「こんちわ」
黒騎士という立場を恐れたのか、減少していく依頼に危機感を覚える中、匿名である事以外は詳細に述べられたソレを光明にして現地に赴いてみれば、待っていたのは根暗な影だった。
枯れ木の様な杖、地面に垂れるローブ、尖った装飾品、睨めあげる紫の瞳、卑屈な口角──そこに一切自嘲的な感情はなく、全てを蔑む態度だけが如実に現れている。
コーリスはその影に2度出会った事がある。
出会いが偶然である程に人間は影響を受け、対話の後に自身を無意識に変化させていくが、その影が彼に与えたのは"印象"という強い記憶に過ぎなかった。
所謂、『こういう人もいるんだな』という無害な関心である。
──故に、その関心には善悪の感情は込められておらず、極めて自然な形として接していた事になる。
これはコーリスにとって唯一と言っていい事だった。
彼にとっての偶然は調停者や神将、破壊者や守護者など多岐に渡るが、それ等には須らく複雑な感情を抱いている。
そして、その影にとっても、"唯一"という言葉は貴重なものとなるだろう。
「久しぶりだよねェ?不健全民の裏切り者………黒騎士のコーリス・オーロリアさんさァ…」
「……この団は至って健全です。リッチさん」
それは"呪い"の星晶獣、リッチの依頼だった。
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黒騎士の代償というには、優しめの報いかな。
真王が黒騎士の座を復活させた時、僕達は周辺国家の顰蹙を買うものと思って、様々な言い訳を考えていたんだ。例えば、ガロンゾと不可侵的な契約を結んだ事とか、依頼を受けるまで団が動いた事は無いだとか、基本的に無害である事を行動で示しながら主張していた。
酷い時だと、国に招かれて暗殺までされる可能性まで過ぎっていたけど…そもそも、国に関わることがあまり無かった。最も、それはこの騎空団を必要以上に恐れていて、様子見をしているだけなのかもしれない。
何方にせよ、この見方が大衆にとっても一般的なのだろう。
だから、僕達はある問題に直面した。
──それは依頼数の減少。
「黒いからって脱不健全を誤魔化せると思ってんなら腹パン食らわすっぞ?オラオラオラ」
「やめてください。手を痛めますよ」
「マジレスとかいう健全民のつまらない特権あざす」
正直、後悔している。
この依頼の承諾を止めなかった事を。
依頼文は奇妙な文体──多少捻くれた言葉遣いなだけで、内容は星晶獣の討伐で、場所も敵の能力も詳細に書かれていたので、そこまで首を撚るものではなかったんだ。依頼者が匿名なのも、悪徳な騎空士に目を付けられる可能性を考慮すれば、そこまで珍しい事ではないしね。
それに、お金には余裕があるとはいえ、黒騎士の騎空団が依頼を受けられていないとなれば、悪評となってしまう。未来を危惧した僕達は、ここで暴走する星晶獣をきちんと倒して、人々の信頼を勝ち取ろうとやる気になっていたんだ。
操縦士の僕も、賛同してすぐにフロンティア号を動かしたよ。
今だって依頼内容に齟齬があった訳でもないし、そこは問題じゃないんだ。
でも依頼者のリッチには少し……いや、かなり不安がある。
「なんだこいつ」
「………」
カリオストロは珍獣を見る様な目をしているし、以前から落ち着きを取り戻したゾーイは彼女を見て更に落ち着いてしまった。
僕だって、コーリスが知り合いだと言ったのは信じたくなかった。交友関係に文句を言うつもりは無いけど、いや友達なのかも分からないけど、彼女は独特すぎる。
ここで彼女に"残念"という言葉を使わなかったのは、僕が彼女をあまり知らないからだ。口調だけで人を判断するのは良くないし、400年間生きてきて、初対面だけで説明できる人間は少なかったからね。
