どうも初めまして、私は仁和寺にある法師です! 現代日本からの転生者です! よろしくね! いやあ転生って、てっきりアニメとかファンタジーとかの世界にいくだけかと思ってたら、古典文学っていうパターンもあるのね。こんなことならきちんと古文の勉強しとけばよかった。仁和寺っていわれても、そういえば中学の授業の徒然草? でやったな、ってだけで、そこで語られてたストーリーとかは全部忘れた。100%忘れた。原作知識なしでの転生というハードモード。でもしょせんは教科書にのってる古文だから、残酷な要素は少なめだろうし、多少選択肢を間違えてもグロ注意な展開にはならないはずだし、あんまり心配はしなかったけど。ああ、教科書でも平家物語とかだと死亡シーンあったっけ? でも徒然草はわりと平和な話だったはず。
赤ん坊のときに捨てられるという、出発点だけはそこそこハードな感じだったけど、寺に拾われて順調に僧になって、人並みに出世していまや老人。そろそろ寿命だな。うん、悪くない人生だったんじゃないの? 結局自分の人生のどこが徒然草で使われたのかよく分からないけど。
さて、終活として心残りを解消しておかねばならん。そうなると石清水八幡宮へのお参りだな。みんなお参りに行ってるのに自分だけ行ったことないのはまずい。でもある意味しょうがないっていうか、仁和寺と石清水八幡宮の距離って約20kmしかないのよ。早朝に出ればギリ日帰り可能。この微妙な距離感が悪いね。つい「また今度でいいや」みたいに思ってるうちに晩年。
それで今回、とうとう参拝に行ってきたわけですよ。「ええっ、そのお年で日帰りですか? 無理せず一泊なさったらいかがですか」なんて散々言われたけど、「できらぁ!」ってなもんよ。実際できたしね。転生者なめんな。そんなこんなで今は帰り道の途中。団子屋の店先に座って甘い物食べながら一休みしてます。このぶんなら日暮れまでに帰れる。
いやあ素晴らしかったね、石清水八幡宮。神々しさが違うっていうか。ただ一つ気になったことがあったんだけど、他の参拝客がみんな山の上に登っていくのよ。何があったんだろうね、山の上。人気の観光スポットなんだろうけど。まあ参拝には関係ないからスルーしといたけど。
団子を食べながら道行く人々をながめる。もうすぐこの世界ともお別れだ。死んだらどうなるんだろう。また転生か、それとも普通に天国か、地獄か。それは分からないけれど、今はこの風景を目に焼き付けておこう。この時代を生きる人々の、何でもない、しかしかけがえのない営みを。物を売り歩く商人がいる。刀を差した武士がいる。作物をかついだ農民がいる。荷物を運ぶ馬借がいる。無邪気に遊ぶ子供たちがいる。全裸に近い西洋人がいる。…………えっ?
全裸に近い西洋人がいる。たくましい筋肉の若い男で、破れかかった腰巻きだけを身につけている。あからさまに困惑して、きょろきょろとあたりを見回している。YOUは何しに日本へ。あっ、子供が話しかけた。勇気あるな、子供。
「何してるのー? どこから来たのー?」
「ああ、私は道に迷ってしまったのだ。シラクスはどっちだか知らないか? 急いでいかねば友の命が危ういのだ」
「シラクス? 聞いたことないよ」
「子供とはいえシラクスを知らぬとは。どうやら遠い異国に迷い込んでしまったとみえる。どうしたものか」
「だったら、石清水八幡宮様にお参りしたらいいよ」
「ほう、それは何だ」
「あの山の上にある神社だよ。ありがたい神様がいらっしゃるから、お祈りしたらきっと助けてくれるよ」
衝撃。石清水八幡宮が山の上にあるだと……? そうか、だからみんな山の上に登っていたのか。ふもとにあったアレは石清水八幡宮の配下にすぎなかったというのか。配下ですら主人公をこれほど翻弄するとは、さすがはラスボスの風格。配下を倒したところで全てが終わったと勘違いする系の主人公ムーブをかましてしまうとは、私もやはり転生者としての運命から逃れられなかったということか。
こうなると、このまま仁和寺に帰るわけにはいかぬ。本堂を見もせずに帰ってきたなどとバレたら伝説として語り継がれてしまう。だがこれから山に登るとなると、時間的に一泊するのは必然。そりゃあみんな一泊しろって言うはずだわ、片道20kmプラス山登りで日帰りは老人には無理。しかし今さら日帰りできませんでしたとなるとそれはそれで恥ずかしい。どうする? どうすればいい? ……あっ、いいこと思いついた。
