95.生贄七曜決定会議
【古ぼけた紙】
・200年前に見つかった紙。色褪せ、千切れ、劣化が相当進んでいる。かすかに読める部分にはこう書かれていた。
『リシープ』
『ユビック』
『ハイキャス』
『エーン』
『ミニマホグラム』
『パーマー』
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祈望の騎空団団長、コーリス・オーロリアが黒騎士を拝命して丁度一年が経過した。
彼等が難儀した依頼の確保、団としての体制維持についての問題は並々ならぬ星晶獣の討伐数にて解決し、真王の勅命もつつがなく遂行し、残る大義は国家との繋がりを盤石にする事であった。
しかし、侵略戦争に介入せず、曖昧な立場を維持しつつも治安を司る存在として君臨するには余りにも無茶。人手もコーリスが持つ歴史も何もかもが浅い。足りていると断言出来るのは戦力だけだ。黒騎士を暗殺しようとした国家を一夜で蒸発させられる程に強力なのは間違いない。
そこで、比較的平穏な島を除いた地域へのアプローチに悩み抜いていた彼らにイスタバイオン王国からの招集命令が下ったのは今日の事。
かつての様に大規模騎空艇軍による連結によって、フロンティア号諸共運ばれるに至り、到着した黒騎士は単独で城に向かった。
入り口で待ち受けていたのはこのアウライ・グランデ大空域に常駐する黄金の騎士リノア。
「久しいなコーリス。壮健か」
「お久しぶりですリノアさん。こっちは元気にやっていますが…この移動方法はどうにかならないのですか?カリオストロから罪人みたいで嫌だと文句が来ていてうるさいです」
「瘴流域を此方で操作している以上、お前達に移動を委ねるのは危険という判断だ。寧ろ手間も省け、もてなしも十分な筈だが……不満があるのか?」
「ノアさんは騎空艇の軍事運用に対して凄い顔しますし、カリオストロは何にでも文句言うし…意外とギスギスしてるんですよ移動中」
「…どうにもならん。耐えろ」
持久戦に優れた彼女らしい意見が出た所で、続いて到着したのはアマト・グランデを担当する緑の騎士エヘカトル。コーリスに次いで若年の彼は、自身が遅れなかった事に安堵し、駆け足で合流した。
色で分けられた鎧騎士が三人も立つと、少々滑稽に見えてしまうと感じ、リノアは歩きながら目的地で待つ様二人を促した。
「お二人ともお久しぶりです!相変わらずこの国は変化とは無縁のご様子!」
「この国の存在理由は恒久的平和にある。変化も不変も等しく愛するお前がそう感じたなら、正しく在れているということだろう」
「エヘカトルさんは最近どうですか?」
「緑の騎士の座を狙って実家の道場が血湧いております!やはり若輩の僕が空域を統べていては反感も多く…
「確か…アマト・グランデは刀使いが多いんですよね」
「はい。空域が保有する殺傷力は随一です」
「まぁ死者数はナル・グランデが随一だがな」
リノアの冗談なのか分からない口調の相槌に半分引きながら、会議室へ到着したコーリスは用意された席に腰を下ろした。
「ん」
「あ」
横を向きながらの会話であった為、コーリスはその席の隣に白騎士ブロンシュが座っているなどと気が付かなかった。というか余りの静けさにリノアですら彼の到着を耳にしていなかった。
彼女は先程まで入り口に立っていた筈だが、何故気取られずに先んじて会議室に到着しているのか、全くの謎である。通り過ぎる事すら高速なのか。
「久しぶりだな。黒」
「ああ、そっちも」
「上手くやれているか」
「問題は無い。あの時の怪我は」
「もう治っている。気にするな」
「そうか」
