【完結】地獄変・泥眼   作:白目p

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08.槇寿郎と逆鱗 上

蓮乃を継子に迎え、住み込みで稽古をつけるに当たって、

杏寿郎はいくつか問題があることを承知していた。

一つは蓮乃がかなりの問題児であるということ。もう一つは父、槇寿郎のことである。

 

蓮乃が問題児である最たる要因、“残酷趣味”が明らかになってからは、

なるべく弟の千寿郎や父の槇寿郎と、任務帰りの蓮乃が鉢合わせないよう、気を配ることにした。

 

何しろ蓮乃は血みどろになるのを厭わないどころか、

地獄絵図を作るのを楽しむような人物であったので、千寿郎は大いに怯えていた。

まともな神経をしているなら当然のことである。

 

だが、近頃は蓮乃が鬼殺に時間をかけないようになったので、

以前ほど恐ろしい風体で戻ってくることがなくなったのと、

雑事を共にこなしたり、蓮乃が刺繍を千寿郎に教えるようになったことで少し打ち解けたらしい。

 

驚くべきことに、蓮乃と接する千寿郎の表情が豊かになっているので、

こちらは嬉しい誤算であったのかもしれないとさえ、思えるようになった。

 

故に、今杏寿郎を悩ませる最たる要因は父、槇寿郎のことだ。

槇寿郎はそもそも、杏寿郎が継子をとることにいい顔をしなかった。

 

「大した才もないお前が弟子を取ったところで何になる」

「くだらない。才能がなければ何の意味もない。

 才ある者は黙ってても頭角を現す者だ。そういう人間に、お前の指導などいらんだろう」

 

炎の呼吸というのは歴史が古く、鬼殺隊の中でも水の呼吸と並んで使い手の多い基本の呼吸だ。

だからこそ、昔は煉獄家の門戸を叩く者は多かった。

煉獄邸が広いのは、弟子が多くいた頃の名残である。

 

生きて柱を降りた後の剣士は育手となって鬼殺隊の剣士を育てるのが普通だ。

だが、槇寿郎は柱を辞めてからは育手にもならなかった。

 

今までいた弟子をやめさせ、また自身は一人も弟子を取らず、

杏寿郎が柱になって継子を取ろうとしても

罵詈雑言を浴びせかけ、候補生達を追い返してしまう。

 

その剣幕は尋常でなく、杏寿郎も止められぬほどだった。

 

例外が耀哉から直接斡旋されて継子となり、現在恋柱となった甘露寺蜜璃であるが、

蜜璃が杏寿郎の継子となったのは蜜璃が選抜に行くまでの短い期間である。

 

杏寿郎が基礎を叩き込んだが、その際に見た本人の適性と力の使いようからして、

普通の剣術を使うよりは独自路線を進んだ方が良いと送り出したのだ。

蜜璃が恋柱となった今、その判断は間違いでなかったと杏寿郎は自負している。

 

だが、同じように耀哉直々に斡旋された地獄谷蓮乃のことが、

ほとんど無視していた蜜璃と違い、槇寿郎は大いに気にくわないらしい。

 

槇寿郎は当初、やたらと蓮乃に突っかかった。

 

槇寿郎の機嫌が悪い時など、蓮乃は顔を合わせるたび「勝手に敷居をまたぐな」だの

「どの面を下げて家をウロウロとしているのだ」などとさんざ罵倒されていたのである。

 

しかし、蓮乃はこれっぽっちも堪えた様子がなかった。

 

それどころか、毎回、杏寿郎が見かねて仲裁に入ろうとするより先に、

蓮乃はニコニコと暴言を吐いた。

 

「お館様からのご紹介ですので、遠慮なく敷居、またいでおりまーす。うふふふふ!」

 

「あらあら、掃除をしてるのが気に障りましたか? ではご自分でなさいます?

 あんまり寝転がってばかりいますと、

 牛になってぶくぶくと肥えますから、ちょうど良いのでは?」

 

「お館様から推挙されたのだから文句はお館様に言え」と

言外に言われて槇寿郎は苦い顔をしていたし、

直接「牛になってぶくぶくと肥える」と若い娘の蓮乃に言われた時など、

全力で鳩が豆鉄砲を撃たれた時のような顔をしていた。

おそらく、その場面に出くわした杏寿郎も似たような顔になっていたと思う。

 

いくら怒鳴りつけようが暖簾に腕押しで、流石に女相手に手を出す気にはなれなかったらしい、

槇寿郎は次第に蓮乃を無視するようになっていった。

 

ただ、槇寿郎は時折、杏寿郎と蓮乃の稽古を見ている時がある。

その時の蓮乃を見る目は厳しく、槇寿郎が蓮乃を弟子として認めていないことは明らかだった。

 

 どうしたものか。

 

もとより杏寿郎と父親との折り合いは、良くはない。

 

しかし、弟子である蓮乃を槇寿郎があからさまに無視したり、

怒鳴ったりという状況を放置するのもよろしくない。

 

それに、蓮乃は今の所のらりくらりと躱している上で、

どうも槇寿郎との舌戦を楽しんでいる節があるので、

それも杏寿郎を悩ませる要因の一つであった。

 

