篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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第16話

 

––––午前の授業が終わった後の昼休み、俺は授業の内容をノートにまとめながら学年別個人トーナメントの対策を考えていた。

 

目下のところ一番警戒すべき人は変幻自在な間合いを持つデュノア君だろう、遠距離一択なオルコットさんや近接が本業の凰さんはそれさえ対策してしまえばいいが、彼はその柔軟な戦法があるから戦い方が掴めない。

 

引けば距離を詰め、近付けば銃に持ち替えた近接射撃、砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)と呼ばれるその戦術は『求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む』とも称されるほどの芸術的戦術だ。

 

コレを越えるのなら一方的な攻勢に出て戦術の変化を許さない連撃を浴びせるか、相手が距離を詰められない距離を保ちながらの遠距離戦、自分の適性を考えるのなら確実に前者になるが、その選択は集中力の勝負を挑む事に他ならない。

 

超々至近距離、銃弾の一発を思考では無く肉体の反射で避ける戦いになるだろう。

 

流石にデュノア君が更識先輩ほど強いって事は無いだろうけど、頭で考えて戦ってる内はきっと反応に遅れる事が出て来るはず……中々上手い突破方法が思いつかないな。

 

ノートをまとめる手が止まり、ため息を吐きながら片肘付いてデュノア君の対策を考えてたら、ふと視界に影が差した。

 

教室の中で窓際の席でない以上、誰かしらが俺の前に来たと言う事なので、ゆっくりと顔を上げると以前織斑君に喧嘩をふっかけた銀髪の子が仁王立ちしていた。

 

 

「佐久間樹だな?」

 

「そうだけど……君は?」

 

「名乗る必要は無い。それよりも貴様は模擬戦で織斑一夏に勝ち越しているな?」

 

「……今のところはね?」

 

「ならば私が貴様を打ちのめせば、奴の底が知れると言う事だ。そうすればきっと教官も我がドイツへとお戻りになる」

 

……全く話が見えない。

 

話ぶりからして織斑君への私怨があるようだけど、それで因縁話に巻き込まれるのは少々理不尽じゃ無いだろうか?

 

少なくとも俺は篠ノ之さんの告白の件とデュノア君対策に忙しい、更に言えばトーナメントに向けての訓練もあるから、彼女のその恨み辛みに付き合ってあげる余裕など無い。

 

「ごめんだけど俺は専用機も持ってないし、病み上がりだから頻繁にISの訓練が出来なくてね。トーナメントも近いし、君に付き合ってあげられる程の余裕は無いんだ」

 

 

やんわりと断りを入れたんだけど、彼女は断られるとは思ってなかったのか、不機嫌そうに鼻を鳴らして俺を見下し

つつ、踵を返して教室の出口へと向かって行った。

 

彼も中々大変だなと思いながら、彼女の事を意識の外へ追いやったんだけど、退出間際に呟いた一言が耳に入って来てしまう。

 

「……腑抜けめ。所詮は織斑一夏のスペアか」

 

「––––スペア、だって?」

 

「ほう? 比較されて頭に来る程度にはプライドがあったのか、いやはやこれは失敬。ISをファッションか何かだと勘違いしている連中の一人だと認識していたよ」

 

「……やってやろうじゃないか。今日の許可はもう降りないけど、明日の朝四時三十分に第一アリーナで君を待つ」

 

「それでいい、これで教官も私の正しさが分かるはずだ」

 

『精々言い訳でも考えておくんだな』と言い捨てていった彼女に舌打ちしそうになるも、深呼吸と共に気を落ち着けて一旦席を立つ。

 

安い挑発に乗ってしまったと我ながら思うが、売り言葉に買い言葉で了承した以上、一戦交えなくては男の名が廃る。

 

となると彼女の対策をする事が先決、食堂に行こうかと考えてたけどヤメだ。彼女の専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの情報とスペックを調べる事と、公開されてる機体のプロモーション映像等から可能な限りその特性を知らなきゃいけない。

 

何の情報も無しに一世代前の機体が最新世代機に勝てるとは思えない以上、彼女に勝つのなら実力だけでなくプラスとなるアドバンテージが必要となる。

 

幸い、機体のスペックは専用機のオファーが届いていた時のカタログや公式である程度は公開されてるし、ドイツもイグニッション・プランに参加してるから決定的な弱点が分かるような物じゃ無いにせよ資料映像くらいは閲覧出来るはず。

