篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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第9話

––––一瞬、俺はロックオンされた事の意味が分からなかったが、謎のISの腕部から放たれたビームがこちらに向かってきた事でハッとなり、その場から更識さんを抱えて急降下して回避する。

 

両腕合わせて計四発のビームはかなり大きな回避行動を取ったお陰で当る事は無かったけど、外壁に着弾した際の威力から第三世代機並みの高出力だと分かった。

 

冷や汗が頬を伝う、着弾点には小さなクレーターが出来てるから競技用のリミッターなんてのは掛けてない、絶対防御も完璧じゃないのだからあんな物を下手に直撃なんてしたら……。

 

ふつふつと湧き上がる恐怖に思わず震えそうになるが、そんな弱気の虫が顔を見せようとした瞬間に先生達からの放送が入って来た。

 

 

『皆さん今すぐアリーナから脱出してください!! 先生達がISで制圧に行きます!!』

 

「そうしたいのは山々なんですけどねッ!! 誰に恨まれてるのか鬼みたいなロックオンで振り切れそうに無いです!!」

 

この全身が装甲に包まれたISは少しでもピットに近付くと、それを阻止する様な砲撃を行いつつ片腕を客席へと向けてくる。それに、アリーナに展開していた遮断シールドを突破してきた機体だから下手に逃げるのは被害が拡大しかねない。

 

かと言って、満身創痍の機体を使って敵機を撃破できる程の腕前は無いから逃げ回る事しか出来ず、結果として更識さんを抱き抱えたままビームの雨から逃げ惑っていた。

 

 

「埒が開かない!! 更識さん、何か良いアイディアとか無いかな? 回避に専念してる所為で全く頭が回らなくって!!」

 

 

素人の浅知恵で何とか出来るとは思えなかったから腕の中の更識さんにそう聞いてみたんだけど、全く返事が無い。

 

不審に思ってハイパーセンサーで確認してみると、完全に恐怖で竦んでいるのが分かる。思考が現実に追い付いていないのか可哀想なくらいに身体も震えていた。

 

「更識さん?」

 

「……ダメ、あんなの……まともにやって勝てる訳……ない」

 

 

諦めの混じった呟き、その中に込められてる感情は自己肯定力の低い言葉と自身に対する過小評価。

 

俺を通して誰かを見ていたのも、その人に対する強いコンプレックスが原因だろうし、それを払拭するためにこの試合を頑張っていたのかもしれない。

 

しかし、対策したはずの俺には戦闘の主導権を奪われた挙句王手まで掛けられてしまった。その事がきっかけで緊張の糸が切れてしまったのだろうか?

 

その気持ちは痛いほどよく分かる、俺だって織斑君に対する鬱屈した感情を抱いてるし、試合前にもそれが原因で体が震えていた。

 

––––俺とこの子は似てるのかもしれない。不思議とそんな気がして、抱き抱えて居た彼女を離して庇う様にその前へと出る。

 

 

「……あの機体の狙いは多分俺だと思う。だからこっちから向かえばそれに乗って来るはずだからその間ならピットの中に逃げられる」

 

「……佐久間……くん?」

 

「––––三つ数えたら俺が斬り込む、それに合わせられるよね?」

 

『な、何を言ってるんですか佐久間くん!! 君の機体だってダメージは蓄積してるんですよ!?』

 

「時間稼ぎだけなら、何とか出来ますよ先生」

 

 

葵は全て弾かれ、焔備も投げてしまった俺は先生の言葉を無視しつつ、拡張領域(バススロット)に入れていた予備の葵を二本呼び出しながら灰色のISへと向き直る。

 

そして宣言の通りに三つ数えると、更識さんの制止も聞かずに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行い、相手との距離を一気に潰すと、その勢いを利用して顔面に向けて突きを放ったが、一撃は首を逸らすだけで避けられてしまう。

 

ならばとその場で腰の回転を加えた横薙ぎへと切り替え、彼女の頭部へとクリーンヒットさせてその場から弾き飛ばす。

 

しかしこの時の手ごたえが妙に硬かった事に違和感を覚え、俺は思わず追撃を止めてしまった。

 

––––SEを殴った時の独特の手応えが無い? いくら頭部が装甲で覆われてるからと言ってもISのパワーでの横一閃だぞ? 衝撃が貫通したら意識が飛ぶだろう。それ以前にブレードの斬撃に対して絶対防御すら発動していないのは何故だ?

