篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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第23話

––––今日は臨海学校の準備の為に一夏君と二人で水着を買いに街へ出たんだけど、考えてみれば彼とこんな風に一日過ごす事は初めてな気がする。

 

今までは自発的に関わらないようにしてたんだけど、あの一件以来少しだけ俺の鬱屈した感情が晴れたので、自発的に一夏君と向き合って見ようと思ったのだ。

まぁ準備と言っても男の買い物なんてのはあっさりと済んでしまうもの、特に悩んだりもせずに水着を買った俺達は近くのハンバーガー屋で早めの昼食を摂っていた。

 

 

「しっかし、樹とこうやって遊ぶのなんて初めてだよなぁ」

 

「確かにそうだけど、俺からしたら休日を友人と遊んで過ごす事自体が慣れない事だからねぇ、新鮮味は君以上だよ?」

 

 

俺にとって休日ってのは勉強かトレーニングをする日って感じで、昔からあんまり友人と遊んだりする事は無かった。

 

それを寂しいとは思わなかったし、苦しいとも感じたことは一度もなかったけど、それでもこういう時間を過ごしたくなかったかと言えば嘘になる。

 

俺達はお互いの中学時代の話に花を咲かせながら食事をしてたんだけど、段々と話の流れがIS関連の事になっていき、最終的に一夏君からの悩み話になってしまった。

 

 

「なぁ樹、どうやったらあんな簡単に相手の懐に飛び込めるんだ?」

 

「うーん、俺からしたら君の勝率が悪い事の方が信じられないんだけど……」

 

 

動きが直線的であると言う欠点はあるけど、速さで言うなら専用機持ちの中でも上位だし、近接戦に持ち込む事が出来れば打ち負けないのは知っている。

 

動きが読まれやすいって事を念頭において斬りかかれば少しは違うだろうけど、それでもデュノアさんの戦術に対応出来ないからなぁ。

 

 

「樹なら何か良いアイデアあるだろ? 流石に負けっぱなしはカッコ悪くてさ……」

 

「俺は反射神経が常人離れしてるらしいからあんまり参考にされても困るけど……そうだね、第六感でも鍛えてみるかい?」

 

「第六感って……それじゃ鈴と一緒じゃねぇか」

 

「凰さんがどんな教え方をしてるのか知らないけど、俺の言ってる事は自分の間合いに入ってくる物体を感じるって意味の第六感だよ」

 

 

そう言って、俺は周囲に壁を作るように手を広げながら目を閉じる。

 

 

「感覚的な話も含むけど、視覚・聴覚・触覚の全てを使って周囲を把握すれば多少の射撃は見えてくる。弾が撃たれた音、それがこっちに向かってくる音、風の流れ、ハイパーセンサーから伝わってくる相手の視線や呼吸、どんな人にもリズムがあるからそれを読むんだ」

 

「リズム?」

 

「待つ・受ける・攻めるリズム、守りから攻撃に転じる瞬間。動きと呼吸は連動してるし、それが目・肩・足にテンポとなって現れる」

 

いくら無敵のISといったって乗ってるのは人間だ。長期戦になれば疲れが出るし、至近距離でのインファイトをすれば緊張感で張り詰める。

 

遠距離からの狙撃も躱し続ければ焦りや苛立ちが表面化する、デュノアさんの砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)も引きと攻めのテンポを読む事が正攻法だろう。

 

一夏君も初めてIS戦をした時、オルコットさんの攻撃テンポを読んで射撃をかいくぐって接近してるからやれない訳じゃ無いだろう。

 

精神的なブレーキが掛かってるのか受け身な性格が祟ってるのか分からないけど、どうにも一夏君はいよいよってところまで行かないと集中力が高まらない傾向にあるようだし、そこまで追い詰められると伝家の宝刀も使い難い。

 

そして話を聞く限り理論的過ぎるオルコットさんや感覚的過ぎる凰さんに抽象的過ぎる篠ノ之さん。この三人に指導を受けてたらしいけど、又聞きしてる俺もさっぱりな内容じゃ初心者向けの指導とは言えないと思う。

 

『シャルが一番分かりやすい』と肩を落としてそう呟く一夏君からは哀愁漂う疲労感が見え隠れしてる。

 

「まぁ一夏君の苦労話で逸れた話題を戻すとだ。要はその相手のリズムを読む方法と、自分の間合いへ入ってくる異物を察知する感覚さえ分かれば被弾が減るって訳だから、学園に帰ったら試してみようか」

 

