鋭角パンツァー 〜エキセントリック・ファイヴ〜   作:jeux

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プロトタイプ10

 角谷生徒会長は、西住の寮に向かっていた。会長の方から一生徒を尋ねなければならぬ理由があった。

 西住のおかげで、廃校の危機は去ろうとしている。しかしその裏には角谷による戦車道履修の強制があった。事態がひと段落した今、ようやくその事について感謝し、謝れる日が来たのだ。

 西住の部屋の前に着き、インターホンを押そうとした時、ふと気づいた。部屋の中から、ヴァイオリンとピアノの音が漏れ聞こえてくるではないか。角谷はその場に立ち止まってしまった。その音楽が、あまりに静謐で、美しいと感じたからであった。

「そんなところでどうしたんですか会長。熱中症になりますよ」

「わっ」

 西住が突然に扉を開いて言ったものであるから、角谷は驚いてしまった。

「どうしました?何かご用があるのでしょう?」

「そ、そうだった。いやごめん、私がいるってなんでなんで分かったのかな。ちょっとびっくりしちゃったよ」

「念です。そんなことはどうでも良いので、中に入りましょう。暑すぎて色々融解しますよ」

 ちょっと怖い西住の言葉にささやかな恐怖を抱きつつも、勧められるがままに角谷は西住の部屋に招き入れられた。

「おお・・・」

 西住の部屋には実に色々なものがあった。本棚を見れば『戦車道全国大会ルールブック集'90~'10』『無限軌道の原理と応用』『砲手教育論』『空気抵抗による弾道補正の理論と実際』といった戦車関連のものから、『論理哲学論考』『純粋理性批判』『精神分析入門』『構造と力』などの思想・哲学書、挙句には『六法全書』『ナヴィエ・ストークス方程式』『解析力学』『ゲーム理論入門』『基礎 超ひも理論』さらには聖書やコーランまで、ありとあらゆる分野の本が並んでいた。そして、本棚の隅っこに控えめに座っていたのが『ボコられグマのボコ』であり、そのまた隣にミニコンポがあって、音楽が流れていた。

「そうだ・・・この曲、何?」

 すると、西住はCDのケースを取り出した。

「ああ・・・これですよ」

 角谷が見ると、そこには『César Franck / Sonata Pour Piano et Violon』と書いてあった。

「私が『ひと聴き惚れ』しちゃって。五十鈴さんに貸してもらったんです」

「なるほどぉ、五十鈴ちゃんもいろんな曲を知ってるんだねぇ。『ヴァイオリンソナタ』ってやつかな?」

「そこなんですよ。よく見てください。一般的には『ヴァイオリンソナタ』で通じるんですが、原語では『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ』なんです」

「ああ、ほんとだ。でも、ヴァイオリンソナタって普通ピアノとヴァイオリンじゃないの?」

「『ピアノ』と明記してあるのが重要なんですよ。この曲ではヴァイオリンとピアノは音楽的に対等なんです。ちょうど今第四楽章が始まりますから聞いてみてください」

 第四楽章は、ピアノとヴァイオリンが同じメロディーを1小節ずれで演奏する、というものであった。

「みんなヴァイオリンばっかり聴こうとしますけど、それだけじゃ全然この曲を理解した事にならないんです。この曲のそういう部分にも惹かれたんです」

「と、言うと?」

「戦車道の試合を考えてみてくださいよ。キューポラから首出してる人だけ意識して、勝てると思いますか?」

 キューポラから首を出している人とは、もちろん車長のことであるが、当然戦車の乗員はそれだけではない。

「負けるね。確実に負ける」

「『全体を見ろ』と『全体を聴け』。とっても似てるじゃないですか」

 そこで角谷はハッとする。

「ありがとう、みほちゃんのお陰で今から私がやろうとしていたことが筋違いなことだと気づいたよ」

「と、言いますと?」

「感謝と謝罪をしようと思ってたんだ。みほちゃんに。みほちゃん『だけ』に」

「・・・ふふっ。あはははははは」

 西住は笑い出した。

「それは、確かに、ふふっ、色々おかしいですね」

「だろ」

「第一に私だけにいうべきことではない。これが会長の気づいたことですよね」

「・・・そうだけど、なに、第二があるの?」

「はい。第二に、そもそもあなたの謝るべき人なんていやしないということです」

「えっ」

 角谷はびっくりして固まってしまった。

「私は会長が強制的にでも戦車道履修させてくれた事に感謝してるんですよ。あの時の私は『拗ねて』ましたから」

 西住は続ける。

「去年の全国大会、ちょっとばかし道化を演じてみたっていう程度だったんだけど、それをお母さんもお姉さんも『流儀に反する、破門だ』とか言い出して。ちゃーんと安全対策もして、予行演習も何回もやったんですがね。私としてはとても面白くなかったんです。『何さ、みんな流儀に従うのが目的になってるじゃん』って感じてしまって。それじゃあ発展性がないじゃないですか」

「何というか、らしいな」

「それで、私がいつも言っている事に繋がるんですよ。戦車道の『道』の側面ばかり見てると、危険だよっていう。戦争が本質であることを忘れてしまっては、じきに私たちはまた同じ轍を踏んでしまいます」

「そうならないようにするためのみほちゃんなりのやり方が、『狂気の再現』だったってわけね」

「そうです、戦争の狂気を()()()()()()追体験する、というのが重要なんです。おかしいよね、と感じながらも、狂気に身を置く。そうすることでみんなは戦車道以外でも、狂気に敏感になる。狂気の兆候に気づけるようになる。秋山さんも先の練習試合の時のインタビューでも、私は何も言っていないのですが、分かっていたようでした。いわば反面教師、と言ってしまうとちょっと何様だよという感じですが。もちろんそれ以外のやり方がないのかと言われれば、多分ある、と答えちゃうと思いますけど」

「聞く限りでは、そんなに深刻な理由でもないんだね」

「そうですよ。恨みが云々とか、復讐が云々とかじゃないんです。もちろん『つまんねぇ!意趣返ししてやらぁ!』ぐらいの気持ちはありますが」

「あはは、そんな言葉がみほちゃんの口から出てくるとは思わなかったよ」

「押し付けがましくなく、戦争の事実を意識してもらう。これは私が前々からやりたかったことなんです。拗ねていた私にもう一度機会を与えてくれた会長には、感謝しています。きっと他のみんなもそうですよ」

 そういって頭を下げる西住。それを見た角谷も慌てて頭を下げて。

「わわっ、いえいえ、こちらこそ」

 その日は夜まで角谷は西住と音楽を聞いて過ごしたのであった。




セザール・フランク作曲『ヴァイオリン・ソナタ』
超 絶 神 曲
聴こう!!!
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