幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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93.変質者、通り魔、ストーカー

 

 

 

「何なんだアンタ達。見た所一介の星晶獣と……もしかして」

 

「お前こそ腐った度胸だ。死にたくなきゃ消えな」

 

「彼と先に話していたのは僕達なんだけどねぇ……はぐれの星晶獣が上司に逆らうつもり?」

 

 

 下手人──何気に星晶獣と判明したマーズがロキの姿を見て驚く。当然だ。彼は星晶獣を作り、侵略状態であった空の世界と覇空戦争を繰り広げた『星の民 』そのものなのだから。

 フェンリルと上下関係にあったのは当然の帰結だった。彼が直接の創造主でなくとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、兵器である事を捨てた星晶獣もいる。

 マーズもその一人なのだろう。ロキとフェンリルに対して獰猛に口を歪め、嘲る。

 

 

「何百年も前に敗走した星の人間が何を言うかと思えば…ここはアンタの世界じゃないよ。下らないしがらみに従うつもりは無い」

 

「空を尊重する割に迷惑をかけているようだけど?」

 

「好きに生きるって事さ。強者と熱い戦いを楽しむのが趣味でね」

 

「趣味だァ?恥も知らねぇ様だから教えてやるよ。星晶獣なんてのは使われる為の存在だ。お前は好き勝手生きてるつもりだろうが、星の人間にとっちゃあゴミを処理する手間すら面倒だと判断されたに過ぎねぇ。勘違いして舞い上がってるなら気の毒にな」

 

()()()?今も絶賛縛られ中の狼さんに吠えられた所で響かないよ。子供の泣き声の方が心揺さぶられる」

 

 

 一触即発。

 星晶獣同士のいがみ合いを見ていると、同族で争う事の醜さをじっくりと理解させられる。定期的に人間は愚かだと嘆き出す歴史学者達は正常な精神を持っていたようだ。

 

 それに、ロキも困った様に此方を見ている。フェンリルが止まらない事よりも、マーズの遠慮の無さに苛ついているのか。星の民からしてみれば、兵器としての人格から自立した星晶獣を見る事は少ないのかもしれない。

 

 何方にせよ俺には知ったことでは無い。

 譲らないのはお互い様だ。ましてや興味本位で星晶獣をぶつけてきた危険人物に同情を見せる程呆けていない。

 

 

「面倒だ。俺は帰る」

 

 

 三者は(こぞ)って目線を向けてきた。

 

 

「あァ?お前だけは殺させろって言ったよなァ…」

 

「それは駄目だよ。君の幕なんだから」

 

「駄目に決まってるだろコーリス!!」

 

 

 俺はかつてこんなに苛立ちを覚えた事は無い。

 運命にうんざりしたり、何故と問いかける事は多々あったし、こと戦闘に於いては受け入れられると言えば嘘になる場面が大半だった。

 

 だからこそ言える。

 ただの不運で片付けられない──こういう迷惑千万な馬鹿共に絡まれる事が最も不快だと。

 

 ふざけるなよクソ共。

 

 

「結構。全員ぶっ飛ばす」

 

 

 暴れてやる。潰す。使命感すら湧いてきた。

 黒騎士なら許されるだろう。多分。

 

 俺は剣を肩に担ぐ様にして、突撃した。

 奴等の驚く顔と冷や汗が見える。当然だ。

 

──何だかんだ帰るとか言っておいて、いきなりとち狂った様に剣で先制攻撃をしてきたのだから。

 

 ふと、カリオストロの言葉が頭を過る。

 『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』…だったっけ。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

   星の民 ロキ

VS ■■■の獣 フェンリル

  炎将 マーズ

           

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

「まずはお前からだ──死ね」

 

 

 先手必勝。

 フォルウンで手足を強化し、圧倒的な速度で接近する。勿論ケーニヒ・シュタンゲで巨大な棒を作っておく。

 

 有害な星晶獣に温情をくれてやる程、今の時代は洗練されていない。

 狙いは──フェンリルからだ。

 

 

「ガキが!裂けちまえ!!」

 

 

 彼女が威勢よく対応したのはきっと、虚を突かれた事を悟られない為だ。ただ、足が反応出来ていない。避ける気が無く、正面から向かい合うという事だ。

 俺の攻撃への対処が出来るのか、或いは舐めているのか。

 

