斯くして比企谷八幡は仮想現実にて本物を見つける。 作:ぽっち。
でも、この話は絶対に書きたかった。
葉山隼人はとある日まで自分が一番正しいと思っていた。
親の仕事は弁護士。
その職業柄、親の言うことを聞くことは正しく、間違いではないと、そんな親の言うことを素直に聞いている自分は《正しい》人間なんだと疑ってすらいなかった。
彼が始めて挫折したのは、自分が考える《正しさ》なんてものが幻想だということに気がついたのは小学校という、家族以外で初めてのコミュニティに所属している時だ。
同じ学校の同じクラスの女の子。親の仕事の関係者である雪ノ下建設の令嬢、雪ノ下雪乃に出会ったのはその時だ。
その容姿と誰も寄せ付けない才色兼備な魅力に取り憑かれ、彼女に恋したのはいつの頃だっただろうか。
そして、そんな自分の淡い恋心とは関係なしに様々な女子から交際を申し込まれた。
もちろん、自分が好きな女子は雪ノ下雪乃ただ1人のため、全て断っていた。
しかし、その時に誰が好きなのか、と言ったのが隼人の人生を徐々に狂わせていった一つの要因と言えるだろう。
ある日、隼人は友人として接していた1人の女子児童に告白を受けた。
今年に入って、何回目の告白だろうか。僕は彼女しか見えていないのに。
そんな普通の男子からしたら羨ましい限りの不平不満は積りに積もり、ついいらない一言を言ってしまったのだ。
自分が好きな
そこからというもの、自分ではなく雪ノ下雪乃に対しての嫌がらせ・・・・いや、イジメが始まったのだ。
最初はわざとぶつかる、陰口を言われる程度のものだった。
しかし、次第にエスカレートしていき隼人が気づいた頃には上履きを隠す、ノートを破る、机に誹謗中傷の落書きなど悪質なものへと変わっていた。
もちろん、正義感の強かった隼人はやめてくれと懇願したが一度始まったイジメが止まることはなかった。
誰かが彼女を虐めることを《正しさ》だと思い込んでいたのだ。
隼人はすぐに主犯格である女子生徒に直接抗議したがまるで意味をなさない。
隼人は雪ノ下雪乃を助けるために敢えて彼女らとの距離を縮めることにした。
親しい人間から言われたら彼女らも改心するのではないか、と緩い思考に逃げ込んだのだ。
しかし、いくら彼女らと良好な関係を築いていても雪ノ下雪乃に対しての敵意は消えることはなかった。
さらに言うならばそこで隼人は自分自身を抑え込み、誰が見ても理想の人物だと思える《みんなの葉山隼人》を演じることを止めることができなくなったのだ。
そこで彼は気づいてしまったのだ。
《正しさ》は誰かの思い込み・・・・固定概念や印象、傲慢さ、誰かの自己主張によって構成される。
誰かがそれを《正しい》としてしまえば例え間違っていても正しくなってしまう。
こうして、隼人は挫折をし、自分に対して失望した。
自分の力だけでは彼女を救えない無力感と自分のせいでこうなった罪悪感。
そんな感情を抱えながらも《みんなの葉山隼人》を演じる自分が気持ち悪くて仕方がなかった。
それ以来、雪ノ下雪乃と会話をすることはほぼ無くなった。
苦しかった。
誰よりも彼女のことを大切に思っているはずなのに、考えている筈なのに、彼女を傷つけたのは自分自身なのだから。
そして、高校2年生になり何時ものように《みんなの葉山隼人》を演じていた時の事だ。
あるクラスメイトが雪ノ下雪乃を変えていっていた。
そのクラスメイトは猫背で、目が腐っていて、性格が捻くれていて・・・・今の自分とは全く正反対な、そんな存在だった。
そのクラスメイト――――比企谷八幡は何時も、隼人が持っていないものを持っていた。
決して《正しい》とは思えない行動や発言をするのにも関わらず、自然と八幡の周りには人が集まっていく。
自分は演じて、やっとの思いで誰かを引き寄せているのに対して、彼は自分本意な生き方で人を引き寄せるのだ。
