寮に移り住む様になって数日、朝早くにセットした目覚ましで起きた俺はウォーミングアップを済ませ、校舎の周囲を走っていた。
研究所での軟禁生活時もそうだったけど、ISの操縦にはとにかく体力が要求される。特に動きの激しい格闘戦に付いて行くには相応のスタミナを消費するし、相手よりも一太刀多く当て、相手よりも一太刀多く避ける事を必要とする鍔迫り合いの距離ではそのスタミナの有無が確実に勝敗を分ける。
一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、 一夜一時を怠らば百歳の間三万六千時を失う。これは吉田松陰の言葉で、何かを成したいのならば目標の実現に繋がる行動を取らなくてはならないと言う意味だ。
俺の目標は勿論篠ノ之さんに振り向いて貰う事、今の俺程度じゃ良くて友人止まり、それは織斑君を見る彼女の目が物語っている。
対抗馬にすらなれないなんて冗談じゃない!! 俺のこの初恋が叶わないとしても、せめて選択肢の一つとして彼女の中に存在出来なきゃ俺の全てが無駄になるんだ!!
当て馬以下でしかない自分への情け無さと恋敵への悔しさから唇を噛み締める。
なまじ織斑君が良い人だから、嫉妬で憎んだりする事が出来ず俺は自分を鍛える事でしか彼への劣等感を払拭する事が出来ない。
彼らが両想いであったのなら諦めが付いた。俺がISを動かせないただの一般人だったのなら運命の再会を知らないまま失恋出来た。或いは篠ノ之さんと同じ様に、初恋の人
との繋がりを求めて剣道を続けていなかったら、忘れる事が出来た。
でも俺はその全てに当てはまらない、織斑は篠ノ之さんに対して幼馴染以上の感情は抱いていないし、俺はISを動かす事ができる。諦め切れるものかよ。
彼よりも一時間でも多く走る、彼よりも一分でも多く勉強する、彼よりも一秒でも多くISに乗る。
二人の過去に何があって彼女が織斑君を想う事になったのかはどうでも良い、過去の出会いや出来事は人間が逆立ちしたところで変えられないのだから。
けど今から先の未来は違う、まだ俺だって逆転の可能性が僅かでも存在している筈だ。
「…………絶対に負けないッ!!」
決意する様にそう口にした俺は、予定したコースを走り終えた後、その足でアリーナへと向かうのだった。
▽
––––訓練機の貸し出しは一週間、寮生活が始まった頃に許可を貰ってるからそろそろ期限が近づいて来てるのだが、未だに俺は謎の上級生に一撃も当てられていない。
そもそも彼女は一体何者なんだろうか? 名前や所属は他の上級生の人に特徴を伝えれば教えて貰えるだろうけど、俺が気になるのはもっと別のところ。
普段俺は学園へ登校する三時間前にアリーナに行き、其処で二時間ISに乗って残りの一時間で部活に顔を出して居る、基礎トレーニングに至ってはアリーナに行く一時間前から入念にやってるから、俺が起きる時間帯は朝四時や五時が普通だ。
寮から出る時も寝てる人を起こさない様に気を使う時間帯だと言うのに、俺がアリーナに入ると決まってあの人は自分用の訓練機を用意して待ち構えている。
今日もそうだ。眠そうな先生に無理を言って打鉄を借りてピットへ移動すると、既にピット内で雑誌を読みながら寛いでいた。
何故俺の練習に付き合ってくれるのかと聞いてもはぐらかされるだけでまともに取り合っては貰えないのだけど、個人教習は願っても無い事だから深く追求する事も出来ず……。
結局、この怪しさ満点の先輩の手のひらの上で踊らされるしかないのが悲しい。
『気になるのなら私に両手を使わせて見せなさい?』とは本人の談だけど、今回も完封負けしたからまだまだ先は遠そうだ。
「はぁ、はぁ、ありがとう、ございました……」
「はいよくできました。まだ数日しか訓練してないんだから、当たらなくて当たり前よ? だからそんなに落ち込まない落ち込まない!! 男の子でしょう?」
背中に張り手をかまして笑顔を浮かべた彼女は『そろそろ剣道部の朝練でしょ? 今日はこれでおしまいよ』と言って、俺と反対側のピットへと向かっていく。
彼女はその後ろ姿からでも体幹がしっかりしてるのが分かるほど身体の重心がしっかりしていて、更に言えば二時間ほどISに乗っているのに俺と違って息切れ一つしていない。
…………なるほど世の中女尊男卑になる訳だ。
フラフラとした足取りでピットに戻った俺は小破した打鉄を片付け、一旦シャワー浴びて汗を流してスッキリしてから剣道部の朝練に参加する。
この時間は俺のIS学園生活で存外に心休まる時間であり、クラスの違う篠ノ之さんとの会話が出来る数少ない時間だ。
ISに乗る訳でもなく、ISの勉強をする訳でもなく、普通の剣道をするだけなのだからISを動かす以前の頃に戻った様な気がして、自分の中に余裕と落ち着きが戻ってくる。
そして何より、凛とした姿の篠ノ之さんが側にいるのだから、これ以上に嬉しい事は無い。
「どうした? 私の方をチラチラと見ているが、何か言いたい事でもあるのか?」
「言いたいこと、か。また篠ノ之さんと一緒にこうして一緒に剣道が出来て嬉しいなって思ってさ」
これは俺の本音だ。昔のように彼女と共に居られるというだけで、俺は強制的に入学させられたIS学園も悪くないと思ってる。
「そうか、私も古い友人と切磋琢磨できるのは嬉しいぞ?」
「ありがと篠ノ之さん、もし何か困ったことがあったら何でも相談してね? 絶対に力になるから」
この時、俺は周りの女子が聞き耳立ててるのを分かってて少しカッコつけながら好意のアピールをしたんだけど、その結果かなり切ない事になってしまった。
「なんでも、か。……なら早速で悪いんだが、一つ聞いて欲しい事がある」
「うん、良いよ。愚痴でも不満でも悩みでも、ちゃんと付き合うからさ」
「すまないな。そしてその、聞いて欲しい事なんだが……い、一夏の事なんだ」
顔を赤らめながら恥ずかしそうにそう言った篠ノ之さんは、男の視点から見て久しぶりに会った幼馴染は恋愛対象として見れるのか? とか、クラス代表を決める戦いに向けてスパルタな特訓をしているが嫌われてないだろうか? とか、所謂好きな人についての悩みを語り始めた。
……昔誰かが言ってたっけ、女の人は好きな人の話をしてる時が一番綺麗だって。
俺はその言葉と共に幸せと不幸せを噛み締めながら、内心血を吐きそうな思いをしてる事を悟られない様に努めるのだった。
こっから主人公は箒さんから一夏への惚気と異性視点の恋愛相談を受ける事に……。
惚れた女からこれをされる主人公の心労はマッハ(白目