無人機襲撃事件から数日が経過した。
意識が回復した瞬間病院へ直行させられた俺は、治療用ナノマシン等の最新の治療を受けて何とか学園に復帰したんだけど、医者のドクターストップがかかっているから当分はISに乗せて貰えないらしい。
『君の怪我の大半は無理な機動で体に掛かったGによるものだから、ナノマシン治療で体が治っていても蓄積した疲労が抜け切っていない以上しばらくは体を休める事、良いね?』
そう面と向かって釘を刺された上に学園にも通達済み、俺は体が治るまでの間暇が出来てしまった事にため息を吐きながら部屋に帰ると、丁度部屋に居たのか織斑君が出迎えてくれた。
「おっ? もう退院したのか佐久間?」
「一応はね? ただ当分はISに乗れないってさ……折角瞬時加速の練習しようと思ってたのに」
「あんな状態だったのに練習する気だったのか……」
「まぁね、今回の襲撃事件で情け無い姿を見せちゃったからさ」
もっと上手に機体の操作が出来てれば打鉄をあそこまで消耗させなかったし、そもそも更識さんの引き撃ちに対しても被弾しない方法があったはず。
俺は射撃兵器に対する間合いの把握が甘い、今回無人機のビーム兵装を直撃する事が無かったから良かったものの、更識さんが居なかったら最後の最後にあの高出力のビームを受けていた。
だからその辺りを踏まえた訓練をしたかったんだけど……それで体を壊したら仕方ないか。
とはいえ、怪我を理由に何もせず暇を持て余したくは無いので、机の中から参考書を取り出してノート片手に勉強をしようと思ったんだけど、今持ってる参考書は大体内容を覚えてしまったし、そもそも自習用のノートが何時の間にか尽きていた。
次の外出は早くて明日、ISには乗れない以上今日は自分一人でやれる事が殆どない。
「……うーん、やれる事がない」
「あーっと、じゃあさ? 俺の勉強に付き合ってくれないか? 参考書の内容を一週間で詰め込んだからイマイチ分かんないところが多くてさ」
「それは別に大丈夫だけど……なんでまた参考書を一週間で覚えたのさ? 少なくとも入学前に二ヶ月は時間あったでしょ?」
「…………古い電話帳と間違えて捨てちまってさ。千冬姉ぇ––––じゃなくて織斑先生に一週間で覚えろって参考書渡されたんだよ」
「そ、それは、また……」
確かにかなり分厚いけどさぁ、うーんでも織斑君は俺と違って自分の家に居る事が出来てたからそう言う事も……あるのかなぁ?
まぁやってしまった事は仕方ないし、実際に人に物事を教える立場になれば俺も刺激になるかも。
そんな事を思いながら彼の勉強を見ようとしたんだけど、部屋の扉がノックされた。
「一夏ー、入るわよー?」
「おう、開いてるから入って来いよ鈴」
織斑君の返事と共に部屋の扉が開き、小柄で快活そうなツインテールの少女が中に入って来た。
織斑君と親しげだから彼の友人なんだろうけど、俺は席を外した方が良いのだろうか?
そんな事を考えてると、彼女は下から見上げる様に俺を見ると『ふーん、アンタが二人目? まぁまぁね』と言って織斑君の横へ行った。
「ほーら、今日も私が特訓してあげるから、アリーナ行くわよアリーナ」
「えっ? でも俺、今日は勉強しようかなーって」
「アンタそんな殊勝な性格じゃないでしょ、知識よりもまず経験!! ISなんて勘よ勘、セシリアみたいな小難しい理屈でIS動かせるっての?」
「––––小難しい理屈女で悪かったですわね、凰さん」
開けっぱなしの扉の外から声がしたかと思ってそちらを見ると、仁王立ちしたオルコットさんが部屋に入ってきた女の子––––凰さんを睨んでいた。
「さぁ一夏さん、同じ一組の私が
「中距離型のアンタじゃ一夏の格闘戦を教えられないって言ってるでしょ!! だ・か・ら、幼馴染のあたしが一夏を教えるの!!」
「––––幼馴染と言うなら私が教えるべきだろう? 何せ
部屋の先で口論をしていたからか、織斑君が余程モテるのか、遂に篠ノ之さんまでがこの部屋に来てしまった。
喧々諤々と言う表現がぴったり合うような騒ぎになってるからか、徐々に部屋を囲う様に他の女の子達も集まって来ている。
「で? 織斑君は結局どうするのさ?」
「えっ? 格闘戦を教わるって話なら俺的には皆より佐久間とやり合ってる方が参考になるんだけど……」
早く騒ぎを収めたかったから織斑君にパスをしたんだけど、返って来たのは火に油を注ぐキラーパスだった。
ギンッ!! という効果音が出そうなほどの視線が三つ俺を貫く、その睨みつけに物理的な干渉力があったなら多分俺は蜂の巣になってるだろう。
……あれ? 背筋に悪寒も走ってる。無人機と戦ってた時は全く感じなかったのに、何の悪寒だこれ?