僕がもっと驚いたのは、彼女が星晶獣であった事だ。
星晶獣が空の影響を受けて性格を変えることなんて珍しくないけど、彼女は独自で培った様だ。もしかしたら最初からそういう性格だったのかもしれないけど。
「今思ったら会う度に裏切ってるよね少年。1度目は幽霊の癖して聖騎士だってカミングアウト。2度目は金髪のイケイケ女連れてきて……3度目は七曜の騎士だってよォ!?」
「そういう因縁はもうやめにしましょう。周りが置いてかれてます」
「………………………自分の逃げに他人を使うなよ」
「滅茶苦茶効きましたね俺の言葉」
「正直効いた。りっちょって痛いのかなって」
そして、星晶獣が星晶獣の討伐を依頼する理由。
それなりに重い理由がある筈だ。共に行動していた者が暴走したり、殺したい程の因縁があったり、力が及ばないので介錯を頼んだり──そういう事例はあった。
空に捨てられた星晶獣達の精神は空の民と殆ど同じだ。一部は覇空戦争という呪いから抜け出せていないけど、生き方を変えたら変えたで、種族としての存在理由が足枷になる。
光を忌み嫌う彼女も、呪いによって空を覆い尽くすという戦略で作られ、その本能が性格に現れているのだろう。
「依頼の話でもしますかね。はぁめんどいめんどい」
こっちの顔も見ないで、というか視線から逃げるようにして、彼女は早口で話し始めた。
「これから少年達に頼みたいのは、巷で語られる"呪い"の星晶獣だよ。聞いた事くらいあるんじゃない?土地を腐らせる星晶獣とか、毒素を放つ星晶獣、視界を遮る星晶獣とかさ」
「騎空士の噂では有名な方ですね…でも呪いの星晶獣はリッチさんでは?」
「っ……まぁ、色々な事情があるんだよ。りっちょってさぁ、こう見えて完全体じゃないわけ。力が分散してる状態なのよ」
「分散?」
「そ、分散。散らばった力は形を取って暴走するん。りっちょの持つ色んな力が各々で暴走するから、そういう星晶獣だと思われて話題になってるってわけ」
呪いとは、人間に負荷をかける魔法の中でも解除が難しいものを指す。覇空戦争時は解除不可の魔法を指していたが、解除法がある程度確立された現在では少し意味合いが変わった。
その呪いを司る星晶獣ならば、当然人間にとって驚異になる筈だ。分散した力が星晶獣と認識される程に強力なら、全ての力を兼ね備えたリッチは星晶獣の中でも上位の強さを持つだろう。
僕達の創造主は合理的だ。何らかの役割を持たせて僕達を作ったのだから、呪いという殲滅法を担わされた彼女の強さは担保されている。
騎空士の中でも噂となっているのは、その呪いの星晶獣達を討伐しても霧散するだけで、また何処かに現れるというものだ。
同じ能力を持った獣を倒したという報告もあれば、被害にあったという報告もある。
もし、彼女から分かれた力が漂い続けるものだとしたら説明がつく。
力が魔物の様な姿になるのだとしても、倒されて分散するだけだ。力という概念が消滅したわけじゃないのなら、また時間をかけて集まるだけ。
どうにかしたいのなら、本体を叩くか──本体に回収してもらうしかない。
この依頼内容に合点がいった。
ただどうしても、頭に引っかかる事があった。
何だったかな…どうでもいい事の筈だけど。
「…ノア」
「どうしたの?ゾーイ」
「紫の騎士…クラーレが起こした問題を覚えているか?」
「真王が凄い剣幕で言っていたアレ?」
「そうだ。詳細に覚えている訳ではないのだが……呪いの星晶獣の分体と戦ってその地を毒に染めて、禁足地にしてしまったと言っていた気がする」
…多分、僕の引っかかりはそれだ。
呪いの星晶獣という言葉が耳に残ったのは、騎空士の噂じゃなくて、真王の口から出た事だからだ。