「異国の方、よろしければ私に道案内させてください。御仏に仕えるものとして、困っている方を放っておくわけにはまいりません。いっしょに山に登りましょう」
はい。人助けのためやむをえず一泊。いやー残念だなー、ほんとは日帰りできたんだけどなー、予定くるっちゃったなー。
というわけで石清水八幡宮へUターン。道すがら話してみたらびっくり、こいつ走れメロスのメロスじゃねえか。徒然草と走れメロスの誰得クロスオーバーである。だとするとこの世界、徒然草の世界というよりは、国語教科書の世界だという可能性も出てきた。ひょっとしてクロスオーバーの物語がこれからスタートするのか。人生そろそろ終わりかと思ってたけど、むしろ老人キャラ、師匠ポジとしての冒険が今から始まる予感。最後はメロスをかばって死ぬのだろうか。「走れ、わしの分も走るのだメロスよ……」とか言いながら。やばい、やりたいことが多すぎる。大造じいさんと老老コンビを組みたい。ごんぎつねを助けて原作死亡キャラ生存ルートに進みたい。おおきなかぶをぬきたい。
話は変わるが、私は両性愛者である。LGBTのBである。男性も女性も恋愛対象である。寺での修行生活は、異性から隔離されまくっている。若いころ山奥の寺で何年か修行に打ち込んだことがあるが、この時代の山奥と言ったらもう本当に山奥で、アスファルトなんかあるわけない山道を、枝をくぐり草をかきわけて数時間、町に出るのも一苦労である。おまけにネットもない、テレビもない、電話もラジオも写真もない。だから女性の姿はおろか画像を見ることも、声を聞くことも、本当に全くないままで長期間寺にこもって修行修行また修行。しばらくしたら、女顔の同僚がなんだか可愛く見えてくる。
たぶん世の中には隠れ両性愛者がたくさんいて、きっかけがなければ自分でも気づかないまま一生を終えるのであろう。そして寺での生活にはそのきっかけがある。詳しく知りたい人は『稚児灌頂』でググろう。詳しく知りたくない人はやめておこう。うん、私はやめろって言ったからね? だから自己責任だよ? それにしても、女性との性行為は戒律で明確に禁じられてるんだよね。それはブッダが決めたんだと思うんだけど、だから男性との性行為は脱法的にOKみたいな風潮になってるのはどうなんだろうね。ブッダは単にエッチなことしてないで真面目に修業しなさいって言いたかっただけなんじゃないかな。誰か立川のアパートに聞きに行ってほしい。
なんでこんな話になったかというと、メロスがなかなかいい男だからである。さすが主人公。外見だけならかなりタイプ。でも内面が好みではない。だってメロスって馬鹿だし。あと純粋で前向き。私の好みは、頭がよくて心を病んでて苦しんでるのを優しく癒してあげる感じだから、真逆。残念。
そうこうしているうちに山の上にたどり着き、本当の石清水八幡宮にお参り。いやあよかった、と一人で満足していると、当然ながらメロスの表情がさえない。本人によれば、朦朧とする意識の中で必死に走っていて気がついたら日本だったらしい。とりあえず山の上から町を見下ろしてみる。メロスと会ったのがあの辺だから、その近くに何か手がかりが……と見渡していると、原っぱに妙に黒くまがまがしい渦のようなものがわだかまっているのが見えた。
メロスと共に渦までやってきた私は全てを察した。渦のそばには汚い字で『ワープホール』と書かれていた。間違いない。頭の悪い中学生が教科書の隅に書いた落書きである。これによって二つの世界がつながってしまったのだ。ここに入れば走れメロスの世界に戻れるだろうか。しかし、さらに別の世界へと飛ばされてしまうこともありうる。だが恐れることはない。残り少ない人生、転生者として冒険の日々を送るのも悪くない。この渦の向こうがどんな世界でもかまわない。字のない葉書を出したり、えんびフライを食べたりすることになっても後悔はない。いざ! 私とメロスは渦へと飛び込んだ。
運のいいことに、走れメロスの世界に戻れたようだ。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。日没までもうすぐだ、クライマックスだな、と思っていると、一人の男がかけよってきた。来た! セリヌンティウスの弟子のフィロストラトスだ! 原作キャラに出会えてテンションが上がる。