コーリスとブロンシュの仲は意外にも悪くない。あの戦いを経てから奇妙な距離感を覚えたようで、両者共に口調は素っ気ないものだが、喧騒の雰囲気は微塵も感じない安定した会話を生み出す様になっていた。ぶっちゃけ七曜の空気を凍りつかせているのは女性陣のギスギスだけである。
その事実から逃げたリノアは彼等の会話に内心でツッコんだ。
(…あまり会わない親戚か)
「不器用な叔父を思わせる切り口ですね白殿!」
「言うな!」
エヘカトルには普通にツッコんだ。
露骨な落ち込みを見せるブロンシュは滅多に見る事が叶わない。ましてや圧に怯えるエヘカトルがそんな目に合わせるとは想像出来ず、他2名は驚きを隠せなかった。
「……おじ、か」
「き、気にするな白。お前はまだ若い」
「年を取る事への感心が薄れてきたのは事実だ…認めるしか」
「それで、どうやって私も知らぬ間に…というか最初からいたんだ?お前はエクセ・グランデから来なければならないだろう」
「深夜に到着した。お前は既に寝ていたよ。欠伸を漏らす門番が報告を怠ったのだろうな」
「夜だというのに…注意しておかねば。城の門番が誰を通したか把握していないなど論外だ」
「寝室と朝食も世話になった。お前と同じ空間で食っていたんだがな」
「注意が必要なのは私の頭か…………」
注意散漫な己を恥じる様に額を叩くリノア。
彼女の為に言い訳を述べておくと、ブロンシュが他の空域で鎧を外す事は殆ど無く、特別な美しさがある訳でもない外見のお陰で目立たないのだ。
それに、あの淡々と冷酷な白騎士が自分と同じ空間で食事をしている風景が浮かんでこなかったという思い込みもある。
「おす」
「お早いですね皆さん」
雑談を始めるまでもなく緋色の騎士タルヴァザと碧の騎士バミューダが揃って到着した。この時点で予定していた時刻の20分前であり、七曜の社会性は担保された様なものだ。
残りは一人。紫の騎士クラーレが最後となる。
何かを察したようにコーリスが口を開いた。
「時間にまだ余裕があるのに思ってしまったんですが」
「どうしました?」
「やっぱり最後はクラーレさんなんですね…」
「心配せずともクラーレは遅れませんよ。他の方よりもマイペースなのは仕方ありませんが、規律を破る様に生きてはいません」
「俺だって普段ならピソラと一緒に来てるし…イスタバイオンが厳しすぎるんだよ……ふわぁ」
問いに答えたバミューダに言葉を付け足したタルヴァザは、欠伸を噛み殺しきれずにいた。
比較的に疲労が溜まっているエヘカトルよりもよっぽど窶れている様に見えるのは、ナル・グランデの荒々しい情勢故だろうか。無論この場所に来る時間を確保している時点で、よっぽどの事は起きていない筈だ。
「空域で言うとアマトは良いよなぁ…茶は名産だし米は何処よりも美味いし……それにカルエスは犯罪率が低くて住むには安全だ。アウライも何だかんだ娯楽はしっかりあるから文句は言えないな。自然の癒やしはエクセに任せるとして、旅行ならファータは最高だが……ワーヌーンの歴史的民俗建造物も捨てがたい」
「戦争さえ無ければナル・グランデは武芸者にとって楽園と言える場所なのですが…緋色殿でも歴史が紡いできた争いを止めることは難しいと」
「常にドンパチやってる訳じゃ無いんだよ。目を離しにくい程度に仲が悪いから面倒なんだよ。俺だって大国の指南役であって王族でもなんでもねぇし…発言権は弱いわな」
ナル・グランデ空域の権威と言えるトリッド王国は、緋色の座を受け継ぎながら強大な力を維持してきたが、それでも未だに睨み合っている相手がレム王国である。
驚くべき事にその国の王は分家筋で、本家の歴史を辿ればワーヌーン・グランデを出自としており、本家は過去に紫の騎士が統べていた事もあるらしい。その繋がりを利用してどうにか戦争を調停出来ないかと、タルヴァザはクラーレに相談した事があった。