 

千寿郎は台所で何か作業しているらしい蓮乃を見つけて声をかけた。

夕飯の準備には随分早いと思ったのだ。

 

「蓮乃さん? 何してらっしゃるんですか?」

 

振り返った蓮乃の手元には槇寿郎がいつも買っている酒瓶が5本、並んでいる。

蓮乃はニコニコと微笑んでそれらを指差した。

 

「ああ、千寿郎くんから見て右から、

 全部お酒、ちょっと水で割ったもの、もう少し水で割ったもの、半分が水のもの、水です」

 

どうやら少しずつ中身を水割りに変えていっているらしい。

最後に至っては割っているどころかただの水である。

 

「え?……意味がわかりません!? 本当に何してるんですか?!」

 

千寿郎は唖然と蓮乃に問いかけるが、当の本人はたおやかに微笑んでいる。

 

「大丈夫大丈夫。右から順番に渡していけばいいのです。

 酔っ払いに酒の味なんかわからないので」

 

「流石にわかるでしょう!? 叱られますよ!」

 

イタズラをするにしても相手を選んでほしい、と青ざめた千寿郎をよそに、

蓮乃は頰に手をやって陶然とした笑みをこぼした。

 

「うふふ。私、大師範の『散々怒鳴り散らしてるのにこの女、なんの手応えもねぇ』

 『……何やってんだ俺は』って感じの顔を見るのが結構好きなんですよねぇ……」

 

「蓮乃さん、言わせてください! 馬鹿じゃないですか!?

 やめてくださいよ、夕食時が修羅場になるじゃないですか!」

 

ただでさえ蓮乃が来てからあまり機嫌が良くないのだから、と千寿郎は蓮乃を叱るものの、

蓮乃は小さくため息を吐くばかりだった。

 

「だって、お酒をあんまり召されるから心配なんですもの」

 

その物憂うような言葉に、千寿郎はハッと息を飲んだ。

 

「肝臓が壊れますよ。なまじ元柱ということで体が丈夫なのも災いしてます。

 今はまだお若いから代謝もできてなんとかなっていますが、

 不惑を半ばも越えたころから徐々に不摂生が祟り出して――」

 

さすがに蓮乃は医者の娘である。

なかなかに説得力のある物言いだった。

 

「ど、どうなるのですか……?」

 

恐る恐る聞いた千寿郎に、蓮乃はおどろおどろしく声色を潜めた。

 

「ぶくぶくと太り……内臓のあちこちが壊れ……手足が震えだし……

 心臓にも不具合が出はじめるうえ……脳みそが……」

 

「脳みそが……!?」

 

ごくり、と唾を飲み込んだ千寿郎に、蓮乃は嘆くように頭を振った。

 

「あぁ……! 私の口からはとてもとても……うふふふふ」

 

何が面白いのか、心底楽しそうである。

そのそぶりからろくなことにならないのだと悟って、千寿郎は酒瓶から少し距離をとった。

 

「――僕、絶対大人になってもお酒は飲みません」

 

「程度の問題ですから、ほろ酔いくらいで留めておけば体を壊したりしないんですよ。

 ただ、ちょっと辛そうなのも気になりまして」

 

蓮乃は並ぶ酒瓶に目を落として、首を捻った。

 

「何か、嫌なことでもあったのかしら?」

 

その声に、千寿郎は眉を顰めた。

 

「それは、わかりませんけれど。

 ――父は母が亡くなって、しばらくは柱を続けていたのですが、

 ある日突然辞めて来てしまったそうなのです。それからは、ずっとあの調子で」

 

「……へぇ、左様ですか」

 

蓮乃は千寿郎を見遣って、それから何か考えているように顎に手を当てていた。

 

結局、夕食時に蓮乃は水割りを出して槇寿郎に死ぬほど怒られていたが、

「飲み過ぎは体に毒ですよ。あと、実は一つ前の瓶から水で割ってます」と笑ってのたまい、

火に油を注いだことでついに杏寿郎からも叱られていた。

 

だから言わんことじゃない、と千寿郎が嘆いたのは、当然の話である。

 

 

地獄谷蓮乃という少女が息子の弟子となったことが、

槇寿郎は大いに気に入らなかった。

 

蓮乃は整った顔立ちで、黙って動かないでいればどこぞの版画、美人画から

飛び出してきたような風情の美しい少女なのだが、

いかんせん言動が物騒で、人を食ったような物言いをする故に、

煉獄家の人間は誰も蓮乃を女だと思って扱わなかった。

 

特に息子たちはまるで、喋る狼や大狐をなんとか人らしくしようと

悪戦苦闘しているようにも見えた。

あるいは――。

 

槇寿郎は杏寿郎と稽古で打ち合う蓮乃の、薄ら笑いを貼り付けたような顔を睨んだ。

打ち合いが終わった頃合いをみて、蓮乃に声をかける。

 

「おい、お前の薙刀術の流派は何だ」

 

珍しく稽古に口を出した槇寿郎に杏寿郎が目を丸くしている。

蓮乃はいつものように微笑んだまま、答えた。

 

