波乱の学年別トーナメントが終わった翌日の放課後、俺は第二整備室で更識さんから整備関連の事を教えて貰いながら、今日の出来事に対してため息を吐いていた。
というのも、今まで男だと思っていたデュノア君が実は女の子だったらしく、一組に再編入したと言う話で学園が持ちきりとなり、同室だった俺にも色々と質問責めが行われて一日中事情聴取状態だった上に、やっと解放されたと思って打鉄の貸し出し申請をしたら秒で却下された挙句怪我の完治と身体のダメージが抜けるまでは部活も禁止。
何もしないのは性に合わないから今まで以上にこの整備室へ顔を出してるんだけど、こう座学ばかりだと体の一つや二つ動かしたくなるのが人情という物だろう。
「夏だし今度プールにでも行こうかなぁ……リハビリにはちょうど良さそうだし」
「……怪我も治りきってないのに?」
思わず考え事が漏れてしまったのか更識さんにそんなツッコミを貰ってしまい、俺は苦笑いしながら誤魔化そうとしたんだけど『……佐久間君は少しワーカーホリック気味』と言われた所為で少々バツが悪い。
「……わ、私は客観的に見ても佐久間君は強いと思うよ?」
「そうかな? 毎回毎回怪我したり、機体を大破させたりしてるから案外そうでもないと思うけど?」
特に学年別トーナメントは結局初戦敗退、トーナメントそのものは一回戦だけ行われて以降は実質中止だったようだけど、それでも負けは負け。機体が付いてこなかったなんてのは言い訳にもなりやしない。
そんな風に俺は考えているけど、どうやら更識さんからしたら別らしく、ふるふると首を振って俺の言葉を否定した。
「……普通の人が佐久間君の真似をしたら大怪我を負ってそのまま選手生命を棒に振ってもおかしくない、それなのにそんな無茶な機動をして体を痛めるだけで済んでるから体が相当鍛えられてる証拠」
そう言って、真剣な表情を浮かべながら服越しに俺の体をペタペタと触り出す更識さん。
筋肉の付き方や体幹の安定度について解説しながら俺の努力を褒めてくれるのは嬉しいんだけど……女の子に至近距離で身体中を触られるのは結構恥ずかしい。
しかも筋肉の付き方を解説してる訳だから相応に距離が近い、普段は友人と思ってる更識さんを変に意識してしまった俺は思わずそっぽを向いてしまった。
「……どうしたの佐久間君?」
「いや、その、更識さんがあんまり近いもんだからつい」
俺がそう言った瞬間、更識さんは顔を赤くしながらバッと離れて黙りこくってしまう。
身長差からチラチラと上目遣いで見られる形になってるのが妙に保護欲を誘いそうになったが、深呼吸と共に気持ちを落ち着けた俺は、なんとか雰囲気を変えようと自分の専用機の話を振った。
「そう言えば、俺の専用機の完成予定日がまた伸びたんだよ」
「……例の近接仕様のブルー・ティアーズ? ……でも前に聞いた時は学年別トーナメント後には受領できるって話だったからもう完成してる筈なんじゃ……?」
「その学年別トーナメントが原因なんだってさ……」
機体そのものは完成していて、後は俺が
可能性レベルの話でISスーツを特注するってのは大袈裟だと思うけど、直接担当者と話した時に人間が耐えられるGを超過する可能性が僅かでもある以上、万が一を考えるのが開発陣だと言われたから何も言えなかったし『貴方が体に負担を掛けるような無茶な動きをしなければ済む話なんですけどね?』と言う威圧もあった為、もう暫くはこの状況に甘んじなければならない。
そんな話をしたら『……佐久間君はもう少し自分を労った方が良いと思う』と言ってジト目で睨まれてしまう。
無理な動きをして怪我をしてる以上ぐうの音も出ない事を言われたところで変にお互いを意識する雰囲気が無くなったのか、機体の整備についてのおさらいを始めてくれたんだけど、放課後なのも相まって小腹が空いてお腹が鳴ってしまった。
「……あ、あの……佐久間君?」
「ごめん、少しお腹空いちゃってさ。パンでも買って来るよ」
「……えっと、その……さ、佐久間君は、甘いもの……嫌い?」
「別に大丈夫だけど……どうして?」
「よかったら……これっ!!」
自信のなさそうな声で更識さんから差し出されたのは綺麗に焼けた抹茶のカップケーキ。
正直美味しそうな匂いもしてるし、程よい焦げもあって見た目だけでも美味しそうなんだけど、何故そこまで不安そうなんだろうか?
