俺はアスナが言ったことが、始まりの街でアスナに言ったことと同じだと気づき、頬を緩める。

 

 

 

――――あぁ、クソ。こんな時にこんな感情が沸くなんて俺らしくない。

 

 

 

そして、野太刀が迫り来る刹那――――俺たちとボスの間に大柄な男性プレイヤーが入り込み、ソードスキルを弾き飛ばす。

 

「スイッチィ!!」

 

踏ん張りの効いた声で叫ぶと別のプレイヤーがタイミングを合わせてボスとの間に入ってくる。

 

他のプレイヤーがボスのヘイトを集め、俺たちから標的を外した様だ。

外国人の様な風貌のプレイヤーは俺たちに手を差し伸べる。

 

「助かった。」

 

「いーや、いつまでもダメージディーラーに壁やってもらっちゃ俺たちの肩身が狭いからな。」

 

俺の一時行動不可(スタン)状態は解除されたので、手を握り返す。

ポーチからPOTを2本取り出し、1本飲み干してもう1本は無理矢理アスナの口に突っ込む。

 

「――――むぐっ」

 

少し不服そうな表情をするアスナを横目に状況を再把握するためにボスの様子を確認する。

ボスのHPバーはすでに残り1割を切っている。

もう少しだ。

 

「ハチ!アスナ!大丈夫か!?」

 

回復のため後方にキリトが下がってくる。

 

「あぁ。なんとかな。」

 

「まだやれるか?」

 

「任せろ。」

 

「私も・・・・!!」

 

アスナの一時行動不可(スタン)も解けた様で少しよろけながらも立ち上がる。

 

剣を握り直し、呼吸を整える。

 

「さっきは助かった。えーっと・・・・。」

 

「エギルだ。これは借りにしとくぜ。」

 

「ハチだ。・・・・契約法って知ってるか?」

 

「はっ!軽口叩けるならいけるな。もう一踏ん張りだ。」

 

借りは作りたくない主義なものでして。

そんなことを考えながら気を引き締める。

 

不思議なもんだ。

こんな状況で、生死を賭けた戦いをしているのにも関わらず・・・・俺はどこかでワクワクしている。

本当の意味でこのゲームを楽しんでいるのだろうか?

別にゲーマーって訳じゃないが、この空間、この生死を賭けた状況こそに俺は《本物》を垣間見た気がする。

 

少し逸れた思考を元に戻し、ボスを見据える。

 

「行くぞ!」

 

キリトのかけ声とともに俺、アスナ、キリトは大地を蹴り出す。

キリトの指示で壁役になってくれているタンク隊とタイミング良くスイッチする。

アスナが初めに《リニアー》で鋭い1撃を刻む。

入れ替わる様に俺がボスの攻撃をパリィ、その後間髪いれずキリトが《ホリゾンタル》を打ち込む。

 

3人の波長、呼吸が全て揃うことで成せる超高速戦闘。

そして、ついにその時が来る。

 

「うぉぉぉおおおっ!!!」

 

キリトが渾身のソードスキルを打ち込む。

右下からの斬り上げ、《スラント》がボスの身体を斬り裂いた。

すかさず俺がフォローに入ろうとした瞬間、ボスが青白い光エフェクトの破片になり、砕け散ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った・・・・のか?」

 

「みたい、だな。」

 

俺たちは尻餅をつき、ずっと張っていた身体の緊張を解く。

キリトも同様にドサっと座り込んでしまう。

 

部屋の主である《Illfang the Kobold Lord》の姿は居らず、目の前にはデカデカと《Congratulation!!》と表示されたウィンドウ。

 

そう言えば、最後にボスのラストアタックを決めるとボーナスがもらえるらしい。

俺はボス戦したことないから知らないけど、きっとキリトにはLAボーナスを貰っている筈だから後で見せてもらおうか。

 

「Congratulation!素晴らしいコンビネーションだったぜ。この勝利はお前たちのもんだ!」

 