 

 

準備時間が今日一日しか無いので、銀髪の彼女に続く様に教室を出た俺は、急いで自分の部屋のノートパソコンを取りに行こうとしたんだけど、教室から出た瞬間に更識さんとぶつかってしまった。

丁度三組に入ってくるところにぶつかった為、彼女は後ろに倒れてそうになったが、咄嗟に肩に手を伸ばして抱き寄せる様に姿勢を立て直しつつ、手に持ってたお弁当箱らしきものを落とさない様にキャッチする。

 

ISに乗る様になってから反射神経や動体視力が鍛えられたのが幸いしたのか、お互いになんとか無事だった。

 

「大丈夫? 更識さん。ごめんね? 慌ててたもんだからついぶつかっちゃって」

 

「……あ、あの、さ、佐久間君? ……は、恥ずかしい……から、離して……!!」

 

「あ、ほんとごめん!! 今手離すから、それじゃあ俺は行くね?」

 

「……ま、待って佐久間君!! よかったら一緒にお昼––––」

 

彼女の言葉を聞き終わらない内に部屋に向かった俺は、自分のノートパソコンをひったくる様にして回収し、高解像度の映像が見れる様に視聴覚室へと向かう。

そして以前送られていた専用機カタログに目を通しながら、セールスの為のプロモーション映像を再生しつつ、スペックと動きを観察する。

 

––––シュヴァルツェア・レーゲン。ドイツの第三世代機で最新鋭の試験技術を多く用いた上で高い完成度を誇る全距離対応強襲型、イギリスからの直接交渉が無かったらこの機体かイタリアのテンペスタⅡを専用機に決めていたかもしれない。

 

機体の反応速度は高くて近接武器もプラズマ手刀が二つ、中距離はワイヤーブレードが四本、遠距離は大口径のリボルバーカノンが一丁。

 

大半が初期装備で戦闘している俺にとって武装の多彩さは魅力にはならないから、これくらいシンプルな機体の方が好きなんだけど、敵機として見た場合第三世代兵装がかなりネックになるだろう。

 

アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AIC。対象物の周辺空間に慣性を停止させる領域を展開する事の出来る兵装で、これに捕まったら俺には抵抗する手段が無い。

 

とは言え、この兵装も万能で無敵の超兵器って訳じゃない。穴が空くほど公開されてる資料映像やプロモーション映像を片っ端から見ていると、一つだけ共通点が見えてきた。

 

それはAICを発動する際に必ず手を翳していると言う事、なんの予備動作も無しに発動している瞬間は少なくとも公開情報の中には確認出来ない。

 

単にそれが欠点だと思わせる情報戦略の可能性も高いが、少なくとも格下として俺を見て居る以上、使ってくるのなら資料映像の通りに扱ってくるはず。

 

そしてもう一つ、このAICによって放たれるエネルギー波は線であり面では無いと言う事。

 

実際に模擬戦や試合をしている映像までは公開されてなかったが、それでも動き回るISを止める映像くらいはあった。

 

編集されて切り貼りされた映像だったけど、相手の動きを完全に止める為に複数回AICを発動させているから、単発だと相手の動きを完全に止められないのだろう。

 

網目状に組まれたエネルギー波とかなら兎も角、線の形状程度なら射角と向きさえ見極める事が出来れば何とかなる、問題はもしも面での発動が出来た場合だけど……その場合は発動させる前に懐に飛び込むしかないか。

 

どちらにせよこの兵装は超近距離じゃ一切使えない、初動で相手に張り付く事さえ出来れば後は純粋な格闘戦に集中出来る。

 

 

どうやって懐に飛び込むか、それを考えながらまた一から公開されてる映像を再生しようとしたんだけど、いつの間にか昼休みが終わったらしく、気が付いたら予鈴がなってた為、俺は慌ただしく自分の教室へと戻るのだった。

 





対ラウラ戦に備え、佐久間君は放課後も情報通の先輩に頭下げたりして一切食事を摂らず消灯時間ギリギリまで可能な限りシュヴァルツェア・レーゲンを調べた為、簪ちゃんの手作り弁当にはありつけませんでした。

※余ったお弁当はスタッフ(のほほんさん)が美味しくいただきました。

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