幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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96.エレアンドロ:楽園

 

 

 

【帰還者達の言葉】

 

・管理権限──リノア・イスタバイオン。

 危険思想の吹聴もしくは政治的誘導の回避を是非とし、以下の発言を国民に公開する事を禁ずる。

 

『星との戦争を体験したからか…あそこに行くと、人間は数少ない理性を誇張して尊重していることが嫌でも分かるよ。半端なのがいけないのかね』

 

『あの島の子供達は従順だよ。うちのガキ共も見習ってほしいくらいだぜ。なんせ生まれた理由も使命も知ってるんだからな。俺達でもあれは無理だ。完璧さ』

 

『疑問を持たず悠々と…それでいて全員が働きながら楽しく生きている。楽園というのは煌めく光に満ちた場所の事ではなく、無駄な生が無い場所の事を言うのではないでしょうか』

 

『イスタバイオン王国の理想を顧みると…あれこそ人間と呼ぶに相応しいのでは無いかと、思ってしまったんだ』

 

『数百年前の連中はえらく褒めてた様だけど、安全なだけの場所にしか思えなかったね。研究の価値も無い。演技力の高い役者を揃えたとして、起承転結の無い劇を誰が評価するのさ?』

 

『楽しいか、なんて彼等に聞けませんでした』

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 酪島エレアンドロ。

 『模作』を司る星晶獣リシープが配置された、デブリース群島唯一の安全地帯。覇空戦争終結後に体制を立て直した空の国家は、地図上に存在していなかった筈の島々に目を向けた。

 発見自体は戦争中の事だったが、沈黙と言って良い程の無害性と、覇空戦争自体が極めて過酷なものであった事を理由とし、全て放置されていた。

 最も、後に実験場として扱われていた事を知った当初のイスタバイオン王国は、裏で行われたであろう蛮行を懸念し、群島に関する管轄権を束ね、これを攻略する事を決めたのだった。

 

 場所はワーヌーン・グランデとカルエス・グランデの境目。

 入り口として扱われるこの島は無人島では無い。その事実を上空から知ったコーリス達は改めて驚きを顕にした。

 

 

「ここから見える時点でも緑豊かですね…」

 

「田舎の島よりも管理された自然環境に見えますね」

 

「黒殿。()()は優しい人達だと」

 

「……考えるべきではないのかもしれません」

 

 

 エレアンドロについての情報は揃っている。

 星晶獣の能力、住人、島の地形、文化──出発する前の準備期間、三人は余す事なくそれを頭に叩き込み、何を成すべきかを考えた。

 その最初に結論を得たクラーレが、顔を歪ませるコーリスとエヘカトルの背後から明々と声を挙げた。

 

 

「何を悩んでるの。殺せばいいだけじゃない」

 

「一応聞きますけど、星晶獣をですよね?」

 

「一応聞かれたのがショックだわ。私を一体何だと思ってるの」

 

 

 心外だと言わんばかりに、彼女は椅子にどっさり座った。束ねた髪の先を手で弄くりながら、ゆっくりと降下する騎空艇の音に身を委ねている。悩みは無く、決意は硬い。

 

 

「良い人達を苦しめる事になる、なんて思ってる?」

 

「混沌を齎す事は間違いないかと」

 

「僕も…なるべく穏便に」

 

「もう苦しんでるのよ」

 

 

 それ以降三人は会話をせず、兜を被って気を引き締めた後、イスタバイオン兵達の指示に従ってエレアンドロの入り口に足を踏み入れた。

 この島の特徴を一言で言うのなら、『広めの農村』である。広さだけなら一般的な小島を凌駕し、平原の広がりはポート・ブリーズにも匹敵する。それでいて住人の生活は慎ましく、およそ400年間も農業の自給自足に委ねられている事から、帰還者は彼等を理性的と評した。

 

 周囲を見ながら歩くと、老人と少年が目の前に現れる。村の入り口に差し掛かると、待っていたと言わんばかりに老人が頭を下げ、少年は歓迎するかの様にニッコリと笑い、両手を後頭部で組んだ。

 

 

「これはこれは、イスタバイオン王国の方ですか?」

 

「はい。七曜の黒騎士コーリスと申します」

 

「僕は緑の騎士を拝命しているエヘカトルと申します」

 

「紫のクラーレよ」

 