七曜の騎士で最も恐ろしいとされるクラーレと渡り合った毒素──どちらかというと呪いに立ち向かえる彼女がおかしいけど、それくらいの規模感であるならば、今回の依頼はやはり危険だ。
「え…ボンビー達にそんな事してる奴いんの……こっわ」
「ボンビー?」
「あ、分かれた力の事をそう呼んでるんだけど。りっちょは力を回収して平穏に生きたいわけ。これまでボンビー達を狩る為に旅をしてたんだけど、どうにも綺麗に回収出来なくて困ってんのよ。倒した瞬間に散り散りになっちゃうから、倒す寸前に弱らせて一気に吸収しなきゃいけないっぽくて」
「難儀ですね。ちなみに、ボンビーというのはどんな姿なんですか?噂で聞く呪いの星晶獣は王冠を被った禿頭の骸骨です。半端に髪が生えてたり、ゴミ袋の様な衣服を着ているとも言われていますが……リッチさんの分身なら違いますよね」
「噂は大正解だよ少年。ボンビーはハゲドクロ。りっちょから分かれた存在なのにさ、何でハゲてんだろうね。りっちょの心が禿げた骸骨みたいだって言いたいのかなァ……まあ骸骨は嫌いじゃないけど」
「……余計な事を言いました。ごめんなさい」
此方の会話を聞いていたと思えば、今度はコーリスが真摯に謝っている。
傍目から見れば仲良しに見えるけど、互いにどこかで無関心な所があるんだろうね。特にリッチは一目でコーリスが幽霊である事を見抜いた様だけど、珍しいものを見た程度に留めているし、案外他人に壁を作るタイプではないのかも。
…思い込みは激しいようだけどね。
そういえば、僕も聞きたいことがあったんだ。
「聞きたいことがあるんだけど」
「なになに?健全そうな星晶獣のおにいさん」
「人の力を借りるのは、力の吸収を成功させる為ということだよね」
「そだね。じゃなきゃ健全民とパーティ組まないから」
「じゃあ、僕達に頼んだ理由は何?星晶獣は空にとって理不尽の象徴だ。相手によっては数を揃えつつ万全な対策を取って、ようやく討伐出来た事例もある。呪いは相性的に強力な個では危険なものじゃないのかい?」
「…言いたい事は分かったよ。少年の団よりも規模が大きい所だって沢山あるわけだしね。でも、ボンビーの呪いはりっちょがある程度相殺出来るからそういう心配は無しでいいよ。少年を頼ったのも、知り合いが出世したから利用させ──いやお近づきになろうと思っただけですしねハイ」
「聞かなかったことにしておくね」
「チッ…健全民は気遣いも出来ますってか?嫌味かよ」
「復唱するかい?」
「何でもないです。正直に言えば少年達の戦力がとても頼りになったからだね。銀髪の人はあり得ないくらいの力纏ってるし、そこの子も人間にしては破格。少年は更に弾けてるし、その剣はりっちょも嫌になる何かが秘められてるよ………ねぇ急にりっちょ殺したりしないよね?」
「しませんよ…」
黒騎士の剣は、力を吸収される側である星晶獣から見れば恐ろしいものだ。星の技術で作られた武器である筈なのに、星に矛先が向いている。
詳細を語られなくても、僕達にはそれが異物であると分かるんだ。
少しだけシンパシーを感じていると、カリオストロが痺れを切らして大口を開いた。
「日が暮れるぞ…面倒事は早く消化するに限る。早く行こうぜ」
「その言い方は…」
「興味の無い事象に捧げる労働は魂を腐らせる」
「……っすね。長く話しちゃってさーせんした…」
カリオストロの性格は把握しているつもりだけど、依頼者の目の前でこき下ろす様な事を言うべきじゃない。僕はいつも注意はするけど、彼は注意される事を前提に振る舞っている節がある。
コーリスみたいに強く注意出来ない僕の甘さもあるだろうね。
案の定、目を逸らしていたリッチはカリオストロが背を向けた瞬間に睨みつけた。