 

なんとも言えない違和感、ISは人が乗って動く物である以上無人機とは考え辛いけど、今の一撃を受けて昏倒しないのは有り得ない。

 

そんな疑問を浮かべていると、弾き飛ばした灰色のISは操り人形の様に身体を起こし––––凄まじい速さでこちらに向かって来た。

 

両腕のビーム砲に光が収束している事からまだ発射体制には入っていないんだろうけど、下手に撃たせて避けた流れ弾が客席に飛んだら悲惨な事になる。

 

更にマズイ事に、無理な機動を重ねて来たからかどうも機体への負荷が無視出来ないレベルになっていたらしく、ダメージチェックをするとイエローラインが非常に多い。

 

無茶苦茶な回避行動もそれをするだけで大破の危険性が出てきた以上、俺がやるべきなのは機体が持っている間にこちらから打って出る事、ブレードの刀身を砲身に捻じ込めば暴発させる事くらいは出来るし、なんなら関節を破壊すれば戦闘能力も削れるから接近しなきゃ始まらないだろう。

 

俺は身を低くしながら地面を蹴って相手の懐まで踏み込み、そのまま両手首を同時に切り落とすつもりで斬撃を同時に二つ放ったけれど、前面に付いたスラスターによる瞬間的な後退で回避されてしまう。

 

しかもその挙動は完全に“見てから避けた”という類の超反射、ギリギリまで引きつけた挙句突進の勢いを殺さないまま瞬間的に距離を離すなんて真似をしたら確実に搭乗者本人にもダメージが行く。

 

その証拠に俺の身体は無理な挙動で全身に痛みが走っている、骨が折れてる訳では無いにしろ確実に打撲や打ち身の一つや二つは入ってると思う。

 

そんなレベルの行動だと言うのに、相手は一切怯むどころか即座に四発のビームを射出してきたので、多少面食らいながらもその内の半分を盾で受け止め、もう半分を両手の葵の腹で地面へ向けて叩き付ける様に斬り払った。

 

しかし強烈な出力のビーム兵装である以上一発耐えるのが関の山だったらしく、盾は二つとも大破し、葵に関してもビームの斬り払いに成功したものの半ばから融解してしまっている。

 

客席に流れ弾を当てない様にする為にも避ける訳にいかなかったから使い潰すつもりで弾いたんだけど、正直な話見通しが甘かった。

 

そう何発も受け止められないにしろ、盾の特性的に後数発は受け止めてくれると思っていたから、目論見が外れた事に頬を冷や汗が伝って行く。

 

しかし此方の緊張感に付き合ってくれるほど優しい相手じゃないらしく、再度ビーム砲をチャージし始めた。

 

それを見た瞬間思考よりも先に体が動き、限界の見え始めた打鉄に更なる負荷を掛ける事を承知で瞬時加速を発動する。

 

拡張領域に格納してる武装は葵が後四本と焔備が一丁、両肩の盾が大破した以上最早四発同時射撃は防ぎ切れない。

 

その為攻勢に出るしかない、俺は距離を詰めた瞬間に折れた葵で再び手首を切り落とすつもりで再び切り上げたが、またしても超反応の超回避をされてしまう。

 

しかし、一度その人間離れした反応速度は見ているので、瞬時加速の勢いを残したまま地面を蹴って避けた方向へ無理矢理付いて行くと、左手の葵を投げ付け、それに対する超反応を更に誘発する事で回避先を狙い撃ちにし、手首では無く右肘の関節部分へ折れ残った葵の刀身を下から突き上げる様にねじ込む。

 

そしてその場で回転する様に力尽くで傷口を切り広げて肘から下を斬り落としたが、その際に超反応の秘密が感覚的に分かった。

 

この機体はあまりにも人間味のない反応をしているし、今も斬り落とされた腕を抑えるでも無く、残った左腕を淡々とこちらに向けて居る事から恐らく無人機だろう、可能か不可能かはともかくとして人間にしては殺気も焦りも一切感じない。

