篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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第24話

––––臨海学校当日。俺は三組のバスの中で窓の外に流れる景色を眺めながらこれから受領する予定の専用機コワードリィ・ホーネットについて考えていた。

 

契約から完成まで数ヶ月、かなりの過密スケジュールで制作されたそれはギリギリまで最新のデータを入力し続けたおかげで、カタログスペック上は第三世代機の中でも一二を争う機動性と運動性を持つ性能になったらしい。

 

ただし超加速を行った際に搭乗者へ掛かる高Gの問題や、思考による操縦補佐システムの問題などが解決できておらず、今回の受領も何とか間に合わせたと言う面が強いので、場合によっては再調整の為に再び開発局行きが決まる。

 

…………そして、機体の是非は俺が行う明日のテスト次第。

 

窓ガラスの反射越しに海へ向かう事にはしゃぐクラスメイト達とは違い、責任感や不安が重苦しく滞ってる俺は浮かれる気にもならず、カリカリに仕上げられた専用機を乗りこなせるのかと言う思いに駆られてうわの空で居るうちに旅館へ着いたので、クラスの子を先導して集合場所に移動する。

 

 

織斑先生の挨拶と共に旅館に入ると、殆どみんなが荷物を部屋に置いて我先にと海へ向かって行った。

 

臨海学校は二日、その内の初日は終日自由時間なので仕方ないと言えば仕方ないけど……俺は正直遊ぶ気にはならない。

 

かと言って部屋で大人しくしようにも俺の部屋は教員用の部屋で寮長補佐の山田先生と同室、普段やってる早朝訓練の時にアリーナを開けてくれる人だから苦手意識は無いんだけど……この人は何かと俺の体を気にかけてくれるからあんまり心配掛けたくないんだよなぁ。

 

 

乗り気はしないまま水着に着替えた俺はみんなに遅れながら海へと向かったんだけど、砂浜には何故か人参型のロケットがブッ刺さってて、側にはうさ耳が転がっていた。

 

「……何、これ?」

 

「え〜、何ってうさ耳と人参型ロケットだよ? 見て分からないのかなぁ?」

 

 

ボソッと呟いたその一言にまさか返事が返って来るとは思わず、声のした方へ振り向くとうさ耳を付けたアリスファッションの美人が立っていた。

 

自分の知り合いにこんな人は居ない、しかしその顔に見覚えはあった。いや、というよりもISに関わる人間なら誰もがその人物を知っているだろう。

 

 

「し、篠ノ之束……博士?」

 

「いっえーす!! みんなのアイドル篠ノ之束だよー?」

 

 

俺が唖然としてる事を気にも止めず、博士は戯けたような自己紹介をしながら顔を近づけて来た。

 

ふわりと鼻をくすぐる甘い匂いと、均衡の取れた綺麗な顔が間近な事で一瞬気恥ずかしくなったが、博士の目を見た瞬間背筋が凍り付く。

 

––––何故なら、博士が俺を見る目には貼り付けた様な笑顔に反し、一切の温かみが無かったからだ。

 

 

「––––私はね? いっくん以外にISに乗れる男が現れる可能性を一応は想定していたよ? けど、確率的には那由多の果てに存在するレベルでゼロに等しいと言い切っても良い考慮にも値しない存在だったんだよねぇ。それなのに現実の存在として君は現れた」

 

 

声のトーンは不気味なくらい軽く、吐息が当たる程近い距離で俺にだけ聞こえる声で彼女は続ける。

 

 

「ちーちゃんにとっての私のように、 いっくんにとっての君なんだろうね。そう言う意味じゃ私と君は似た者同士なのかな? ふふふっ、まさか私と似た立ち位置にいる人間が世の中に居るとは思わなかったなぁ。アレかな? ちーちゃんが生まれたから私が生まれたのか、私が生まれたからちーちゃんが生まれたのか、鶏と卵の後先みたいな話だねぇ」

 

「……な、何を言ってるんですか?」

 

「んー? 君の知らなくていい君の知らない話かなぁ? 明日の結果次第できみの事をいーくんって呼んであげてもいいよ? 私はそれなりに君と言う存在にも興味があるからね?––––––私達が似た者同士なのかって意味で、ね?」