 最低限、下半身を砕いて移動能力を奪おうと横に棒を振り抜く。

 頭部をピンポイントで破壊するよりも当たりやすく、行動後の隙も幾分か減らす事が出来るからだ。

 

 しかし攻撃は空を切る。

 彼女の姿が揺らぎ、煙の様に空気に溶けていったのが見えた。

 

 

「……そういうタイプか」

 

 

 身体の変化、実態の無い分身、幻覚。

 考えられるのはそれ等だろう。明らかに物理攻撃タイプの星晶獣だったのに、曲芸を見せられた。

 

 

「オイ、手は出さねぇって言ったよな?」

 

「自分で言った手前…だけど君が死ぬよりはいい」

 

「あのガキがオレを殺す…?」

 

「君が彼を舐めてはいないのは分かる。でもね、技を見誤っちゃいけない。正面衝突で星晶獣を倒せる人達がいるんだよ」

 

 

 会話から察するにロキの幻覚か。手は出さないと言っていたが、フェンリルが死ぬのは避けたいという苦渋の決断。

 だが、その介入は戦闘への参加を意味するだろう。これ以上何かするつもりが無くても、俺とマーズにそれを信じる材料が無い。それだけで障害足り得る行為だ。

 

 

「いやぁ…それにしても。『まずはお前からだ』か…同じ言い回しを昔聞いたことがあるよ。懐かしい」

 

「次はお前だ」

 

「それは言ってないかな」

 

「そうか。残念だ──!」

 

 

 攻撃の失敗には代償が付き纏う。

 特に、乱戦なら目先のカウンターよりも第三者の横槍に意識を向けるべきだ。目標を真っ先に定めたのなら、広い視野を以って殺し合いを理解しなければならないのだと、俺はリュミエールで教わった。

 

 

「仲間外れかい?つれないねぇ!」

 

 

 予想通りマーズの炎槍が脇目掛けて突き出された。

 乱戦と言いつつ、厄介なことに彼女の狙いは俺なのだ。平等な殺し合いにはならない可能性がある以上、相対していない敵の攻撃には常に気を付けなければならない。

 フェンリルも同じく俺を狙っているのだから。

 

 

「後で相手をしてやるから待ってろ…!!」

 

「冗談。寧ろ混沌としてて良いじゃないか。誰が最初にやられるのかなァ──!!」

 

 

 その炎槍は常に熱風を起こす。

 子供達が掃除をサボって箒を振り回した時の様に、意識もしてないのに風圧が発生する感覚だ。

 

 戦闘スタイルから察するに、マーズは炎を槍に付属する要素として見ている。槍を持った炎の星晶獣として作られた訳では無く、炎と槍を使う星晶獣でも無く、炎を纏った槍を使う星晶獣なのだ。

 だから、槍を手放す戦い方は絶対にしないだろうし、槍ほど炎が洗練されているとも思えない。彼女の戦いには槍が必ず存在する。

 

 つまりこの炎は彼女にとって演出の様なもの。

 熱い戦いにしたいという精神の表れだ。

 

 

「オマエ…余程噛み砕かれたいらしいな……!!」

 

「邪魔だから、ね」

 

 

 熱風で交代した俺を追撃するかと思えば、今度はその槍でフェンリルに襲いかかる。

 鋭利な爪で傷を負うことなく器用に槍を受け止めたが、炎が彼女の手を確実に焼いていく。堪えたのか俺と同じく後方に下がり、マーズを殺意の籠もった瞳で睨みつける。

 

 状況が先程と変わった。

 マーズを挟む形で俺とフェンリルが立っている。マーズは涼し気な表情で煽る様に鼻を鳴らし、見下げながら問いかけてきた。

 

 

「さ、どう来る?」

 

「…決めた。お前は先に殺す」

 

「このアタシを前菜扱いか?」

 

 

 両者の圧が高まる。この二人がぶつかり合うとなれば、俺には余裕が生まれる。帰ってもいいが、フェンリルの後ろに立つロキが此方を凝視している。

 つまらない事は出来ないだろう。

 

 

「スクラップにしてやるよッ!!!!」

 

 

 そう叫んだフェンリルの足元から陣──いや、円盤の様なものが出現した。彼女の足と繋がっている部分は底なし沼の様にドロリと流動的で、青黒い色合いから毒液の様にも、星空の様にも見える。

