篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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第19話

六月の最終週。学年別トーナメントが月曜日から始まる関係で、IS学園全体が非常に慌しい。

 

全生徒が朝から雑務や会場の整理、来賓の誘導を行ってから各アリーナへと向かうハードなスケジュールだった。

 

男子専用のだだっ広い更衣室でISスーツに着替えながら一息ついていると、同じように着替え終わった織斑君が話しかけて来た。

 

 

「なぁ佐久間、お前の相方なんだけどさ……気を付けろよ? もしかしたらフレンドリーファイアも構わず撃ってくるかもしれないからさ」

 

「ボーデヴィッヒさんの事? まぁ確かに問題児だけど––––その辺は大丈夫」

 

 

俺達はお互いにコンビと言う認識は無い。利害の一致で組んでるだけだからまともな作戦など立てず、お互いが速やかに目の前の相手を撃破すると言うシンプルな戦法で行く。

 

本当は動きを合わせるなりなんなりするべきだったんだろうけど、ボーデヴィッヒさんはその手の話には一切乗ってくれなかったから、必然的にそうするしか無いってだけなんだけどね。

 

俺と彼女の話はこれ以上の事がないから、織斑君のペアについて考えよう。

 

案の定彼とデュノア君はコンビを組んでエントリーしていた。この辺は予想通りと言えば予想通りなので問題は無いんだけど、結局俺はあの模擬戦以降打鉄を借りる事が出来ず、訓練が不十分に感じている。

 

普段ならそんな些細な事を気にする事はないんだけど、ボーデヴィッヒさんの後に篠ノ之さんと更識さんからもペアの誘いを受けていて、それを断ってしまった以上は勝たないといけないと言う勝手な責任感が肩にのしかかって居た。

 

特に、好きな人が自分を頼ってくれたのにそれに応えることが出来なかった悔しさは強く、織斑君への対抗心を優先してしまったことも合わせて心の内側でずっと燻り続けている。

大会直前になれば収まるかと思ってたけど、残念ながらそんな事は無く、むしろ悪化している様に感じた俺は、情け無い自分への叱咤を込めて更衣室の壁を全力で殴り付けた。

 

突然の行為に織斑君とデュノア君に驚かれてしまったが、痛みと衝撃で冷静さを取り戻す事に成功し、睨みつける様にモニターに映された抽選の結果を確認する。

 

––––一年の部、Aブロック一回戦。第1試合《織斑一夏&シャルル・デュノア》VS《ラウラ・ボーデヴィッヒ&佐久間樹》

 

 

モニターに映されたその文字を確認した俺は織斑君達と言葉を交わす事無く更衣室を後にし、打鉄の受領の為に一足早くピットへと向かう。

 

自分でも少し態度が悪かったとは思うけど、太刀筋を情で鈍らせたくはないし、意識を切り替えた直後にそれを乱したくもない。

 

そんな風に雑念を振り払いながらアリーナに向かっていると、曲がり角でばったりと更識さんと出くわした。

 

 

「……あっ、佐久間君」

 

「やぁ更識さん。君は出番待ち?」

 

「……う、うん。それもあるけど……直接佐久間君の応援がしたくて……」

 

少々控えめな声で俯き加減にそう呟く更識さん。目線の動きや口元の言い澱みの感じからもう少し話したそうな雰囲気を感じるが、試合直前なので自重していると言った感じだろう。

 

「……が、頑張って!!」

 

「勿論!! やるからには勝ってくる!!」

 

 

友人からの応援に少しだけ心が温かくなった俺はそのまま手を振って彼女と別れると、受領した打鉄を普段の装備にして先に待っていたボーデヴィッヒさんの横に並んだ。

 

彼女は俺が到着するのを待ちわびていたのか、短く『行くぞ』とだけ言ってアリーナの中へと飛んで行く。俺もそこまで言葉を交わす気は無かったので、その言葉に従う様に空を飛び、オレンジ色のラファールに乗ったデュノア君と対峙する。

 

ボーデヴィッヒさんと織斑君の間に何かしらの因縁があるのか、彼女は試合開始までの数秒間に一言二言罵っていたが不思議とそんな事に興味は湧かず、俺は静かに葵を握った。

 

試合開始のブザーが鳴ると共に瞬時加速でデュノア君へ斬り掛かり、居合抜き気味に首元を斬り裂きに行ったが、横から割り込んで来た織斑君によってその一撃は防がれてしまう。

 

そして斬り込みの勢いを封じられて足が止まった隙を狙い、デュノア君がライフルを二丁こちらに向けてきている。

 

ここで身を引けば向こうの思う壺。俺は織斑君に膝蹴りを叩き込む事で白式の体勢を崩し、射線の上に体を移動させて銃撃を寸前で止めさせた。

 

 

