「──コーリス・オーロリア」
「──スルト・ヴァーグナー」
「「いざ──尋常に…」」
「「勝負!!」」
騎士となるべき者の決闘場。
才と努力を日々積み重ねた者だけが勝ち残る事を意味する。
その場で剣を振るい、誇りを刻み国にその身を献上する事を約束される。
それが
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「やっぱりか…」
準決勝で俺が相手を気絶させた事で勝ったが、まさかこうも早く相手が決まると思ってはいなかった。
二回目の準決勝が終わり、トーナメントに載った名前はスルト・ヴァーグナー。
…矢張りか。
心の中で口に出した感情と同じものを呟く。
予選の時点でそもそもスルトの様子は目を見張る物があり、何か何時と様子が異なっていた。
その疑問に対し、予選のあいつの戦闘を見て合点がいった。
恐らくは…勝利の為に余分な感情を消し、勝ち抜くという一つの目標に視点を定めて行動しているのだ。
奴の炎は感情と同義。燃やすと心に決めて発動するのでは無く、感情の起伏によって広がるもの。
怒りによって広がり、悲しみによって狭まる。
大変わかりやすいが、唯一良く分からない事がある。それは、物事を真摯に見つめる時には炎が一番良く動く事だ。
温度が著しく上昇する訳でもなく、唯動きに迷いが無くなり、奴が望むように動く。
それが一番研ぎ澄まされている今が奴の最強。
決勝戦が始まる事によって更に奴の目標への執着心が高くなる。
無論、俺も勝つ為への行動に迷いを断ち切ろうした。
結果が先程の防御魔法による殴打。相手を壁に叩き付けるという暴挙。
しかし俺はドラフ程の力は無いし、身体強化魔法も掛けていなかった。
唯…力が、拳から途方もない力が湧いてきて──人を
自惚れというのだろうか…しかし本能的に確信めいた物があったのだ。
リエス先生は気付いていた筈だが、敢えて言わなかっただろう。
あの人は良い意味で放任主義だ。自分で解決するべき問題と判断してくれたのだと思う。
「ままならぬ物だな…」
唐突に決心をした所で意味は無いか。
今日の為に精神を統一せしめたアイツが上手だった訳だ。
今まで何らかの形で争ってきた訳だが、それは口での言い合いが大半という恥ずかしい事実。実際手合わせをする時は高揚している時のノリと言える。
今回ばかりは派手にぶつかり合うことになったが。
多分あいつの大火力を正面から受ける事になるだろう。火とは人体にとって忌むべき物であり、魔法による使役を抜けば危険極まりない代物である。
俺の防壁は属性による弱点は無く、単純な衝撃によって破壊される物だ。
火によって破られるという事は、魔力で構成された壁が溶けるほどの温度があるという事。
…これはかなり消耗するが。
防御魔法と霧魔法の兼用をするしかない。
剣に防壁魔法を纏わせた打撃は素早いスルトにとって悪手。感知、そして防御。隙を見つけてカウンター。
結局この戦い方に行き着く自分に溜息を吐く。
いつも悩んでおきながら、戦い方は不変的。無駄な時間を過ごしているとしか思えない。
いや、鬱々しい感情は捨てておこう。
どう足掻こうと死力を尽くす戦いになる事は確実なのだから。
この戦い…予想するに短期決戦にはならないだろう。そこは俺の努力次第だ。
後は、奴の戦い方によるな。
臨機応変で対応し─────
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『──ようと思ったのだがなぁ!!』
噎せ返る程の熱気。
四方八方に絶え間なく襲い来る剣撃。
炎に触れなくとも空気をも取り込み熱風となって襲いかかってくる為に、目を上手く開けていられない。
あと…
「いやなんで避けに行くんですか!?攻めましょう果敢に!奥手!コーリスさん奥手すぎますよ!!」
「図に乗るな有利属性がァ!」
一回戦で戦ったロイスが非常に煩い。腰の痛みが直ったのか身を乗り出してギャーギャーと叫ぶ。
他のクラスメイトから羽交い締めにされても尚野次を飛ばす。取り敢えず後で泣かすとしよう。
水属性使いだからか火に対して逃げるという思考が無いようだ。
あんな奴の事は無視………出来ないな。
辛うじてスルトの頭には霧が漂っている為、滅多に使わない段階的な濃さによる霧の効力──それらを四段階に区別したものを行使。
第一段階【
それは薄く、範囲は狭い。広げようとするなら相当に魔力を注ぎ込む必要がある。
主に感知にしか使われない為、補助的な位置付けになる。
第二段階【