「試すったって、樹は今訓練機が使えないんだろ? まさかとは思うけどセシリアとかシャルに撃たせるとかじゃないよな?」

 

「いきなりそんな実践させないって。そもそも機体の操縦技術の話じゃないんだからIS使わなくてもいいだろ?」

 

感覚や感性を磨く訳だからISのサポートはあまり意味が無い、精神鍛錬や竹刀の素振りに似たもっと基礎的な部分を使う。

 

そう説明すると一夏君は乗り気だったから、俺達は食事を手早く済ませて学園に帰り、剣道部の道場を間借りして特訓を始める事にした。

 

先ず必要なのは空間の把握力、自分の周囲の空気がどう流れるかを把握する事。

 

その為、俺は道場内の明かりを消して雨戸も閉めきって完全な暗闇にする。

 

「さてと、取り敢えず準備は整ったよ」

 

「……マジで何にも見えないな」

 

「人間の五感はどこか一つ機能しなくなると他の部分が敏感になる、料理を食べるときに目を瞑る人がいるのはそう言う理由だね」

 

「んで、それと同じ事が聴力にも言えるって訳か」

 

「ご明察。空間の把握には物体の動きを聴く必要があるからね。感覚を掴むにはぴったりなわけだ」

 

「その口ぶりからすると、この状態でなんか投げるんだな?」

 

「今から少し固めのゴムボールを投げるから、それが飛んでくる微かな音を聞き分けて避けてね? もし何連続も当たると緊張感出すために俺も奥の手使わないといけなくなるから」

 

「ぜ、善処するよ」

 

 

たははと笑う一夏君に何とも言えない情け無さを感じつつ、彼の後頭部目掛けてボールを投げる。

その際に彼の利き手と反対側へ避けると予想して投げたんだけど、悲しいくらい狙い通りに一夏君はボールに当たってしまう。

 

 

「……二投目行くよ?」

 

「……おう」

 

 

まぁ特訓だから別に当たることは恥じゃ無い。誰だって最初はそんなものだから俺は特に責める事はせずに二投目を投げた訳なんだけど、今回は避ける事なく棒立ちで頭に食らってた。

 

多分俺が何処に投げるかを推測して避けない選択をしたんだろうけど、思考による読みじゃなくて感覚的な読みを求めてる訳だから当然不合格。

 

続く三投目、四投目も彼はボールに当たり、中々感覚的な気配察知が上手くいかない様に感じられた。

 

 

「ってて、流石にゴムボールでも何回も当たると痛いな」

 

「……仕方ない、投げる物を変えるよ? 一夏君」

 

「そりゃいいけど、物変えたくらいで避けられるようになるのか?」

 

「そうなって貰わないと俺が結構困る、だって今から投げるのナイフだし」

 

「……は?」

 

 

一夏君が明らかにポカンとしてるのが分かるほど間の抜けた声が聞こえたけど、もちろん俺が用意したのはプラスチック製のおもちゃで、本物のナイフじゃない。

 

けど視覚の効かない状況下で相手の投げる物を察するのは困難だし、何よりそう思い込ませる事で精神的に彼を追い詰め、集中力を高める事が出来る。

 

だから俺は間髪入れず、少々本気で当てる気でおもちゃのナイフを投擲した。

 

ヒュッと言う軽い音が鳴り、真っ直ぐ一夏君の額目掛けて飛んで行ったが、すんでのところで彼は身を逸らしてその一投を回避する。

 

 

「あっぶね!? 樹、当たったらどーすんだよ!?」

 

「––––感覚は掴めたかい?」

 

「えっ? あっ、俺避けたのか?」

 

「バッチリ避けてるよ。んじゃ、感覚を忘れない内に二本目いくよ?」

 

「おう!! どんと来い!! ––––ってちょっと待て!! 二本目ってまたナイフか!?」

 

 

彼の叫びを意図的に無視した俺は更に二本目のナイフを彼が避けそうな場所へと投げつけたが、そこへ避ける素振りを見せた瞬間、感覚的に察したのか転がる様にナイフを回避する。

 

ここまでは予想通りなので、今度は予告無しで何本かおもちゃを投げ付けたんだけど、今までの反応が嘘のように全てを避けてみせた。

 

…………ナイフを本物と誤認させただけでこれか、やっぱり彼の潜在能力はとんでもないね。

 

恋敵に塩を送る真似をしながらも、彼が疲れ切っておもちゃのナイフに当たるまでの間、俺はこの特訓を続けるのだった。

 

 


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