結果は『知らないわ』の一言で終わり。クラーレも彼と同じく王族ではないのだが、選ばれた背景は違う。タルヴァザは王家が緋色を継げる状況では無い故の妥協で、クラーレは当時の紫の騎士を力でねじ伏せてもぎ取ったのだ。
そんな相手に王国の体裁を問うた所で意味がない。
絶望の中、タルヴァザが突っ伏した瞬間に扉が開いた。
紫の騎士クラーレの到着である。
「…早く来たつもりだったのだけど、最後にならなかった事がないわね」
「まだ17分前です。普通に早いですよ」
「誰かさんに嫌味を言われるお陰で気にしちゃうのよ」
鎧越しに女の鋭い視線が交差する。常識人である筈のリノアが狂犬に変わる事を避けられないものだろうか。
誰もが彼女達を避けるので、コーリスは隣の椅子を引いて手招きをした。クラーレは軽く頷き、彼の横に腰を下ろす。飛び乗るような動きを見て、ハーヴィンの身長は中々に不便なのが伺える。
「どう?忙しい?」
「良い意味でも悪い意味でも退屈はしませんね。半年以上前に星晶獣と本気で殴り合ったんですけど、その時は爽快感がありました」
「調子に乗ってる奴を叩き潰す程楽しい事は無いものね。私も休日に一般人と勘違いされて通り魔に襲われたけど、丁度ケバブの屋台に並んでたから、あの太い串の予備を借りてタコ殴りにしてやったわ」
「ケバブ…食べた事ないんですよね。こっちには店があんまり無くて」
「こっちじゃ最近流行ってるわよ。野菜が美味ければあんまりハズレはないし、安くて食べ歩きも出来るから気に入ってるの」
時間の許す限り雑談を続けそうだなと感じたので、リノアは下品を承知で咳払いをし、流れを断ち切った。
揃ったなら本題に移っても問題は無い。七曜としての時間を不意にする事の方が冒涜的である。
全員が顔を正面に起こし、彼女の言葉を待った。
「七曜の定例報告自体は年に一度だが、今回は真王の令についての会議となる。内容に関しては須らく仰せつかっている。拒否権は無い」
拒否の選択肢が無いことは全員が承知の上である。七曜は真王の威信である事を自覚している。
ただ、念を押して拒否の可能性に触れるとなると、相当な厄介事である事は薄々察せられるし、単にタイミングの問題も考えられる。
刺激を伴う空気の中、彼女は静かに主題を述べた。
「真王陛下は遂に"デブリース群島"の攻略をお考えだ」
「デブリース…?」
エヘカトルの疑問を皮切りに数人が首を傾げた。コーリスとクラーレである。それ以外の三名は事態を把握しているのか静かに頷いた。
七曜を戴いて未だ若いコーリスとエヘカトルは空域の維持に尽力する為に真王から話を聞かされておらず、クラーレに関しては本人の気質を危惧され、内部情報を与えられていない事が要因だった。
想定していた反応を確認し、リノアは説明を始めた。
「覇空戦争中期──星の民が空の民の感情を理解しようと、人型の星晶獣を多数作り出していた時期の少し前の話だ。歴史や文化、成長を含む『空』そのものを理解する為に、奴等は6つの島にそれぞれ特殊な能力を持った星晶獣を配置し、実験場として扱った」
「その群島は実験島とも呼ばれていたらしい。星晶獣を作る過程でも理解が進んでいたのだが、奴等も研究者。不完全を嫌うのは目に見えていた」
ブロンシュが吐き捨てる様に付け加えた。彼の目に映っているのは侮蔑。まるで、幼子の純粋で形容しがたい欲望を目にした時の様な、納得と否定を同時に覚える感覚。
詳細を知る前から後味の悪いものであるとクラーレは悟った。
「
「出れなくなるというですか?」
「ああ、エレアンドロは入り口かつ無害。唯一何時でも赴く事が可能な島だ」
その島々を統括してデブリース群島と呼ばれる様だ。
