鋭角パンツァー 〜エキセントリック・ファイヴ〜 作:jeux
今日は冷泉の体調が優れない。もう放課後だというのに、体が全く動かない。くそ、昨日戦車道システム構築をどん詰まっているのにムキになって続けたのがもろに祟っている。ああ、眠い。ああ、辛い。
「Come, heavy Sleep the image of true Death...」
このままどこか彼方へと行ってしまいたい。いろんなものを捨てながら。
「And close up these my weary weeping eyes...」
「わっ、冷泉先輩そんな、キューポラの上に寝そべって何を。ていうかその不健康そうな歌なんですか」
通りかかった1年生の坂口桂利奈が驚いた声を上げる。それに気づいた同じく1年生の澤梓が言う。
「ああああそれすごく危険な状態です!早く鉄分とブドウ糖を!冷泉さん常備してたはず!」
「Come and possess my tired thought-worn soul...」
独り言のように歌い続ける冷泉。
「That living dies, till thou on me be ごふっ」
ゼリー状の栄養剤をねじ込まれる。続けてブドウ糖の塊。
「ぐぼぁ、ごぼ、どぅお・・・ゔぉおおおお・・・」
「あ、蘇生した」
「よかったぁ・・・」
安心した様子の1年生達。
「麻子!?」
そこに慌てた様子で現れたのは武部である。
「あっ、梓ちゃん桂利奈ちゃんありがとうね」
「いえ、そんな」「どうも」
「おう沙織。元気してるぅ〜?」
寝そべったまま低い声で冷泉が言う。
「麻子ったらほんともう・・・」
武部は今にも泣きそうになりながら。
「バカ!バカバカバカ!どうせまた夜遅くまで仕事してたんでしょ!」
「仕事って、そんなんじゃないって言ってるだろ・・・」
「仕事よ!早く寝てって毎度毎度言ってるのに!みんなのためを思ってムキになって続けて!」
「違う、自分が好きでやってるんだ。私の時間は自由に使わせてくれ・・・」
「あっ、そうだ、私たちこれから1年生会議なんだった!と言うことで行ってきまーす・・・」
「え、そうなの?聞いてな・・・」
「しっ!」
何かを察した澤が坂口を連れて退場する。
「ええ、そうでしょうね、自分の時間は自由でしょうね。でもね、使い方を間違うと・・・みんな心配するのよ・・・」
勝手に心配しろ、私は勝手に死ぬ、とまで言う図太さまでは持ち合わせていない冷泉。
「昔は私とあばあちゃんだけだったわよ。でもね、今は、たくさんいるじゃない。あの1年生達だってそう。みんな、あなたを守ってくれてるのよ・・・」
「・・・すまない」
その一言を搾り出すだけで精一杯であった。
「もう」
それだけ言って、沙織は車庫を出ていった。
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「麻子さんまたですか。びっくりさせるんですから」
沙織と入れ違うように秋山が入ってきた。
「おう。またやってしまったよ。それはそうとまだトマトくさいな」
「せっかく心配して来たというのに、開口一番それですか。ま、元気そうで何よりです」
例の試合は数日前であったが、使ったトマトジュースがよほど濃かったのか、まだにおいが抜けていなかった。
「おかげさまで『サイコトマト先輩』というあだ名が1年生から付けられましたよ」
「ぶっ」
「あなた笑ってますけどね、あなたにもあだ名ついてますからね」
「まじで」
「『デーモンコア先輩』ですよ」
「それはちょっと違うな。デーモンコアは『口を閉じたら臨界』じゃないか。私は『口を開いたら臨界』だ」
「自分の発言が核反応だというところは否定しないんですね」
「でも一発芸思いついたから良しとする」
「なんですか、マイナスドライバー口に挟むんですか」
「あ、正解を言うなよー」
「しょーもないなぁ」
「で、他の誰かにはないのか、あだ名」
「いえ、私が把握してるのはこれだけです」
「我々にだけ変なあだ名がつくのは癪だな」
「なんですか」
「作ろう。あだ名を。今。あんこうチームだけでも」
「まじですか。俄然やる気が湧いてきました」
「まず沙織だ。どうする」
「彼女は・・・恋に恋してますよねぇ・・・」
「なんでできないんだろうな、彼氏」
「多分少女漫画で恋愛を勉強しようとしてるのがいけないんだと・・・」
「それだ、あだ名『花とゆめ先輩』決定」
「別に花とゆめ限定ってわけじゃないですが・・・インパクト十分なので良しですね」
「次、イスーズさん」
「何かと前衛的ですから・・・『アヴァンギャルド先輩』?」
「捻りが足りん。ハートの脆さを加味して『アヴァンギャルド・オゾンホール先輩』だ」
「一気に得体が知れなくなりましたね。あと長い」
「はい最後、西住さん」
「尊敬しています」
「だろうな。他にないのか。私はいまだにあいつを掴みきれていない」
「実を言うと、私もなんです」
「えー、あんなことやっておきながらか?」
「あんなこと」とはもちろん西住氏籠絡事件のことである。
「彼女は凄い。奇抜な作戦で相手を翻弄する。でも確実に勝っていくんです」
「普通やらないことをやって一発で成功させていくからな。彼女こそが鋼メンタルなのかと思いきや、だし」
「わかりません」
「わからんな」
沈黙。
「『アンチミスティック先輩』」
秋山が呟く。
「Anti-mysticか。なるほどな」
冷泉が納得した表情で言う。
西住みほ。かつて西住流の総本山、黒森峰女学園の副隊長として活躍。夏の決勝戦で自らの親友も乗る戦車に対し、わざと撃破されて、増水した川に流されるように指示。命に関わるとしてプラウダ高校側が中止を提案するが、そこで乱れたプラウダの隊列を突き、勝利。仲間の命を利用した作戦であり、隊長には秘密裏に敢行された作戦でもあったため、邪道であるとして西住流を破門される。
Mystic。宗教的神秘。西住みほは、それとは対極の存在であった。
冷泉さんが歌ってたのはジョン・ダウランド作曲『来たれ、深き眠りよ』です。
神曲なのでみんなも聴こう。