 その液体部分からは彼女を縛る鎖と同じものが飛び出し、先端にくくりつけられたのは結晶の如き刃。

 そして、驚く事に彼女は浮上した。円盤ごと引きずる形で、俺達を空中から睨みつけられる程に。

 

 

「久し振りに見たな…ちゃんと人間離れした姿の星晶獣」

 

「そりゃあ空で生きてるなら、人間らしい方が残ってるだろうからね。アタシは勿論このままだよ?」

 

「そうか」

 

「そうさ」

 

「………」

 

「───」

 

「「ハァッ!!!!!!」」

 

 

 次の瞬間、俺とマーズは互いに得物を打ち付けていた。

 やはりこの女は強い。編み出して数カ月、数多の星晶獣を残忍に屠ってきたこの()を、正面から受け止めた。

 

 

「ガルルァッ!!!」

 

 

 自身が臨戦態勢に入った矢先の暴挙。

 フェンリルはそんな俺達を見逃す程馬鹿じゃなく、鎖に括り付けた刃を牽制代わりに飛ばし、それと同時に自身が飛び込む事で、攻撃を必中させる動きを作り出していた。

  

 

「ク…!?」

 

 

 だが、予想通り。

 恐らく氷で作られたであろう刃は俺の盾を前に砕け散り、マーズの炎で溶けていった。この脆さは相性の問題では無い。もっとシンプルな答えがあった。

 

 

「アンタ、ちょっと残念かな」

 

 

 俺が動くよりも先にマーズは槍の穂先を叩きつけていた。

 槍の形状的に斬撃をも可能としているので、まともに受ければ頭蓋ごと真っ二つ、更には火葬付きのオマケだが、フェンリルは自身が生み出した氷の円盤を器用に盾とすることでそれを防いだ。

 彼女からしてみれば身体の一部の様な物なのだろう。見た目よりも自由自在に動くし、攻撃の起点にもなる。

 

 だが、シンプルに()()()()()()

 俺が最初にフェンリルを狙ったのは、彼女がマーズよりも弱いと感じたからだ。ロキの補助や先程の睨み合いでの圧でそれが確信となった。

 生み出す氷も大地や人間を急速に凍らせる用途では無いし、量も威力も全く理不尽では無い。彼女自身の速度や爪の強度は一般的な星晶獣に劣っていないが、空の民が苦しんだ筈の固有能力にしては、圧倒的な攻撃性や初見での対応を困難とする複雑性を感じられない。

 

 ショゴスには種を超えた会話を成立させる能力があった。

 アテナさんの防壁には魔法以上の特別な効力を感じた。

 エニュオの槍はそもそも防ぐ事が不可能だった。

 リッチさんの呪いは理解を拒んでいた。

 色々な攻撃を可能とする万能型の星晶獣として彼女を見ても、俺の恩人であるサテュロス様の器用さには遠く及ばない。あの人が放った炸裂する剣は多数の竜を一撃で屠ったし、回復魔法は腕の傷を即座に塞いだ。それに類する力がフェンリルには無い。

 

 目の前でマーズと打ち合ったのも、それが理由だ。

 片手間で対処できると理解した俺達は、敢えて互いを狙わせることで隙を作らせようとしたのだ。如何に弱くても生身で受けられるレベルではない。

 

 つまり、フェンリルの印象は弱い星晶獣でなくとも。

──ぶっちゃけ、かなり強い人間と同じくらい。

 

 だから予定変更。マーズを先に叩こう。

 

 

「クソがッ……!」

 

「一旦吹き飛びな!」

 

「お前もな」

 

 

 斬撃としての槍を防いだとしても、衝撃までもは無視できなかったフェンリルは、そのままロキの元へ吹き飛ばされた。

 彼女が割と耐えてくれたお陰で、背後を見せたマーズへ攻撃を叩き込めるというもの。

 

 

「魔力解放、蒼霧(グローリー)

 

 

 扱う力の質を切り替え、蒼霧を生み出す。

 炎によって掻き消されてしまうが、そもそも俺はマーズに普通の霧すら見せていなかった。

 

 何方の霧も初見ならば、効力を見込めるのは蒼霧。

 晴らされる前に光線を全方位から撃ち込み、その位置に縫い付けられている隙にフェンリルを討ち取り、後で確実にマーズを相手取る為の時間を作る。元より興奮した精神状態──霧による意識の撹乱は通用しないだろう。

