──いつ頃からだろうか。
この身体を疎ましく思ったのは。
スルト・ヴァーグナー。生まれつき炎を秘めた身体を持っていたことから、伝説の炎の巨人──伝承に残っていた星晶獣の名前を付けられた。
……自覚するまでは炎なんて出なかったがな。
俺が産まれた島はフレイメル島。
覇空戦争後に星の民が残した技術を転用し、工業が盛んな国として有名なバルツ公国という国がある島だ。
そして、俺はフレイメル島にある数少ない自然溢れる緑の山、その麓の里に住んでいたのだ。
この里は一種族が固まって在住する形式とは異なり、普通の島と同じように種族間のわだかまりは一切無い。
故に、皆互いに寄り添い合って生きてきた筈だ。
しかし、無邪気ゆえの残酷さがある。
俺はハーヴィンだ。四種族の中では淘汰される弱者であり、活かせるのは商業のみ。
幼い頃は皆身体が小さく、身長の関係など無に等しかったが、年が明けるにつれ俺以外の体躯が大きくなっていった。
今の時代種族差別など滅多にないが、子供にとってはそんな常識無関係……結果的に、虐げられたのだ。
今までの友人に。
悲しみよりも、燃えるような怒りが湧き上がる。
気が付いたら目の前の大木が発火していた。自然火災と大人達が駆けつけて来たが、子供達の目は木よりも俺の手を見ていた。
当時何も理解していなかった俺は火が消えてほしいと心で願い、結果的にその場に火が無かったかのように消えた。音も立てずに。
だが、炎の跡は恐ろしい物で……木が焦げるどころか燃えた部分が抉れるように消失し、近くにあった水溜りが完全に蒸発していた。
幸運にも俺は炎のコントロールが出来ていたが、制御できなかったら……想像もしたくない。
それから友人達は弱虫と罵ることは無くなったが、化物と呟く様にはなった。
当然だ。俺だってそうする。
そんな環境が嫌になって、俺は大人達に相談したのだ。
前の不可解な火事も相まって、俺の言う事がすんなり受け入れられた。
ただ、証明とばかりに周囲に炎が広がらない場所に案内され、鉄塊を用意された。
曰く──『この鉄を液体にしてみせろ』
地面に流れ出ないように筒の中に置き、大人達が危険と感じ俺から離れると、すぐに開始した。
このとき俺が意識したのは、『燃えろ』では無く『溶けろ』。
生命ではなく物体に対面したために満遍なく振るわれる業火。7秒経ったときには完全に高温の泥が筒の中に収まっていた。
その日から一週間も経たないうちにバルツ公国の中心部に飛ばされた。
曰く──『お前は国にいる方が幸せだ。決して、俺達がお前を億劫に思った訳ではない』。
結果的に幸せになったかもな。しかし言い訳に過ぎないだろうに。
炎の力を売り文句に工場に預けられ、生活を保証する変わりに溶鉄の手伝いをする事になった。
秒で金属を融解させる俺の火力を見てか中々に重宝され、働きに見合った金額……お小遣いの様に感じていたが生活に困らない量を貰った。
それが嬉しくて当時はかなり働いた物だ。
それから3年。9歳の事だ。
山から巨人と獣が合わさった様な魔物が降りてきた。
近くにいたから溶かした。
生命を融解させる温度を持つ炎に対し、少し自分で奇妙な気分を持っていたが自信も付いた。
だが、人に対してはこの力は振るえない。人を燃やすなど言語道断。
だから……町に盗賊団が襲ってきた時は何も出来なかった。
無差別に家を荒らし回り、金品を奪っては島を変えまた奪う。
質の悪い事に、そいつ等は騎空挺を持っていたのだ。
それが奪った物か、奪った金品で買ったものは定かでは無いが、子供を人質に金品を奪い去っていく姿にムカついた。
が、逃げ足が早い為どうする事もできない。
そして、何を思ったのか夜中の工場に侵入して来た。
俺と同じ部屋で寝ている大人は皆既に様子を見に行っていた。
ちなみに大人はほぼドラフだ。
職人達は皆自分たちの作った盾を用意し、盗賊団に対し果敢に何処かで見たシールドバッシュを打ち込んでいき、盗賊団は壊滅した。
しかし、一人だけは外に逃れ錯乱した様子で民家の子供を攫って騎空挺の乗り場まで走っていった。
自分よりも幼い子の首にナイフを突き立て、狂ったように笑うその姿を見て──心が爆発した。
今までの経験上あり得ない速度で周りの景色が通過し、俺の足は綺麗に盗賊の頬に吸い込まれていった。
人質は足元に転がっており、盗賊はその真逆の方向に吹き飛んでいた。心なしか頬が焦げていた気がする。
