「そういえば、今思ったんだが」
「んん?」
ふと誰かが問い掛ける。
「今日って模擬決闘の日だよな?」
「そうだな」
此処はリュミエールの中枢にある士官学校、それに追随する様に建設された闘技場。
戦闘の技術を教え込む場、或いは実技により経験を積ませる場。
卒業目前には、トーナメント戦によるリュミエール伝統の決闘大会が行われる。
これはリュミエール国王が見に来るくらい王道なイベントである。
今日そこで行われるのは模擬決闘。
生徒達が平等な状況から行う
…筈なのだが。
「あいつら使ってんの…実物じゃね?」
「あっ」
今苛烈な決闘をしている二人は、あろうことか木造りの物などでは無く、鋭利な刃が付いた正真正銘の武器だったのだ。
そして、その武器を使っている二人は。
「相変わらず芸が無いなァ!!」
「燃えてるだけで胸を張れる奴の言うことは違うな…ッ!!」
当然、
状況を説明すると、霧を出して行動を予測しようとしたコーリスに対し、炎で霧ごと無力化しようとするスルトの戦闘になるだろう。
決闘という真摯な場において相手を煽り合うのもどうかと思うが、相手の気を少しでも動転させる手段としては適していると言える。
だが、何時も同じ煽りを繰り返している二人にしてみれば意味は無いと思えるので、結局何もプラスになっていない。
二人の剣撃。
それは似ても似つかず、独特の型を生み出していた。
コーリスの剣は防御。霧による予測で攻撃を回避または往なし、カウンターを狙う態勢。
逆にスルトの剣は猛攻。炎と剣撃による同時攻撃は避けられない訳では決して無いが、彼の剣は相当に難しい。
剣に炎を纏わせ攻撃してくるのに対し、剣を交わし合うことになるのだが、剣とは無関係に独立し襲い来る炎まで存在している。
加え、彼の身のこなしはハーヴィン由来とは言え上物が過ぎる。一年間の努力では無く、スルトの場合炎術と運動神経どちらも才能による物だった。
霧というものは案外魔力で払える物なのだ。
炎で蒸し返し、風で払い、闇で飲み込める。
霧が完全に優位に立てるのは水属性ぐらいでは無いだろうか。コーリス自体霧だけに頼る戦術を取っていると思われがちだが、彼の剣術も弱くない。
戦いにおいて起こる興奮による呼吸、可動のズレが一切無い。堅実に過ぎる程の安定性、それが強みなのだが…。
「……!!」
「体幹は自らを支える物だな?では、他人からの干渉を考慮してない訳だ!!」
──自分がずれ無くても、相手からペースをずらされれば意味が無くなる。
人は熱を反射的に退ける。
熱せられた物に触れた瞬間、大抵の人間は『あっつ!!』と声を上げ素早く手を離すだろう。スルトの熱気に当てられれば、来たるべき苦痛を避ける為身体の芯が崩れそうになるが、意識してしまえば耐えられるものである。
だが、意識していても体の支点を崩されれば無意味となる。
身体を逸らすために使われる踵をつま先で突かれ、強張っていた身体が低空に投げ出される。
「こざか…ごへ!?」
足払いを食らった後の様に身体が地面と平行になった瞬間、顔にお見舞いされたのは剣の柄頭による打撃。
実物を使っているからとは言え、相手に手傷を追わせる訳にはいかないという判断だろう。
いや、単に頬を打撃により歪ませるコーリスの顔を見て馬鹿にしたかったのかもしれない。
その証拠にスルトの顔はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべている。
だが、剣の使い方についてはコーリスも同意見だったそうで。
「───は?」
バランスを崩した瞬間、剣を振っていた。
「──ごばぶ!?」
刀身の側面、剣の樋と呼ばれる部位がスルトの顔に直撃し、バランスボール顔負けの勢いで跳ね飛ぶ。
スルトの方が一手早かったとはいえ、ほぼ同時に剣による物理攻撃の威力には差が生じる。
種族の関係上、普遍的な体格のエルーンと小人のハーヴィンでは力の差は歴然。
ドラフの腕力だとスルトは恐ろしい事になっていたかもしれない。
冗談抜きで顔面が吹っ飛ぶのでは無いだろうか。
起き上がったコーリスは頬から下向きに攻撃が通った顎を抑え、スルトは涙目になりながらも鼻を庇い相手へ向かい出す。
「………」
「………ァァ?」
鼻を抑え、自分の身に何が起こったかを実感する小人。金属の塊で殴打された部位からは血が溢れ、自らの炎で蒸発していく。