「なにあのガキンチョ。キラキラした顔に生まれたからって好き勝手言っちゃってさ。ああいう奴って人がどれだけ勇気を振り絞って依頼をしたのかっていう想像が出来ないんだよね……はっきり言ってこれから困るよあの子。親の教育が伺えるよね?まったくさ、育ちが大事なのって大人になってから気づくもんだからそこには同情するけどさ。少年も気を付けたほうがいいんじゃない?」
こ、心が曲がっている…。
言ってる事はそこまで支離滅裂じゃないけど、こう…人に対する劣等感を隠し切れていない絶妙さを感じる。それでいて本人はそこまで悲観的じゃないんだから、本当に不思議な人格を持った星晶獣だ。
一応先導するように動き出したリッチは、不服そうに振り返った。
「あ、今回のボンビーは魔法の流れを脆くするタイプだから毒とか腐敗の心配する必要ないからね。そっちの光とか遮られるかもしんないけどまぁ押し通せるでしょ。もし傷付いたら回復の効き目も悪くなるから攻撃は喰らわずにね」
「純粋な火力自体はどうなんですか?」
「ボンビーにはないね。りっちょなら無くは無い感じぃ?」
リッチは自らの力を自慢するように顔を寄せた。
無反応で返すのは申し訳ないが、触れてしまったら本人に良くない気がする。この気持ちはお節介だろうか。
「…健全民の癖にノリ悪いね」
お節介じゃなかったね。
「さ、出発しましょ。場所は割り出してるからね〜」
そう言って彼女は猫背かつ軽快という不思議な歩き方で、僕達を目的地まで案内した。
今回の依頼も、何時もの様にすんなり行けばいいと思う。
嫌な予感はしないし、油断できない依頼だって事は理解した。皆はリッチの事をどう思ってるかは分からないけど、この依頼は案外…祈望の騎空団を再び浸透させる様に働くかもしれない。
…あ、そういえば。
コーリスはリッチの前で力を出した事は無いらしい。
魔力の感知というものは、僕には少し分からないけど。一般的には魔法を用いた時や、魔力を身体から放出した時に感じ取れるらしく、余程の感覚が無ければ、自然体の人間が持つ力を測ることは不可能と聞いた事がある。
それは絶大な魔力を持つコーリスにとっても例外ではなく、アテナは瞳から深く見つめる事で、エニュオは警戒を見せた時に漏れた魔力から彼の力をようやく理解した。ゾーイだけはそもそも観測という形で見ていたから知っていたけど、初対面なら正確に把握は出来ないだろうと言っていた。
そしてリッチは僕らの力を一瞬で把握していた。
ここは都の入口付近で、警戒態勢を取る必要もないくらい安全だから、誰の力も漏れていない。
彼女がそれだけ優れた感覚を持っているのか。
──それとも、既に何かしらの能力的なアプローチを僕達にしていたのだろうか。
「あーマーキングしといて良かったぁ…格下だろうってイキった態度取ってたらボコられてたわ。こっわ…あんな副団長が空にいていいのかよ…あれりっちょの知る星晶獣とはなんか違うんだけど」
りっちょ回が来ました。
コーリスだけは初対面の時にマーキングされてましたね。
リッチ
・不健全民を裏切った代償として依頼を押し付けに行った。
・団員達がまともな人間に見えなかったのでマーキングを介して力量把握。このマーキングは本来は遠隔呪殺の為のものだが、危険なのが分かりやす過ぎて避けられるので、無害化して気付かれないように改造したもの。生命に与える影響もなく、外見の変化もないので、気を抜いているカリオストロでも気がつけなかった。ちなみに咽頭部の色がちょっぴり薄くなってるらしい。
・上記のマーキングはゾーイには施されていない。彼女の場合は常に圧が漏れてるから強い事だけは一瞬で分かる。仮にマーキングしてたらバレていた。