そんな疑問がふと頭をよぎったが、折角の行為には甘える事にして一つ頂くと、これがまた非常に良く出来ていて、美味しさのあまりついついあっという間に全部平らげてしまった。
完食してから更識さんの分を残しておくべきだったと反省したが最早後の祭り。幸いな事に更識さんは怒るどころか逆に嬉しそうな表情をしてたので、一応は気にしてないらしい。
「……ど、どう……だった?」
「えっと、全部食べ切るくらいには美味しかったです。正直言って毎日食べても飽きないレベルだったよ?」
「……そ、そう……なんだ、そのぐらい……美味しかったんだ……やった」
素直にカップケーキの感想を口にすると、更識さんはより一層嬉しそうな表情を浮かべて喜んでくれた。
その様子に水を差す真似をしたくなかったから暫く黙ってたんだけど、そうしてる内に整備室から退出する時間になってしまう。
中途半端なおさらいになってしまった事を謝り倒す更識さんを部屋まで送った後、俺も自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、急に目の前が真っ暗になった。
「––––だーれだ?」
「……更識先輩ですか?」
「せーかい♡」
後ろから抱き着く様にして目隠しをしてきたからか色々背中に当たってるし、多分この人の事だからそれを指摘したとしてもからかわれるだけだろう。
けどそんな一男子高校生が感じるだろう疑問よりも、音も気配も無く背後を取られた事の方が俺には重大な事だった。
「俺も別に武術の達人って訳じゃ無いですけど、こうもあっさり後ろを取られるとは思いませんでしたよ」
「ふふっ。生徒会長たるもの、ISだけじゃなく体術も一流じゃなきゃダメなのよ?」
「それで今日は何の用なんです?」
目の前に回り込んで悪戯っぽくウインクをする更識先輩に俺はため息を吐きながら疑問をぶつけたが、『さぁて何の用かしらね?』と普段通りの飄々とした雰囲気で煙に巻かれてしまう。
……やっぱ苦手だこの人。
模擬戦で全戦全敗してるってのもあるけど、それ以上にこの何時の間にかペースを握られてる感があまり好きじゃない。
嫌いってほどじゃないんだけどこの人に関わると思うように動かされてる様な気がして、どうにも一方的な苦手意識を感じてしまう。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、更識先輩はどこからか取り出したジュースを死角からいきなり俺に投げ渡して来た。
反射的にそれを受け取ったが、だからと言って特に何かされる事は無く、寧ろパチパチと手を叩いて普通に褒めらてしまった。
「流石の反応速度ね。普通の人ならキャッチし損ねるか、おでこに当たってるわよ?」
「ジュース受け取ったくらいで大袈裟ですよ、誰だってこれくらい––––」
出来る。と口にしようとした瞬間、更識先輩からこめかみへ目掛けて完璧な不意打ちの蹴りが放たれる。
話している最中の一撃だった為、ここで身を引いて避けようとしたらタイミング的に間に合わずに顎先を蹴り抜かれると判断した俺は、左手を差し込む様にしてその一撃を受け止めた。
いきなり蹴りを入れられた事に抗議しようと思って先輩の顔を見ると、普段の掴み所のない雰囲気は消えていて、真剣な表情で射抜く様に俺を見ていた。
「––––もう一度言うわよ? 今の一撃は普通の人なら防げない」
「……けど、俺からしたら普通の事ですよ?」
「多分佐久間君は生まれつき常人の比じゃないほど反応速度が早いのよ、それもちょっとやそっとのレベルじゃなく、正に超反応と呼べるほどに」
「超反応……?」
「そ、脳から筋肉への伝達速度が尋常じゃないからこそ、貴方の戦い方は成立してる。けれど貴方はその戦い方を主軸にしているからこそ、肉体への負担を軽視して今回みたいな機体の置いてけぼりを起こしちゃったわけ」
「す、すみません……」
「佐久間君。貴方は近い内に専用機を受領するのだから機体が付いてこないなんて事は無くなるとは思うけど、その分ダイレクトに貴方の操作を受け付けるから今まで以上に体へ負担が掛かるはずよ」
「あ、あはは、丁度友人にも体を労ったほがいいって言われたところですよそれ?」
「そうね、私もそう思うけど……貴方にその気は無いんでしょう?」
完全に図星だった俺は思わず目を逸らしてしまったが、更識先輩はそんな反応を予測してたらしく、ぽんぽんと俺の肩を叩いてニッコリと笑った。
「だ・か・ら、これからは貴方が自分でやってる基礎トレーニングも監督するわ♡」
「……えっ?」
「あら? 無茶を止める気は無いのでしょう? だったら貴方が自分の無茶に耐えられる様な体づくりをすれば万事解決じゃない?」
真剣な雰囲気を四散させつつ笑いながら扇子を広げる先輩、その扇子には『一件落着』と書かれているが、俺としては苦手な先輩とマンツーマンな時間が増えただけなんだけど……。
先輩は『じゃあ、明日の朝から訓練開始ね? 大丈夫、体にさわらないようにちゃんと加減するから♪』と一方的に言って去って行った。
残された俺は明日からの事に頭を抱えつつ、自分の部屋へ帰るのだった。
更識先輩が色々世話を焼いてくれるのは主人公に後ろ盾がない以上、強さだけが自分を守る武器になるからなので以降はしごきが増えます。