「ゴブリン?恐いから会いたくないけど会ったら処理するよ」 作:ブランク蟻
遂に薬使いが大きく動き始めます
書きたいこと書いていたら長くなったので前半後半に分けます。
14話の学院の設定に少し修正を加えました。
「遂に完成したな」
そういった薬使いの前には一冊の本が置かれていた。題名は<The Goblin Truth>ゴブリンの真実
薬使いが多くの協力者達と共に三年を費やして集めに集めたゴブリンの本当の姿が書かれた本である。
本には現時点で分かっているゴブリンの生態、危険性、戦闘力、上位種の存在のほかに、滅ぼされた村の姿、返り討ちにされた冒険者(仮名)の末路と敗北した理由などがメインに記されている。
世界の常識の1つを変えるかもしれない本、それを書き終えた薬使いが最初にしたのは
「はあぁぁぁー」
大きな溜め息を吐くことだった。
「あぁぁぁ!やりたくないなぁ!目立ちたくない!」
薬使いはこの本が世の中に大きな波紋を生じさせることを知っている。<ゴブリンは弱い>そんなたった一つの間違った認識は世界中に広まっている。一般人だけでなく、権力者や有名な知識人、果ては実際に戦うはずの冒険者にまで、その認識は根付いているのだ。
そんな考えを変えようしているのだ。その苦労は常人の想像を遥かに凌ぐことになるだろう。
そして、この本の作者である彼はその苦労を先頭に立って受けなければならない。それは想像するだけで気持ちが落ち込みそうになるほど困難な道だ。いくら薬使いが数年をかけて準備してきたとはいえ、彼がこれから体験するだろう苦労をどれだけ軽減でかるかは未知数である。
「でも、やるしかないんだよな。被害者を減らすためにも自分のためにも」
今更だが、薬使いはゴブリンと頻繁に遭遇する。誰かが狙っているのではないかと思う程に。
顔を見ただけで不快な気持ちになるほど嫌いなのに遭遇してしまう。近づかない様にしても向こうから近づいてくるのだからどうしようもなかった。そしてゴブリンと遭遇すると高確率で胸糞悪い光景を目にすることなる。
薬使いは本気でゴブリンを嫌っている。だが、それ以上に奴らが作り出す凄惨な光景を見るのが何より嫌いだった。
だから彼は考え、ある結論を出した<こんな光景を少しでも見なくてもいい様にするには、一匹でも多く数を減らして奴らとの遭遇率を下げるしかない>と。しかし、薬使いがいくら頑張っても狩れるゴブリンの数など、ゴブリンの総数から見ればチリに等しい数でしかない。ならばどうするか、そうして考えついた。1人でダメならもっと多くの人間にゴブリンを狩って貰うしかない。だが、挑んだものが油断して返り討ちされている様では意味がない。返り討ちにされた者たちの中に女性がいれば寧ろ数を増やすことになる。
そうなると薬使いにできる手は一つしかなかった。それが<ゴブリンの真実の姿を世界中に広げ、正しい認識をもった者達を増やすことで、奴らを一匹でも多く駆除してもらい総数を減らす。そしてゴブリンの被害とそれを自分が見る確率を減らす>というものだった。
だから、彼は冒険者になった。第4位(銅)まで等級を上げ、信頼を勝ち取り、力のある者との繋がりを持ち、発言力を手に入れた。全てはゴブリンが一匹でも多く狩られる世界を作るために。
冒険者になった当初は似た考えを持った人と出会えれば、その人を補助して実現するのも良いと考えていたが、薬使いの目的実現への道はそんなに甘くなかった。そういった人物が見つかるどころか、周りに支持され、より自分がやるしかないことを強く認識させられることになったのだ。そうして薬使いは覚悟決めた。必ずやり遂げると。だが……
「ちくしょう!やはり目立ちたくない!わかってる。誰にも頼めないことも!」
別に薬使いは目立つことが苦手なわけではない。必要なら少しくらい目立つことも厭わない。しかし、本の内容が広がれば世界規模で有名になることだろう。それ程までに目立つのは流石にキツイものがあったのだ。
薬使いはそれから数時間程、葛藤し、その日は眠りについた。
その日が義妹である神官見習いがいる日であれば葛藤する薬使いに慈愛に満ちた目を向けていたことだろう。
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次の日から薬使いは、このThe Goblin Truthを様々な場所から世に広めるために動き始めた。初めに行ったのは彼の所属する<辺境の街の冒険者ギルド>の長に完成した本(複製)を渡すことだった。ギルド長に冒険者ギルドの本部にこの本を回してもらえる様に頼むためだ。
「それではよろしくお願いします」
「分かりました。しかし、よろしいのですか?例えこの本を送ったとしても上の者が読むかどうかも分かりませんよ?」
辺境の街のギルド長である男性は心苦しそうにそう告げた。
「構いません。重要なのは送ったという事実です。世界に広げるのはこちらでやりますので」