 

そもそも人間の挙動としては不自然なほどの超反応を繰り返してるのに反応速度が衰えていないのが決定的だ。

 

喉をせり上がって口の中で広がった血を吐き捨てながらハイキックで相手の残った腕を蹴り上げると、残った砲門を破壊する為に折れた葵を突き出したが、超反応で回避される。

 

また瞬時加速でそれを追おうとしたら真上に飛ばれてしまった為、地面を蹴って垂直に跳び上がると、前面のスラスターで急静止を掛けつつ無理な挙動で増し始めた身体の痛みを押し殺して追随し、更に瞬時加速を重ね掛けする事でゼロ距離まで接近する事に成功した。

 

この後この機体はきっと人間には不可能な反射速度で回避行動に移るんだろう、そうなる前に少なくともあと一つ砲門を破壊する!!

 

そう考えた上で、全身を弓の様に引き絞りながら左肩の砲門に向けて殴りつける様に突きを放ったが、俺の予想に反して相手は回避行動を取らなかった。

 

寸分違わず砲門に突き刺さる葵を見た俺は嫌な予感がし、咄嗟に柄から手を離そうとしたけど、それは間に合わずに巨大なクローで腕を握られる。

 

まさかの行動に完全に反応が遅れた俺はそのままアリーナの外壁に叩きつけられ、その衝撃で身体が硬直してしまった。

 

既に悲鳴を上げはじめた体の痛みが一気に吹き出し、手足に力が入らなくなったところで二つの砲門が向けられる。

 

咄嗟に空いた手に葵を取り出そうとしたけど、今度は地面に叩きつけられた所為で呼び出した葵を取り落とし、絶体絶命となった。

 

––––しかし、二つのビームが俺に放たれる前に一発の銃弾が右肩の砲門を撃ち抜いて暴発させる。

 

ハイパーセンサーで周囲を見回すと、上空で焔備を構えた更識さんが怯えを押し殺した様な表情で援護射撃をしてくれていたけれど、その行動によって無人機の標的になってしまったらしい。

 

俺の機体の腕部をクローで握りつぶしてから離し、収束の終わったビーム砲を彼女に向ける無人機、表情からこの機体に対する恐怖が拭えていない更識さんでは下手をすると反応が遅れてしまうかもしれない、なら俺がやる事は一つ!!

 

潰されたのは右腕だけ、他の四肢はまだ残ってるのでビームを発射する直前に相手の腕を蹴り上げつつ砲撃を真上に撃たせると、ラグビーのタックルの様に腰に組み付いてブースターが焼け付く事を承知でアリーナの外壁へ無人機を押し付ける。

 

そしてそのまま全速力で外壁をなぞり、摩擦と速力によって相手の装甲と内部のフレームを削って行く。こちらも機体の酷使が限界を超えはじめたのか、スラスターを中心に関節や機体内部の損傷を告げるアラームがひっきりなしに鳴り響く。

 

 

だけど、この捨て身の攻撃に耐えられなかったのか無人機の装甲がボロボロになって崩れはじめ、ほんの僅かに教本の参考写真で見たISのコアらしき物が露出したのが分かる。

 

俺は最後の一撃と言わんばかりに葵を呼び出すと、オーバーヒートと限界以上の酷使でスラスターが大破する事を承知で機体を九十度回転させ、振り落とす様に無人機を地面へと叩きつけ––––自由落下と同時に峰でISコアを抉り飛ばした。

 

 

俺の記憶はこの後ぷっつりと途切れている、相手が完全に動かなくなった事を確認したのは覚えてるけど、それで緊張感が切れてしまったんだと思う。

 

目が覚めたら医務室のベッドの上で寝かされていて、保険医の人曰くこの後学園の関連病院に搬送されるとの事。

 

全身の痛みに軽傷はあり得ないなと他人事の様に思った俺は、そのまま疲労感に身を任せて眠るのだった。

 




簪ちゃんは原作でもゴーレムⅢに腰が抜けてましたから少々弱気でしたが、佐久間くんの捨て身の戦法で少し勇気を貰った結果、ゴーレムに隙を作りました。

佐久間くんが最後にやったのは顔面を壁に押し付けてヤスリがけするあれ。

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