そして、自分が助けれなかった雪ノ下雪乃すら、その捻くれた優しさで助けようとしている。
彼女が他人と話して笑っているところなど初めて見たのだ。
悔しかった。
自分ができないことを彼は平然とやってのける。
その時隼人は初めて人に嫉妬したのだ。
そして、2022年11月6日。
偶然、父親が譲り受けて手に入ったゲーム、《ソードアート・オンライン》。
彼は自分に対しての苛立ちから、普段しないゲームをしてしまった。
人生で数える程しかしていないゲーム。
偶然、プレイしてみただけなのに隼人はデスゲームへと囚われてしまう。
デスゲームが始まり、彼は皮肉にも今まで演じ続けた自分自身を再認識する事になる。
死の恐怖に怯えて、何ヶ月も宿屋に引き篭もった。
自分がどれだけ弱い存在かを認識させられるような、いかに強くないかと気付かされた。
死ぬかもしれないという恐怖と絶望は彼の心を折るのに十分な要因だったのだ。
フィールドに出てすらいないのに死に怯える毎日。そんなある日、隼人の耳に偶然にも入ってきた噂話。
現在の攻略組には《インベーダー》と呼ばれる、最低最悪のプレイヤーがいるという。
その身なり、言動、特徴的な腐った目も全て、比企谷八幡を連想させる気分の悪いものだった。
直感的に、《Hachi》というプレイヤーは比企谷八幡だと思ったのだ。
こんなにも自分は追い込まれているのに、こんな世界ですら彼は自分の何歩先も歩んでいる。
悔しかった。
憎かった。
そして、羨ましかった。
彼はいつも自分に持ってないものを持っている。
ならば、せめて彼に近づいていけば。
そう思って隼人はついに《始まりの街》から足を踏み出し、戦いの世界へと足を踏み入れた。
最初は順風満帆な生活だったと思う。
自前の運動神経を生かし、順調にレベルを上げた。
イケメンと呼ばれる部類の顔と今までの人生で培ってきたコミュニケーション能力により、仲間も増えていき・・・・いつかは攻略組を目指して奮闘する毎日だった。
だがしかし、彼には不満が一つあったのだ。
この世界ですら、仲間の皆が求めるのは《みんなの葉山隼人》だったのだ。
共に一緒にいる仲間はどこか、ぎこちない。
それもそのはずで、彼らが一緒に居たいのは頼れる《みんなの葉山隼人》であり、他のメンバー同士はどちらかと言えば・・・・敵同士だったのだ。
そんな仲間の調和を図り、空気を読んで皆が求めるように演じていた。
――――ここでも、こんな世界でも自分は自分を殺して、自分を演じている。
少しずつ、少しずつ、彼の中に薄暗く、淀みがある悪感情が募っていった。
そして、彼の人生を変える決定的な事件が起こる。
中層付近で足止めを喰らった隼人たち。
隼人以外の誰もが気づいていた。
自分たちのプレイヤースキルではこのあたりの階層が限界であり、これより先に行くには努力や才能といった類のものが必要になると。
しかし、彼らは今を楽しみたいだけの人間の集まりだ。
そう、本気ではなかったのだ。
ただ、顔が良くて、頭が良くて、強い葉山隼人の近くに居たいだけで、そのアイドル的な存在の隼人の近くにいれば自分の箔が上がると思い込んでいた。
攻略なんてものは本気で頑張っている攻略組に任せれば良いと思っている自己中心的で他力本願な人間の集まりだったのだ。
そして、隼人の仲間たちは隼人を信じきって、自分勝手な強攻策に出たのだ。
「ねぇねぇ、ファルくんが居ればもうちょい上の層で戦えるんじゃね?」
「あー、それ俺も思った!ファルくん強いし、頼りになるし、イケると思うわ〜!」
「戦闘なんて才能があるファルくんに任せれば良いっしょ?パーティ組んでんだから、勝手に経験値貰えるし!」
「それアリ!んじゃあさ、俺がファルくんにお願いするから任せろーwww」