ギルドの元締めがどの様な人物かは不明だが、ゴブリンの本を送っても読まずに捨てられる可能はある。薬使いもその可能性は考えている。重要なのは送ったという事実、世界の認識が変わるかもしれないという変化の中で除け者にしてはいないと伝える為の行動なのだ。
「………そこまで覚悟をお持ちですか…分かりました。ですが、私はこのThe Goblin Truthを無駄にする気はありません。私自身が本部にこれを届け、全力で動いてくれる様に説得を試みます」
ギルド長の目には決意が宿っていた。彼もゴブリン軽視の風潮により、将来有望な若い冒険者達が死んでいくのを快く思っていない1人だったのだ。
「よろしくお願いします。この風潮を変えましょう」
「はい。全力を尽くします」
2人は固く手を握り合った。
次に向かったのは水の街の神殿。今回は義妹も一緒である。目的は2つあり、両方とも剣の乙女に関わることだった。普段から忙しい彼女だが、予め対談を申し込んでいたのですぐ会うことができた。
「お久しぶりですね薬使いさん、神官見習いさん。お元気そうで何やりです」
「お久しぶりです。おかげさまで元気にやってます。本日は対談を許していただき、ありがとうございます」
「また、お会いできて嬉しいです。剣の乙女様」
薬使いは本の完成が近くなった時点で剣の乙女に手紙を送っていた。近々対談をお願いしたいと。返事はすぐに送られてきた「いつでも歓迎いたします」と。あまりにも素早い返事に送った側の薬使いが驚愕することになった。
「それが<The Goblin Truth>遂に完成したのですね」
「はい、3年も時間が掛かってしまいましたが完成しました」
「本当にお疲れ様です。読んでいただいてよろしいですか?」
剣の乙女は目が悪い。彼女曰く若い頃に失敗してしまい、その時の怪我で視力が低下し輪郭がわかる程度しか見えないらしい。
「勿論です。ですが、その前に一つ試していただきたいことがあるのです」
「あら、何でしょう?」
「義妹よ。頼む」
「はっはい。頑張ります!」
神官見習いが立ち上がり剣の乙女の前に立つ。
「あの一体、何を?」
「今から剣の乙女様に義妹が小回復(ヒール)を使います」
「ヒールですか?ですが、わたくしは怪我をしておりませんが?」
「ぬか喜びをさせてしまう可能性があるので、詳細は後ほど説明させていただきたいのです。ヒールですので失敗しても害がないことは保証します。どうか私達を信じていただけないでしょうか」
座っている薬使いも目の前に立っている神官見習いも真剣であることが気配で分かった剣の乙女は…
「……わかりました。お二人ならわたくしに害のあることはしないと信じられます。神官見習いさんお願いしますわ」
「はい。全力を尽くします!いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください。ヒール!」
神官見習いのヒールが発動し、剣の乙女の目の部分だけで2回光り。光が収束して消える。
「失礼します」
神官見習いはヒールの光が消えるのを確認した後、剣の乙女の顔、正確には眼に巻いている黒い布に手を伸ばしそれを外した。
「いかがですか?」
「いかがと言われましても………あら?」
剣の乙女は気づいた。目の前いる神官見習いはともかく、机を挟んで対面にいる薬使いの顔が見えているのだ。輪郭ではなく細部まで。
「どうして……見えるの…ですか?わたくしの眼はもう…」
「神官見習いのヒールには傷をおった箇所を<負う前の状態に戻す>効果あるようなんです。それは古傷であっても効果を及ぼします」
「そんなことが?」
神官見習いヒールについてわかっていること
①通常のヒールと違い傷を塞ぐのではなく、傷を負う前の状態に近づける力がある(傷口を注意深く観察しないと塞いだのか怪我をする前に戻ったのかわかりづらく、気づくのに時間がかかった)
②ヒールの光が当たる場所を限定することで効果を高めることができる。
③あくまでも小回復(ヒール)であるため、深い傷や欠損した部位には効果が薄い。
剣の乙女の視力低下は眼に負った火傷が原因だったが、幸い眼球そのものには火傷以外の傷はなく、神官見習いのヒールで眼球の傷を、負う前に戻すことで視力を取り戻させることができたのだ(効果上げるため範囲を限定し両目に一度ずつヒールをしている)
野伏の時は、意識不明の原因が頭部にあったらしく、その部分がヒールにより傷を負う前に戻されたことで意識を取り戻したということらしい(頭部はデリケートな部分なので完全な証明は現時点では不可能)
その効果を知った当時、薬使いは「奇跡ってなんでもありだな」と思ったそうだ。
「では、わたくしの眼は治ったの……ですね?」
「そうなります。デタラメな力すぎて医療関係者としては微妙な気持ちですが」
「デタラメって酷いです。兄さん」
「悪い悪い」
ぷんすか、怒る神官見習いを諌めつつ説明を続けた。
「私は一度、席を外します」
「あっ待ってください兄さん」
説明を終えた薬使いは立ち上がり、その場を神官見習いを連れて離れた。その理由は剣の乙女の涙を流していたからだ。二度と戻ることのないと思っていた眼が治ったのだ。その喜びは相当なものだったろう。