「七曜…!そんな方々がこの様な辺鄙な村に御用でしょうか」

 

「おぉ…騎士様だ!カッコイイなぁ!なんでここに?」

 

「旅行よ」

 

「なら!外から来た人用の家があるよ!」

 

 

 クラーレの言葉は子供騙し。本当は長を担っている人間に直接目的を伝えに行くつもりだ。

 老人と少年は依然として横並びのまま歩き、コーリス達を宿まで案内する。ここでは通貨のやり取りは無い。外部の人間が訪れる際に利用できる宿は数少ないが、無料な上に丁寧なもてなしまで付いてくる。

 

 移動中も村人達は騎士達に頭を下げたり、来航を祝う言葉を口々に発する。かけっこで遊んでいるの子供達ですら動きを止め、彼等なりの礼儀を見せる程に、この村は暖かかった。

 目に映る光景全てに労働に勤しむ人々がいる。声を上げて薪を割り、汗を流して水車を回し、目を凝らして布を織る。

 全てだ。()()()()()()()()()()

  

 そんな彼等の温情に答えながら、コーリスはクラーレに耳打ちした。

 

 

「…事前にリノアさんから見せてもらった資料、覚えてます?」

 

「危険思想がどうとかってやつ?人の興味を引くから検閲されてた」

 

「それです。空の人間達──それどころかイスタバイオン王国すら阿呆らしく思えるくらいに、この村は素晴らしいと感じる帰還者が多すぎる…っていう内容ですけど」

 

「その片鱗は感じるわね。ワーヌーンの子供達なら私の事をバケツとでも呼んでた。道徳の教育は何処よりも進んでるんじゃない?」

 

「そうですね」

 

 

 『お前もバケツは否定しろよ』というクラーレの睨みを無視し、コーリスは無言で考え込むエヘカトルの悩みを察して、自身も彼等とどう接するかを練り始めた。

 帰還者が口々にこの村を完成された人間社会と評していたのは、ただ優しさに当てられたからでは無い。逆に社会として欠落していると評した研究者も一人いた様だが、相反する評価も混乱を招くとして検閲したのは正解だと、コーリスは改めてリノアの選択を肯定した。

 

 

『情報を知った上でこの島に来た兵の3割は、心を病みはしなかったが…国に対する奉仕の心が著しく乱されていた。信じていいのか、分からなくなっていたんだ』

 

 

 重苦しく吐き出されたリノアの言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

「エヘカトルさん…」

 

「…任務に対する迷いは無いのです。迷いは」

 

「彼等をどう見ればいいか、分からないんですね」

 

「………はい」

 

「そうですよね…」

 

 

 俯いたエヘカトルを他所にクラーレは先頭を歩く。やはり、迷いの無い人間は時として冷酷に見えてしまうものだ。頼られる素質を持たない彼女は常にそう映ってしまう。

 

 最初の島にして想定外の苦しみを浴びせてくると、コーリスは前途を懸念した。

 

 

「──彼等が人形だなんて、とても信じられない」

 

 

 信じられたとしても、気持ちが悪い。

 彼が感じたのは、それだけだった。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 一体目の星晶獣、リシープについて分かっている事は多い。

 それは村人達が情報の提供に対して非常に協力的である事に加え、星晶獣なのに戦闘能力が無い事も影響している。

 

 まず、リシープは機械の様な存在である事。

 と言っても村人達曰く、見た目が機械的なだけで喋りもしないが、使命を全うする為の希薄な自我は存在しているらしい。

 

 そして、『模作』の能力。

──端的に言えば、空の民の様な生命体を作り出す能力だ。

 村人達は皆、リシープによって作られた人間()()()

 

 

「気配も語彙も営みも…人として不自然な所は無いですね」

 

「血は流れてるのかしら」

 

「流れてないとしたらそれこそ」

 

「人形、ね」

 

 

 宿泊の為に用意された部屋は簡素なもので、硝子細工や宝石飾りといった文化品は無く、ありのままをさらけ出す木造りである。ベッドを三人分も敷き詰めているせいか部屋そのものが少し狭く感じ、騎士達はベッドに腰掛けながら今後の動きについて話し合っている。

 こうして先進的な国家との交流を欠かしていない筈なのに、外部の技術を欲していないのは不思議な話である。無欲、足るを知る──それは宗教も無い村単位での考え方としては極めて珍しい。