「静流だと思います」

「『だと思う』とは?」

 

歯切れの悪い蓮乃を追求すると、蓮乃は少し困ったように首をかしげた。

 

「個人的に通っていた薙刀術の師範は、世間には失伝したと言われている“宝蔵院流 薙刀術”を

 密かに細々と繋いでいると言っていましたが、おそらく法螺話だと思いますゆえ。

 学校で習ったものは静流で、型も似通っておりましたので、静流だと思うわけです」

 

「……お前、使う技のことごとくが殺人技法なのは気づいているな」

 

蓮乃は口をつぐんだ。どうも不穏な空気であると悟って、杏寿郎が眉を顰める。

 

「父上、どういう意味ですか?」

 

「杏寿郎、お前もおかしいとは思わなかったのか。

 この女の使う技は武道で習うそれではない」

 

槇寿郎の指摘に、杏寿郎は思い当たる節があったのか、蓮乃の顔を見やる。

蓮乃は頷いた。

 

「確かに、私は習った型を自分で実戦に即した形に直しておりますが、何か、問題でしょうか?」

「ああ、問題だな」

 

槇寿郎は厳しい表情で蓮乃を睨んだ。

 

「大正の御世だぞ。

 本来帯刀など警察沙汰だ。だから鬼殺隊ですら隠れての活動を余儀なくされている。

 このご時世に鬼殺隊縁故でもなんでもない、ただの町医者の娘が、

 鬼殺、ひいては人殺しの術に“異様”に長けているのはおかしいだろうが」

 

蓮乃は目を細めた。

 

「大師範におかれましては懸念がおありのようですね。

 私がいつか人を殺すと? あるいは」

 

槇寿郎が何を懸念しているのか、蓮乃はよくわかっていたらしい。

 

「私がすでに、誰かを殺したと?」

 

「馬鹿な!」「そうだ」

 

杏寿郎は否定したが、槇寿郎は肯定した。

杏寿郎は槇寿郎に向き直って、声を荒げる。

 

「父上、聞き捨てなりません!

 地獄谷君は自らの悪癖を抑えて、人のために鬼を斬るように努力しているんですよ!」

 

「黙れ杏寿郎! 俺はこの女に聞いているのだ!」

 

一喝した槇寿郎に、蓮乃はため息をこぼす。

 

「そうですね、ご懸念はごもっとも。

 まあ、この手で薙刀を使って人を殺したことはありませんが、

 思い当たる節が、ないこともないですねぇ」

 

険しい表情を浮かべる槇寿郎と、

ギョッとした様子の杏寿郎に、蓮乃は貼り付けたような笑みを深くした。

 

「私は母の胎を食い破るようにして生まれましたので」

 

杏寿郎が息を飲んだ。

杏寿郎の脳裏には、以前蓮乃が語った生い立ちがよぎっていた。

蓮乃の母親は肥立が悪く、蓮乃を産んで死んだのだと言っていた。

 

槇寿郎も虚を突かれたようで、言葉を失くしている。

 

水を打ったように静まり返る中、

蓮乃の声だけがやたらと朗らかに響いた。

 

「母方の親類や善悪の区別のつかない子供らに散々罵られましたから

 “人殺し”と呼ばれるのは慣れております。

 腹を切りましょうか? そのようにすれば満足ですか?」

 

わざとらしく頰を抑え、蓮乃は悩ましげに息を吐いた。

 

「でもでも、できれば切腹は遠慮したいんですよね。

 私は確かに人殺しに能のある女で、鬼殺しも面白おかしく、楽しんでやっておりますが、

 それ以上に、私は“ 鬼のような女( わたし)”を殺してくださる鬼を待っているのです」

 

「地獄谷君!!!」

 

杏寿郎の咎めるような声にも蓮乃は耳を貸す様子がない。

 

「そうしなくては父に面目が立ちません」

 

だらりと手を下ろした蓮乃の顔はいつの間に冷ややかなものに変わって、槇寿郎を見上げていた。

口にはいつも浮かべている笑みはなく、

能面のような面差しで淡々と言葉を述べるばかりだ。

 

「最愛の妻を亡くした上に、その原因であるはずの私を、

 たった一人で慈しんで育て上げた父ですから、

 私が鬼だろうが悪魔だろうが、自害すれば悲しみます」

 

杏寿郎の顔からも表情が抜け落ちた。

それと呼応するように、蓮乃の顔に全てを嘲笑うような薄い笑みが戻る。

 

『あなたはどうだか知りませんけど』

 

唇だけを動かして、横にいる杏寿郎に聞こえぬよう、槇寿郎だけに分かるよう、蓮乃は言った。

どこまでも辛辣な言葉だった。

 

槇寿郎は、お前は何をしていたのだと、詰られた気がした。

妻を亡くして、その後お前は忘れ形見の息子達をどう育てたのかと、

どう向き合ってきたのか、恥じることがなければ言ってみろと。

 

 横っ面を思い切り殴り飛ばされたような気分だ。

 

槇寿郎は拳を固く握り締めたかと思うと、そのまま何も言わずその場から立ち去った。

 

 

 

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