覇空戦争中期から存在し、400年後の現在でも未開の島。空域の統治を望む真王が手を出さなかった理由は、過去の失敗例を見てきたからだろう。帰還者がいないという事は、情報が全く手に入らないという事。
最低限の情報をコーリスは求めた。
「詳細は」
「まず、エレアンドロ以外の島は壁に覆われている為に外側から入る事は出来ないが、エレアンドロという入り口を利用する事で最終的には全ての島に向かえる状態と聞いた。これは現地の人間の情報だがな」
「…住んでいる人がいるんですか」
「人と呼べるかは分からんがな」
「は?」
冗談で遊んでいるのか、やけに含みのある物言いにコーリスは疑問を覚えた。順を追う説明に従うべきだと抑えたが、どうも恐ろしい島なのではないかと勘ぐってしまう。
「エレアンドロはジョージョリと繋がっており、ジョージョリには他の四島の入り口がそれぞれ繋がっている。形状的に考えれば、そもそもジョージョリが入り口だったのかもしれんな」
「その方が自然ですけど…」
「ただ、少なくとも判明しているのは出入りが不可能という事だ。帰還者がいない事から推測するに、入った時点で閉じ込められる」
「黄金殿。ならば攻略も何も不可能なのでは」
「過去の七曜の調査によれば、閉じ込めていた不可視のエネルギーは星由来の力──即ち星晶獣から発されているもの。本体を叩かなければ我々の武器も意味が無く、それを破壊する事は叶わなかった」
「逆に言えば、星晶獣を倒せば出れるのね?」
「そうだ。単純明快、文字通りの攻略となる」
デブリース群島の攻略とはそれぞれの島の星晶獣を倒し、未開であったかの地を真王の手元に置く事にある。
その令が七曜に下ったという事は──。
「我々の中から三人」
「全員は無理ですか」
「空域の統治が緩む。不可能だ」
バミューダの意見をリノアは即座に否定した。七曜の圧が緩めば、黙々とイスタバイオンへ反乱を企てる大国が増える原因を作ってしまう。
だが、その七曜の騎士を三人も使う程に、その島の攻略に価値があるのか?クラーレはその真意を問うた。
「やる意味あるの?今まで七曜を向かわせた事があるなら、歴史から学ぶ王様がそれをする筈がないと思うけど」
「400年間、エレアンドロより先に七曜を向かわせた事は無い。そもそもデブリース群島は外の島々に対して全くの無害なのだ。此方の目に映るのはただただ未知の無人島の様なもの。手を割く理由もなかった」
「だから、やる意味あるの?」
「意味が出来たと、仰られた」
「ふーん」
「数ある未来で見たのは、戦禍──デブリース群島が敵軍の拠点となる景色だったそうだ。つまり、将来的に空を脅かす準備をしているから無害という可能性も出てきた。それに、数十年ぶりに七曜が揃った今、その威信を示すにはデブリース群島の放置は悪く映るとの懸念もある」
「いつでも面子の事ね。意味は分かったわ」
攻略の理由は二つ。イスタバイオンが掲げる全空域の実質的な統治に、未開の島々があってはならないという事。そして、戦いを齎す将来の禍根を潰す為。
数々の戦士がその島に送られた様だが、結果は乏しく、不明故に七曜を送るほど重要では無かった歴史が、今動き出さんとしている。
「さて、人選だが……紫。まずお前は行く事に確定している。真王陛下直々の命だ」
「は?なんで」
「数々の失態。犬神宮を介し生み出した十二神将と七曜の遺恨。その償いをさせると、コーリスが黒騎士になった際に言われた筈だ」
「チッ……あの王様、ネチネチ覚えて…!」
「自業自得だ生き遅れ」
クラーレを庇う人間などいなかった。
島の汚染や国関係の悪化、空の一大組織の猜疑心を煽る行動を繰り返せば、寧ろクビになっていない方が珍しかったが、リノアは内に秘めた言葉を飲み込んだ。
これだけは言うに相応しくない。