<The Goblin Truth>を作るにあたって薬使いは多くの人に助けられた。その中でも剣の乙女は薬使いが申し訳なくなる程の援助をしてくれた。調査に必要な人材や街の有力者などを紹介し、金銭面でも多額寄付をしてくれた(渡されたときは金額のあまりの多さに手が震え、本当に必要な分以外はお返しした)
彼女がそこまでしてくれる理由はわからないがここまでしてくれた以上、何かお礼をしなければと薬使いは常々思っていた。そこで思いついたのは彼女の眼の治療だった。
剣の乙女の眼については一年程前、診察したことがあったので症状は理解していた。そして色々考えた結果、神官見習いのヒールなら治療できるのではないかと薬使いは思ったのだ。
「剣の乙女様の視力が戻って本当に良かったですね。兄さん!」
「ああ、成功する可能性は高いと思っていたけど、内心ガタブルだったよ。本当に良かった。ありがとな、自慢の義妹よ」
「えへへ、私の授かった奇跡が剣の乙女様のお役に立てて本当に嬉しいです」
憧れの存在の力になれた。神官見習いにとって今回の治療は彼女の自信に繋がることだろう。
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30分程して戻ると先程より落ち着いた剣の乙女が待っていた。本気で感謝され治療代を払うとまで言われたが、それではお礼にならないので断った。そして現在、彼女は<The Goblin Truth>を読んでいる。
「成る程、素晴らしい出来栄えです。これなら有力者達が読んでも納得させることができるでしょう」
「ありがとうございます」
薬使いはこの本を書くにあたって文章の書き方を猛勉強した。弧電の術師が送ってきた本の中にも文章の書き方を記した本があったので何度も読み返し、冒険者ギルドにいる学院の卒業生にも読んでもらい何度も手直しした。
「この書籍はわたくしが信頼できる有力者に広げていきましょう。何かあれば直接説明しに来ていただきますがよろしいですか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
剣の乙女が本の内容を有力者に広げてくれれば、薬使いが彼らと直接話すより納得させやすいのでありがたい話だった。
「それで貴方達はこれからどう動かれるのですか?」
「日にちは少し空きますが、学院に行くことになってます。学院の代表者達に認めて貰えれば、本の内容を頭ごなしに否定できる人物はかなり少なくなりますから」
学院に認められた本、少しでも学のあるものなら、それを否定できる者はほとんどいない。学のある者に取ってそれほど学院の存在は大きいのだ。
「成る程、大変なのはこれならなのですね」
これまで薬使いが本の内容を話した相手の多くはゴブリン軽視の風潮を変えることに肯定的だった。しかし、次に行く学院などはそうではない。日々、何かを学び、研究に明け暮れる彼らに取って、新しく入ってくる知識は歓迎するものであると同時に否定するものでもあるのだ。
彼らは、どんなに人の役に立つ素晴らしい知識でも納得しなければ受け入れない。彼らは自分が納得するまで様々な質問をぶつける。質問の中に新しい知識に対して否定的なものも含むまれ、それら全てに対応して初めて彼らを味方につけることができるのだ。厳しい分、一度味方につけると頼もしい存在でもある。
「これはわたくしからの推薦状です。どこまで役に立つか分かりませんがお使いください。良い結果になる様に祈っております」
「重ね重ねありがとうございます。学院の方々を納得させて見せます」
「神官見習いさんも、お兄さんを支えてあげてくださいね」
「はい!頑張ります」
薬使いと神官見習いは剣の乙女に深々と下げて帰路についた。
ここまでは順調だった。いや、順調過ぎた。順調過ぎる時ほどアクシデントはやってくる。
それがやってきたのは水の街から戻って2週間後のことだった。予定では剣の乙女との対談の1週間後には学院で代表者達と対談しているはずなのだが、学院側でトラブルがあったらしく。対談は来週に延期となっていた。
その空いた期間にある人物が薬使いを訪ねてきたのだ。その人物は少し前に<The Goblin Truth>を渡した。冒険者ギルドのギルド長だった。
「突然訪問してしまってすみません」
「いえ、ここ数日はやることも落ち着いていますので大丈夫ですよ。それでどうかしましたか?」
「はい。薬使いさんとの対談後、私が冒険者ギルドの本部にあの本を届けに行ったのはご存じですよね?」
「はい。その件は深く感謝しています」
「私は私の意思のもと、行動したのでお気になさらず。それで今日の朝になって本部から手紙が来たのです」
冒険者ギルド本部は予想以上に素早く動いたようだ。
「私はその結果を見て、正直ありえないと思いました」
「………何が書かれていたのですか」
「その前に結論から先に言わせてもらいます。………私は……私は…」
<私はThe Goblin Truthをこれ以上、世に出すのは反対です>