大魔王 羽咲綾乃 作:深淵の英知
それから私は、羽咲有千夏と名乗った女の人に引き取られることになった。
引き取られてから気づいたのことだが、この羽咲有千夏――私の新しいママは何でも元プロのバドミントン選手で、現役時代には女子のシングルスの全日本総合優勝10連覇という偉業を成し遂げた、バドミントンの世界では知らない人がいないくらいの有名な人だった。
その情報を引き取られた後に知って、ああ、無知って恐ろしいって思った。
『バドミントンは、好き?』
そんなママの一言で、バドミントンが好きになって、バドミントンを本格的に始めて、バドミントンについて知れば知るほど、ママの成し遂げた事の凄さが分かるようになった。
それで私を引き取ったママはこんな凄い人なんだって思うと、なんだか誇らしかった。そんなママの娘になったんだ、ママの残した偉業に恥じない娘になりたいって、心の底から思った。
初めての大会は緊張しすぎて、うまく身体が動かなかった。まるで生まれたての小鹿のように膝が震えて、情けないほどだった。
それでもコーチ席に座るママを見れば、力強く頷き返してくれて、それだけで力が湧いてきた。
だけど、それだけで勝てるほど現実は甘くなくて、初めての大会では2回戦であっけなく敗退してしまった。
悔しさのあまり涙があふれた。そんな私をママは優しく抱きしめてくれて、耳元で「よく頑張ったね。まだあなたは始まったばかり。これから一緒に頑張っていこうね」と言ってくれた。そんなママのぬくもりを感じた私は周りの目を憚らずに声をあげて泣いた。
もっとうまくなりたい。もっともっと――。
ママとの練習は楽しかった。楽しいだけじゃない、頑張れば頑張るだけ、うまくなっていくのを感じた。
ママは、「コニーのセンスがいいからよ」というけど、きっとそうじゃない。ママだから、ママが教えてくれるからうまくなるんだ。
それから徐々に頭角を現していった私は大会でも結果を残せるようになっていった。初めて優勝のトロフィーを手にしたのはママと出会って、一年が過ぎた頃。
湧き上がる歓声と喝采。授与される賞状とトロフィー。
皆が私を見ている。皆が私に溢れんばかりの拍手を送っている。
あまり規模の大きくないあくまで国内レベルの大会ではあったけど、それが私が初めて手にした栄光だった。
練習をたくさんして、勝つことが、楽しいことを覚えた瞬間だった。
もっと勝ちたい。もっともっと――。
私はバドミントンにのめりこんでいった。ママもそんな私の想いに応えてくれるように色々なことを教えてくれて、元日本代表の選手としての顔の広さを生かして色々な人との試合を組んでくれた。
流石にプロ選手相手ではまだ全然相手にならなかったけど、それでも格上の選手との試合は得るものが多かったし、いつか絶対に勝ってやるというモチベーションの向上にも繋がった。
そんな大変だけど、充実した毎日を送っていたある日のことだった。
家でシャワーを浴びて、自分の部屋に向かっていた時のことだ。
廊下の途中にあるママの部屋の扉の隙間が空いていることに気が付いた。
濡れた髪を拭くのを中断して、薄く漏れた灯りに釣られるようにおそるおそる扉に近づく。
その向こうには椅子に座って、目の前の机に突っ伏した状態になっているママの姿があった。扉の隙間から漏れていた灯りは、机の上の点けっぱなしになっていたパソコン画面のものだった。
(まったく、ママったら電源つけっぱなしじゃん……)
とりあえず近くにあったタオルケットを手に取り、ママの傍に近寄っていく。よっぽど深く熟睡しているのか、私が近づいても起きる気配はない。
「……何も被ってなかったら風邪ひいちゃうよー」
小声で呟きながら、ママの背中にタオルケットをかけてあげる。
ついでに電気がもったいないので、パソコンの電源を切ろうと手を伸ばして、その画面に映っている映像を目にして止まった。
流れていたのはあるバドミントンの試合だった。肌色髪色からして
(へー……
机を見ると、突っ伏したママの下には広げられたノートや本が散乱している。ノートにはびっしりとバドミントンの戦略や考えが書き記されていた。
(うわ、凄いなー)
改めてママの凄さを再認識された私は再びパソコンの画面に視線を戻す。
そして――
「――えっ?」
固まった。
画面に顔を近づけて、食い入るように映像を見る。
なぜならそこにはママのトレードマークと同じように髪を後ろに結んだ、まるでママを二回りくらい幼くした一人の少女が映っていたからだ。
それだけでも十分驚きだったのに、さらに驚いたのはそんな少女が展開する試合内容。いや、果たしてそれは試合と呼べるものなのだろうか。
否、まるで試合になっていない。表示されたスコアは18-2――いま更新されて19-2。
汗だくになり、疲労困憊になっている対戦相手を余所に首を回しながら、息一つ乱さず構えるママ似の女の子。
対戦相手の渾身のスマッシュを物ともせず、簡単に打ち返すその姿はある種の異様な光景に思えるほど鉄壁だった。
幾度となく打ち返されるはスマッシュを打ちやすい絶好球。それはママ似の女の子がわざと打ちやすい球を返しているのはもはや明白だった。まるで、限界まで追い詰めた獲物をいたぶる肉食獣のように、悉くを打ち返し、相手をもてあそんでいた。
やがて対戦相手の女の子は、自身の流した汗に足を滑らせ、その場に派手に倒れこむ。
それを尻目にママ似の女の子はシャトルを一際、高く打ち上げた。
そのシャトルはゆっくりと空を舞い、倒れ伏す対戦相手の頭上を飛び越え、バックバウンダリーラインギリギリ、あと少しでアウトになってしまうライン上の瀬戸際のところにぽてん、と落ちた。
20-2。無情にも刻まれるスコア。ママ似の女の子はまるで疲労の見えない足取りで、所定の位置へ戻っていく。
けれど試合はいつまで経っても再開しなかった。床に四つん這いになった対戦相手の女の子が、そのまま動くことなく、細かく肩を動かし、息を整えていたからだ。いや、息を整えているというより、あの様子は――
結局その試合は相手選手の棄権ということで、決着がついた。
「……う、うーん」
「……っ!」
茫然自失としていた私はママの声に我に返る。
起こしてしまったかと、何の悪い事もしていないのに、慌ててその場を後にしようとする。
その時だった。
「あや……の……」
ママの寝言だった。
アヤノ……? アヤノって誰?
だけどそれからママが起きることはなく、静かな寝息が聞こえてくるだけだった。
眠ってるママを起こすわけにもいかず、私は重い足取りで自分の部屋へと戻った。
ベッドに膝を抱えて座り、私は先ほどの試合を振り返る。
バドミントンってただ楽しくて、勝つと嬉しいものだと思っていた。
お互いが全力を出し合って、試合の後は互いの健闘を称えあって。
それがバドミントンだと思っていた。
だけどさっきの試合。ううん、あれは試合じゃない。ただの一方的な蹂躙だった。
対戦相手は満身創痍で力尽きて。それを冷たく見下ろすママ似の女の子。
静まり返った試合会場でただ聞こえて来るのは、力尽きた対戦相手の、懸命にこらえても抑えきれなかった嗚咽。
それはあまりに残酷な光景だった。
ねぇ、ママ。
あの女の子はいったい誰なの?
あの女の子はどうしてあんなことをしたの?
あの娘はなんで、あんなにママに似ていたの――?
その日、結局、私は眠りにつくことができなかった。
ゆうしゃコニー は まおうのそんざいを しった!