篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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交戦まで行かなかった……。


第26話

––––専用機持ちの招集。旅館内の一室に集められて聞かされた内容は衝撃的な内容で、正直自分では場違いなのではないかと耳を疑うものだった。

 

軍事用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の暴走と、その事案の対処。端的に言えばこれだけの事だけど、つい最近まで一般人だった人間には縁遠い話であり、下手をすると命の危険すらある。

 

つっと背中を冷や汗が流れた様な気がするが、周りの代表候補生の面々はそんな嫌な緊張感とは無縁の様子なので、怖気付かない様に深く深呼吸をして気持ちを整理して行く。

 

その際に、この集まりの中に篠ノ之さんが居る事に気が付いたが、今はそれを聞ける空気じゃないので、次々と開示されてくる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の情報を頭に入れる事に専念する。

 

まずこの機体は五十分後に俺達が居るこの場所から二キロ先の空域を通過する上に、超音速飛行を続けてるから偵察無しのぶっつけ本番かつ一撃で撃墜しなければならない。

 

特徴は広域殲滅を目的とした特殊射撃型、ティアーズ型のようなオールレンジ攻撃が可能で、更に機動力もあるときた。

 

スペック上だと凰さんの甲龍を上回ってるから第三世代機の中でも総合力は上位、格闘戦のデータや持ってるスキルも不明。

 

正真正銘、チャンスは一回きり。これを可能にする機体はただ一つ––––零落白夜を持つ白式のみ。

問題はどうやって一夏をそこまで運ぶか、という話の段階になって俺と同じ様に現実味を感じられていなかった一夏君が思わずといった風に声を上げた。

 

「ちょっ、ちょっとまってくれ!! 俺が行くのか!?」

 

「「「「当然」」」」

 

見事に四人の声が重なったけど、一夏君が引け腰になってる事を感じた俺は些細な対抗心から彼の肩を叩いた。

 

–––––彼の代わりに俺が出れば篠ノ之さんの印象に少なからず残るだろうと、そんな下心を抱えながら。

 

 

「一夏君。それなら俺が行くよ」

 

「樹!? 実戦なんだぞ!?」

 

「……俺のホーネットなら超音速飛行をしてる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に追い付けるし、瞬間速度は誰よりも速い。帰りの事を一切考えなければ相討ちにする自信はある」

 

「相討ちって……相手の特殊兵装はどうするんだよ?」

 

「ホーネットのアーマーはシールドビットにもなる、だからフルヒットしたとしても一発は耐えられる。一発耐えたら後は懐に飛び込んで離れなければ問題無いと思う」

 

 

広域殲滅用の特殊兵装『銀の鐘(シルバー・ベル)』三十六の砲門から高密度に圧縮したエネルギー弾を全方位に射出できる兵装なわけだけど、自分へ当たる危険がある以上ゼロ距離で撃てる代物じゃない。

 

更に言えば大型スラスターに同設されてるから、これを破壊すれば相手の機動力を削ぐ事が出来るし、機動力を落とせれば仮に俺が撃墜されても後続へ繋げる事が出来る。

 

「––––だから、俺に任せていいよ?一夏君」

 

「……いや、ダメだ。樹の戦い方は自分の事を顧みないだろ? 臆病風に吹かれただけで友達をそんな危険な目に合わせたくねぇよ。俺がやる」

 

 

有無を言わせない強い気迫、真っ直ぐに友達だから行かせないと言われた俺は思わず目を逸らしてしまった。

 

俺の言葉は彼の心配からじゃなく下心から出た物だと言うのに、彼は本気で俺の身を案じている、愚直と言うか友人思いと言うか…………いい奴過ぎて本当に自分が惨めになる。

 

結局俺は何も言えないまま迎撃役を彼に任せる事になったんだけど、零落白夜の威力を高める為に極力エネルギー消費を抑える目的で運び役が必要となった。

 

最高速度や瞬間速度的にも俺の機体は一応適任なんだけど、戦闘目的で片道切符覚悟の特攻ならともかく、運び役をやるには慣熟訓練が終わってないこの機体だとまだ加減が効かない。

 

ISは自身の高機動から搭乗者を守る保護システムがあるにもかかわらず、俺のこの機体はそれですら殺しきれないGが掛かる。それで乗ってる一夏君が失神でもして振り落とされたら本末転倒だ。

 

次にオルコットさんが強襲用高機動パッケージを装備したブルー・ティアーズで彼を送るって話になったけど、装備の換装に時間が掛かると言う点で却下。

 

––––作戦会議にも時間制限がある以上、失神覚悟で俺に乗るかって段階になった時、天井から篠ノ之博士が降って来た。

 

 

「ちょ〜〜っと待った!! そんな保護システム貫通して搭乗者に12G押し付けてくるモンスターマシンの上に乗ったらいくらいっくんでも失神しちゃうよ? だからここは、だんっぜん!! 紅椿の出番なんだよっ!!」

 