 

 

「霧…?盾といい、魔法の常道から外れてるね」

 

「変な方向に器用だっただけだろうな」

 

「なら、良い工夫と褒めるべきかな」

 

 

 蒼は魔力の色で、視界を遮る為の霧だとマーズは推測したのか、俺の姿が見える内に槍を連続で突き出してくる。

 ただ、俺が一手早い。

 

 

(オドス)

 

「全方位か──!舐めるなっ!!」

 

 

 包囲する様に配置した蒼霧から光線を放ち、確実に防げない瞬間を狙って動きを止める。大したダメージにならなくても、槍の面積で完全に防ぐ事など叶わない。

 霧がある限り光線を撃ち続けるので、マーズはここで戦闘から遮断出来る。魔力の消耗は仕方ないと考えよう。こいつは危険だ。

 その間に俺は次の蒼霧を手元から用意し、未だに姿を見せないフェンリルの元へ向かう。

 

 

「彼、浮いた兵から狩るつもりだよ。フェンリル」

 

「後悔するなよ……ガキが!!」

 

 

 投擲する様に手元から(オドス)を放つ。

 マーズへの攻撃で種が割れている以上、霧で包囲するよりも正面から最速で撃ち抜く方が効果的だろう。

 

 光線を避けるか防ぐか。

 その結果──

 

 

「……そうきた?」

 

「…はん、何だその面?オレは星晶獣だ」

 

 

──喰われた。

 誇張や比喩表現では無く、彼女は光線を口から綺麗に頬張って飲み込んだ。咀嚼はしていなかったが、既に喉を通過して腹に収まってしまったらしい。

 内部で炸裂しない所を見るに、ついでの感覚で無効化──この場合は消化というべきか──をされてしまった。

 

 鎧越しの動揺が伝わったのか、不機嫌だった彼女の笑みを初めて拝む事が出来た。

 

 

「随分と派手な豆鉄砲だが…魔力の質はいい。七曜ってのはそうじゃねぇとなあ…?」

 

 

 喰った俺の魔力をエネルギーに変えている。

 治癒能力の向上に使ったのか、先程の傷はみるみる塞がっていった。下手をすれば長期戦にもつれ込む可能性が出てくる。

 

 

「安心しろよ。すぐに終わらせてやる」

 

「上機嫌だな。空腹は人をイライラさせると言うが…」

 

「まだ満たされてねぇよ。目の前の肉をよーく味わって食わなきゃな」

 

 

 獰猛に牙を向いたフェンリルが大きく叫ぶ。

 

 

「ヴァナルガンドォ!!!!」

 

 

 瞬間──その叫び声に俺は吹き飛んだ。

 音に純粋な攻撃力があったのか、耳の痛さよりも謎の衝撃に疑問がいく。というかそんなに耳は痛くない。だとすると音波では無く恐るべき肺活量で起こした風圧だろうか。

 

 そして下を向けば地面が凍り付いていた。

 このままでは不味いと俺は魔力を流して一斉に氷を破壊し、向かってくるであろうフェンリルに備えた。

 

 

「正直舐めてた」

 

「ならその骨、しゃぶらずに噛み砕いてやるよ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 次々と氷の刃が降り注ぐ。俺の魔力を流用しているのか、マーズへ放っている光線と同じ規模感で襲いかかってくる。

 

 彼女の評価を正さなければならない。

 メインウェポンは爪では無く口だったという事だ。噛み殺すという彼女の口癖は威勢の表れではなかった。

 攻撃を一瞬で喰らい、エネルギーとして流用する能力。増幅する氷の刃。一般人が受ければ動きが止まる叫び──確かに星晶獣らしくなってきた。立派な初見殺しだ。

 

 マーズの炎を食った時はどうなるのか。

 気になる所だが、危険性が増したのならますます先に倒さなければならない。

 

 

「……チッ。臆病な騎士だな」

 

「騎士は守る為にいるからな」

 

 

 万事問題ない。

 俺の盾を突破する程の攻撃力には届いていない。凍らした所で魔法を解除してしまえば一緒に砕ける。何より、俺の魔力を理解したのなら、この盾が無尽蔵に出てくる事など察しているだろう。