そう言って近づいてきたのはエギルと名乗った大柄な男性プレイヤー。

流石英語圏の人ですね、発音が素晴らしい。

 

「しかし、最初の攻略会議の時から思ってたが・・・・中々の策士だな、ハチ。」

 

「・・・・別に俺は何もしてない。思ったことを言ったまでだ。」

 

事実、俺は攻略会議での場面もボス戦の際も思ったことを言ってだけだ。

 

「あまり謙遜するなよ。・・・・お前の声がなかったらチームが纏まらなかった。ありがとう。」

 

真剣な表情でぺこりと軽く頭を下げるエギル。

今思い出せばあの大声がとても恥ずかしく思えてくる。

今、八幡黒歴史にまた一つ新しい1ページが追加された瞬間だ。

 

・・・・恥ずかしい。恥ずかしくて死にそう。

 

気恥ずかしさを誤魔化すためふと、辺りを見渡す。

プレイヤー達の反応は様々だった。

座り込み、安堵に浸る者。初勝利で歓喜をあげる者。そしてディアベルの死を悲しむ者たち。

そんな状況で1人のプレイヤーが声を上げる。

 

「――――なんでや!!なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!?」

 

声をあげたのは攻略会議や攻略中にも何かと突っかかってきたモヤットボール。

モヤットボールは何故かキリトに向けて憎悪の視線を向けた。

 

「見殺し・・・・?」

 

「そやろがい!!自分はボスがどないなスキル使うか、知っとったやないかい!!」

 

モヤットボールの発言を受け、他のプレイヤーが騒ぎ出す。

たしかにキリトはディアベルが斬り捨てられる前にボスのスキルが分かっているかの様な発言をした。

 

「わいは知ってんねんぞ!自分が元ベータテスターだっちゅうことはな!!ホンマはあのボスがどないなスキル使うとか情報知っとったんやろ!?知ってて黙ってたんやろ!?」

 

「いや、俺は・・・・」

 

キリトが抗弁しようとするが周りのプレイヤーのざわつきによりかき消される。

騒めきは次第に大きくなり、キリトを糾弾する様な声も上がってくる。

 

・・・・これは、マズイ。

キリトは現在、いや今後もSAO最強プレイヤーとして名を馳せて行くだろう。

キリトのそのプレイヤースキルは攻略の核になるに違いない。

今後も多くのプレイヤーを救うだろうし、コイツはこの世界の攻略に必要不可欠な存在になる。

そんな人物を己の利益や場をかき乱すことしか能がないトゲトゲ頭のせいで吊るし上げられている。

 

・・・・この状況を打開する方法、そんな言葉を今の俺は持っているのか?

考えるんだ。考えるしか能が無いなら、計算しろ。

計算して、計算尽くして、隠された可能性を見つけ出せ。

 

・・・・待てよ?そもそもの原因であるディアベルは何故あの時1人で突っ込んだ?

あそこで無理に前に出て得るメリットはなんだ?

そこで俺は1つの答えに辿り着く。

 

「・・・・なるほどね。」

 

思わず呟いてしまったが喧騒に掻き消された様で誰も気づいてはいなかった。

 

ディアベルはきっと元ベータテスターだったのだろう。

あの不自然な特攻もそれなら説明がつく。

ディアベルの目的はきっとラストアタックボーナス、LAで貰えるレアアイテム。

特にフロアボスから貰えるLAは性能が高いと聞いたことがある。

 

ここまでの情報があるなら・・・・俺にできるのはただ一つ。

俺は状況に困惑しているアスナにとても小さな声をかける。

 

「・・・・ごめんな。」

 

「・・・・?ハチくん?」

 

ただの自己満足。

俺はぼっちで良いのだ。

 

文化祭の時も雪ノ下さんは言っていた。

集団をまとめるには1人の悪役(ヒール)が必要なのだ。

 

「――――っははははははは!!」

 

周りが気づくように大声で笑う。

俺が突然、笑ったおかげで注目を集めることができた。

 