──心が、燃える。
自らの有利をただの体格差で埋められた不条理、相手より大きいダメージによる屈辱。
怒りを爆発させるのに時間は不要。
スルトが
「やって、くれたな」
「お互い様だ」
「初撃は俺だ」
「その隙を突いたのは俺だが」
「鼻血が──出ているんだぞ?」
「ティッシュいるか?」
「うん」
怒りからの衝突。
それは唯の気遣いで避けられ──
「でもな、コーリス」
「ん?」
「俺が欲しいのはな」
「……ああ」
コーリスは察する。
このハーヴィンが罪に寛容な訳が無いと。
未だ収まっていない炎、収まるどころか猛烈に広がっている。
炎が、口を開く。
「貴様の鼻血による精算だァァァァァァ!!!」
「冴えてるな懺悔里帰りィ!!」
半狂乱になって剣を振り回すスルト。
狙うはコーリスの鼻。炎の勢いを剣に乗せ、全力で鼻を叩くつもりでいる。
だが、戦乱はやがて収まるのが道理。
「そこまで!」
お互いの頭にチョップを食らう。
静止の声と共に制裁を下したのは我らが先生。
「何やってるんですか貴方達は!?」
「先生どけ!そいつ殺せない!」
「粛清!」
「ぐはッ!!」
野蛮な暴言を吐いたスルトの腕が背中に拘束され、二度目の手刀が突き刺さる。
「コーリスさん。貴方の言い分は」
「正々堂々勝負を挑まれたら受けるのが騎士の役目」
「粛清!」
「ガハッ!」
コーリスにも手刀が刺さる。
「勝負を挑むも良し、受けるのも良し!ですが、命を容易く奪う実剣で戦うなど不霊頑冥!!」
「ちゃんと柄頭で殴りました!!」
「尚更剣を使う必要無し!木剣で充分。特にコーリスさん。貴方の殴り方は危険極まりない。角度が少しでも横だったら顔が斬れてましたよ」
「…はい」
「二人には罰を与えます」
どのような罰が向けられるのだろうか?
バケツ持ちか、逆立ちグラウンド周回か?
─否。
闘技場という場に相応しい罰がある。
「私の持つ生徒は28人。貴方達の他の26人を同時に相手取ってもらいましょうか。二人に分ければ13人という事になりますねぇ…」
「──え」
「無論一人づつ倒すという生ぬるい物ではありません。同時です同時」
「ち、ちょっと先生!?コーリスはともかく、俺にはとても捌けん!」
「捌かせるつもりの罰ではありません。貴方達と共に鍛えた26人。精々揉んでもらいなさい」
「──ヒィ」
コーリスが声にならない怯えを漏らした後、背後を振り向くと既に木剣を構えた26名。
教師が割り振りを決めた訳でも無いのに自然と半分に分かれている。
実に優秀な生徒達である。
「おま──」
言葉を吐ききる前に突風が頬を掠った。
今のは風属性の魔法。
「ごめんね、コーリス君」
エルーンの少女が細剣を構えた風を纏わせる。
他の生徒達も魔力を滾らせる。
「こんな状況だけど…私達全員、力を試すいい機会だと思ってるよ?」
「く、」
「じゃあ…行くね」
「クソッタレ共がァァァァァァァァァ!!!!」
獰猛な笑みを浮かべた生徒達によるリンチは、決して教師による本意だけでは無いだろう。
日頃の鬱憤。
コーリスの霧による感知。やられた側は途轍もないストレスを覚える。
例えるならば、鬼ごっこで人を追い詰めたが、手を尽く避けられ、時間切れまで粘られるという感覚だ。
いつの間にか剣も木造の物にすり替えられている。
戦禍は訪れた。
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「はぁ!」
顔横に細剣が振り抜かれるが、見てから回避は可能。一対一なら他愛もない。
だが、あと12人もの攻撃が襲い来るのだと思うと苦笑いすら浮かべられない。脳の処理伝伝は関係無く、単純に身体が追い付かない。
──足元に剣。
飛んで回避。
──頭上に振り下ろし。
剣の腹を踵で蹴り剣を飛ばす。
──腹になぎ払い。
鍔迫り合いによる衝突、そしていなし。
──背後からの斬撃。
相手の手首を掴んで体重移動、回避。
──水の噴射による気配の阻害。
どうしようもない。
──肩に向かって…剣。
避ける。
──避けた先にドラフのシールドバッシュ*1。
………。
「無理」
巨体のドラフのシールドバッシュは格別。
手加減で体に食らわせてくれたがやばい。剣を盾の前に置いて最低限の防御はしたが、まともに食らったら骨が砕ける。
だって今でも面白いくらい飛んでる。
青タン出来るとかいう問題じゃない。泣くよ?