「頼んだぞぉwwwアイツチョロいから余裕だってwww」
もちろん、隼人は猛反対したのだが彼らは隼人の性格を利用して強引に話を進めていった。
そう、隼人の分厚い仮面に着いてくる人間など、この程度の存在なのだ。
むしろ、今までの関係はマシな方だったのだ。
こうして、いつも自分たちが狩りをしている階層より上の階層で隼人たちは狩りをすることになった。
目に目見えた、当然の結果が彼らに襲いかかった。
迷宮区内で適正レベルではないパーティが戦闘を行えばモンスターを倒し切れず、時間がかかる。
そうすれば、必然的にモンスターに囲まれてしまう。
自分自身の傲慢な自信と隼人に対する歪んだ信頼により、数人の仲間が命を落としてしまったのだ。
逃げ帰るように迷宮区から出て、比較的安全なフィールドに戻って来る。
隼人は絶望した。
自分の未熟さ、弱さをここに来てまた実感させたれた。
そして、追い討ちをかけるように生き残った仲間の彼らは隼人を糾弾したのだ。
「ファルくんが・・・・悪いっしょ。ちゃんと俺らに言わなかったわけだし。」
彼らは仲間の死の責任を負いたくなかったのだ。
そもそもただ一緒に居ただけの別に仲良くもない赤の他人だった者たちの死の責任など負いたくない。
自分第一に考え、罪悪感から逃れたいが為に隼人に全ての責任を押し付けた。
隼人がいくら弁明しようと、彼らは『ファルが悪い』の一点張りだった。
怒り、憎悪、ありとあらゆる悪感情が隼人の心を蝕んで行き・・・・そして――――
――――隼人は衝動的に仲間の1人の首を刎ねた。
何故、このような行動を取ったのかは隼人自身、理解が追いついていなかった。
だが、隼人は初めて人前で《みんなの葉山隼人》をやめ、自分自身の感情で怒り狂った。
「オマエらが!!悪いんだろうが!!俺は、悪くなんてない!!」
そこからの隼人の記憶は曖昧だった。
反抗してきた者も居たが、ベースのプレイヤースキルは彼らと隼人では天と地の差だった。
「――――は、は、ははははははっ!!!」
この時、隼人は今まで感じたことのない快楽に溺れていた。
人生の大半、ずっと抑圧していた感情が爆発したのだ。
仲間の泣き叫ぶ声すらその時の彼に取っては快楽へと溺れされる麻薬のようなものだったのだ。
そして、全ての仲間を殺し終えた後。
なんとも言えない無気力感を感じていると、1人のプレイヤーが拍手をしながら隼人に声をかけた。
「最高のショーだったぜ。」
「・・・・誰だ?」
突如として現れた顔に刺青を入れた男はニヤリと笑って、言う。
「どうだった?自分を解放したらキモチイイだろ?このゲームはその《本物の自分》を与えてくれる最高のステージだ。・・・・このゲームを愉しみ、プレイヤーを殺すことはプレイヤーに与えられた権利だ。」
彼の言葉に隼人は自然と聴き入っていた。
先程した、してはならない行為をこの男は肯定したのだ。
「もっとこのゲームを愉しもうじゃないか。・・・・俺の所に来れば、与えてやるぜ?」
こうして、葉山隼人は《みんなの葉山隼人》を捨て、自分を解放することになった。
彼にとって、それは《正しい》ことだったからだ。
◆
俺の中でSAOで最悪の出来事とは、今まではサービス開始直後の《始まりの街》での出来事だ。
しかし、現状はそれをも上回る最低最悪の現実だった。
「あの奇襲を躱すなんて、思わなかったよ。やっぱり最初に麻痺らせた方が良かったな。」
らしくない、いや俺が知っている限り葉山隼人が絶対にしないであろう、嫌悪感を強く感じるニヤニヤとした表情で葉山は持っている片手剣をペン回しをするかの様に手首を捻らせ、クルクルと回している。
葉山の右手の甲には笑っている棺桶の刺青がしっかりと彫られており、彼が
「葉山、先輩、なんです、か?」
壊れた機械のようにコロルの言葉が何度も詰まる。
当たり前だ。