「お前ら、本当にバカだよな。」

 

「――――なんやと!?」

 

最初に突っかかってきたのはモヤットボール。

想定通りの流れだ。

 

「ディアベルが死んだのは、俺が唆したからだよ。」

 

その一言で周囲のプレイヤーは唖然とした表情を浮かべる。

 

「あのバカは俺が教えたLAを信じて無理に突っ込んだのさ。・・・・本当に単純だよな?俺が横取りしやすい様に仕向けただけなのに。まぁ、結局はソイツに取られちまったけど・・・・あのいかにもリア充って感じのするアイツの事は嫌いだったから結果オーライか。」

 

「な、な、なんやと・・・・!?おどれ!!」

 

「き、キバオウさん!?落ち着いてください!!」

 

俺の発言についに堪忍袋の緒が切れたのか、モヤットボールは俺に剣先を向けようとするが仲間がそれを止める。

 

「別に斬ってもいいんだぜ?但し、お前はその瞬間から殺人鬼だ。」

 

「おどれに!!おどれに言われたくないわ!!」

 

「何言ってんだよ?ディアベルが死んだのはアイツのせいだろ?・・・・自業自得だろ?いや、自業自得より性質(タチ)が悪いよな、だってアイツのせいで部隊が壊滅しかけたわけだし。ま、死んだのがアイツ1人で良かったよな。」

 

「――――こんクソが!!」

 

仲間の制止を振り払い、俺に剣を振るってくるモヤットボール。

俺は素早く抜いた片手剣でパリィし、剣先を首元に当てる。

 

「・・・・人に剣を向けたんだ、覚悟はできてるだろうな。」

 

「――――っひ」

 

モヤットボールは後ろに後ずさりするが足がもつれ、尻餅をつく。

 

「・・・・次舐めた真似すると、殺すからな。」

 

その一言だけ残して俺は剣を鞘に納める。

第2層へと向かう階段がある方向へゆっくりと歩いていく。

 

「第2層への有効化(アクティベート)はしといてやるよ。寝首をかかれない様に震えて始まりの街で待ってな、腰抜け。」

 

誰も俺に声をかけずに見つめるだけだった。

 

これでいい。

ほらな、誰も傷つかない世界の完成だ。

 

少し歩くと階段の先に第2層への扉があり、俺が階段に足を踏み入れた瞬間に後ろから声をかけられる。

 

「ハチ!待ってくれ!!」

 

「・・・・キリトか。」

 

振り向くとそこにはキリトとアスナがこちらを見ていた。

 

「なんで、なんであんなことをしたんだ。」

 

「・・・・さぁな。」

 

もっと別なやり方があったかもしれない。

そんなことはわかっている。

しかし、あのまま放置すればきっとキリトは俺と同じ様なことをしただろう。

そうすればキリトはソロプレイをすることになるだろう。キリトを1人にするのは攻略の遅れを指す。

 

「付いてくるなよ。俺はぼっちの方が良いんだよ。」

 

そう言って俺はキリトとアスナにパーティ解散の申請を送る。

程なくして許可されたのか、俺の視界にある2人の名前とHPバーが消える。

 

「ハチくん。」

 

アスナが声をかけてくるが俺は振り向かず、立ち止まる。

 

「ハチくんがなんであんなことしたのかは・・・・なんとなくわかった。他にやり方がないってこともわかった気がする。・・・・でも、ハチくんは1人じゃないからね。」

 

「俺は・・・・1人だよ。」

 

その一言だけ、言い残して俺は2層へと上がっていく。

 

全て上手くいった。誰も傷ついてはいないんだ。

俺の脳裏には修学旅行での雪ノ下の一言がただ木霊していた。

 

――――貴方のやり方、嫌いだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡は仮想世界でも自分を犠牲に生きていく・・・・そんな場面を書きたかった。

長ったらしく書いて文字数を見てみたらなんと1万3000字以上と過去最長です。

内容はほぼボス戦なんですけどね笑



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