 

 比較的質素を好むエヘカトルは既に部屋に慣れたようで、外に村人がいない事を確認してから小声で語りかけた。

 

 

「紫殿。リシープを無力化する上で村長との会話が大事なのは心得ていますが、此処は我々が人々に歩み寄る事も重要かと思います。強引に事を進めれば…」

 

「分かっているわ。リノアから貰った情報通りなら、リシープを倒す事は凄く簡単。簡単な事なら、わざわざ皆を傷付ける必要もない。数百年間ボンクラ共が世話になった事への感謝を伝えなきゃね」

 

(クラーレさんが凄いまともな事を)

 

 

 何かを察したクラーレがコーリスの頬を抓る。

 彼女は何時になく真面目なのだ。貴重なのだから邪魔をしないで欲しいと、普段の蛮行を棚に上げて咎めた。

 

 村人達を作り出すリシープを討伐するという事は、彼等の未来を奪う事に等しい。それは村人達の即死を意味するのでは無く、二度と作れないという事実を突き付けるという事だ。

 そもそも、エレアンドロの村人達の生き方は全くもって人間的ではない。寿命という概念は周期的な還元と再生産に置き換わり、人工の増減は存在しない。

 これは彼等を殺すという決断では無いが、否定する決断ではある。良い終わりを迎えられる余地があるからこそ、クラーレも苦心している。

 

 空を理解しようとした星の民は、エレアンドロに人間社会そのものの再現を求めた。複数の人間が織り成す営みの模作。

 しかし、デブリースは見捨てられた島々。

 実験が失敗したという事は、数百年前から分かっていたのだ。

 

 

「ただ、私は比較的無愛想よ。円滑なコミニュケーションはそっちに任せるわ」

 

(比較的……?)

 

(何気に凄い事言ってるな)

 

「貴方達がどれだけ私を酷く見てるか分かってきたわ。いつもみたいに暴れて欲しいの?」

 

「紫殿は人間観察が得意なのですね!何でもお見通しと!」

 

「そうね。嫌な目で見られる事が多かったから」

 

「…それは、その。すみません」

 

「バケツ頭のせいでね」

 

「そっちか…」

 

 

 忌々しく紫の兜を槍で叩くクラーレを止める事も出来ず、彼女の機嫌を損ねてしまった二人は余計な思考を表情に映すのは止めておこうと反省し、外の様子でも見に行こうかと腰を上げた。

 

 しかし、此方に向かってくる音を聞き分けたコーリスと、純粋な気配で気付いたエヘカトルとクラーレは入り口での衝突を避け、その場で村人の伺いを待った。

 程なくして扉が静かに開く。

 

 

「おや?」

 

「ごはんです!騎士さま!」

 

 

 現れたのは少女。

 彼女が運んできた木製の皿に乗っているのは麦のパンと野菜のスープ。村人以外の生物が存在しない島である為、肉がメニューに含まれないのは当然の事だったが、立派な野菜が出て来るとは予想外だった。

 

 わざわざ運ばせるのは忍びないと思ったのか、三者は口々に謝意を述べてから皿を手に取った。

 

 

「わざわざありがとうね。貴女、名前は?」

 

「シャットです!」

 

「シャット。この料理を用意してくれたのは誰かしら?後で直接お礼が言いたくて」

 

「わ、わたしです…」

 

「そう。小さいのに偉いわね。材料も自分で?」

 

「いえ!きれいな水を汲んだのはパンチャ、キャベツと玉ねぎ、麦を育てているのはチャトヴァリなので…私の仕事は料理を作ることです」

 

「パンチャにチャトヴァリ……覚えたわ」

 

「で、では騎士様!ごゆっくりどうぞ!」

 

 

 ニコリと笑うクラーレは、少女が外に出た事を確認し、周囲を一瞥した後に匙を取った。

 

 

「…ふぅ。キャベツが甘くて美味しい」

 

「ポトフみたいな感じですかね」

 

「胡椒も作っているとは…」

 

「……まぁ、調味料は文明の象徴ね」

 

 

 微笑みは既に用済みの様だった。

 クラーレは匙を置き、目を閉じて回顧した。その記憶さえなければ、今頃は清々しい気分で舌鼓を打っていただろうにと、眉さえ顰めた。

 コーリスとエヘカトルも同様だった。

 

