––––午前四時三十分。俺は約束の時間よりも早くアリーナの中へ入っていた。
管制室には寮長である織斑先生が居るらしく、銀髪の子が彼女と何やら話しながら中央で俺を待って居たので、合流する様に空を飛ぶ。
恐らく銀髪の子が言う教官は織斑先生の事なんだろう、対峙する様に中央へ向かった俺には目もくれずに管制室ばかりを気にしている。
『全く……朝早くから血の気の多い連中だな』
「教官、私が証明しましょう。この男にも織斑一夏にも、貴女が心を砕く程の価値は無いと言う事を」
「……専用機も持たない相手に随分な物言いだね? 万一負けたら恥以外の何者でも無いよ?」
「ふん、減らず口だけは一人前だな」
『やるなら早くしろ、私も朝早くから付き合わされて眠いんだ』
そう言う割には眠気を感じない凛とした声で、織斑先生は試合開始の合図を出した。
それと同時に俺は焔備を放ちながら葵を構えつつ、相手の反応が見たかったので瞬時加速を使わず彼女との間合いを詰める。
この時点でAICを使ってくるのなら、彼女の真下に潜り込む様に斜め下への瞬時加速で避ける算段だったが、構えたのは手の平ではなくレールカノン。
やはり俺の事を格下と見てるからか、第三世代兵装を使わずに俺を倒すつもりらしい。
彼女からすればそれは当然の行為、放たれた弾頭を盾で受けつつ突進した俺は、そのままスラスターの出力を上げて彼女の動きを観察する。
相手は全距離対応型の強襲機なので、普通に追っていては追い付けない、なのでこちらの詰め寄り方で逃げ道を誘導する必要がある以上、ある程度イタチごっこになるのは織り込み済みだ。
重い銃撃音が連続する中、ひたすら盾でしのぎつつ一定以上の距離を離さない俺に業を煮やしたのか、レールカノンの弾頭に混じってワイヤーブレードが二つ飛んで来る。
決して躱せない角度でも防ぐ事の出来ない角度でもない、これは足を止めさせる狙いの攻撃だろうと判断した俺は右側のブレードは避けず、左側のワイヤーブレードへ焔備を巻きつける様にワイヤー部分へ銃身を叩き付けると、そのまま絡め取ってワイヤーごと背負い投げる。
しかし、俺の動きを察したのか彼女は即座にワイヤーをパージすると、ガラ空きになった背中目掛けてレールカノンを二発放ち俺のSEを確実に持って行く。
流石に専用機持ちだけあって簡単にはペースを握らせてくれない、近寄れない焦燥感を捩じ伏せる様に短く息を吐いた俺は、ワイヤーが絡まって使い物にならなくなった焔備を投げ捨て、ブレードを両手で握りつつ両肩の盾で体を隠しながら反転してスラスターを吹かす。
馬鹿の一つ覚えめとでも言いたげな顔をした彼女は残り三つのワイヤーブレードを放ち、両脇から俺を斬り裂きに来たが、盾を構えてるおかげで銃撃は止まってる。
左右から来たワイヤーブレードは左に一つと右に二つ、タイミングは同時だったので、右側のブレードをまとめて一閃して弾き、左のブレードを片手で白刃取りする事で攻撃を防ぐ。
そしてその場で回転する様にしてワイヤーごと彼女を引き寄せようとしたが先程の様にパージされてしまう。
中々こちらの距離に持ち込めないものの、これで彼女の左側からの攻撃はある程度制限出来た。予備のパーツくらいはあるだろうが、それを呼び出した瞬間に距離を詰めれば問題ない。
彼女がパージしたワイヤーブレードをさり気なく巻き取りつつ、俺は瞬時加速を発動しながら斬り掛かったが、すり抜ける様に真横へと移動され、回避と共にプラズマ手刀で首筋を狙ったカウンターを仕掛けられる。
シュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀はエネルギー兵器である以上、物理ブレードの葵では受け切る事が出来ずに溶断されてしまう。
なので弾くのは当然腕部、この辺りは織斑君の雪片と同じ要領だから、焦る事無く右の肘打ちで相手の腕を受け止めると同時に、上から目線で感心する彼女の油断を突いて先程回収していたワイヤーブレードでお互いの腕を固定する。
本来ならこのワイヤーブレードは他の機体の武装だから使用出来ないが、今回の場合は武装として使用している訳では無い上に、近距離に引き寄せられる事を嫌った彼女がパージしているおかげで武装として判定されていない。
ちっとやそっとでは外せない様に雁字搦めにした俺は、そのまま右手の葵を左手に移しながら膝蹴りを彼女の脇腹へと叩き込み、衝撃を貫通させる事で体を硬直させる。
「ッ!? 貴様!!」
「第三世代の強襲機相手に打鉄じゃ追い付けないからね!! 文字通り搦め手を使わせて貰ったよ!!」
これで距離を離される事も無く、無理な機動で相手を追いかけ回す必要も無い。