 

 だから、こうやって背後から来る訳だ。

 

 

「…お前、なんだ?」

 

「空の民。出自は一般的だ……多分」

 

「ほざけよ!」

 

 

 威力が増した筈の爪を剣で難なく受け止められて、フェンリルは困惑していた。ドラフでも無いのに不相応な力を感じて、気持ち悪い体験をしたのだろう。

 俺自身理屈が分かっていないのだ。何となく理解しているのは、これが全ての人間の肉体に眠っている事。

 人は自傷を防ぐ為、筋力等に無意識の枷を付けていると聞いたことがある。剛力はそれに関するものなのだと、薄っすら理解してきた。

 

 俺は魔力で腕を強化し、彼女を正面からねじ伏せ──地面に叩きつけた。

 勿論相手も大して痛がっていない。円盤から自身の足を引っこ抜いて、叩きつけられた衝撃を利用して蹴り込んできた。

 

 鎧が衝撃を防いでくれたが、相手の動きの方が早い。

 フェンリルの嘲る様に歪んだ口を見て、俺はそれに答える様に兜を少しだけ上に傾け、口を開けた。

 

──()()から光線を放つ為に。

 

 

「ハァッ!?」

 

「口はお前の専売特許とでも?」

 

「お前ふざけ───きゃん!?」

 

 

 空耳だろうか。やたら間抜けな声と一緒にフェンリルは爆発に巻き込まれた。広範囲な光線を口からくれてやった以上、少しは堪えていると助かる。

 

 

「ガァァァァァァァ!!!!」

 

 

 思った以上に復帰が早い。マーズは未だに止められているというのに、彼女は少しの傷で飛びついてくる。

 高出力の光線を直撃させて尚、途中から喰ったのだろうか。こうなると積極的に口も使うべきだと、俺は兜を脱ぎ捨てた。

 

 両腕の爪を振り下ろしに対し、剣を横にして防ぐ。

 すると、拮抗状態を破る為に彼女は両腕を縛っていた鎖を引きちぎり、右手で握り拳を作って振り被る。

 その鎖は自分で解けるものなのかとツッコミたくなったが、頭蓋を砕く勢いの拳を前に余裕は無く、俺は左手に盾を纏って気前良く打ち付けた。

 

 

「ぐ、ルルルルァァ………!!!!」

 

「良い拳だな……!!!!」

 

 

 カリオストロ製の義手は軽量化によって物理的な耐久性を犠牲にしている。こうして盾で守らなければ案外砕けてしまうのだ。

 だが、盾の硬度は防御と同時に威力を齎す。フェンリルの分厚く丈夫な拳でも渡り合う事が出来るのなら、手数で勝る俺に有利なのは当然の話だった。

 

 

「………ハッ!」

 

 

 彼女は突然ギョッとして顔を背けた。

 なんだろう。俺も少し考えて──察した。

 

 両腕が塞がっているなら、両足を大地に付けたままなら、光線や氷刃といった飛び道具を撃てない程に密着しているのなら、俺達には頼れる部位が一つしかない。

 ()だ。俺は光線で、フェンリルは咆哮で攻撃できる。威力を考えれば俺が一方的に攻撃出来るのだが、彼女もそれを喰らって多少はエネルギーに出来る筈だ。勿論消化できる範囲にも限界があるのはさっきの傷で把握している。

 

 問題は絵面だ。

 俺の口から吐かれた光線を至近距離で呑み込むフェンリルの姿。とても見せられたもんじゃない。ましてや女性がそんな事を──というのが彼女の動揺の理由だろう。

 ぶっちゃけ俺もやだ。口という空間を発射口に見立てて撃ってるから、涎とかは全く付いてないけど…出来ない。

 

 だから、笑って誤魔化した。

 

 

「主がトリックスター気取りなら……お前も兵器気取りだな」

 

「……どういう事だ」

 

「兵器なら喜んで尊厳を捨てるべきだ。俺ならそうする」

 

「──お前まさか!この──離せッ!!!」

 

 

 いや、やらないけど。結果的に虚を突いたのなら幸い。

 

 フェンリルが離れる為に力を緩めたのを利用して、逆に彼女の右手首を掴み、引き寄せる様に重心を下げる。すると狙い通り倒れ込む様にバランスを崩したので、丁度良くこれが狙える。