フィロストラトスがあきらめろと言い、メロスがあきらめないと言う。原作キャラの熱いやり取りに感動していたが、ふと違和感を覚える。それは転生者特有のチート能力か、はたまた石清水八幡宮の加護か。私はフィロストラトスの本質に気がついた。
「フィロストラトスさん。あなた、人間じゃありませんね」
「何をおっしゃいます。だいたいあなたはどちらさまですか」
「私は僧侶。そして今や、石清水八幡宮の力を得た。――南無」
結んだ印から滝のように水がほとばしる。石清水八幡宮の加護による聖なる水流である。それを受けたフィロストラトスは、苦しみに悶え煙のように宙へと消えた。うわ、かっこいい。初めて転生者らしい戦いができた。石『清水』だから水属性って、安直な気がしなくもないがこれでいい。設定をひねることばかり考えた結果ひどいことになっている某漫画家に伝えたい。
「今のはいったいなんだ」
「フィロストラトスなる人物は存在しません。あれはメロスさんの心に巣食う、弱い心の具現化です。おそらくは高位の呪術師がこの町の入口に呪いをかけて生み出した」
高位の呪術師の正体は明らかだ。あの邪知暴虐の王が、自分を呪い殺しうる存在を側に置けるはずがない。そして卑弥呼をはじめ、古代の王はしばしば呪術師をかねる。
刑場にたどり着いた。メロスはセリヌンティウスの両足にすがりつく。あっぱれ、ゆるせ、と口々にわめく群衆を無視して、王はただじっと私をにらみつけていた。
「おまえか。わしの用意した最後の関門、『フィロストラトス』を勝手に打ち破ったのは。あれをメロスが独力で突破したというのなら、信実が空虚な妄想ではないと認めることができたというのに」
「王よ、なぜ関門など用意する必要がある。メロスは帰ってきた、それだけで十分ではないか。それなのに信実を認めることができないというのなら――それは幼児のごときわがままだ。自分の妻に愛されるだけでは不安がぬぐえず、色男を雇って妻を誘惑させて、なびかないのを見て安心したいという情けない男にも似た、どうしようもなく甘えた考えだ。王たる者のすべきことではない。おまえには私が罰を下す。罰なくして王の座にあり続けられると思うな」
「わしに罰を下すだと? 面白い。異国の呪術師よ、わしの力を見せてやる!」
王は全身から炎を発した。怒りを源とする火の呪術である。逃げ惑う人々を守るため、私は両手から水の網を放った。許しを源とする水の呪術である。王が左右の腕を振るうたびに、溶岩弾のごとき火の塊が私の頭部や心臓をめがけて飛んでくる。どれも必殺の呪いがこめられた一撃である。
しかし私は動じることなく、一歩、また一歩と王へと歩み寄っていく。竜巻のようにうねる水の蛇が、炎のことごとくを食いちぎり飲み込んでいく。王は必死に、次から次へと投擲を繰り返すが、私の身を傷つけることはできない。だんだんと王の顔が恐怖に引きつり、投げる狙いが外れはじめた。にもかかわらず闇雲に腕を振り回し続ける様子は、まるでだだをこねる赤ん坊のようだった。
ついに王の目の前にたどりついた私は、その顔を素手で思い切り殴りつけた。生まれてこの方、殴られたことなどなかったのかもしれない。王は尻もちをつき、呆然と私を見上げたまま、はらはらと涙をこぼした。
「わしは……わしは……」
王は泣いた。その目から水が流れ続ける。水の呪術の源は許し。水は火を鎮めるのである。
「許そう」
私は王の肩に手を置いた。
「心を入れ替えて、立派な王になるがいい」
皆さんにお知らせがあります! 私は王様と結ばれました! よろしくね! いやあ、冷静に考えてみたら、この王様、私の好みのど真ん中ストライクだったんだよね。キリスト教普及以前の古代ヨーロッパにおいては、同性愛もそこそこ認められてた感じで、残りの人生、王様を支えていくことに決めました。
さあお祝いだ。宴会だ。招待客の中にはメロスとセリヌンティウスもいる。私も踊りの一つも披露しようかと思っていると、ふと三本足の入れ物が目についた。ちょうど首まですっぽりはまるくらいのサイズだし、あれをかぶって踊ったらうけるかな、などと考えていたら、召使が飲み水を入れるのに使ってしまった。残念無念。
セリヌンティウスが掘った私と王の像は素晴らしいできだった。そういえばセリヌンティウスの仕事は石工だったのだ。『石』清水八幡宮の加護がこの国とセリヌンティウスを守ったのも、定められた運命だったのかもしれないと、私は思った。