走れメロスと仁和寺にある法師   作:みつむら

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大造じいさんと仁和寺にある法師

 お久しぶりです! 私は仁和寺にある法師です! 現代日本からの転生者です! 覚えてる? いやあ今となってはもう仁和寺にいないんだけどね。古代ヨーロッパで王宮暮らしも悪くないよ。

 

 でも相変わらず頭の悪い中学生の落書きが世界に悪影響を及ぼしてて困ったもんよ。ワープホール見つけたら大急ぎで消してるから今のところ大丈夫だけどね。もしも源氏の軍勢とかがなだれ込んで来たらどうすりゃいいのよ。確かにこっちには石清水八幡宮の加護があるけど、八幡大菩薩の加護を得た那須与一がかぶらを取つてつがひ、よつぴいてひやうど放ってきたら勝てるかどうか。ひいふつとぞ射切られてBAD ENDですよ。あいつら踊ってるだけの人も射ちゃう戦闘民族だから。友情と信頼の物語の世界には入ってこないでほしい。まったくもう。

 

 さて情報によれば、郊外の湿地帯にあやしい老人が住み着いているとのこと。明らかに異国の人間で、小屋を建てて動物を捕り自活しているという。嫌な予感がするのでさっそく現地に向かう。

 

 それにしてもいい天気だね。思わず空を見上げちゃう。かげおくりは悲しくなるからしないけど。すると空にガンの群れが飛んでいる。ああ、こっちにもガンっているのね、と眺めていると、群れの中にひときわ立派なオーラを放つリーダーらしき一羽がいた。左右の翼に一か所ずつ、真っ白な混じり毛をもっていて………………。

 

 残雪だ―――――――――――――――――――――――!!!!!!

 

 

 

 

 

 そして老人は大造じいさんでした。うん、知ってた。どうも初めまして? いや、前世の小学校以来だからお久しぶりです?

 

「何を訳の分からんことを言っとるんだ」

 

「ですよね。それはともかく、日本に帰りませんか。ちゃんと送り届ける方法は確立できたんで心配ないです」

 

「おれはあのガンの頭領と戦うんだ。帰るなら、あいつら全部いっしょに帰るんでなければ意味がないぞ。あいつらが帰らないなら、おれも帰らない」

 

 はい、面倒なこと言いだしましたよ、このじいさんは。こいつといいメロスといい、なんで教科書の主人公ってのは、どいつもこいつも融通の利かない馬鹿ばっかりなんですかね。作品のテーマを守るためですか? 何度も柔軟に方向転換する主人公も、これからの日本には必要なのでは?

 

 

 

 

 

 というわけで残雪とその仲間たちを捕まえねばならん。でもあいつすごいからなあ、勝てる気がまるでしない。タニシを引っ張って安全を確認する食べ方を群れの全員に言語を使わず徹底させるって、よく考えたらチート級の指導力だろ。きっと円卓も平和にまとめきれるはず。騎士王残雪。英霊として召喚されるべき。国内での知名度はアーサー王を超えている可能性あり。

 

 悪い予感は当たるもので、何日たっても捕まらない。魔法の効果範囲をすっかり見切られてしまった。さすが騎士王。

 

 正直に言うと、残雪とガンの群れぐらいなら、こっちの世界に残っても構わないと思う。でも大造じいさんは困る。ダメでしょ、銃とかいうテクノロジーを勝手に古代世界に持ち込んじゃ。なろう主人公じゃないんだから。

 

 困り果てていると、私の愛する人が駆けつけてきてくれた。

 

「苦労しているようだな」

 

「王様、わざわざ御足労ありがとうございます」

 

「よい。わしとお前の仲ではないか。……ところで、妙なことが分かったのだ。あやつらの元いた世界なのだがな、どうやら『揺れて』いるらしい。そのために、あれほど大量の群れが一気にこちらの世界へと迷い込んできたのだ」

 

 「揺れて」いる。つまり『大造じいさんとガン』という作品に何かが起こっているということだ。しかしあの名作にいったい何が? 世間から忘れ去られたとか、教科書から排除されたとかいうことだろうか。そんなことがありえるとは思えないが。