その後、続け様に焔備の接射を織斑君へ当てようと思ったんだけど、背後からのロックオン警告がハイパーセンサーに表示された為、急降下してそれを回避する。

 

背後からの攻撃の正体は二本のワイヤーブレード、俺が織斑君と斬り結んでるのが気に入らなかったのか、ボーデヴィッヒさんから放たれた一撃のようだ。

 

仕方ないので標的を切り替え、V字の様に機体を跳ね上げながら急上昇しつつ斬撃を振り抜いたが、体を引かれて回避されてしまう。

 

流石に間合いの測り方が上手いなと感心しつつ、デュノア君からの射撃を盾で受けながら思考を巡らせる。

 

機体の相性的にタイマンで織斑君がボーデヴィッヒさんに勝てるとは思わないけど、慢心と油断を突かれて斬り込まれでもしたら勝負は分からない。

 

なので、出来るだけ早く目の前の男を撃破するに越した事は無いんだけど、こちらが詰めれば詰めた分だけきっちりと距離を離される。

 

瞬時加速を連打して距離を無理矢理詰める手もあるけれど、機体への負担や俺の体へのダメージがあるから短期決戦ならともかく、タッグ戦で極力無茶はしたくない。

 

つまりは機体捌きだけで彼を追い詰める事が必要になる訳だけど、被弾覚悟で近付こうにも徹底的に俺を調べたのかアリーナの中を丸く使ってる所為で外壁周辺に追い込めず、延々と盾受けを強いられている。

 

「さっきからちょろちょろとッ!!」

 

「佐久間君は近接戦だけなら一年の中で最強クラスだからねッ!! 当然対策済みさ!!」

 

 

二丁銃での銃撃を非固定浮遊部位で盾受けしている関係上前方の視界が悪く、彼がその言葉と共に武装を切り替えた事に俺は気が付かなかった。

 

そして、ハイパーセンサーが熱源を感知した瞬間にはハンドミサイルランチャーからの一斉掃射に囲まれ、盾の上から爆風でSEを削り取られる。

 

しかもその勢いで左肩の盾が設置した葵ごと吹き飛び、機体が流されてしまう。

 

体勢の崩れは致命的な隙を生むので立て直す必要があるが、したり顔のデュノア君の表情から察するに普通の行動を取っていては追撃を入れられる。

 

なので無理矢理上空に向けて瞬時加速を発動、そして機体が慣性で流れ始めた瞬間に旋回し、機体の向きをラファールに合わせると、焔備のフルオート射撃をばら撒きながら、返す刀に瞬時加速を放って力づくで距離を詰めた。

 

もう機体の負荷や身体への負担なんて気にしちゃいられない、俺は腹をくくると距離を離そうとしたデュノア君へ向けて更に二連続の瞬時加速を放つ。

 

急上昇と急降下、更に直角に横への急加速で頭の中が真っ白になる程のGが全身に掛かり、口の中で血の味が広がり始めたが、全国ネットで吐血する訳にもいかないのでそれを無理矢理飲み込みつつも、自分の間合いまでラファールへ肉薄する事が出来た。

 

 

「捉えたぞデュノアッ!!」

 

「四連続の瞬時加速!?」

 

「斬り捨て––––御免ッ!!」

 

 

流石に静止する為に五回目の瞬時加速を掛けたら意識が飛びかねないので、ブレーキを掛けずにそのまま彼の胴を斬り抜ける。

 

加速の勢いが居合抜きの威力が加わり、皮膜装甲を貫通してラファールの絶対防御が発動したが、代わりに俺の葵も半ばから砕けてしまった。

 

無茶な斬撃の結果だけれど、とにかく一発当てなくては話にならない。なので俺は切り抜けた瞬間に再び旋回して背後を取り、左手で葵を肩から引き抜きつつ、ウイング・ユニットを斬り裂いてラファールの機動力を削ぐ。

 

続け様に二の太刀を首筋目掛けて振り抜こうとしたが、向こうも急旋回しながらライフルをこちらに向けて来る。

 

回避は間に合わない、しかしこの超接近戦ならデュノア君が引き金を引く前に武装を斬り落とせるので、右の砕けた葵で突きを放ちながら意識をそちらに誘導し、反応が遅れた瞬間に両手の銃を切断した。

 

呼び出し(コール)と同時に斬り裂かれるなんて!?」

 

「近距離なら俺の方が上だッ!!」

 

 

驚愕の隙を突き、先程の抜き胴で破壊した装甲の上を狙って膝蹴りを放つ事で衝撃を与え、体の動きを止めて袈裟懸けに斬り払ったが、その一撃は左腕に設置された盾で防がれ、カウンター気味に顔面を殴り返された。

 

ここで衝撃を逃がす為に体を逸らしそうになったが、僅かでも体幹がブレれば斬撃に重さが乗らなくなるので無理矢理踏ん張って体幹を維持する。

 