第一段階よりも少しだけ濃くなった霧。範囲はあまり変わらない。この霧に影響を受けた者は思考が鈍くなり、半端な構えでは茫然自失の状態となる。
第三段階【
明確に俺の魔力を定義づけた名前。
更に濃くなり、見た目は自然発生する霧そのもの。
この霧に影響を受けた者は霧の中に入ってから今に至るまでの記憶を消される。その人間の人生の記憶が消える訳では無い。ただ霧の中で何をしたか、何をしようとしたかを忘れるだけである。
だが、記憶が消えるまでは2分程の時間がかかる。
第四段階【■■】
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今スルトに使っているのは第二段階。
思考を鈍らせ少しでも動きを止める為だ。だが、第三段階へ至る為の一手が足りない。
濃くするにつれ魔力を使うのだが、短い時間で到れるのは第二段階までであり、次に至るためには集中する期間を要する。しかしスルトの攻撃を捌き、霧の形を保たせ補強するという課題を並行処理出来るわけがない。
俺はとことん手数に弱いらしい。
そして、俺は散々『霧を出す』と言っているが、細かく原理を追求すれば単純な事では無いと分かった。
今でも余り理解してはいないが…。霧は水蒸気を含んだ大気の温度が下がる事で生じる物だ。大気に含まれていた水蒸気が空中に留まる事でそこら中に発生する事が出来る。
魔法とは詠唱によって自らの魔力を呼び覚ましたり、または杖を介し外へ放出する等の使い方があるが、人体から火や水を出す原理を説明しろと言われても困るだろう。
皆、出来てしまうのだから。
だから、俺も深くは考えていない。コントロールさえできれば些細な事と考える。
恐らくは俺の魔力には大気に影響を与え、発生した霧を操作する原理があるのだろうが…理解出来ない。
その点で言えば感情で全てが変わるスルトの方が珍しいだろう。
「そこ、危険だぞ」
「……ッ」
後退した先には蝋燭の火の如き不変の赤。設置された炎を防壁で覆い消し、向かい来る剣を弾く。
だが、度重なる鉄の衝突に耐えきれなかったのか剣の先の刃溢れが目立つ様になってきた。
それは奴の熱の影響もあるのだろう。刃物を熱するとなまくらとなり使い物にならない。
融解する程の温度では無いが、常に炎に炙られ続けると少しの綻びで耐久性が著しく下がる可能性が高い。
ならば…こうするまで。
「怯め」
誰もが鐘を鳴らしたような異音に目を見張る。
剣の補強も兼ね、ありったけの魔力を注ぎ込んで超高密度かつ硬度が高い物体を作り上げる。
先の試合では巨大な長方形の棒に見立て、攻撃範囲を広める為に使ったが、今の応用は剣の形を残したまま使用するという物。
相手が真面目に剣を受ける程に得物に掛かる負荷は相当な物。回避の姿勢では無く防御の姿勢を取ってしまったが故の好機。
しかしスルトの剣は折れない。いや、炎の勢いでこちらの剣を押し戻した…。
俺はそこそこの面積を持つ騎士剣を使っている為、案外折れる物だと判断したが……奴の炎の矛先は俺では無く剣を押し戻す為の勢いを作り出す事に執着したらしい。
奴は生き物には手加減をする。
だがノーリスクで本気の炎を打てるチャンスを無駄にはしない。
魔力量が関係しない故の無限。スルトを無力化したいのなら廃人にでもし無ければならない。
生物の中で最も感情が発達したと言われる人間に於いて、奴の力は相性が良すぎる。
「少し焦ったぞ」
そう吐き捨てられ、加速した足払いを食らい地面に転がる。
奴は今にも剣を突き付けようとするだろうが、又もや好機。
「確かに焦ったな」
吐き捨てられた言葉を広い戻し、魔力を練る。
もう何度作ったから分からない防壁を再構築し、今度は剣筋に対し斜めに差し込むように防壁を当てる。
銃弾に弾かれた刃物の様に奴の剣が飛ばされ、ダメ押しの如く奴を背中から防壁で押し、此方に倒れ込む様に動かす。
「「
何故かロイスと二人で叫ぶ勝利の確信。
倒れ込んできたスルトに対し剣を捨て、制服の項部分と襟を掴み、逆に仰向けに叩き付ける。
そして即座に全身を型どるように防壁もとい防壁スーツを纏い、袈裟固めをする。
魔法を纏ったのは燃え上がる奴の肉体から身を守るためだ。幾ら人に死を与えないといっても火に触れたら火傷くらいはしてしまう。
人はどんなに覚悟をしても痛みから逃れる事は不可能。身体を壊しながら目標を実行出来るのは死も恐れぬ超人か破綻者のみ。だから痛みを受けない様にする。
そして、ハーヴィンの筋力では全身全霊の袈裟固めを逃れる事は不可能だろう。
「ッゥ!!!!!」
唸るように藻掻くスルトだがもう遅いと確信する。
この大会の勝利条件は、相手が気絶するか無力化された場合。