 

 私は改めて大造じいさんの様子を観察した。イメージ通りの老猟師で、とくにあやしいところは……ん?……これは……? うまく言えないが、存在に非常にあやふやなものを感じる。

 

「大造じいさん、あなた……何者ですか……」

 

「おれは大造だ、猟師だ」

 

 私は大造じいさんをじっと見つめた。やはりおかしい。具体的に言うと、魂の濃度が薄い。通常の半分ぐらいの生命エネルギーしか感じられない。まるで人間が半分に引きちぎられた片割れのようだ。これは一体どういうことだ。

 

「探したぞ……偽物め……」

 

 知らない声がしたので振り返ると、そこには三十代半ばほどの猟師の男がいた。そしてこの男も同様に魂が薄い。顔立ちは大造じいさんにそっくりである。息子なのだろうか? そういう設定あったっけ?

 

「あんた、転生者かい……? そうか、魂を感じることもできるのか。ここが教科書の世界だとも知っているんだな? それなら話が早い。そいつは偽物だ。そしておれこそが、本物の大造だよ」

 

 

 

 

 

 男は語り始めた。

 

「重要なのは『大造じいさんとガン』という物語の前書きだ。そこでは語り手である作者自身が七十二歳の大造じいさんに出会う。そしてじいさんが三十代のころにガンと戦ったときの思い出話を聞き、それをもとにこの話を書いたと明記されている」

 

 私は驚愕した。

 

「そんな馬鹿な。さっぱり覚えていません。私の記憶では、残雪と戦う大造じいさんは、三十代ではなく間違いなく老人の姿で……」

 

「理由はいくつかある。第一に、まえがきの部分は授業でもさらっと流されがちだから記憶に残らないということ。第二に、題名でも本文でも、常におれのことは『大造じいさん』と書かれている。だから記憶が薄れて物語の正確な内容を忘れた後でも、じいさんだということは強烈に印象に残る。そして残雪と戦っているときもじいさんだったと、記憶がねじまがってしまう」

 

 なるほど。正確にはあの物語は「若き日の」大造じいさんとガンだったのか。そして本文ではいちいち「若き日の」とは書いていないということか。

 

「第三に、いくつかの教科書会社の中には、前書きを省略している教科書もある。省略版の教科書で勉強した児童は、当然おれがじいさんのときに残雪と戦っていたと思い込む」

 

 なんと。面白くない部分をばっさりカットしてしまうとは有能とも言えるが、これは原作信者から怒られが発生するやつ。ひょっとして教育学会の片隅とかで、原作信者とアンチのバトルが繰り広げられていたりするのだろうか。原作信者の教師が児童を相手に布教活動をしたりするのだろうか。ところで関係ないけど、学校の先生が授業中にしてたあれって、今にして思うと布教活動だよなあって経験、ないですか?

 

「第四に『大造じいさんとガン』には教育目的のアニメ版が存在するが、そちらでもじいさんとして描かれてしまったんだ。原作をよくチェックしなかったんだろう。よくある話だ。授業でアニメを見るとちょっとテンション上がるからな、記憶にも深く残る」

 

 男は寂しげに笑うと、銃を大造じいさんに向けて構える。

 

「さあ、おれの存在を乗っ取った、偽物の大造じいさんよ。お前を倒せば、世界は再び安定する。おとなしく死んでもらおう」

 

「そうはいかん。おれは多くの人々の思いによって支えられている。残雪と戦う年老いた猟師の姿は、人々の心に深く刻まれている。おれはその人々の心の中に確かに存在しているのだ。死ぬのはお前の方だ」

 

 

 

 

 

 大造じいさんたちの決闘は三日三晩続いた。猟銃によるガン=カタ。パワフルな大造じいさん(若)の打撃を、円の動きで受け流す大造じいさん(老)。すきをついてひじ関節を極めようとする大造じいさん(老)の熟練の技を、筋力と反射神経で振り切る大造じいさん(若)。その間、残雪はじっと動かず戦場を見つめ続け、えさも食べようとしないという謎の大物ムーブをかましている。ご飯に関する自制心ではアルトリアより格上の感がある。