彼女にとって、今、この瞬間こそもっとも否定したい現実だからだ。
コロルが・・・・一色いろはが恋をした憧れの葉山隼人が、居てはならない場所にいるのだから・・・・。
「でもまぁ、あの攻撃を避けるって所が比企谷らしくもあるよな。その実力で今まで攻略組トップクラスだもんな。」
まるでコロルの事など眼中にないかのように、気づいてないかのように葉山は独り言のような話をし続ける。
「葉山、先輩なんですよね!?」
痺れを切らしたコロルは葉山に対して悲痛の叫びを上げる。
「・・・・ん?あぁ、いろはか。君も《
まるで、興味がないかのように、冷淡で冷酷な視線でコロルを一蹴したのだ。
コロルの表情は更に絶望感が滲み出ている表情に染まる。
今にも泣き崩れてしまうのではないかと思うほどの震えた身体を自分の手で押さえている。
「・・・・なんで、オマエがここに居る?」
俺だって信じ難い現実を前に今すぐここから立ち去りたいほどだ。
しかし、理由を聞かなければならない。
少なくとも、葉山を待っている人が現実世界にいるのだから。
「それはこっちのセリフだよ比企谷。・・・・君がこの世界に居るから、俺もここに居るんだ。」
「・・・・何だと?」
「でも、感謝もしてるんだよ?君が居なかったら今の俺は無いからね。」
葉山はこんな、責任転嫁をするような人間では無かった。
自分の言動にはちゃんと責任を持つような男だった筈だ。
何が、何があったんだ葉山?
「な、なぁ!!これで解放してくれる約束だろ!?」
すると怯えた様子で葉山の隣に立っていたプレイヤーが悲痛の叫びを荒げる。
彼は確か、俺たちがマークしていたプレイヤー《ブラスト》。
恐怖に怯え、絶望に染まりきった表情は一体どんなことをされたらできるのかと思えてくるほどだった。
「あぁ・・・・約束は約束だからね。解放してあげるよ・・・・――――
――――この世界から。」
「――――え?」
バシュッ!
鋭く、素早い葉山の一撃がブラストの首を容赦なく刎ねた。
人の首を刎ねるにはとても安っぽい音が、俺のは耳に入ってくる。
剣に纏っているソードスキル発動時のライトエフェクトが・・・・血に見えてしまうほど、俺は動揺を隠せなかった。
「――――きゃぁぁぁ!!!」
絶望に染まった表情のまま《ブラスト》の首は宙に舞い、淡い光のエフェクトとなって砕け散る。
コロルの悲鳴が無情に隠し部屋内に響き渡る。
「――――葉山ぁ!!」
モンスターに殺されたプレイヤーは今まで何度か見ていた。
しかし、俺は初めて目の前で人が人に殺される瞬間を見たのだ。
行き場のない怒りが込み上げ、怒号となって喉の奥から自然と出てくる。
「なんで!なんで殺した!!?この世界の死が現実の死と分かっててのことだろうな!?」
俺の怒りの声が部屋に響く。
「らしくないな、比企谷。いつも冷静で淡々としているオマエがそんな声出すなんて。・・・・本当に、らしくない。」
わざとらしく首を横に振り、残念そうな顔を見せてくる葉山。
更に俺の怒りのボルテージが上がっていく。
「ふざけるのも大概にしろ!!」
今にでも剣先を向け、斬りかかってしまいそうになるがここで混戦するのは得策ではない。
頭の隅に残った理性で何とか踏みとどまる。
「えっと、殺した理由だっけ?・・・・そんなの、邪魔されたからだよ。俺が比企谷と話してるのに邪魔してくるなんて、身の程知らずだよな。」
コイツ・・・・ブラストを殺したことなんて気にも留めていない。
本当に言葉の通り、邪魔だったからという単純な理由だけで人を殺したのだ。
人を殺した事に対して、何ら感情の起伏がない。
そう、罪の意識がないのだ。
「彼はただの囮だからね。・・・・俺たちの周りを嗅ぎまわってる《鼠》の駆除をリーダーに命令されて、色んな情報屋に途切れ途切れの情報を売ったんだよ。・・・・思った以上の大物が釣れたから機嫌が良かったのに・・・・囮風情の小物が俺に逆らうから、こうなるんだ。」