「一夏、あんたまさかそっちの趣味が?」
「前々から怪しいと思ってましたがやはり一夏さんは……」
「一夏……見損なったぞ!!」
「違っ、誤解だ!! 戦法的に参考になるって話で––––佐久間も何か言ってくれ!!」
「織斑の返事が悪かったからだろ!? 三択の中から四択目選んだ自業自得じゃないか!! お前が何を思われようが勝手だけど、俺を巻き込むなよ!!」
思わず呼び捨てにしてしまう程度には素が出てしまった。
まさか仲良くなったと思ってた篠ノ之さんにまで睨まれるとは思わなかったなぁ、恋は盲目って奴かな?
…………言ってて悲しくなって来た。
「ほら、とにかく行かなきゃ始まらないでしょ!! 行くわよ一夏!!」
「近接戦しか出来ない機体ですから遠距離対策は必須でしょう? さぁ行きますわよ一夏さん!!」
「技量では佐久間以下なんだ。勝つ為には練習あるのみ、だぞ一夏!!」
「ちょっ? 助けてくれ佐久間!! 最近毎日こんな調子なんだよ!!」
「……行けば良いんじゃ無い? 勉強なんて何時でも出来るし」
そう言って俺は勉強道具を片付けると、三人がかりで連れて行かれる織斑君を見捨ててベッドの上に横になった。
一気に部屋の人口が減ったからかなり静かになったけど、気疲れも溜まったから良いのか悪いのか……。
取り敢えず扉を閉め、ノートパソコンを立ち上げて訓練や勉強で忙しくてさらっとしか読めていなかったメールを確認して、各国の提示してくれている専用機の案を読んでいたんだけど、その時また部屋がノックされた。
織斑君への来客続きだったから、てっきり彼のお客さんだと思い『織斑君ならアリーナへ行ったよ〜』と一言かけたんだけど、そっちへ行く気配を感じないからどうやら俺のお客さんだったらしい。
「……佐久間君に、話があるの」
「その声は更識さん? 鍵は開いてるよ」
つい最近知り合った……と言う程の関係じゃない彼女が何の用だろうか? 別にクラス対抗戦以降に仲良くなったって訳でも無いし、正直心当たりが無い。
控えめな声でお邪魔しますと言って入って来た彼女は、対抗戦の時の様に下を向いていた。
「それで? 俺に用があるみたいだけど、手伝える事かな?」
「……その、対抗戦の時の事を……謝りたくて」
「へっ? 謝るって、何を?」
謝られる様な事はされていない。俺を通して別の誰かと戦ってた事なら気にする必要はないし、無人機戦に入ってからは俺の方が助けられた。
彼女が居なかったら無人機は撃破できなかったし、最後の最後にビーム砲を撃たれていたら撃破どころか先生達の突入までの時間稼ぎすら出来なかった。寧ろ謝るのなら俺の方だろう。
「……無人機が来た時……私は……何も出来なかった……」
「う、うーん。俺としては全然気にしてないんだけど……」
「……でも、そのせいで佐久間君は……無理、したでしょ?……私がもっと早く……加勢してたら……そんな怪我、しなくて済んだのに……ごめんなさい」
キュッと制服の裾を掴んで涙声でそう謝る更識さん。確かに彼女がもっと早く加勢してくれていたら、もう少しあの戦いは楽になっていただろう。
けどそれは結果論だし、逆を言えばあのタイミングで援護射撃をしてくれたから超反応する無人機の不意を打てたとも考えられる。
彼女は内向的な性格をしてるのは雰囲気から分かるし、言動からも自分への自信無さを感じられる、だけど不必要な自己叱責はただ苦しいだけなんじゃないかな?