どうやら無自覚に炎の威力調整が成されていたようで、無機物、危険な生物には温度の加減は無いが、危険が無い又は人に対しては出力を下げている事が分かった。
しかし衝動のままに足から炎を出して飛ぶ経験はあれが最初で最後だろう。
思った以上にこの炎は俺の心と似通っているようだ。
程なくして……助けた子供からこんな言葉が出た。
『きしさまみたい!』
この子は騎士の事を言ってるみたいだったが当時の俺は何を言っているのか分からなかった。
『岸……? 生地? あ、キジ?』
みたいな反応だった筈だ。
仕方無いだろ。騎士は鎧を纏って武具を使う存在だ。
肉弾砲をかます騎士などいてたまるか。
きっとこの子は、人を助ける形を見て騎士と思ったのだろう。
大人達が駆けつけて、子供の言ってる事を理解した俺は、騎士というものに興味を持った。
貯まっていた金を初めて使い、騎士の本を読んだのだ。
──人を助け、誇りを胸に日々戦う勇者。
そんな事が書いてあった気がする。
『誇りか……』
正直に言うと社会の役に立っている今の姿は自分にとっての誇りで、職を変えようなんて気はさらさら無かったのだが……。
本に書いてある一つの項目に釘付けになった。
【彼等の前には力も才能も関係ない! その心に秘めた勇気が本質なのだから!】
『んん……?』
──弱虫ハーヴィン!
『…………う』
──チビスルト!!
過去の虐めがフラッシュバックし、無性にハーヴィンが弱いという事象を覆したくなった。
しかし自分は炎だけで剣なんて使えない……あれ?
武器を作るうちの工場なら何とかなるかも! という浅ましい考えで剣の指導を手当たり次第に要求した。
『剣について教えろだぁ……? まぁ武具を作る俺達にとって知識は持っとかなきゃ駄目な物だけどよぉ』
『頼む……毎日の三倍働いたって良い! 給料も今のままで良いから!!』
『そこまで言うなら良いが……』
と言う事で古参ドラフに剣の指導をして貰ったが、死ぬほど剣が重い為筋トレに励んだ。
それから1年。
どうやったら騎士になれるか明確に考え始めた。
騎士なるとしてもハーヴィンの強さを証明する事が最優先……。
『アルビオン……? 歳が足りないしキナ臭いから駄目だ! 次』
『ヒュードラッへ……? 実力主義っぽいしハーヴィンってだけで馬鹿にされそうだ! 次』
『傭兵……? 怪しくては駄目だ! 次』
候補をどんどんかき消して、ある島が目についた。
『リュミエールの"聖"騎士団?』
聖、という文字にえらく何かを感じた。
当時の俺はバカだったのである。聖を神聖なものと判断し、ハーヴィンの強さ証明が難しいのなら高貴な物にのしあげて二度と尊厳を踏みにじれない様にすれば良いのだ! と一人納得していたのだ。
神聖な場所では差別も無いだろうから。
決めた俺に大人達が悪乗りし、士官学校へ通う為の資金を負担した。
もし騎士になれなくて俺が帰ってきても職があるのだ。
寧ろ帰ってきて欲しいと思われたくらいに。
それだけ俺の炎は役に立っていたらしい。
そうして騎士団長を目指した俺は野望の為に奮闘していたのだ……。
これまでの経験上俺の性格は傲慢と形容できる程に出来上がり、傲岸不遜な態度を示してきたのだが……。
──本気で騎士を目指す奴等を見て、自分を燃やしたくなった。
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「く、くそ……」
「立てるか」
「……ああ」
「ならば良し」
予選の第四戦目。
そこには膝を付いている巨体の男とそれに比べ小柄すぎる男が立っていた。
この試合は明らかに先程までの激戦とは異なる事象が重なった。
勝者はハーヴィン族のスルト・ヴァーグナー。
試合時間は30秒にも満たず終了。
スルトは無傷。相手のデルジは膝に多少の火傷を負っているが、人体に支障はない。
内容は単純だった。
デルジは盾と剣を扱う戦闘スタイル。試合開始と同時に
余りの剣幕に教師は講評も付けられない。
単純に力量の差としか言えなかったのだ。
お互いの安否を確認したらスルトはもう控室に向かっていた。
会場全体は静寂に包まれている。
試合が一瞬で終わる事もあるだろう。しかしハーヴィンが金属の塊を振り回し、恐ろしい程の技量でドラフを追い詰めていった事実に唖然とするばかり。
そして驚くべき事にスルトの表情は無表情。
入学時には傲岸不遜、年が明ける頃には騎士の作法が染み付き、上から目線ではあるが驕りは消えた。
だが……ここまで無感情な男だっただろうか?
