専用機の方はしばらく先。
ドクターストップの所為でISに暫く乗れないからと言って、基礎トレーニングを疎かにする事は出来ないので、普段の生活ルーチン通りに早朝から始めてたんだけど、一時間くらいした時に食堂の方から良い匂いが漂って来た。
この学園はお弁当を作れる様に厨房を生徒に開放しているので、今までも時々誰かしらが朝からお弁当を作ってる場面に遭遇した事はあるんだけど、基礎トレーニングが終わったらISを動かしに行ってるし、普段は気にも止めてなかったんだよね。
だから今日は何となくそこを覗いてみたんだけど、揚げ物の食欲を唆る音のする場所に篠ノ之さんが居た。
「あれ? 篠ノ之さん? こんな時間に珍しいね」
「なっ!? さ、佐久間か? いきなり声をかけるな!! びっくりするだろう!?」
朝から良いことあったなぁと思いながら声を掛けたんだけど、篠ノ之さんも人が起きてるとは思わなかったんだろう、少し驚かせてしまったらしい。
…………確かに揚げ物をしてる最中に後ろから声を掛けてるのは良くなかったね。
朝一で篠ノ之さんの姿を見て柄になくテンションが上がってた俺は驚かせた事を謝りながら横目でキッチンを見ると、唐揚げが山の様に盛られてるのが見えた。
「沢山唐揚げ作ってるね? 誰かにあげるのかな」
「うっ……ま、まぁ、な」
少し言葉に詰まりながらも顔を赤らめる篠ノ之さん。その表情から誰の為に作ってるのかを察した俺は、胸の痛みを抑える様に笑顔を浮かべながら、どう答えようかと頭を回転させる。
グズグズと告白出来ないからこうなったとは思うけど、篠ノ之さんの心が織斑君に傾いてる以上、玉砕は確定してるから思い出シュートみたいな諦め行動を取りたく無い。
だからと言って下心を隠して彼女を騙す様な真似はしたくないので、俺は純粋に思った事を口にする事に決め、水道の水で喉を潤しながら口を開いた。
「こんな朝から一生懸命お弁当を作ってくれる女の子に好かれてるなんて、織斑君も幸せ者だね。…………羨ましいよ、本当に」
「そ、そうか?」
「うん、絶対織斑君は喜んでくれるよ」
「ま、まぁ当然だな!! この私が態々一夏の為だけにお弁当を作ってやってるんだ!! 喜ばない筈は無い」
すっごく機嫌が良くて、嬉しそうな表情を浮かべる篠ノ之さんは確かに眼福物なんだけど、それ以上に精神的ダメージが痛すぎる。何で俺恋敵に塩送る様な真似してるんだろ?
我ながらアホな真似してるなと思いつつも、やはり好きな人の幸せは何より大事な事だとも感じたので、キリの良いところでトレーニングに戻ろうとしたんだけど、その前に篠ノ之さんに呼び止められた。
「佐久間。折角と言ってはなんだが、満足の行く唐揚げが出来るまでに結構揚げてしまってな、良ければお前も食べないか?」
「…………そうだね是非ご馳走になるよ」
一瞬、織斑君の為に作った物を俺が貰っても良いのかと疑問に思ったけど、今此処に彼は居ないし、偶には俺もそのくらいの役得が欲しかったから、遠慮なく頂く事にした。
彼女の作った唐揚げは、本人の合格ラインに届いていないものだからか、確かに焦げたり揚げ過ぎたりするものが多かったけれど、それ以上に美味しく感じたのは好きな人の作った物だからだろう。
早朝と呼べる時間帯なのに山盛りの唐揚げを完食してしまった俺を見て、篠ノ之さんは少し呆気に取られた顔をしてからクスッと笑顔を見せてくれる。
早起きは三文の徳とは言うけれど、この笑顔は俺にとって三文じゃ済まない程のご褒美だね。
俺がそんな幸せを噛み締めていると、向かい合う様にテーブルに座った彼女は真剣な顔で俺の顔を見ながら畏まって『相談がある』と言った。
「……なぁ佐久間、お前は専用機持ちと戦って勝つにはどうすれば良いと思う?」
「オルコットさんや凰さんの事?」
「ああ、その通りだ」
「どうすればかぁ。なんでまたそんな話になったのさ?」
「…………今度の学年別個人トーナメントで優勝したら、だな。一夏と付き合えるんだ」
「…………へぇー」
人生に山あり谷ありって言うけどさ? 山も谷も少し急勾配過ぎやしないかな? 登りは辛いのに降りは滑落だよ? 心臓に悪いなんてレベルじゃないって、絶対。
とは言え、俺は以前困った事があったら絶対に力になると言ったので、彼女の相談には真剣に向き合わないといけない。そうで無ければ俺は嘘つきになってしまう。
「––––あの二人に勝つのなら、単純な話だけど寄って斬れば良いと思う」
「それが出来るのなら、こうしてお前に相談していない……」
「……例えばオルコットさんの専用機。アレは中距離射撃型で、本人の狙撃とBT兵器からの射撃で弾幕を貼る事が出来るけど、だからと言って近寄れない訳じゃない」
「どうやってだ? 相手は代表候補生なんだぞ?」
「確かに上から一方的に撃たれるのは面白く無いけどさ、それでも空を飛ばなかったら下から撃たれる事は無いし、仮にビットに背後を取られてもこっちは両足が地面に接してるんだから足捌きだけで回避と反撃はできるでしょ? 厄介な武装をある程度壊して、攻撃を打鉄の盾で受けつつ突っ込めば単発の射撃なんかじゃ止められないよ」
「なるほど……死中に活を求める、か」
彼女の機体は中距離型だから間合いの離し方は熟知してるだろうけど、アリーナでやり合う以上逃げられる範囲はある程度限定されるから、被弾覚悟で真っ直ぐ来る相手から完全に逃げるのは難しいだろう。
「そして凰さんだけど、公開されてる情報から見た感じだと確かに厄介な機体だろうね」
「そうだな、私も放課後の訓練では負け越している」
「空間圧縮作用兵器で見えない弾頭、確かに厄介な性質を持ってるけど射撃兵装としては射程距離は短いし、ビットみたいに四方から飛んでくる方が俺としては怖いかな。だってこの兵装は真っ直ぐにしか飛ばない訳でしょ? 狙いを定められない様に動き回ってれば被弾は抑えられるだろうし、背後取ったら斬りかかれば近接戦に持ち込める」
「……戦っても居ない相手の攻略法をよくそんなにスラスラ出せるものだな。感心したぞ」
「ま、閲覧可能なアリーナの使用記録から見た俺の印象だからね、参考程度にしていてよ。篠ノ之さんの言った通り、戦ってもいない相手の攻略法だしさ」
実際に打鉄でやり合えるのならもう少し具体的で実用的なアドバイスができると思うんだけど、医者から止められてる上に学園にもその事は伝わってるからなぁ、それさえ無ければ早朝とか放課後に二人っきりで訓練できたのに。
あのくらいのGで悲鳴を上げた自分の体を恨みつつ、俺は篠ノ之さんと二人の代表候補生への対策を練るのだった。