聖騎士にとっての無力化、それは【相手が負けを認めた場合】と【相手を何の弊害も無く殺せる一歩手前の場合】、そして【相手の自由を奪い拘束した場合】である。
生憎魔力はあと五割程残っている。
今俺の壁を溶かせないスルトが現状を打破し、新たに構築される壁を破壊する事は出来ないと考える。
スルトの感情は下向きな物となっていく。
勝つ為の迷いない思考の中に、密かに浮上してきた不安。負けるかもしれないという思考が奴の炎を冷たくする。
そして…忘れた頃にも霧の効力はやってくるだろう。
迷った思考に思考自体を鈍らせる魔性の霧。人を混乱させるのに時間は掛からなかった。
俺は実感した。今だけは勝利という傲慢に浸れると。
──だが、それも一瞬の事だった。
「──
「─────────────!」
瞬間。奴が技名らしき物を呟いた瞬間だった。
スルトの全身に凄まじい熱気が
端的に言うならば、サウナだろう。通常とは比べ物にならない程の熱気に会場が蒸されているようだ。
そして──奴は俺の両腕を掴み。
「
何時もの神経を逆撫でする様な口調に戻りながら、獰猛な笑みを浮かべ、射出される業火による腕力の驚異的な補助を受け、力ずくで俺の拘束を破り……蹴り飛ばしてきた。
恐ろしい速度で腹を蹴られ、壁に到達する事は無いまでもかなりの距離を転がり止まる。
そこで顔を上げて初めて拝んだスルトの外形は最早スルト・ヴァーグナーでは無く──
──
「……」
正直、奴の名前の由来が炎の星晶獣であるスルトとは知っていたが、伝承にある通り炎まみれの姿になるとは思わなかった。
ヴァーミリオンとは朱色を表す言葉だ。
炎の朱、それを体現した姿が奴の切り札だった訳だ。
炎を纏った手足はそれぞれが尖り爪を形成しており、胸の中央には魂を表現するかの様な球型の炎が渦巻いている。赤い直線が入った黒髪は炎と共に舞い上がり、象徴的な黒目は橙色に光っている。
剣も持ち合わせず、体術で圧倒的なレパートリーを得られ、霧の無効化。
打つ手は無いが、取り敢えず剣を拾いに行く方針で戦おう。
先程と同じように──否、両側から防壁を出現させ、動きを封じる。
壁は透明に近く、目視で避けるのは難しい。結果的に壁に挟まれる様にして拘束されたスルト。だが、あのスルトなら壁を溶かしても可笑しくは無い。その火力を測る為にも必要な手段だった。
念の為…足に身体強化魔法を掛け走力を上げる。そして剣を拾う為に走り出す。が、
「やらせん」
目の前にスルトが
落ちていた剣を更に遠くへ弾かれ、此方の身体を捉えようと飛び込んでくる。それを全力で躱し、距離を取る。……結果的に走力を上げておいて良かったな。
確かにスルトの虚を突き壁を押し当てる事は出来たのだろうが、溶かすなんて物では無かった。近くに寄っただけで壁が灰の様に砕けていったのだ。
それにより拘束される前に俺の目の前に躍り出たのだろう。くそったれめ。
更に同じく剣を飛ばされていたスルトだが、剣に残っていた熱気が主に呼応する様に燃え盛り、奴の手に飛んでいった。加えて炎の射出による擬似的な空中浮遊。
もう何でもありである。
「……やばい」
正直もう頼れるのは地味に残り香となっている霧。
掻き消されたと言っても霧は霧散するだけで完全な消滅はあり得ない。
その霧を掻き集め、第三段階に移行させ思考の記憶を奪う。その隙に剣を回収し…捨て身で最後の打ち合いに望むしかない。
挑むしか無いではないか。
水でも浴びたい気分だ。しかしこれから浴びるのは水風呂無しの無限サウナ。
自らに吐ける情報が無い拷問みたいな物だ。
クソ…恨むぞ、スルトに負けた奴等!ロイスがスルトに当たっていれば良いものを…!
もう知らん。当たって砕けろだ。
「………………………………いくぞ」
「葛藤だな…だが俺だって熱い。身を削っているのはお互いだ」
「ではそこまで熱くなれる感情とは何だ」
「それはな、
「ああ…」
妙に納得した。
負けず嫌いは良くも悪くも熱くなる性質がある。コイツの【勝つ為にどんな事でも受け入れてやる!】という気持ちに【絶対に負けん!!!】という勝利への執着を上乗せした事でああなったのだろう。
それを確信して少し楽な気持ちになった。だって…
「いいな、それ」
「うん?」
「俺にも出てきたぞ……負けん気」
負けず嫌いなのはこっちも一緒なのだから。
ガチャピン様は本当に良い人ですね。
毎日僕等に会いに来てくれて、更にガチャまでひかせてくれるんです。たまにSSRが出るまでサービスしてくれるんですよ?
その点ムックはさぁ…見習えよ。
毎日来いよ。
来てください。