 俺は身体を内側に半回転させ、渾身の力で肘打ちの如く、剣の柄頭を彼女の腹部に叩き込んだ。

 

 肺の歪みによる酸素の停止と爆発、五感の拒否、思考の白紙化──彼女が感じたであろう苦痛と共に、空気の吐き出される音が響いた。

 

 

「ガ、ほ──……!!!」

 

 

 もう逃さない。しかし殺す必要は無く、無力化が出来るだろう。

 さっきまでは未知数だったが、これで安心して一つ障害を減ら──

 

 

「────奥義」

 

「……!!!」

 

 

 マーズの高揚した声が俺の足を止めた。

 やけに大人しいと思ったら、なる程。炎で壁を作って光線を防ぎつつ奥義の準備をしていたのだ。

 

 それは本当に嫌なタイミングで…。純粋な戦闘能力はエニュオに引けを取らない星晶獣の奥義ならば放置は出来ない。

 しかもあの手合だ。フェンリルに(うつつ)を抜かしたと、面倒くさい難癖を付けて俺を集中的に狙ってくるに違いない。

 

 盾を防壁状に展開し、衝撃に備える。

 マーズの炎の壁は急に消え、代わりに天に向かって槍の軌道に沿うように形を成していった。竜巻の様にも見えるし、竜と言っても伝わるくらい鋭いものだ。

 蒼霧で遮断されている視界では捉えきれないが、霧に付随する感知能力のお陰でそいつの動きが良く分かる。

 

 そう、奴は浮上していた。

 槍と共に、炎と共に、そして全てを一点に集中させて。

 

 

「ブレイズグロウ・スラスト──!!!」

 

 

 燃やすのでは無く溶かす為の熱と、突くのでは無く貫く為の槍が一体化した殺傷力の塊──その乱れ打ちが霧の感知を急速に潜り抜けて7発、俺に向かって全て飛来した。

 

 しかもあの女──!

 俺が感知能力を持っていると知らない筈だから、霧越しで撃つ事で対応を遅らせる気か!

 以前さっさと撃退してくれたタルヴァザさんに感謝しなければ。あの時俺の手を出し尽くしていたらもっと面倒だった。

 

 

「間に合え(クライス)──!!」

 

 

 霧が感じ取った7箇所の衝撃から到達地点を予測し、高密度の盾をピンポイントで展開する。炎の刺突を高速で飛ばしている以上、その軌道は極めて直線的なものだと考え、偏差を気にせず盾のサイズを凝縮し、魔力の消耗を抑えた。

 防御魔法は属性に無関係な魔力そのものの集合体である為、まともな硬度にすると魔力の消耗が激しいのだ。便利さよりも消耗が上回る為、使い手が少ない。

 例え常人の何十何百倍の魔力を持っていても、考え無しの乱用は出来ないのだ。

 

 

「──来るな」

 

 

 盾に衝突し、大地を揺らす爆音を響かせる7つの炎槍。しかしそれはマーズが持つ槍では無く、彼女が振るった槍撃と炎の体現。剣士にとっての斬撃と相違ない。

 ならば、本命(マーズ)が待っているのが道理。

 

──爆風の中、数少なく残った霧が()()を感じた。

 巨槍を持った彼女自身の突撃。それを以て奥義を完遂させるつもりだ。

 最早回避しか選択肢は無いが、ここは欲張ろう。

 

 アイツは見ていない筈だ。

 

 

「が………あ?」

 

 

──フェンリルとの戦闘を。

 

 来たる厄災に対して俺が取った行動は逃亡ではない。

 苦痛に悶えるフェンリルの首根っこを掴み、盾の様に扱う事こそ真の迎撃。

 賢人も常人も災害に抗おうとは考えない。だが、七曜の騎士は常識に抗う存在で無ければならない。少なくとも世界はそれを求めているのだ。

 その観念に倣い、出来る事は何でもやっていこう。

 

 

「──ッ!!!お、おま!!あ!く、くッなぁ!!??」

 

 

 痛みも忘れてジタバタと暴れるフェンリル。目の前に見えた死の光のせいでまともな言葉が出てきていないのだ。

 

