篠ノ之箒に一目惚れ   作:ACS

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福音戦後にフラグが立ちました回。


第30話

––––福音戦後に気を失った俺が目を覚ますと、待っていたのは心配そうな顔をした篠ノ之さんや一夏君の様な優しい人達の暖かい言葉では無く、鬼教師(織斑先生)による説教だった。

 

治療が済んだばかりの重傷の人間相手にこれは酷だろとは思ったけど、無断出撃や鎮痛剤を騙くらかした事などを責められたにしては小一時間ほどで済んだし、最後はちゃんと生きて帰って来た事を褒められて説教は締めくくられた。……()()()()()()()()

 

やっと解放されたと思って脱力した瞬間、入室して来たのは例の交渉人。無理矢理笑顔を浮かべた様な彼女は言葉の節々から猛烈な棘と毒を感じる語調で、ホーネットを大破させた事をチクチク突いて来た。

 

 

「––––大体、IBISの性能が未知数である以上コワードリィ・ホーネットは万全の調整が必要な機体なんですよ? その最終調整を一日掛けて行う予定だったにも関わらず無断出撃し!! あまつさえ機体を大破させて帰ってくるとは何事ですか!!」

 

「い、いやぁ、その、緊急時でしたし……」

 

「だとしても!! 万全でない機体で出撃するなど言語道断です!! 今回は五体満足で帰って来れましたが、いきなりIBISが停止する可能性やレスポンスが悪化するかもしれなかったんですよ!? 日本人特有の神風精神なのかもしれませんが、貴方は軍人でもなければ代表候補生ですらない人間です、何があったのか仔細は存じ上げませんが貴方は参加を拒否するべきでした」

 

「……けど、それは」

 

「けどもでももありません!! 死んで花実が咲くとでも? 貴方は緊急事態の解決に奔走した様ですが、それで体を痛めていては片手落ち。しかも怪我の大半が無理な挙動による自傷ではありませんか、その動きと無茶をISが覚えてしまったらあっという間に命を擦り減らしますよ!!」

 

「あ、あはは、でも一回くらいなら大丈夫でしょ? 今回きりなら……」

 

「……今回の一件でホーネットが発揮した性能は、我々が想定していた以上の数字を機体への負荷と引き換えに叩き出しています。何度も言いますがこの機体はとにかく特殊なのです、たった一回の戦闘ですらオーバーホール確定の機動を行えているのですから、あまり楽観的な考えでホーネットへは乗らないでください––––それではお大事に」

 

 

そう言って、彼女は深い溜息と共に部屋を出て行った。

 

残された俺は連続した説教に辟易しながらも、正論でしかないその言葉を噛み締めながら窓の外を見上げると、すっかりと日が暮れてしまっていて、夕陽では無く月明かりが辺りを照らしている。

 

都心とは違う綺麗な星空にセンチメンタリズムな気持ちになったのか、俺は視線を落として自分の右腕を見た。

 

ナノマシンが投与されたとは言えギプスで固定された腕を試しに動かそうとしたら、声すら挙げられない程の激痛が走る。包帯で吊られた足や、同じ様にギプスを嵌められた首も一ミリたりとも動けそうにない。

 

同じ様に撃墜された一夏君はもう自分の足で立てるらしいけど、残念ながら俺はそうもいかず、自分の心臓の鼓動が聞こえる程静かな部屋に一人きり。

 

疲れが抜けきっていない体が睡眠を要求しているのか、微睡みに襲われた俺が目を閉じようとした瞬間、視界の端に機械的なうさぎの耳が映る。

 

––––それを認識した瞬間、緊張感で眠気が飛んだ。

 

 

「はろはろ〜。いやぁ大活躍だったねぇ、()()()()?」

 

「……なんの、用です?」

 

 

月明かりに照らされた博士の顔は貼り付けたような笑顔を浮かべていて、態とらしく『よっこいしょ』などと言いながら寝てる俺の横へと座る。

 

––––相変わらず、その目だけは一切の温かみが無かったが。

 

 

「いやぁまさかまさかの大金星、いっくんが到着する前に相討ちに持ち込んじゃうなんて流石だねぇ。結構薄い確率だと思ってたんだけどなー」

 

「……ありがとうございます」

 

「えー? どうしてそんな緊張感丸出しの表情してるのかなぁ? 君と私は同類なんだよ? もう少しフレンドリーになってもいいんじゃないかなぁ?」

 

覗き込む様に顔を近づけて来た博士は相変わらず冷たい目をしたまま俺にそう耳打ちをする。

 

甘く溶ける様なその声は、恐らく第三者が聞けば酷く蠱惑的に感じただろう。しかし囁かれている俺からしたら確実に身の破滅を招く猛毒が流れ込んでくる様な怖気しか無かった。

 

こんな人の皮を被ったナニカの同類にされたくなかった俺は、怯えを隠す様に口の中で溜まっていた唾液と血が混じった物を吐きつける。

 

