––––小学生の頃、俺は一目惚れをした。
彼女の名前は篠ノ之箒。 四年生の時に転校してきた子で、凛とした佇まいや古風な価値観で自分を律しようとする心、俺とは違う何処か大人びた雰囲気の彼女は別の世界の人に見えたのを今でも鮮明に覚えている。
なんとかして好きだと伝えたかった当時の俺は必死で頑張った。元々やっていた剣道に彼女との繋がりを求めて没頭し、可能な限り練習相手として竹刀を交えたり、文武両道を目指して勉強にも必死で取り組んだり、兎に角やれる事を全部やって振り向いて貰える様に全力を尽くしたんだ。
その甲斐もあって俺は良く彼女と喋る様になった時は、思わず見られていないところで嬉し涙を流して喜んだもんさ。
だって最初の頃はずっと落ち込んでて話しかけても素っ気なかったんだぜ? それが徐々に名前を呼んでくれる様になって、一緒に話す事も出来る様になったんだから、そりゃ喜ぶだろ?
友達になる為にかれこれ二年、暗い表情の篠ノ之さんが少しだけ笑うようになって、これからもっともっと仲良くなれると思った矢先、彼女は何も告げずに転校して行った。
ぽっかり胸に穴が開くって表現があるけど、本当にそれがぴったりの感じだったよ、だって惚れた女と順調に仲良くなってる最中だったんだぜ? 学校から帰ったら自分の部屋で落ち込んでたよ。
けどその内俺も立ち直ってさ、剣道を続けてればもしかしたら大会なんかで会えるかもしれないって思い直して、そっからずっと剣道と勉強漬けの毎日、当時の友人からしたら取り憑かれた様にその二つばっかやってたんだってさ。
…………多分、この時に俺がここまで剣道に没頭してなかったら、俺の初恋はそのまま幕を閉じたんだと思う。
––––奇跡的に篠ノ之さんと再会できたのは中学三年の剣道大会での表彰式。
数年ぶりに出会った彼女は想像以上に綺麗になっていて、終わったと思った初恋に再び火が付いたのもその時だった。
小学生の頃は告白出来ずに別れる事になったから、今度こそはと勇気を出して俺は声を掛ける。
「篠ノ之さん!! 四年ぶりだね!!」
「……佐久間か、久しぶりだな」
優勝したのに浮かない顔をしている篠ノ之さん、もう少し嬉しそうな顔をしていると思ってたのに一体何故?
「どうしたのさ、浮かない顔して」
「……いや、何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ? 友達なんだから遠慮しないでさ、愚痴でもなんでも言ってスッキリしようよ」
「友達、か」
少しでも良く思われたいから、そんな下心でそんな事を言った俺だったけど、この後に篠ノ之さんの口から出た言葉は衝撃を受けるのには十分過ぎた。
「…………私には、表彰される資格は無い」
「どうして? 小学校の頃だって一番一生懸命だったじゃん」
「––––好きな男が居るんだ、私には」
予想外の言葉に固まる俺に構わずに始まる彼女の独白。初恋の男の子と離れ離れになったから繋がりを求める様に剣道を続け、憂さ晴らしをする様に相手を打ちのめして居たと言う。
彼女の言葉に嘘は無いのか、優勝をしたと言うのに確かに同じ学校の子からのお祝いをされている様子は無かった。
「お前は私と友達と言ったが、あの時から私は憂さ晴らしの為の剣しか振っていなかったはず––––いや、今もそうか」
「篠ノ之さん……」
「……そろそろ時間だ、久々に友達と話せて楽しかった。さようなら」
そう言って篠ノ之さんは逃げる様に人混みの中へと紛れてしまい、呼び止める前に見失ってしまった。
この四年の間に何があったのかは分からない、そして消え入りそうな声で自分の事を話した彼女から感じた自己嫌悪を解消する事や、距離を詰める事も出来ず、気の利いた言葉をかけて元気付ける事も出来ない自分が酷く悔しい。
––––そんな無力感と自分の意気地の無さを噛み締めたその日から数ヶ月後、世間が受験シーズンと呼ばれる頃にそれは起きた。
入試を受けた帰り道、バス停の待ち時間にニュースサイトを流し読みしていたら『世界初のISを起動出来た男!?』という内容の速報が載っていた。
女性にしか動かせないISを起動した男子、デマでなければ大変な事になるだろうなぁと他人事の様にその時は考えてたと思う。
だって俺は普通の男子中学生、そんな天文学的数字の確率が自分に関係あるとは思えない。
––––しかし、その考えは間違いだったと一ヶ月後の全世界一斉適性検査で分かるのだった。