そう、淡々と自分のしたことを肯定していく葉山。
この時の俺は、怒りや動揺が限界値を超え、逆に冷静になっていた。
・・・・クソ、やはり罠だったのか。
葉山はわざと情報屋に途切れ途切れな情報を売ることによって、情報屋として名高い《鼠》なら辿り着けるギリギリのラインで罠を張ったのだ。
「・・・・一つ聞いていいか?《ブラスト》の言っていた解放って、何だ?オマエらの仲間じゃないのか?」
冷静になり、できる限りの情報を探ろうとする俺を見て葉山は嬉しそうにニヤリと笑う。
「・・・・調子が戻ったみたいだな。どうせ殺すから質問くらいは答えてあげるよ。」
自分が優位な立場にいるためか、葉山は楽しそうに手口を語る。
「彼は1度もオレンジになったことのない残念なプレイヤーだよ。・・・・仲間を皆殺しにして、『従わなければ殺す』と脅したら簡単にいうことを聞いてくれたよ。」
所々で俺を煽りようににやけた表情で俺にいう葉山。
一度収まった怒りが再度込み上げてくるが、理性で押さえ込ませる。
「人って死に直面すると正常な判断ができなくなるんだよ。圏内に入って宿屋にでも引きこもれば安全なのに・・・・本当に馬鹿だよな。そう思わないかい、比企谷?」
「・・・・人を、人の命を何だと思ってやがる。」
人として大切な《正しさ》を失った葉山に嫌悪感を感じながら、俺は呟くように言った。
「残念だよ、比企谷。・・・・君なら理解してくれると思ってたんだけど。」
すると剣を構え、殺意を溢れ出させる葉山。
俺も咄嗟に剣を構える。
今現在、戦えるのは俺だけだ。
コロルは現実を受け入れきれず、座り込んで放心しているため戦える状態ではない。
アルゴは偵察や調査に特化したステータスなため、前線で戦っていると言っても葉山相手では分が悪い。
先程、ブラストに一撃を入れた葉山の一撃は強烈なものだった。
中層プレイヤーとはいえ・・・・HPゲージMAXだったブラストをソードスキルを用いたクリティカル一撃で殺したのだ。
アスナやキリトに劣らない圧倒的才能からくるプレイヤースキル。
そして、準攻略組と変わらないほどのステータスレベル。
正直言えば葉山とその他のオレンジプレイヤーを同時に相手取り、戦うとなれば勝率はかなり低い。
「じゃあ・・・・愉しい時間を始めようか。」
葉山がスッと手を挙げると辺りにいた数人のオレンジプレイヤーも各々の武器を取り出す。
だが、俺たちにはまだ手がある。
すでにその奥の手はハンドサインによってアルゴに伝えられている。
後は、タイミングを見計らって――――
「あぁ、先に言っておくけどここでは転移結晶は使えないよ。」
「――――っ!?っアルゴ!!」
俺たちの最終手段としてアルゴが転移結晶を持って構えていたはずだ。
後ろを振り返り、アルゴに確認を取る。
「言ってることは本当みたいダナ。さっきからコマンドを呟いてるけど、ウンともスンとも言わなイ・・・・。」
ここは隠し部屋の内部。
罠を解除しない限りは転移結晶どころか、結晶系アイテムは一切使えない結晶無効化空間のようだ。
葉山たちは敢えて罠を解除しない事によって退路を絶ってきたのだ。
「こうでもしないと、比企谷は直ぐに逃げるだろ?」
「・・・・クソッ。」
中層の未発見の隠し部屋。
そういった可能性は考えていなかった。
この罠もそうだが、俺たちを逃さないようまで計算に入れた完璧な作戦・・・・完全に俺たちは葉山の掌の上で踊らされていたのだ。
ここまで来ると逆に冷静になってくる。
辺りを見渡せば、数人のオレンジプレイヤー。
後ろには、守らなければならない大切な人。
・・・・覚悟を決めたんだろう、比企谷八幡。
リアルの知り合いが相手だからって尻込みしてる場合なのか?