流石に分が悪いと感じたのか、彼女は腕を固定しているワイヤーを切断しようともう片方のプラズマ手刀を振りかざしたが、その手の平に向けてハイキックを放ってそれを止め、葵をプラズマ手刀の発生器部に向けて突き上げる。
超至近距離故に聞こえる舌打ち。それと共に固定した右腕が引き寄せられると同時に、俺の顎先目掛けて彼女の蹴りが振り抜かれる。
咄嗟に反応できた為直撃はしなかったが、僅かに身体が開いた所為で狙った場所を穿つ事が出来ず、発生器部を破壊する事は出来なかった。
このまま剣を引いてもう一度同じ場所を突き直す手もあるが、最早零距離と言っても過言ではない距離に俺は居るので、手の平を返して突いた状態からブレードの刀身を反転させて彼女の首筋を鋭く斬り付ける。
首から上は装甲が無く、
零落白夜による一撃ほどでは無いにしろ目に見えてSEが減ったのか、彼女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、直ぐに怒り狂った様にプラズマ手刀を振り回し始めた。
「スペアの分際で……よくも教官の前で恥をかかせてくれたな!!」
「それがどうした!! 慢心と油断が招いた結果じゃないか!! 自分の未熟を他人に押し付けるんじゃないよ!!」
「キサマァ!!」
完全に頭に来たのか、彼女は今までとは比べ物にならない反応速度で俺の額目掛けてプラズマ手刀を突き出し、俺もそれを防ぐ事無く同じ様に額目掛けて葵を突き返す。
それによってお互いの絶対防御が発動し、SEが目減りして行くが、このままではダメージレース的に俺の方が不利。
なのでその腕を宙返りするように蹴り上げると、真下に向かって瞬時加速を重ね掛けしながら急降下しつつ右腕ごと彼女を振り抜く様に壁へ叩き付ける。
衝撃と共にアリーナの外壁に埋まるシュヴァルツェア・レーゲン、かなりの急加速でぶつけたから気を失っててもおかしくなかったが、彼女の瞳には殺気が感じられた為、咄嗟に身を引いた。
それが功を奏したのかはわからない。一応プラズマ手刀による横一閃は回避出来たが、その代償としてお互いを固定して居るワイヤーを切断されてしまう。
これで自由の身となったシュヴァルツェア・レーゲンは、強襲機らしい機動力で俺から急速に距離を離すと、こちらに向けて右手を翳し始めた。
それが意味するのはAICの予備動作、次の瞬間には彼女の手の平から放たれたエネルギー波が俺の体を止めるだろう。
そう判断した俺は腰の鞘と握って居た葵と共に横と縦に回転させる様に投げ付け、両肩のブレードに手を掛けながら瞬時加速の準備に入る。
AICはエネルギー波を放ち、着弾した物体の慣性を止める兵装である以上、一度放たれたそのエネルギー波は任意の対象だけを選ぶ事は出来ない筈、ならば適当な物体をそれに当てて不発にしてしまえば俺を止める事は出来ない。
案の定縦回転の鞘が止まり、止め切る事の出来なかった横回転の葵を避ける為に彼女は身体を横に逸らす。
その瞬間、俺は準備していた瞬時加速を発動する事で距離を詰め、抜刀と共に交差するように彼女の胴を袈裟懸けに斬り捨てる。
しかし葵の斬れ味の悪さか、或いは直前に反応されて打点をずらされた事が原因か、思いの外ダメージは浅かったらしく、お返しにプラズマ手刀で斬り返された。
こちらも装甲を撫でさせるだけのギリギリで回避しつつ反撃を行い、お互いにベタ足のインファイトへともつれ込みそうになったところで、管制室からブザーがアリーナ中に鳴り響く。
『そこまでにしろ馬鹿共、模擬戦で機体を大破させる気か?』
「教官!! 私はまだ負けていません!!」
「織斑先生!! まだです、まだ戦いは終わってなんか––––」
『貴様らの機体は額への相討ちをした時点で既に引き分けの判定が出ている。学年別個人トーナメントが月末に控えている以上、重大な機体の損傷は許さん』
「……了解」
『特に佐久間、貴様の乗っている打鉄は専用機でもなければ学園の所有物だ。他の生徒も使う以上修理に時間の掛かる真似は許可出来ん。分かったな?』
「……すいません。熱くなりすぎました」
冷静になってSEの残量を見てみれば残り一割を切っていた。この状態から戦闘行動を行えば必然的にさらなる消耗を強いられ、織斑先生の言う様に機体を大破させていただろう。
不完全燃焼––––とは言うまい、仕留めきれなかった俺が甘いだけだ。
俺はピットに戻って行く銀髪の彼女を一瞥しながら、この屈辱はトーナメントで晴らすと決めたのだった。
尚佐久間君は自覚してませんが、打鉄の反応がそろそろ本格的に彼へ追い付けなくなってきてます。