「ふ、ぅ……」
肺から息を吹き出し、苦しみを開放する。その息には溜息も混じっていたと思う。
スルトはどうなっているだろうか?
あいつの場合炎を撒き散らしていれば…ん?
横に何か飛んできた。
これは……!!
「ヵ、ハァ…」
「す、スルトォォォォォォ!?」
虫の息になって捨てられたスルト君だった。
な、何故?
「幾ら炎でも…氷と水で攻めれば冷めるよね?」
「あ、悪魔共が…!」
微笑を帯びる魔性のヒューマン。
目を光らせるドラフ。
細剣を構えるエルーン。
唯一のハーヴィンはボロ雑巾。
あっちの13人も此方に合流した。
「多数対一。今更だけど可哀想だね。騎士としても駄目な行為だと思う」
喋るはクラスでも理知的で評判のヒューマン少女。
今にでも慈悲を貰いたいものだ。
「でも──霧がうっとおしく思えてきたから……!」
矢張り戦闘モードになると冷徹マシーンに変容する。
理知的というのは戦闘において慈悲も容赦も持ち合わせない唯の機械なのだ。
証拠に目の光が薄くなった。
ははっ信じられるか、アイツ12歳なんだぜ?
「…正直ドラフの突進だけは食らいたくないので」
「シールドバッシュ禁止?」
「いや、少し分断させて貰おうか」
木剣を置き、両手に魔力を宿し。
虚空に向ける。
余り使いこなせるか不安だが、手が青色に光っているからまだ成功できるだろう。
「…何を」
「──刮目しろ。専売特許は霧だけじゃない」
俺は魔力の量は桁違い。
霧を島全体に行き渡せられる程なのだ。もし俺に火が使えたら…島を燃やせる可能性もある。
実際使える魔力は霧と、補助魔法。
そして…
「──エンシェアント・イアス」
防御魔法。
ヒューマン、ドラフ、エルーンの三すくみが偶然出来上がっていた事が幸運となり、ドラフとヒューマン・エルーンの間に透明な壁を作る事が出来た。
「なっ…?」
「俺が霧だけの一芸に留まるとでも?甘い。数で押し切れば終わると……?舐められた物だな」
「だけど!今まで使ってこなかったじゃない…」
「俺はそこの馬鹿とは違う。巨大な壁を生み出すより霧を出して最低限の動きをした方が効率が良い」
「つまり…今までの私達は本気を出すに値しなかったってこと…?」
「そうとも言える。実際、力勝負のドラフを除けば簡単な相手ばかりだった」
「へえ…ッ!!」
憤怒に染まる表情。
挑発は効いたと見えた。冷静さを失った攻撃は見切りやすい。
こちらのペースに持ち込めれば簡単だ。
加えて、ドラフ達が魔力と筋力による壁の突破を試みているが無駄。
俺の渾身の魔力を込めた壁だ。そもそもが堅いし、一枚二枚破られようがまた作れば良い。
片手で作ることになる分強度が落ちるだろうが、また割らなければいけないという強迫観念が精神的なストレスを催し、疲労困憊にする事も可能。
懸念は遠距離による攻撃。
魔法と物理攻撃を同時に繰り出されれば派手に負ける事になるだろう。
囲まれても敗北必須。
怒らせて視野を狭める他ない。
「ドラフ共が合流したら俺の不利だが、先程まで有利だった身だ。ドラフが8人程減った所で問題ないだろう?」
「……」
「袋叩きで勝てると思っていたのだろう?やれば良いだろう。正面から攻めれば終わりだ」
「後悔、しないでよ?」
「この壁により後悔という概念はお前らの物となった。精々吠えていろ」
誘導完了。
前方からの戦闘を認知。
──行ける!
相手に殺意がない以上、此方の粘り戦法は完全な物となり、消耗勝ちを狙える。
スルトが数人倒してくれればまだ余裕があったのだが、心が先に折れたのか一人も倒せていない。
勇猛果敢が軟弱千万に早変わりだ。
俺は勝つぞ。
「来い──俺が
「上等ッ!!!!!」
売り言葉に買い言葉。
最後の戦いが幕を開けた。
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今回の授業による負傷者
スルト・ヴァーグナー
・腹部に打撃痕。猛烈な一撃を受けたと思われる。
・鼻部に打撃痕。骨にヒビ一歩手前である。
コーリス・オーロリア
・頬に突痕。別状なし。
・腹部に打撃痕。別状なし。
………・全身に打撃痕。特に書く事はない。
他の生徒達に外傷無し。
無傷で授業を終えたと判断する。
──担当教師 リエス・コルセン
──────────────────────
要するに…コーリスは一撃も当てれずに負けたのである。