死に怯えている余裕なんてあるのか?
殺してしまうかもしれないことを知り合いだからって立ち止まってていいのか?
そうだ、
俺は、ここで葉山を斬らねばならないのだ。
「・・・・かかって来いよ。」
心を押し殺し、俺は
「いい顔だ、比企谷・・・・。It's Showtime・・・・!」
こうして皮肉にも俺と葉山の因縁の対決は、最悪の場面で火蓋を切ったのであった。
◆
「お、それもーらいっ!」
「あ、ダッカー!!意地汚いよ!」
今俺たちが居る場所は第47層の主街区《フローリア》。
花が咲き乱れる美しい街並みが特徴だ。
そんな公園のような一角で俺を含めた《月夜の黒猫団》のメンバーは休暇としてピクニックとしてここに遊びに来ている。
「キリトも何か言ってよ!ダッカーったら、私のサンドイッチを――――って!?また!?もう!!」
「あはは・・・・」
つい最近、ようやく攻略組へと参加することができた《月夜の黒猫団》は相変わらず、アットホームな雰囲気が特徴的だ。
彼らのおかげで最近の閉鎖的な空気はだいぶ緩和していると実感している。
いつかの約束を果たした彼らは俺を再度ギルドへ勧誘をしてくれた。
俺はそれを快く承諾し、今ではこうして仲間として楽しい日々を送っている。
「・・・・これも、ハチのお陰だな。」
「俺もそう思うよ。」
すると、後ろから騒ぎ立てるサチたちを見守りながらギルドリーダーであるケイタが俺の独り言に答えてくれる。
「俺はその時居なかったけど、ハチさんが居なかったら俺たちは今頃、死んでたと思うよ。」
少し真剣な表情を混ぜながら、ケイタはそう言った。
ハチはあんなに捻くれているのにも関わらず、優しさを持った人間だ。
《月夜の黒猫団》の指導及び、レベリングの手伝いもしてくれていたと聞いている。
本人にその事についてお礼を言えば『コロルとシリカの修行のついでだ。別に大したことはしていない』と言っていた。
本当に素直じゃない。
「ハチさんたちも俺たちのギルドに入ってくれれば百人力なんだけどなぁ。」
「無理無理、ハチは群れるのが嫌いな一匹狼気取りのリア充だから。」
アルゴからの情報によれば、あの2人とほぼ同居しているかのような状態らしい。
美人の2人を誑かしてうらやまけしからん。
アスナはアスナでハチに会うと機嫌が悪くなるし、それの仲介役をさせられる俺の身にもなってほしい。
「――――キリトさん!!」
突如、後ろから荒々しい声を立てながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
振り返るとそこには泣きそうな顔でこちらに走り来るシリカの姿が見えた。
尋常ではない様子から俺は直ぐに立ち上がり、弛緩していた気持ちを引き締める。
「どうしたシリカ?お前1人で珍しい。」
「そ、それが・・・・!!ハチさんが、ハチさんが危ないんです!!」
「・・・・何だと?落ち着いて一から説明してくれ。」
息を荒げるシリカを落ち着かせながら話を聞く。
「それが・・・・ハチさんが
「な、なんだと?」
一体、なにに首を突っ込んでんだ、ハチ・・・・。
何とも言えない不安が、俺を襲ったのであった。
八幡誕生日おめでとう・・・・!