断じて否。しかし勝利の喜びも、戦術の成功による安息も今の彼には感じられない。
感情の起伏を自ら抹消している。
彼の根底には未だにハーヴィン族のイメージを変えるという目的がある。
それでも、彼は変わった。
ハーヴィンを助けるという目的も……人助けという側面が変質したものであり、彼が真に望んだものは【理不尽な優劣が付く事象の完全消滅】。
照れ隠しなどでは無く、彼は表面上の心理としてハーヴィン族を至高の存在にのし上げようという自覚がある。
だが、彼は基本種族関係なく優劣の【劣】の部分に対して寛容であり、理不尽に【優】になる存在に途方もない反骨心がむき出しになる。
幼子の命を脅かしてまで盗みを働く盗賊。
闘争本能のままに街を荒らす怪物。
種族的価値観に囚われ他を虐げる人間。
何時だって彼が牙を向いたのは人の犠牲の上に立ち上位の存在となった者。
スケールの違いに関係無く、彼はそれを無意識に憎悪の対象にしている。
──その起源は、何一つ自分の存在を肯定しなかった里に対する憎しみ……単純に言えば無邪気な怒り。
実の親に化物と扱われる環境は実に憎ましい。
彼がコーリスの過去を聞いた時は不憫に思っていた。同情もした。涙も出そうになった。
彼は涙脆いのだ。
そして……スルトは自分が惨めに思えていたのだ。
互いに過ぎた力を持って産まれ、親から捨てられ違う場所で愛を知った。
それが彼等の共通点だ。
しかし、相違点が一つある。
コーリスの人生は親から愛を得られず捨てられ
彼の炎は常人とは違う。
それは温度、出力の話では無い。もっと摩訶不思議な物である。
それは、感情と共鳴して炎が渦巻くというもの。
彼が弱虫と罵られた時からなのだ……超高温の火を放出出来るようになったのは。
爆発しても足りない屈辱からくる怒り、親から見放された事による憎しみ、子供の命を奪わんとする愚者への激情。
それがコーリスの炎を模っていた。
彼は気づいている。職人達と暮らし、安らぎを得る度に出力が弱まっていた事を。
士官学校で友人と過ごし、豊かな時間を過ごす度に負ける回数が増えていった事を。
だから──彼は厳選した。
迷えば炎が揺らぐ。
悲しめば炎が収まり温度が下がる。
怒れば物体を溶かす業火。
憎めば巻き取るような炎。
そして……見つめれば真っ直ぐな聖火に。
彼は決めたのだ。
リュミエール聖騎士団長になるという夢、その目標を達成する為にどんな事でも受け入れると。
迷いも断ち切る。
悲しみを振り切ろう。
怒りも忘れ。
憎しみよりも大事な事。
只ひたすら愚直にこの大会を勝ち抜くと決意し─余分な思考を捨てたのが今のスルトである。
彼は誰にも負けない。
誰にも止められない。
水を蒸発させ、風を飲み込み、土を焼く。
光に匹敵し、闇を掻き消す。
──全てを包み込む霧でさえ、彼は吹き散らしてみせる。
しかし……この場において自分の殻を破ったのは彼だけでは無い。
もう既に始まった準決勝の場から、何かを吹き飛ばすような轟音が鳴り響く。
それは自分の好敵手による物だと理解し、スルトの奮起は収まる事をやめた。
──────────────────────
『なんで!!!!』
準決勝。
予選でスルト・ヴァーグナーが最後の勝利を納めた事で準決勝の組み合わせが決定した。
といっても、トーナメント戦なので勝者が誰と当たるかなど分かりきっていた事だ。
二回ある内の一回戦目。
カードはコーリス対ルブロ。