 

「王様、どうしたらいいんでしょう。このままでは二人とも死んでしまいます」

 

「お前の水の力でなんとかならないか? 癒しと許しを二人の間にもたらせば、あるいは」

 

「難しいと思います。理論上は、あの二人を完全に融合させて真の大造じいさんにすればいいはずですが、二人の大造じいさんの力はほぼ互角」

 

「ふむ……」

 

「せめて力に偏りがあって、どちらかがはっきりと強いのなら、強い方に吸収させる形で融合させることができるのですが」

 

 

 膠着状態である。誰か、これを打破できる者はいないのか。

 

 するとそこに、第三の男が現れた。なんともう一人の大造じいさん(若)である。そして圧倒的な力で二人を押さえこむと、私に向かって声をかけてきた。

 

「さあ、おれごと水の呪術をかけてくれ」

 

 私は訳の分からないまま、三人の大造じいさんに向けて術を放った。渦を巻く激流の中で、争っていた二人の体は光の粒子となり、第三の男へと吸収されていった。

 

「あなたは一体……」

 

「おれこそが真の大造じいさんだ。教科書に掲載される前の、原作『大造じいさんと雁』の大造さ」

 

「原作……?」

 

「不思議がることはないさ。原作の評判が良かったから教科書に掲載されたというだけのこと。そして原作だからこそ、教科書に載った二人にはない強みがあった」

 

「強み?」

 

「気が付かないか? 学校の教科書には、習っていない漢字を乗せることはできない。だから原作のタイトルでは漢字で『雁』なのに、教科書ではカタカナで『ガン』になっている。しかも教科書会社によっては、ひらがなで『がん』になっているケースもある。漢字で書くこともできず、ひらがなかカタカナかも統一されていない。そんな軟弱な題名の連中に負けることなどありえんよ」

 

 大造じいさんはそう言うと、残雪の目を見た。残雪もそれに応じて一声鳴いた。するとたちまち群れが隊列をなして集まった。

 

「さあ、おれたちは帰る。ご迷惑をおかけした」

 

 私は彼らを専用ワープホールまで連れて行く。このホールは基本的には閉じっぱなしで、私か王様の術でのみ一時的に開けられる。セキュリティのため、用が済んだらすぐ閉まる仕様である。

 

「ごきげんよう、大造じいさん、残雪、群れのみなさん。お元気で」

 

「ああ。帰ったらまた、おれたちは堂々と戦うのだ」

 

 その言葉を聞いて、私は初めて気がついた。『走れメロス』と同様に『大造じいさんとガン』もまた、友情と信頼をえがいた物語であったのだ。そんな二つの物語が交差する場所に立ち会えたことに、私は深く感動していた。

 

 そして大造じいさんと残雪たちの群れは、ワープホールの中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 私は激怒した。

 

「感動を返せ」

 

 あのあと、残雪は大造じいさんの後頭部をひと蹴りすると、うずくまる大造じいさんをしりめに群れごとワープホールからこちらへ脱出。大造じいさんだけを元の世界に送り返し、自分たちはこっちに居座ってしまったのである。そして残雪は銃のない古代世界で現地の猟師を相手に無双し、我が物顔で湿地帯のえさをあさっている。まるでなろう主人公である。きっとハーレムも作っているに違いない。現地のガンの姫と結婚する可能性もある。

 

 私たちが近づくと、残雪はちらりと見たきり、またえさをあさりはじめた。

 

「王様、私たち完全になめられてますよね。邪知暴虐の頭領ですよね」

 

「よいではないか。考えてみれば、狩る人間と狩られる鳥の間に芽生える信頼など、人間の勝手な思い込みなのかもしれん。人間は鳥を狩り、鳥は人間を嫌う。それでよいではないか。残雪とやら、人間を嫌いたければ好きなだけ嫌うがよい。ははははは」

 

「グワッ、グワッ、グワッ」

 

 王様の笑い声と残雪の鳴き声が合わさって湿原に響いた。この一人と一羽の心が、逆説的な深い信頼で結ばれているかのように私には感じられた。

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