当然そうなると衝撃を逃す事が出来ないので、皮膜装甲を貫通して来た衝撃に頭が働かなくなるものの、思考ではなく反射で斬り返す。

 

しかし機体の反応が遅れたのか再び盾に防がれてしまった為、俺は作戦を変更して先ほどと同じ場所を斬り付けた。

 

刀を振り抜くと同時に旋回して遠心力も加えた事で、グラインダーで鉄を削った時の様な火花が散り、目に見えて傷が深まったのが分かったので、あと何度か同じ事を繰り返せば斬り落とせるだろう。

 

その事をデュノア君も察したのか、ショートソードを取り出しながら斬り返してきた。

 

咄嗟に右腕で受け止めつつ、脇の下から顔面へ抜ける様にハイキックを放ってデュノア君の体勢を崩そうとしたが、自分の思う様に機体が付いて来ず、斬撃は受けるし蹴りもギリギリのタイミングで回避されてしまう。

 

ならばと旋回斬りを放とうとしたが、今度はスラスターの点火が遅れてしまった所為で俺の行動が悟られてしまったのか、反撃の一撃を受け止められる。

 

 

…………さっきから機体の反応が微妙に鈍い!! ほんの少しの違和感だけど、それが致命的に足を引っ張ってる。 避けられる攻撃は避けられないし、当てられるタイミングの攻撃も当てられないなんてッ!!

 

「くっ!? 先に佐久間君を倒す作戦だったけど、安請け合いだったかな!?」

 

「随分な評価をありがとうねッ!!」

 

「––––仕方ないか。本当はもう少し温存したかったんだけど……切り札を切らせて貰うよ!!」

 

その言葉と共に急な衝撃と共に機体が弾き飛ばされる。何が起きたのか分からなかったが、弾き飛ばされた影響で再び機体が流されてしまった。

 

慌てて瞬時加速で追い掛けようとしたが、発動させた瞬間にスラスターがオーバーヒートしてあらぬ方向へと機体が飛んで行く。

 

慌てて姿勢制御をした瞬間、ハイパーセンサーに盾を構えたデュノア君が瞬時加速をしながら突っ込んで来るのが見えた。

ハイパーセンサーには機体の駆動系やスラスター類の損傷が軒並みイエローラインかレッドラインになってる、ミサイルの一撃でダメージを受けたにしても、ここまで酷くなるものなのか!?

 

こんな状態で機動力のあるラファールの瞬時加速による特攻は回避出来ない。シールドバッシュぐらいのダメージならSEの残量的にも余裕はある!!

 

俺は残った一つの盾を構えてデュノア君の一撃を受け止めに行ったが、殴りつけられた衝撃で地面まで叩き付けられた挙句、シールドバッシュを盾受けした状態で地面に押さえ込まれてしまう。

 

だがこの程度なら俺より先に織斑君の方がボーデヴィッヒさんに落とされる、まだ逆転の目は––––。

 

 

「––––チェックメイト、だよ!!」

 

デュノア君のその言葉と共に火薬の炸裂音と共に打鉄の盾が破壊され、強烈な衝撃が俺を襲う。

 

何を食らったのか分からなかったが、ISから送られて来たデータには 灰色の鱗殻(グレー・スケール)と出ていて、所謂パイルバンカーと呼ばれる一撃必殺武器だったらしい。

 

 

「華奢な身体してなんつーエグいもんをッ!?」

 

「必要だから使わせて貰っただけさッ!!」

 

ガゴンッ!! という次弾装填の音、今の一撃でSEの残量が二割を切ったからこれ以上貰う訳には行かない。

 

俺は押さえつけられた状態から巴投げの要領でデュノア君を投げ飛ばし、もう一度瞬時加速を行なって追撃を加えようとしたが、地面に叩きつけられた衝撃で機体の各所とスラスターが完全に死んだらしく、全く発動しなかった。

 

PICも辛うじて発動している程度で、ホバリングくらいしか出来ない。

 

なら向こうが切り掛かって来たところを切り返せばいい!! そう考えて動かなくなった右腕の代わりに左腕一本で刀を構えたが、彼は俺の機体が満身創痍な事を確認するとそのままボーデヴィッヒさんの方へと向かって行った。

 

 

機体の状況的に飛ぶ事が出来ない上に、機体の状況から既に大破判定を食らった俺に出来る事は無い。

 

無力な自分に歯噛みしながら二対一の戦いをしているボーデヴィッヒさんの様子を見ていたが、織斑君とデュノア君の連携に翻弄されて壁に叩き付けられた挙句、彼女は俺と同じ様に灰色の鱗殻(グレー・スケール)の一撃を叩き込まれてしまう。

 

 

終わったな––––そう俺が思った瞬間、彼女の機体に異変が起こるのだった。

 

 





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