ルブロとはヒューマン族の剣士。
身体強化魔法による攻防一体の戦士で、攻撃魔法は風。
コーリスが一回戦目に戦ったロイスより強いかと聞かれれば正直見劣りはしてしまうだろう。
戦いというものは相性が付き纏う物。
幾ら自分の闘い方を極めようと弱点を都合良く突かれれば無に帰す。
そして、彼は余り攻撃に魔法を使わず、肉体戦闘を仕掛ける戦い方だった。
それはコーリスに対して余りにも相性が悪い。
にも関わらず、鍛えた身体で何とか劣勢を覆し……互角の剣技を繰り広げていた筈だ。
……途端、空気が変わった。
『──曲げられないか』
独り言のように小さく呟かれたその言葉を確かにルブロは聞いた。
少なくとも相手に向けた言葉ではない事をルブロは理解した。
瞬間、壁に叩きつけられていた。
襲い来る激痛に疑問を懐き続けながらも、彼は勝つための思考を捨てなかった。
そして、一瞬で結論に至った。
『防御魔法を……剣の腹に纏わせたのか』
攻撃を食らった際の打撃音。余りにも広く伝わる痛み。
遠くへ飛ばされる程の威力。
その結論へ至るための材料は整っていた。
『間違い無い。僕の攻撃を受けている途中に肉体に強化魔法を掛けていたな……!』
身体強化魔法は人体を動かす騎士という役職において基本中の基本だが、掛けるまでの時間が長く、実戦では前もって掛ける等をしておく必要がある。
身体強化魔法の向上は、如何にして掛けるまでの時間を縮められるか。
この決闘において、試合前から仕掛ける事は許されない為、受けのコーリスが責めない時間を利用し、ルブロは肉体を強化したが、まさか斬り結んでいる途中に相手も掛け出すとは思わなかった。
完璧な感知能力を持つコーリスには容易い事なのだろう。
そんな才能による理不尽に……彼は憤った。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」
あまり得意では無い属性魔法の風を足に纏わせ跳躍、コーリスに猛突進していく。
見るからに猪突猛進な攻撃に、残酷な程に反応する霧。
突進する前から自らの足元に充満していた霧がコーリスの脳に伝わり……そして。
攻撃がコーリスに当たる寸前、壁に阻まれ身を地に落とす。
そして背中に柄を叩き込まれ、ルブロは暗闇に意識を落とした。
「……勝者、コーリス」
歯止めが悪い審判とは裏腹に湧き上がる観客。
唯一黙して見ているのは教師と生徒達だけだ。
教師はコーリスに近付く。
「何故気絶させたのです?」
「怒りによる突進を見て、止めるべきだと判断しました」
「それには確かに同感ですね。しかし壁にまで激突をさせる攻撃……貴方は危険とは思わなかったのですか?」
「……」
「これは次に活かせではありませんね。単純に反省しなさいと言う事です。焦り過ぎですよ。スルトさんがそこまで気になりますか」
「はい……」
「彼もまた、少し間違えば危険な攻撃をするでしょう。傭兵の在り方としては良きもの……しかし騎士としては感情を捨て目標に固執する事が何より恥ずべき事」
「……すいませんでした」
「分かればよろしい。ではこれで」
リエスは次の試合に向けて歩き出すが、懸念は拭い冷めない物だった。
(確かに目標の為に容赦を捨てる事はまぁ……多少は利になる事です。だが、それの為に
人は頂点に近付く程に焦り、平常心を保てなくなる。それが顕著な子供だからこそ、何事も起きないようリエスは祈るのだった。