もしこの行為で気を悪くしたのなら何かしら表情や態度に出る筈、少しでも人間らしさを感じる事が出来ればこの怖気は抑えられるだろう。

 

……しかし、そんな思いとは裏腹に、博士は愉快そうに吐き付けられた血を舐めとりながら嗤った。格下の相手の精一杯の抵抗を嘲る様な目をしながら。

 

 

「ふふふ、良かったねこんな美人と間接キスできて。血まで吐きつけてまで抵抗するなんてね〜、そんなに私と同類扱いされるのが嫌だったのかなぁ?」

 

「俺は……貴方みたいな、人を人として見てないような……そんな目をしていません」

 

「そうだねぇ、()()()()他人を見下してないみたいだけど––––それって何時まで続くかな?」

 

博士の指先が俺の胸元をなぞりながら顎先へと移動し、そのまま目を背けていた俺の顔を自分の方へと向ける。

 

手付きは優しく、しかし首元に手のひらを置いて何時でも首を絞める事ができるようにしながら、博士は続けた。

 

 

「––––本来なら、君はここで退場する予定だったんだよねぇ。だっていっくん以外にISに乗れる男って要らないし、居ても邪魔なだけだからさ」

 

「……それって、今回の事件は––––」

 

「でも君は生き延びた。あの福音には君の戦闘データも送り付けてあったし、ホーネットの詳細だって把握してたから君を撃墜する事は十分可能だった」

 

 

ふっと、それまでの笑顔が消え去り、明確な殺意と感情の消えた抑揚の無い声でそう言ったかと思うと、顎先を撫でていた手を翻し、馬乗りになって俺の首をギプスの上から絞め始めた。

 

ミシミシと言う音と共に博士の指先がギプスを砕き、そのまま直に首を絞められた俺は悲鳴をあげる事が出来ず、睨み返す事しか出来なかった。

 

 

「––––どうすればいーくんは殺せるのかなー? 直接こうやって首を絞めたらいいのかなー? それともー、血管に空気でも注射したらいいのかなー?」

 

 

博士が淡々とそう言いながら虚空から空の注射器を取り出した瞬間、俺は反射的に左手を動かして点滴の掛かっているスタンドを握ると、そのまま博士の頭を殴りつけた。

そして体勢がよろけた瞬間に丹田に向かって動く方の足で膝蹴りを叩き込むと、点滴の針を引き抜いて何とか立ち上がって距離を開けようとしたが、直ぐに膝から崩れ落ちた為、博士から視線を切ってしまう。

 

相手が見えない状態での回避は今の状況じゃ無理なので、無理矢理体を起こして反撃に備えようとしたが、首を絞めた張本人は何事も無かったかの様に窓の縁に座っていた。

 

 

「ほーら、動けない筈なのに反撃ができてる。––––やっぱり君は私側の人間だ」

 

俺に背を向けて空を見上げているから博士の表情は見えない、しかし彼女の戯言を聞きたくなくても今の体じゃ耳を塞ぐ事すら億劫で––––毒の様なその言葉を聞くしかなかった。

 

「いーくんはさっき言ったよね? 私のように人を人として見ていない目をしていないって? けどそれは今だけだ。直ぐに君の強さはいっくん以外の奴らの追随を許さなくなる。あっさりと。簡単に。いーくんが平然と出来る事を他の人がやれない事が必ず出て来るよ」

 

「……うる、さい」

 

「『なんでこんな簡単な事が出来ないんだろう?』『どうして何度説明しても理解出来ないんだろう?』『右も左も無能しかいないのに得意顔するのは何故だろう?』きっと、君にもそう感じる時が来る。そうなった時、君は本当に私とおんなじ目をしないのかなぁ?」

 

「……俺は、俺だ。貴女じゃない」

 

「かもねぇ。ところでいーくん、ここからが本題なんだけどー」

 

 

––––今から一切合切捨てて私と来ないかい?

 

 

「……は?」

 

「くだらない世界。くだらないルール。自分を縛る物をぜーんぶ捨てて、自由に生きるんだ。絶対に楽しいよ? 私が言うんだから間違いないよ?––––ねぇ? 樹くん。私と一緒に好き放題生きないかい?」

 

月明かりをバックに優しい笑顔で手を差し伸べる篠ノ之博士に思わず手を伸ばしそうになった俺は、その事実に薄ら寒いものを感じ、掴んでいた点滴の袋を彼女に投げつけた。

 

博士は力無く飛んだそれを避けなかったが、同時にその優しい笑みを嘲笑へと変えるとそのまま無言で窓の外へ消える。

 

姿も気配も無くなった事を確認した俺は、あんな訳の分からない勧誘に揺れてしまった自分に戸惑いと恐怖を抱きながら壁を背にして座り込むのだった。

 

 




フラグはフラグでも破滅フラグな模様(白目

ちなみに勧誘に乗ってたら使い潰されて心身共にボロボロになる模様(震え声


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