(陛下の意を汲むに──例え死ぬにしても、星すら殺す紫ならばという事か。それに、1割は厄介払いも……いや、それ以外の七曜が死ぬのは望めん。あり得ないか)
舌打ちで肘をつくクラーレを一瞥し、リノアは話を進める。
「残り二名。私から言っておくと、デブリース群島で最も重要なのは初見での対応力、生存力だ。星晶獣と何度も戦えば分かる事だが、人智を超えた力を平然と、多種多様に振るってくるのが分かるだろう」
「しかも先程の話からするに、今回の星晶獣はそれぞれが島の全域に影響を与えている様ですからね。その効力と引き換えに、外部へは無力なのでしょうが」
「島そのものが危険地帯になると…こりゃ面倒いな」
悩む様な口振りと共に、全員がコーリスを見た。
彼は思わず天を仰いだ。というか黒騎士の鎧を貰った時に真王からクラーレと同行して欲しいと言われた気がする。あれは命令というより自然に考えた結果の人選だったのだと、今更理解した。
ブロンシュが至極当然だと声を挙げたのは、何だかんだ他の騎士が同情して沈黙していた故だろうか。彼もコーリスと同様に少し空気が読めない所があった。
「納得の人選だな。毒霧に
「霧ならそれでも死なんだろうな。コーリス、頼めるか」
「拒否権は無いと言われたので行きます。あと霧なら何でも吸えるわけじゃないです」
「若いお前に頼むのも悪いが、力の序列で言えば二番手。順当な判断だと思ってくれ………あと毒霧は冗談だ」
悪気の無さそうなブロンシュと、頭を下げるリノア。自由を愛するファータ・グランデ出身の彼に強制させるのは気が引けるのかもしれない。彼女の真面目さを考えると、多忙なタルヴァザにも同じく頭を下げるだろう。
重々しく返事をした彼へ、クラーレがニヤリと口角を上げて肩を叩いた。
「楽しい旅行になりそうね」
「なればいいですけど、放置された実験場なんてホラースポットと変わらないですよ」
「私より危険な場所があると思う?」
「無いですね。あ、気が楽になってきた」
「はいそこ、雑談を止めろ」
最後の一人を決めなければならない。
星への最終手段と万能の防御力を選出したのなら、それに類する人間が望ましい。コーリスは迷わずタルヴァザとバミューダを睨んだ。少しの仕返しも含めて。
「俺かよ」
「私ですか」
「タルヴァザさんの対応力、バミューダさんの防御力ならどうにかなる筈です。ネタが割れているならブロンシュが突撃して終わりですし、単純な物量ならリノアさんで耐えられるでしょうけど、初見での立ち回りを求めるのならそう選ばざるを得ません」
「いや、初見なら寧ろ…」
コーリスの意見に対してリノアが別方向を見た。その先はエヘカトルだ。
自分に視線が来ることを予測していなかったのか、本人はじたばたと兜を動かして驚きを表現する。他の面々も何となく察しがついたのか、特に文句を言う事も無く『ああ』と声を漏らした。
「僕ですか!?」
「何事も受け入れ、広く愛する精神を持つお前なら…常識破りの島でも素早く適応出来る筈だ」
「お、黄金殿…人を異常者のように言うのは」
「……もしかすると、あの島を牛耳っている星晶獣の能力は殆どが精神に影響を与えるものかも知れんぞ?そうなるとどうする。我々は揃って狂ってしまう。異常者の紫は別として」
「リノア。準備運動にあなたを使うわよ」
クラーレのドスが効いた声にエヘカトルは怯えを見せるが、重要なのはそこでは無い。ぶっちゃけてしまえば七曜全員が何処か狂った考え方をしているので、リノアの言葉は自分達を弱く見せる方面での誇張表現だが、それでも正当な評価と期待が混じったものである事は彼にも理解出来た。
自分に備わる精神的な対応力を評価され、それが唯一無二だからこそ、七曜の中でも強者である二人に並んで選出されたのだ。その意思に答えられないのなら、アマト・グランデに帰っても軟弱者としてお笑い草だ。