「更識さん、さっきも言ったけど俺は全然気にしてないんだ」
「……で、でも!!」
「あの時、あのタイミングで肩の砲門を撃ち抜いてくれたから俺はギリギリの状態で被弾しなかった。更識さんが注意を引いてくれたから、あの機体に組み付く事が出来た。俺は君に感謝こそすれ、謝って欲しいなんて一欠片も思ってないよ」
「……佐久間君は強いんだね」
俺が思っている事を口にすると、更識さんは顔を上げてくれたんだけど、そんな事を言いながらほんの少しだけ笑顔を見せた。
…………強い、ね。
「––––俺は強くなんか無いよ、更識さん」
「えっ? ……でも佐久間君は無人機に立ち向かう勇気があるし……ISの訓練も他の人よりも真剣にやってる……よね?」
「それはね、自分を変えたいから努力してるだけなんだよ。弱い自分から抜け出したくて、強い男になりたくて、何より––––負けたく無い人が居るから、俺はそうするしかないのさ」
「負けたく……無い人?」
「……恨んでる訳じゃないし、憎んでる訳でも無いんだけどね」
恋心と言う物は制御が効かないのは織斑君を連れて行った彼女達と同じだ。
どうしようもない嫉妬と、男として見られて居ない悔しさ、それが合わさって対抗心を生み出して居る。
だけど、だからって彼が嫌いって訳じゃない。俺が一方的に彼へ向けて劣等感を抱いてるってだけで友情も感じてるし、俺のこの胸の内を彼にぶつけたところで何かが変わる訳でも、篠ノ之さんが振り向いてくれる訳でもない。
「結局さ、自分を変えたいと思うのなら自分の力で変わるしか無いんだ」
「佐久間君……」
「努力は石の積み上げの様な物だから中々実感出来ないけれど、それでも積み上げた石の数が結果に出る筈さ」
「……やっぱり、佐久間君は強いよ」
「そうかな?」
「……うん、私が保証する」
話してる間に少しだけ打ち解けられたのか、少しだけ元気が出た更識さんから悲観した雰囲気が和らいだ。
「ところで、パソコンが立ち上がってるけど……これは専用機のカタログ?」
「うん、一応はね? 織斑君と違って色んな国からオファーが来てるから今は専用機は保留中なんだけど……当分は訓練機でいいかなぁって」
「……佐久間君は早く専用機を貰った方が良いと思う」
「えっ? どうして?」
「……訓練機だと機体性能が佐久間君の反応速度に追い付いてないから……自分の肌に合った機体に乗った方がいい……」
そう言って俺の隣へ来た彼女は、横から覗き込む様にして公開されている機体性能や特性を見て、機体の向き不向きを教えてくれた。
彼女の知識は非常に豊富で、かなり参考になる話をしてくれたから大分前向きに専用機について考える事が出来たんだけど、『……確かに適性はあるみたいだけど、機体の適正距離と佐久間君の戦闘スタイルが噛み合ってない』と言われたイギリスから最新のメールが届いていた事に気が付いた。
返事を保留にしてたからか、一度会って直接話しがしたいと言う内容のメールで、学園の方にも連絡済みらしい。
後は俺のOKさえ出れば良いらしいけど……どうしようかな?
「……断るならハッキリ断った方がいいと思う……そうじゃないと、佐久間君は男の子だから何時までもしつこく食い下がられるんじゃないかな?」
「そっか……じゃあ近い内に面と向かって断ってみようかな?」
この時、そんな風に考えて面会をOKしたんだけど……イギリスが想像以上に本気だった事を後に実感するのだった。