 

「……『シャット』は料理人だったわね」

 

「はい。『パンチャ』は井戸の管理、『チャトヴァリ』は農業です」

 

 

 三者は溜息を漏らした。

 記録する口振りで呼んだ名前が忌々しいものであるかのように扱った。シャットと名乗った少女、水の質を担保したパンチャ、野菜や胡椒を作るチャトヴァリ。

 

 

「…さっき見たわね?」

 

「はい」

 

「村長の『エーカム』が『チャトヴァリ』を呼んだ際、キャベツ畑で農業に従事していた4()()()()が反応を示しました。黄金殿の情報通りです」

 

「──彼等にとっての名前は、役職名ね」

 

 

 リシープが人間を模して作った村人達に個人名は無い。生まれた時からどの役割を果たすかは決められており、それに付随する役職名で最低限の区別をしている。

 いや、そもそも区別など必要無いのかもしれない。個体名が不要な程に役職の統率が取れており、村が400年も維持出来ていると仮定すれば──星の合理性が残った、歪な模倣というだけの話だ。

 少女は『シャット』であるから料理を作ったのだ。

 『誰』がやるのか、という疑問や混乱は一切排除されている。この島で個体として数えるならば、それは一人ではなく一役職でカウントすべきだろう。

 

 

「と言っても、私達はどう呼ぶべきかしら」

 

「混乱します…しかし個人の特徴と結び付けて呼んでは失礼というもの」

 

「誰に話しかけても同じです。彼等は繋がってるんですから」

 

「10個の役職…ね」

 

 

 村人達の名は10通り存在する。

 村長の『エーカム』。

 仕立て屋の『ドゥヴェ』。

 木こりの『トリーニ』。

 農家の『チャトヴァリ』。

 水番の『パンチャ』。

 料理人の『シャット』。

 夫婦の『サプタ』。

 司祭の『アシュトゥ』。

 鍛冶師の『ナヴァ』。

 児童の『ダシャ』。

 

 先程の『シャット』は少女の姿であった為、それは児童の役割に当たるのではないかという疑問が浮かんで来たが、あの歪な再現を目の当たりにした三者は、根底から狂っていると判断した為に一度手を引いて考えてみることにした。

 そもそも生活に必要かつ一般的な役割として夫婦と児童が盛り込まれている自体がおかしい。少なくとも空の民にとって、必要だからという理由で家族というコミュニティを作っている訳ではないのだ。それに当てはまるのは貴族階級や歴史ある家名に縛られる者くらいだろう。

 人が織り成す生活を介して空を理解しようとした星の民が、普遍的ではないものをモデルケースに選ぶのだろうか?

 

 

「役割によって統一されているとしても、個体によって性格が違う可能性は十分にあるんじゃない?さっきの子も緊張してたみたいだし」

 

「そうですね。シャット達が全員たどたどしい性格として作られてる方がおかしいですし…」

 

 

 考察を重ねながら食事を進める二人を見て、エヘカトルは一つの結論を一足先に得たようで、空になった食器を置いて立ち上がった。

 

 

「相変わらず食べるのが異常に早いわね」

 

「美味でしたので」

 

「よく噛んだ?」

 

「三十回噛むは師の教えです。それは勿論つつがなく」

 

「そこは母さんじゃないんですね」

 

「母は百回派でしたが、自分には難しかったのです…」

 

(そういえばリュミエールにいた時によく食べたラーメンはなんか…飲んじゃうくらいの危なさがあったな)

 

 

 可能な教えをベースとする強かさにコーリスは笑いそうになりながら、自分は五十回くらいかなと意識してみた。硬い食べ物を砕くのが個人的には好きだが、上手く喉へ通す為に咀嚼は大事だ。消化の影響もあるし、自分の胃腸はいつぞやのフェンリルとは違う──と、どうでもいい思考を中断してエヘカトルを見た。

 

 

「それで紫殿、黒殿」

 

「むぐ…何?」

 

「彼等は僕達とは違います。正直に言えば、人間の営みを模したというより、『空の民が合理的であったら』という仮定の元に生まれたと言われた方が自然と思うほどに、あれは明確な差異です」

 

「…そうですね」

 

「ですが、彼等が機械であるかと問われればそれも否定します。職務に関して極めて誠実な人間と評価する方が正しい」

 

