大魔王 羽咲綾乃 作:深淵の英知
「マッチウォンバイ·クリステンセン。21ー15、16ー21、21ー18!」
それは私の優勝を告げる主審の宣言だった。
「っし!」
思わずガッツポーズを握ってしまう私。
そんな私を見て、長いため息を吐いた対戦相手の女性はやがてやれやれと言ったように苦笑いを浮かべた。
「まだ、チャンピオンの座を誰かに渡すつもりはなかったのだがな」
そう言って、ネット越しに近づいて来た対戦相手――前年の王者である彼女は、負けながらも堂々とした立ち振る舞いで私に右手を伸ばした。
「いい勝負だった。お前になら負けて悔いはない、クリステンセン」
「は、はいっ!こちらこそありがとうございました!」
慌てて握手に応じると、彼女は汗だくの顔にフッ、とクールな笑みを浮かべた。
「王者なら、もっと堂々と振る舞え。なにせ、お前は今、この瞬間、このデンマークという国の頂点に立ち、この国のバドミントンの象徴になったのだからな」
その言葉は目の前の彼女もまた王者であったからこそ説得力のある言葉だった。
だから私は力強く頷いた。
「はい!」
お姉ちゃんを倒す。そう決意したあの日からようやく、ようやく私はここまで来た。
アマチュアではない厳しいプロの舞台に立ち、ヨーロッパの中でも最もバドミントンが盛んな国であるこのデンマークで、最も規模の大きい大会を勝ち上がり、その頂点に立つ。それがお姉ちゃんを倒す上で私が最初に立てていた目標であり、試練だった。
ここまで厳しい道のりだった。お姉ちゃんを倒すと決意したあの日から、ママの練習はこれまでとは比較にならないくらい厳しいものになったし、大会に出る過程で
それでも私が逃げ出さなかったのは、歯を食いしばって耐えることができたのは、それでもやっぱりバドミントンが好きだったからという理由もあるけど、何より大きかったのはあの日の決意があったから。
相手がいなくて、バドミントンに絶望してるお姉ちゃんを救いたいという何よりも叶えたい願いがあったからだ。
ようやくここまで来た。思わず感極まって泣きそうになるが、そんな涙はグッとこらえる。私はまだ何も成し遂げちゃいない。こんなんじゃまだお姉ちゃんには届かないってわかっているから。
それでも今だけはこの死にものぐるいで勝ち取ったこの勝利を喜ばして欲しい。そんな思いで私は試合会場外で待っているママの下へ駆け出した。
そして――
(あれ……?)
ママがいた。ベンチに腰掛けているママが。
私が優勝している姿を見ているはずだから、きっとママも喜んでくれているはずと思っていた。
でもベンチに座ってるママの姿はどこか気分が落ちて、項垂れているように見えた。
「ママ……?」
おそるおそる近づいて、呼びかけるとママが顔を上げた。そして私に気づくと、笑顔を浮かべた。
「ああ、コニー。試合見ていたわ。優勝、おめでとう」
「う、うん。ありがと」
いつもと変わらないママのように見えるけど、さっきの項垂れていたママの姿を見ている私としては素直に喜ぶ事ができなかった。どうしてもさっきのママが気になってしまう。
「どうかしたの、ママ?」
「……」
私の問いかけにママはしばらく押し黙っていたけど、やがて静かに口を開いた。
「綾乃のことなんだけど……もう、あまり時間は残されていないのかもしれない」
「えっ……」
そう言ってママは私にスマホの画面を見せてくる。
おそるおそる覗き込むとそこには。
全日本総合バドミントン選手権女子シングルス優勝――羽咲綾乃という文字が記されていて。
決勝のスコア、21―0、21―0という冗談かと目を疑うような異常なスコアが記されていた。
「今、綾乃の幼馴染から連絡があったの。あの娘に酷い事を言っちゃって『もう私なんかじゃ、綾乃の力になることはできない』って。このままだと綾乃は壊れちゃうって」
「――!!」
ママの言葉に目を見開く。
ママがお姉ちゃんのお目付け役を幼馴染のエレナっていう女の子にお願いしていたことはこれまでの会話で聞いていた。最強故に孤独を歩むお姉ちゃんを独りにしないようにと。優しくて頼りになる、ママが信頼してる女の子だと聞いていた。
そんなお姉ちゃんの親友が匙を投げるほどに……ママに泣きつく程にお姉ちゃんは追い詰められているのか。変わり果ててしまっているのか。
進化しているのか――。
「……」
あまりに唐突な知らせに頭の中は未だ混乱している。もうあまり時間は残されていない……そんなママの言葉だけが何回も頭の中で繰り返される。
対峙しなければならない時がすぐ側に迫って来ている事を、今、私は予感していた。
有千夏&コニー「まだ準備整ってない('・ω・') 」