何故上から降って来たのかとか、まだ公開されてないホーネットの情報をどうして知ってるのかとか、色々聞きたかったけど、それより紅椿と言う機体の事が気になった。

 

––––紅椿。それは博士が作った篠ノ之さんの専用機で、第三世代機を超えた第四世代機。現行機を遥かに凌駕する機体性能と、パッケージ換装を必要としない即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)という机上の空論の筈の機体。

 

更に全身のアーマーが展開装甲という白式の雪片弐型と同じ機能を持っているから、何処からでもビーム刃を展開出来るらしい。

 

『攻撃・防御・機動に転用できるから無茶苦茶強いよ〜? 一言でいうと最強だね』とは博士の言葉だけど、それでも無敵だとは思えなかった。

 

特に篠ノ之さんの表情が非常に浮かれてる様な、気持ちが浮ついてる様な気がする、いくら機体が一世代先の強力な代物でも今の彼女には負ける気がしない。

 

普段の凛とした緊張感がない以上、綻びの様な隙が出来てるかもしれず、そんな状態で迎撃任務へ出たら……。

 

そう思った俺は博士の推薦を遮る様に強引に立候補しようとした瞬間、篠ノ之博士と目が合った。

 

––––黙ってろ。そんな威圧感が込められた視線に射抜かれた俺は口を開く事が出来ずに黙って座るしかなく、運び役は篠ノ之さんに決まってしまう。

 

ひと睨みされただけでこの有様、相変わらず俺は情け無い。

 

みんなが忙しなく自分のやるべき事をやっている中、俺は作戦開始時間まで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のデータを見る事くらいしか出来ず、自分の無力さを噛み締めるしかなかった。

 

そして時刻は十一時半になり、砂浜で白式が紅椿の上へと乗って作戦開始まで秒読みとなる。

遠目から見ても分かる篠ノ之さんの浮ついた表情に、俺はついプライベート・チャンネルを入れて彼女へ通信を入れてしまった。

『ちょっといいかな?』

 

『む? どうした佐久間?』

 

『……篠ノ之さんがちょっと地に足が着いてない様な気がして、ついね?』

 

『まったく、お前も一夏と同じで心配性な奴だ。安心しろ、私と一夏が力を合わせれば出来ない事は無い。それともお前は私を信用出来ないのか?』

 

『……そう、だね。うん、いってらっしゃい』

 

『ふふっ、私と紅椿が居るんだ。何も問題は無い、大船に乗ったつもりでいろ』

 

 

自信満々に通信を切った篠ノ之さんに俺はそれ以上続ける事が出来ず、深い溜め息を吐く。

 

篠ノ之さんの言う通り心配性なのかも知れないけど、クラス対抗トーナメントの時といい、学年別トーナメントの時といい、こう立て続けに色々起きれば嫌でも悲観的な考え方になってしまうのは仕方ない。

 

飛び去って行く二機を見ながら拭いきれない不安感を抱いていると、誰かが背後に立った。

 

「君はそのモンスターマシーンでいっくん達と一緒に行かなくて良かったのかな〜?」

 

 

––––振り向かなくても分かる、この声は篠ノ之博士。

 

 

「心配だねぇ〜? 不安だねぇ〜? 箒ちゃんは念願の代用無き物(オルタナティブ・ゼロ)白に並び立つ紅の専用機をゲットして嬉しさ百倍だからねぇ?もしかしたら何か起きるかもしれないよ〜?」

 

「……もしかしたら、何も起きないかもしれませんよ?」

 

「またまたぁ〜。––––欠片もそう思ってない癖に」

 

 

自分の妹の事だと言うのに戯けた口調で俺に絡んでくる彼女に寒気を感じた俺は振り返る事が出来ず、背中越しで会話をする。

 

更識先輩とはベクトルの違う苦手意識、彼女の場合は手玉に取られてる感じが苦手なだけで、この人の様に恐怖感から来る苦手意識じゃない。

 

少なくとも俺は––––この人が同じ人間だとは思えなかった。

 

 

「も〜そんなに怯えなくてもいいのにな〜。君と私は同類かもしれないんだよ〜? 仲良くしよ〜よ〜」

 

「仲良く? それこそ––––欠片も思ってませんよね?」

 

背筋を這う様に登って来る悪寒、口調とは裏腹に凍り付きそうなほど冷たい威圧感が俺に浴びせられてるのに、仲良くしようなどとどの口が言うのだろうか?

 

「ふふ、随分嫌われてる見たいだね? でもいいよ? どーせ直ぐそんな事言ってる余裕無くなるから」

 

「……どう言う意味です、それ?」

 

「んー? 君の出番はもうすぐだよーって事、束さんの未来予知だよー?」

 

 

その言葉の意味が分からず、俺は思わず振り向いてしまったが、そこに既に博士の姿は無く––––直後に一夏君が撃墜されたと言う知らせがプライベート・チャンネルに入るのだった。

 




束さんがめっちゃ絡んで来ますが決してポジティブな理由で絡んで来てる訳では無いので悪しからず(震え声

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