 

 エヘカトルは迷いの無い瞳で二人を射抜いた。

 

 

「一度受け入れて、僕達も誠実に接しましょう」

 

「エヘカトル。貴方の誠実さって?」

 

 

 彼は即答した。

 

 

「一宿一飯の恩義を忘れじ。これに尽きます」

 

  

 ここで初めて、三者は互いに上手くやっていけるだろうと、漠然とした思いを持ち始めた。

 ただ、クラーレだけはこの村について、未だに薄気味悪い秘密があるのではないかと疑っているらしく、特にエヘカトルは村人とあまり正面から相対しない様にと忠告を送った。

 

 

「真面目な人達だし。汗をかきながら笑って、頑張ってるわね」

 

「は、はい。勤勉さは僕達も見習うべきかと」

 

「…生きる為に働くなら、あそこまで頑張る必要あるかしら?」

 

「クラーレさん」

 

「私は世間知らずの嬢じゃないわよコーリス。貨幣が流通しない田舎の暮らしくらい知ってるわ」

 

「ごめんなさい。俺は逆にそれを知りませんでした」

 

 

 手刀をポンと頭に落とされたコーリスは、クラーレの言葉から自分の記憶を引き出し、確かに納得出来る点があると感じた。比較的田舎のトラモントで幼少期を過ごして来た事もあり、質素な暮らしを想像しやすいのだろう。

 

 

「でもそうですね。役割に従順な人間が多数いて、統率されているのなら、常に身体を動かす程の仕事量は無い筈です」

 

「村人の数もそんなに多くないし、ルピで生活が動いている訳じゃないんだから生産物が極端に減る事は無い筈。統率されていると仮定すればする程おかしいのよ」

 

「…星晶獣は目的を持って作られています。その星晶獣が作り出した彼等もまた、その目的の為に動いているのでは?」

 

「それしか無いわね。労働の汗は何かの為に流されるものだし」

 

「もてなしの為…とか?」

 

「村を歩いた瞬間から調理場の煙は見えていた。村長との雑談で村人はその前に食事を取ったと分かったから、材料の準備はとっくに終わっていたと考えるのが妥当よ」

 

 

 確かに解せない話ではある。

 全ての日を効率的に動き続ける村人が常に働いている状況はおかしい。そんな事をしなくても彼等は自給自足が可能となっている。空の民には無理だが、エレアンドロの村人には容易な筈だ。

 

 些事かもしれないが、それでも秘密が眠っていると考えたクラーレは、一先ず外に出てみようという結論で話を終える前に念を押した。

 

 

「…これだけは言っておくわ。ここの人達は確かに機械みたいな生活をしてるけど、その生活は何かに対するモチベーションで構成されている事は確かよ」

 

 

 機械の様で、それでも人らしい何かがある。

 それだけは明確に感じ取れたのだ。

 

 

「じゃあ、そのモチベーションが無くなった時…彼等はどうなると思う?」

 

「それは…」

 

 

 完全な機械になるのか。

 人らしく絶望するのか。

 必要最低限の労働に身を費やすのか。

 諦めて、緩やかに死滅するのか。

 

 

「加害者になる覚悟を決めておかなきゃね」

 

 

 首を横に振れる者などいなかった。

 

 

 此処はエレアンドロ。

 長閑で理性的。愚か者にとっての楽園。

 誰も彼も食べ過ぎず、飲み過ぎず、無理をせず、無理をさせず、怪我をせず、争いを起こさず、死なず──そして生きすぎず。

 

 覚えていなければならない。

 地獄は、争いと血だけで象られるものではないのだと。

 

 

 






酪島エレアンドロ
・小ぶりでそれなりに豊かな田舎島といった風貌。
・400年間の自給自足を成功させており、必要になる天候は星の技術によって擬似的に再現されているらしい。

リシープ
・『模作』を司る星晶獣。容姿は不明だが、とても動ける状態ではないらしい。
・空の民と生活を模して『村人』を作り出す能力を持っている。

村人
・いつも笑顔で働いている人々。その正体はリシープによって作られた人形の様なもの。
・生まれた時から役職は決まっており、数も常に変わらない。
・呼ばれている名は役職に付随するものであるが、直接『木こり』や『料理人』と呼ばない理由は何なのだろう。

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