【完結】地獄変・泥眼   作:白目p

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11.隊服談義

地獄谷蓮乃が隊服を仕立て直した後のことだ。

 

柱合会議を終え、“お館様”こと産屋敷耀哉に呼ばれて話をした蓮乃が

学帽をかぶり直して屋敷の外に出ると、

胡蝶しのぶと甘露寺蜜璃がなにやら和気藹々と話している。

 

蓮乃は無視するのもまずい、と挨拶をしに二人に近寄った。

 

「こんにちは、胡蝶さまに甘露寺さま」

 

「こんにちは地獄谷さん」

「あっ、地獄谷さん、ちょうどいいところに!」

 

「お揃いでどうなさったのですか?」

 

蜜璃は蓮乃の格好を見て衝撃を受けたように立ち竦んでいた。

 

「や、やっぱり普通の隊服だし、それどころか地獄谷さん、

 学帽とマントって、普通の隊士よりも着込んでる!?」

 

「そう言えば、地獄谷さんはいつからかその格好ですね?」

 

蓮乃の装いはバンカラ学生のような、一見すると男にも見えそうなものである。

どうやら柱の二人は隊服の話をしていたらしい。

 

「あぁ……私は炎柱の副官となりましたが、まだまだ柱の方々には遠く及ばず。

 頭を守ったりと、できる限り防御手段は多くなくては。

 それにこまごました医療器具を持ち運ぶのにマントが便利ということもありまして」

 

蓮乃がマントを翻すと、赤い裏地にはいくつも隠し衣嚢(ポケット)が付いている。

包帯やちょっとした薬なんかを目立たずに持ち歩くにはもってこいの衣服だ。

 

「なるほど、そういう観点。

 機能性を重視しているんですね。地獄谷さんらしい」

 

感心したようにしのぶが言うと、蓮乃は学帽のつばに手をやって小さく呟いた。

 

「あと、女学生時代の知り合いに顔を合わせたくないのがいますから、帽子は欠かせないのです」

 

「恨みでも買ってたんですか?」

「しのぶちゃん、そんな」

 

ズバッと聞いたしのぶに、蜜璃がオロオロと蓮乃の顔を伺った。

蓮乃は困ったように眉をハの字に下げている。

 

「恥ずかしながらその通りですよ」

 

「えぇ?!」

 

 

蜜璃も柱合会議で話題に登ることが何度かあったので蓮乃の噂は聞いている。

 

鬼殺隊は常に人材不足だ。

そんな中現れた有望な新人、と期待されていた蓮乃だが、評判は二転三転している。

 

師範となった胡蝶しのぶの元での度重なる命令違反ゆえの放逐。

それと裏腹な鬼殺数が表す高い実力。

 

規律を重視する柱は、命令違反を犯す蓮乃の階級をあげることに難色を示したり、

実力主義の柱は、鬼を殺した数の分蓮乃の階級を上げ、警備地区を広くすべきと、

何かと議論、争いの種にもなった。

 

だが、耀哉の采配で、炎柱・煉獄杏寿郎に蓮乃の監督を申しつけてからは、

蓮乃も少しは丸くなっているらしい。随分と悪評も改善されたようだ。

 

その結果、蓮乃は諸々の都合などを鑑みて、

杏寿郎の柱としての仕事を正式に補佐、分担する役目の

“炎柱の副官”という新たな地位に就くことになり、

就任の挨拶に柱合会議に召喚されたのである。

 

鬼殺隊随一の問題児だった蓮乃が柱合会議に来ると知り、

柱の間では身構えるような空気が漂っていた気がする。

 

何しろ共に合同任務に就いた同僚が心を病むほど、

極めて残酷なやり方で鬼殺に当たるような人物だと聞いていたからだ。

 

だからこそ、初対面の柱の面々は

蓮乃の物腰柔らかな態度、容貌を見て少なからず驚いていたと思う。

 

無論蜜璃もその一人だ。

 

どうやら破門を申しつけたしのぶとも和解して、

今のように自然な世間話もできるようになっているから、

杏寿郎の監督指導はうまくいっているのだろう。

 

しかしそれでも、未だに蓮乃の“悪癖”と言うのは治っていないらしい。

 

杏寿郎は宇髄天元に「割と手を焼いている」とこぼしていた。

それを耳に挟み、また元継子の蜜璃だからこそ思うところがある。

 

 あの煉獄杏寿郎が手を焼くとは相当のことである。

 