 

 

耳打ちする様に呟いた博士は、それまでの威圧感を四散させて『むむむ!! 箒ちゃんはっけーん!!』と言って、子供の様に走り去ってしまった。

 

その後ろ姿を眺める事しか出来なかった俺は、情けない事に興味の対象が自分から妹である篠ノ之さんへ移った事に安堵しながらその場に座り込む。

 

彼女の話は殆ど理解出来なかったけど、少なくとも博士は一夏君がISに乗れる理由をある程度知っているような話ぶりだった。流石は天才、という一言で済ませて良いんだろうか?

 

…………いや、考えても仕方ない。彼女が言った通りその手の話は俺が知らなくてもいい話だ。

 

首を横に振って自分の考えを振り払っていると、おずおずと物陰から様子を伺うような感じで黒いフリルのあしらわれた水着を着た更識さんが現れる。

「……佐久間君? そんなところに座って……どうしたの?」

 

「えっ? ああ、ごめん、ちょっとね?」

 

 

説明するような内容の事でも無いのでその場から立ち上がって砂を払っていると、なんとなく更識さんから視線を感じる。

 

「どうしたの更識さん?」

 

「……あの……私の……水着、どう……かな?」

 

「水着? よく似合ってると思うよ? 凄く可愛い」

 

「か、かわっ!? ……さ、佐久間君も、か、かっ、かっこいい、よ?」

 

「あはは、ありがとう更識さん」

 

 

内気な性格だからか、褒め言葉に顔を赤らめる更識さん。そんな風に彼女とやり取りをしてる間に俺も気が抜けたのか、不安と弱気が吹き飛んだ俺は折角なので泳ぎに行ったんだけど、暫く泳いでたら人気の無い場所で黄昏てる篠ノ之さんを見つけた。

 

 

「やあ篠ノ之さん、どうしたのさこんな場所で?」

 

「……佐久間か、少しな」

 

膝を抱える様にして座る篠ノ之さんは彼女にしては大胆なビキニに着替えてる、性格的にそう言った格好を好まないと思ってたから意外だった。

 

かなり思い悩んでる様なので少し悩んだものの、彼女の隣に腰を下ろして話を聞く事にしたんだけど、やっぱりと言うか何と言うか、悩み事は一夏君の事。

 

 

「実は一夏にアプローチしようと思って、我ながら大胆な水着を買ってきたんだが……アイツの視線は千冬さんに夢中でな、自分が霞んでしまう様な気がして逃げ出してしまったんだ」

 

「まぁ一夏君は織斑先生の事大好きだからね、でもだからって篠ノ之さんの魅力が霞むって事は無いんじゃないかな? 織斑先生は織斑先生、篠ノ之さんは篠ノ之さんだよ。俺からしたら君は織斑先生に負けないくらい魅力的だ」

 

「……そうか、そうだな!! 一夏がシスコンなのは昔からだから今更だったな、佐久間の言う通り私は私だ!!」

 

 

切り替えが早い彼女は、うんうんと頷きながら立ち上がって元気を取り戻したんだけど……さりげなく言った俺の褒め言葉はスルーらしい。

 

まぁその一途な部分も魅力的だし、何よりこの心の強さと弱さが一緒になった様な姿を見ているとつい力になりたくなる。例えそれが一夏君の事だろうと。

 

結局惚れた弱みって奴はどうしようもない、俺自身彼女の助けになるのならなんだって協力する気なのは今も昔も変わらないからね。

 

「篠ノ之さん、そろそろお昼だから食堂に行かない?」

 

「む? もうそんな時間だったか、なら早く行くぞ佐久間。私とて千冬さんに叱られたくは無いからな」

 

スッと立ち上がってそう言った彼女は、俺と歩幅を合わせながら旅館までの道を歩く。その道筋で話す内容は殆どが一夏君についての話だったが、こうして歩いてるだけでも幸せを感じる。

 

 

––––できれば可能な限り長く彼女とこうしていたい、俺はそう願いながら旅館へ向かうのだった。

 





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