「コードネームPD-1150、神機の使用許可を申請します」
高台の上からアラガミたちが共喰いする様子を見下ろしながらその頭数を黙々と数える。こうしていれば腕輪がもたらす苦痛への恐怖もわずかに紛れてくれる。
『受諾、聖痕起動シーケンスを開始する』
端末を通して無機質な返答が届くと同時に腕輪のランプが発光して起動する。お寝覚めの腕輪は加減が難しいようで、かき集められたオラクルが私の腕を縛り上げるように収束し血流が停止した感覚に似た、自分の腕が鉛で充填されてしまったような僅かな肌寒さと痺れに次いで急激に活性化されたオラクル細胞に引き起こされる激痛が全身を苛む。
聖痕。私をゴッドイーターに仕立て上げた研究者達はこの腕輪をそう称した。正規品のゴッドイーターであれば任務の毎度こんな面倒な手順を踏む必要はない。しかし「プロメテウス計画」において生み出された新型のゴッドイーターなら別である。初陣での死亡率九割強を叩き出し失敗作の烙印である“欠色”の腕輪を身に纏う、情報凍結済みプロジェクトの負の遺産、通称「劣化ゴッドイーター」。
私、テレサ・ネザーランドもその一人だ。
計画について、当初のフェンリル本部の反応に関して言えば少なくとも戦力の増大には肯定的と言えた。その後数回に渡って行われた議論の結論として発案されたのがフェンリルとカドゥケウスが協同して新たな偏食因子を開発するというプロジェクト、それが私の知り得るプロメテウス計画。
その偏食因子こそP68偏食因子、それは本来であれば適合資格に満たない人間をゴッドイーターとして最低限運用可能な範囲に収める為に研究開発された代物だ。神機携帯時には腕輪に内蔵されたカートリッジから排出されるオラクルジャマー、そして偏食因子を沈静する薬品、その双方を常時投与し続けることによって神機が暴走する危険を最小限まで抑制する。
実験の事情を知ったフェンリルの一部の関係者からは非人道的な研究だとか反省的な意見も多くあげられた。しかし、それでも劣化ゴッドイーターの増加は後を絶たなかった。それはゴッドイーターの候補者が少ない一方で、ゴッドイーターを志願する人間は少なくないからだ。みな、生き残る為に必死になっているのだ。
斯くして私は劣化ゴッドイーターとしてフェンリルの各支部に配属された。勿論、実地ではお荷物扱いだった。出力不足で前衛は張れない、かといって後方支援すらままならない。居住区の人々に期待されればされるほど彼らへの罪悪感が募るばかりだった。
『大丈夫ですか?』
バイタルの変動を感知したのだろうか、オペレーターが心配げな声を掛けてくれる。
「気にしないで、私はいつも通りだから」
それでも私は死ななかった。死ななければ己を磨き、より多くのアラガミを殺すことができる。
「
行住座臥、降り止まぬ雪はしとしとと肌に落ち腕を伝って神機へと、そして赤熱する漆黒の刃に触れ儚く溶け去る。
ここはフェンリルブラジル支部。アラガミと人間との戦争の初期段階において化学兵器の汚染を受け、環境を根こそぎ破壊された銀世界。
今思えば、私の運命は此処から始まったのだろう。