 安心しろ。炎は任せるが貫通力自体は抑えてやる。

 別に盾扱いはしない。そんな事をしなくても事前に把握したお陰で避けられる。ただ、この状況を活かして楽に勝たせてもらう為、利用するだけの事。

 俺は拡散する熱を防ぐ為に全身を魔力で覆いつつ、巨大な防壁を展開した。

 

 

「熱く燃えなァァァァ!!!!」

 

 

 急加速したマーズの槍が、遂に防壁に激突した。

 勿論、熱に炙られない為に巨大な壁にしただけなので、先程と違って攻撃そのものを防ぐ事は出来ない。

 

 必要なのは一瞬の硬直。防壁が一瞬耐えてくれれば。

 

 

「槍は逸れるんだッ!!!」

 

 

 直進する力が少しでもズレると、突きというのは急激に鋭さを失うのだ。貫く筈の刃先は微かに滑り、分散した力を御しきれなければ手首に負荷がかかるだけ。

 俺は槍と剣を擦り合わせ、滑り抜ける様に正面から逸らす。傍から見ればマーズが俺の横を掠ったと映る筈だ。

 同期がロイスとスルトで良かったと心から思う。突きと炎に対してここまで綺麗に対策出来るとは。

 

 そして、俺に襲い来る炎を防いだのなら、残るのはマーズが纏う爆炎だ。

 だがその心配は無い。空腹の狼が丁度口を開けた所だ。

 

 

「グ、ウォォォォォォォ!!!!!」

 

「アタシの炎を喰ったのか!?」

 

 

 もう懲り懲りだとヤケクソじみた叫びを上げながらも、フェンリルはマーズの炎を喰いきって見せた。駄目元とは思っていなかったが、死を感じた彼女の意思は途轍もない強靭さを示してくれたのだ。

 最も、この後俺を殺しに来るのは間違いないな。

 

 

「さあ、マーズ。フェンリルを舐めた責任を取らなければな」

 

「アンタもだ──ろッ!!!!」

 

 

 奥義を無碍にされたなら、残るのは消耗した戦士のみ。

 その槍捌きに付随する炎は弱々しく、先程に比べれば温く鈍い大振りだった。

 

 

「なッぁ!?」

 

「とどめ」

 

 

 俺は奥義直後の隙を突いて義手で彼女の首を掴み、掌から光線を放った。

 最早抵抗する余裕も無く光に焼かれていたが、やがて動き始める四肢と炎を懸念し、地面に叩き付ける事にした。

 

 

「く、ッ!?」

 

 

 僥倖。俺の盾を簡単に壊せるマーズを首尾よく無力化出来るとは。正直、能力も性格も最も厄介だと思っていた。

 このまま黒騎士の剣で力を吸いと──らせてはくれない。

 

 

「テメェぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 

 殺す気の目だった。

 首を喰いちぎり、爪で目を潰しながら掻き回し、臓腑を貪り、血を撒き散らしながら飲み干して、最後には肉片を故郷へばら撒いてやる──と、言葉も無しに意思が伝わるくらい、その表情は凄絶だった。

 限界までキレたフェンリルは、脅し文句よりも声量が強化される様だ。

 

 

「…悪かった。だが先にマーズを倒させてくれ」

 

「死ねッ!死ねェ!殺してやるッ!!!グルルルウォォォォォォォ!!!!!!」

 

 

 理性を失っている様には見えなかった。これは過度な興奮と似た様な状態。

 星晶獣と言えど、死の運命から生還すれば未知の高揚感も芽生えるのだろうか。或いはマーズの炎をエネルギーに返還し、活力を得たが故の……。

 

 最早勢いで全てを葬る狼になってしまった。これではマーズが復活してしまう。

 

 

「空のガキがぁ!」

 

「正面から倒すか…!」

 

 

 暫くは一対一だ。問題は無い。

 

 マーズを横目にフェンリルを相手取る。

 鎖を大幅に解いた彼女の動きは俊敏で、喰った炎のお陰で一撃の重みが増している。毛皮と爪で肥大化した拳を振る度に空気が裂けているのが分かる。

 ただ耐久面の向上は見込めない。治癒力を高めるタフさは認めざるを得ないが、攻撃自体は簡単に通る。

 なら狙うのは回避からのカウンター…!!