「足を引っ張らぬ様、尽力します」
「では。紫、黒、緑の三名で攻略とする」
攻略者は決定した。
クラーレは番外的な旅行気分で、コーリスは覇空戦争の闇に触れるのではないかと密かに怯え、エヘカトルに関しては既に覚悟を決めたようで、誰よりも感情を平坦に抑えて整然としている。
結局の所、デブリース群島に疎い人間が向かう事となったが、伝聞で十分な程に情報が欠けており、誰が向かっても変わらないとリノアは考えた。
軍隊の物量は無駄であると過去の歴史が証明した以上、貴重な戦力を用いる事は苦渋の選択だ。それに、コーリスの団員を使う事もなるべく避けたい。この派遣はイスタバイオンの威信にならなければならない。騎空団の強力の下では困るのだ。
「これより攻略者には一週間の準備期間を設ける。群島についての数少ない文献を読み、推察を深めるも良いだろう。私も協力するが、お前達の空いた穴を埋めなければならない」
「となると…ファータ・グランデにも軍隊を?」
「致し方無い。そこはあくまで黒騎士の代わりという形にしておこう。私が向かうから心配するな。それに、軍隊を敢えて見せた後にお前が再び活動を再開すれば、真王の御心も伝わるとは思わないか?」
「いつでも出来る侵略を行わない事でファータ・グランデの自律性を尊重すると。アイルストとかフェードラッへの騎士達が過敏にならなければいいですけど…」
「諍いを起こす程に愚かではないだろう」
少し脳筋思考だというツッコミを放棄して、コーリスは他の空域はどうするのかと気になった。
ワーヌーン・グランデとアマト・グランデも等しくがら空き。ファータ・グランデと違って正しく統治されているとしても、特に人望の無いクラーレは隙を見せてはいけない筈なのではないか。
「アマト・グランデには白、ワーヌーン・グランデには碧を向かわせる。緋色はナル・グランデから目を離すな」
「へいへい。結局俺は戦禍とにらめっこね」
「そこを火薬庫に仕立て上げた狂人を恨め」
ナル・グランデは他の空域に比べて訳ありの場所ではあるが、"触らぬ神に祟りなし"の精神を保てば抑えられるものでもある。
一国が五つの空域を支配している異常な事態というのも、可能性を見通す眼が無ければ成立しない事。ファータ・グランデにも何かしらの地雷が埋まっているのでは無いかと、コーリスは平穏に疑いを向けた。
タルヴァザの愚痴を他所に、クラーレがこそこそと声を出した。
「…ねぇコーリス、エヘカトル」
「はい。なんでしょうか」
「紫殿?」
「これ一日で終わらせたらかなり休み貰えるんじゃないかしら。見積もりが甘ければリノア達は働かせ放題よ」
「悪魔ですか」
「紫殿、芯まで鬼畜になってはいけません」
「真面目ね。若いんだからもうちょっと遊べばいいのに。私なんて貴方達くらいの時は──いや軍にいたから何にもしてなかった気がするわ」
「じゃあ僕達は勤勉な騎士という事になりますね!」
「俺は騎士と名乗る事すら申し訳なくなってきたんですけど」
中々に賑やかな旅行になりそうだ。
この後の騎空団の会話
コ「なんか変な島行けって言われた。治安維持はリノアさんが代わりにやってくれるから、俺抜きで活動しててもいいぞ。それか休むか?」
カ「丁度いいから休暇にするわ」
ノ「確かにここ一年働きっぱなしだったけど…」
ゾ「私は君抜きに休むのは申し訳なく思う」
コ「食事はイスタバイオン王国が出してくれるそうな」
ゾ「…………いや、申し訳なく思う」
コ「しゅわしゅわのジュースやアップルパイが出るそうな」
ゾ「申し訳なくッ!思うッ!!!」
カ「思うだけな」
ノ「……これはコーリスが悪くない?」