そんな蓮乃であれば過去に恨みの一つや二つ買っていてもおかしくはないし、

なんなら刃傷沙汰であっても驚かない。

 

ハラハラする蜜璃に、蓮乃は悩ましげなため息をこぼした。

 

「私、当時はやたらと女の子にモテまして……最近で言うエスですね」

 

「エス」

 

全く思ってもみなかった単語に、蜜璃は思わず反芻していた。

しのぶは「あぁ」と得心したように頷いている。

 

「地獄谷さん、顔は綺麗ですからね……」

 

蓮乃はしのぶの言いように苦い笑みを浮かべた。

 

「『顔は』って何ですか。もう。

 とにかく退学するときに方便で縁談が決まったと嘘をついたのですが、

 後輩の一人が私を殺して自分も死ぬと刃物を持ち出して大騒ぎになり、」

 

「け、結局刃傷沙汰なの!?」

「はい。刺されて死ぬかと思いました。ふふふ」

「笑い事じゃないですよ、地獄谷さん」

 

驚いた蜜璃に、蓮乃は朗らかに笑っている。

しのぶは呆れた様子で蓮乃を見ていた。

 

「でも、……あの子には少し、悪いことをしましたね」

 

ふ、と目を伏せた蓮乃の表情に、蜜璃は胸の高鳴りを覚える。

 

なるほど、確かに女生徒から人気があったのも頷ける、と納得していたところで、

蓮乃は蜜璃のほうっとした視線に気がついたのか、にこりと微笑んでみせた。

 

「それにしても……強さと自信がなければ露出の多い服は着れません。

 甘露寺さまはすごいです」

 

蜜璃はその言葉にハッと我に返り、ブンブンと腕を振って抗議した。

 

「違うのー! 私のこれは自信とかじゃないの!」

 

隊服縫製係の前田まさおが「女子は皆寸足らずの隊服である」と

通してこの格好になったのだ、と蜜璃が経緯を説明すると、

蓮乃はパチパチと瞬いて首をかしげた。

 

「前田さんにも困ったものですけど、甘露寺さまもお断りすれば良いのに」

 

「だ、だってだって! せっかく繕ってもらったものだし……」

「油で燃やせばいいんですよ、毎度のことですし」

 

しのぶはマッチを差し出して蜜璃にずいっと押し付けている。

 

「しのぶちゃんは過激だわ!」

 

蜜璃が困り果てて言うと、

蓮乃は何を思い出したのか口元に手を当てて思案するそぶりを見せた。

 

「そういえば、前田さんには私も最初はボタンが閉まらなくて、

 スカートに切れ込みの入った隊服を渡されましたけど、今は全然ですね……」

 

「え!?」

「地獄谷さん、本当ですか?」

 

蜜璃としのぶが蓮乃を注視すると、蓮乃は何を思い出したのか手を打って答える。

 

「あぁ、前田さんたら、明らかに寸法のおかしいものをぴったりとおっしゃるから、

 疲れで目がおかしくなったのだと思って栄養注射を打ちました!

 それ以降は煩わしいやりとりも全くなくなりましたねぇ。うふふふふ!」

 

蜜璃は柱合会議の話題に、蓮乃に応急処置を受けた人々からの

感謝と、苦情が入っていたことを思い出した。

 

一般人からは感謝の言葉が多数、隊士の中からは苦情混じりのものが多かった。

 

曰く「治療は丁寧だが、注射の類が地獄のように痛い」

「あまりの痛みに絶叫したのち気絶した」「もう少しどうにかならないか」

 

結局、一般人からは何も苦情が出ていない上、

たかだか注射で弱気なことをいう隊士が軟弱だと言うことで話はまとまった。

 

だが、杏寿郎だけは妙に納得したような、同情していたような、

そんな顔をしていなかっただろうか。

 

「でも、また打たなくちゃかしら?

 胡蝶さまも甘露寺さまも、隊服の仕立てが遅れるのは困りますものねぇ?」

 

蓮乃の提案に、しのぶはにっこりと笑みを深めた。

 

「地獄谷さん。二、三本は打っていいと思いますよ」

 

「し、しのぶちゃん、そんなけしかけるようなのは良くないと思う!!

 地獄谷さんもわざと痛い注射をするのはダメ!!」

 

蜜璃は必死に蓮乃を止めたのだが、何しろ地獄谷蓮乃は問題児である。

その後、柱の命令を聞いたかどうかは定かではない。




エス…戦前の血のつながりのない少女同士、あるいは女教師などとの情熱的な関係。
雑に言うといわゆる百合。



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