 

 俺は彼女が大きく腕を振った瞬間を見極めた。

 

 

「…………ん?」

 

「ア?」

 

 

 フェンリルの拳の先に、何故かマーズが投げ込まれていた。

 やったのは消去法的に……ロキしかいない。

 

 唖然とした表情のマーズと、一瞬フリーズした後にニヤリと口を歪めるフェンリル。目を覆いたくなる扱いに、俺は同情の念を隠せなかった。  

 

 

「……………オラァ!!!」

 

 

 止まらなかった拳。直撃したマーズの苦痛を推し量る隙も無く、炎将は遥か彼方へ吹き飛び、ポート・ブリーズからの強制追放を言い渡されていた。

 

 

「……まぁいいか」

 

「…フン。幾分かはスッキリしたな」

 

 

 三つ巴の最初の脱落者はマーズだった。

 しかも干渉しないと思われていたロキが彼女を投げ込んだのだ。俺は思わず彼を見てしまった。

 

 彼は気まずそうに、半笑いで言い訳を零した。

 

 

「いや、僕が見たかったのは君の力でさ、特段面白味も無い彼女なんて邪魔でしか無かったんだよ。全く誰が作ったのかなぁ…空にも星にも牙を向く兵器なんて無い方が良いのに」

 

「もう横入りはしないと思っていいのか…?」

 

「しないよ。あと君がやったフェンリルの扱いも相当に酷いからね?僕を人格破綻者みたいに見るのは失礼じゃないかな?」

 

「……奇術師が。心にも無い事を」

 

「本心なんだけど」

 

 

 釈然としない素振りを見せたロキに此方も言いたい事があるが、まだ終わった訳では無いのだ。

 横槍無差別炎上女をぶっ飛ばし、冷静さを取り戻したフェンリルの相手をするという仕事が残っている。幸運な事に俺にダメージは全く無い。

 しかし、その事実で奥手になる程可愛い敵でもない。

 

 

「じゃあ、続きをやるか。フェンリル」

 

「上等だ。その騎士面、歪ませてやるよ…クソ人間」

 

 

 

──第2ラウンド、開始。

 

 





コーリス
・人間離れした戦い方を身に着けるからには、発想も常人から離れなければならないと、自身の外道行為を正当化している節がある。ノアお兄さんはそろそろ口添えをするべきか悩んできた。
・ちなみにこいつがやたらエグい攻撃する時の相手は大体星晶獣。理由は過剰にやっても死なないから。人間相手には普通に戦うと意識している。


フェンリル
・通り魔で被害者。原作でブレイクされた時の声がやたら可愛いが、もう聞けない。
・何を司る星晶獣なのかは分からないが、敵の攻撃を喰らって消化する能力を持っている。氷や咆哮は人間にとっての剣や槍と一緒で、能力というより一般武装。

ヴァナルガンド
・フェンリルの技。衝撃の伴う咆哮と共に相手を痺れさせ、大地を凍らせつつ氷の刃を乱射する。相手から喰らった魔力や炎等をエネルギーに変換して流用できる。
・コーリスの事は気取ったガキだと思っていたが、マーズの奥義を防ぐ為の盾にされた時、外道さの余りに星の研究者がチラついて泣きそうになっていた。


マーズ
・ストーカー。強さ的には少なくともフェンリルより上だが、あっちこっちに喧嘩を売ったせいで最終的にヘイトを高めてしまった。
・コーリスと同じくフェンリルを舐めていたが、情報を得ずに攻撃してしまった結果、最初に脱落した。

ブレイズグロウ・スラスト
・マーズの奥義。槍で炎を竜巻の様に引き起こし、一点に集中させてから8つの刺突を放つ。その内の1つはマーズ自身も突撃し、他のものに比べて威力が高いが、どの刺突もまともに受ければ身体に風穴が開き、安い鎧ならすぐに溶けてしまう。
・一番の対策法は避ける事。速度は凄まじいけど何とかなる。 


ロキ
・変質者。マーズが乱入したせいで、フェンリルが死なないかガチで心配になっていた。
・強さは未知数。コーリスはリュミエールの教育によって星の民個人も強力であると知っていたので、本気で介入されれば恐ろしいとヒヤヒヤしていた。
・コーリスに対し、最初は「盾と霧とか面白い戦い方だなーw」みたいなノリで観戦していたが、フェンリルへの扱いと物理で暴れるスタイルの戦闘を見て次第にドン引きしていった。
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