幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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天井十回分です。

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1章 リュミエールの路次
14.Dahlia's emotions


「─────え」

 

 

 朝が来た。

 朝起きて、寮でご飯を食べて。

 服を着替えて。

 何時もと同じく新聞に目を通した。

 

 見るのは数々の島の情景。

 文字でしか表現された多くの島は興味を唆るに妥当な代物であり、それを見るだけでも冒険をした気分である。

 

 中でも出会いの島と呼ばれるガロンゾ、観光地としてのアウギュステは鉄板のネタである。

 だが、小さな項目であれどトラモントが載る日もある。

 

 トラモントといえばラクリモサ、という風潮がある。

 ラクリモサとは日の光が当たらない場所で育つ希少な花である。美しい紫色の花弁は収集家達の注目を集め、取引が行われる事も多かった程だ。

 後は大して注目される事も無いが、品種が強く植えてしまえば何処でも育ちそうな花もあった。

 その花はラクリモサと比べて希少さに欠けるが、フィラが好んでいた事を思い出した。

 

 思い出に耽って新聞を読み終わり、体を伸ばして欠伸をしていると郵便入れに何かが入った音がした。

 あの馬鹿はまだ寝ているし、グルシさんは馬鹿の飯を作るのに力を入れている途中なので、俺が取りに行くことにした。

 

 白い封筒。それには【緊急通告】と書いてあった。

 何か良からぬ事でもあったのかと思い中身の用紙を取り出し、それを読もうとした。

 

 

 

【トラモントをこれより渡航禁───】

 

 

 一行目のこの文字が目に入った瞬間、俺は外に飛び出していた。

 一心不乱に向かう先は街の中央。

 国の条例が変わった時や、流行り病が流行してしまった場合等に使われる情報伝達用の看板だ。

 

 緊急の通告なら、朝に見られる事が多い看板には人が沢山いるだろう。

 何より家の郵便入れには悪戯をする事だって出来る。

 落書き用紙をぶち込んで相手を怒らせる事だって出来るのだ。

 

 ──そう、悪い冗談だ。

 

 

 顔中に滴る冷汗を拭いもせず、看板が建っている場所まで走り抜け、顔を上げる。

 

 

「─────あ」

 

 

 そこには先程の用紙よりもよっぽど細かく、多い文字数で概要が書かれていた。

 

【これより霧の島・トラモントを───】

 

 

 

「─────」

 

 

 

【濃霧と暴風が発生し続けた事による渡航の危険が──】

 

 

「───」

 

 

 

 

【商業船の運転が困難になり──】

 

 

 

「──」

 

 

 

【死者の増加が相次いだ事で──】

 

 

 

「─」

 

 

 

【如何なる理由があっても、あの霧を危険と判断し──】

 

【渡航及び輸出と輸入を禁ずる事に決定した】

 

 

 

「…………」

 

 

 声が出なかった。

 なのに周りの声は聞こえる。

 

 

「霧、ですって」

 

「怖いわねぇ……」

 

「ま、あんな幽霊島無くたって別にいいだろ」

 

「馬鹿! 人が死んでんだぞ! 軽々しく言うな!」

 

「行ってみたかったのに……」

 

「霧が拡大してなくて良かった」

 

 

 ──ふざけるな。

 なんて、そんな言葉が吐ければどれ程鬱憤を晴らせたか。

 事実は受け止めれた。だが絶望までも受け止められる程精神が強い訳では無い。

 

 

 その後俺はずっと抜け殻の様に生活していた。

 帰郷の事などどうでも良い。だが皆の安否が確認出来ない事が何よりも辛い。文通すら送れないのだ。

 クラスメイト達の慰めも、先生からの励ましも、スルトからの激励も、何もかもが頭に響かない。

 

 この伝令の原因はトラモントの霧が濃くなり過ぎた事で、視界的危険があった事だ。

 日に日に霧の濃さが強まっていき、島を三度調査しに行ったが、騎空艇は一つも帰ってこなかったらしい。恐らくは霧と同時に発生していた暴風の影響だろうと考えられている。落ちたのだろう。

 

 一時的だけでも霧が晴れれば渡航が出来るかもしれないが、一向に晴れる気配が無いのは素人目でも分かるし、何よりトラモントは霧の島なのだ。

 不変の暗闇。正体不明の暴風が収まる気配が無ければ意味が無い。

 

 別にショックで部屋に閉じ籠ったりはしない。

 ただ、捨てた訳では無いが騎士の夢を一切語らなくなったのと……周りが余り見えなくなった。

 

 人から話しかけられても上の空。

 クラスメイトに話し掛ける事は一切無く、グルシさんとの会話は手伝いをすると言った義務的な物のみ。

 スルトが隣にいる事だって()()()()()()()()()

 

 何もしない何も得ない。

 そんな無価値な時間を過ごしている時が、一通の手紙によって終わろうとしていた。

 

 

 

 手紙の差出人はフィラだ。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

 ここはガロンゾ島。

 フィーニス諸島を形成する複数の島々の一つであり、騎空艇の製造・整備技術が盛んな島である。

 

 様々な理由で騎空士や商人、職人達が行き交う事が多い為、出会いの島と呼ばれる事があるが、大抵は約束の島と呼ばれている。

 

 今この瞬間にも、人の出会いが輝かしく始まろうとしていた。

 ……その人物達の顔を見なければ。

 

 

「フ゛ィ゛ラ゛あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「コーリスさ゛ぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 

 

 他の島からガロンゾへ渡る騎空艇から降りてきた少年と、それを出迎える様に走ってきた少女。

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら抱き合う光景は、生き別れた兄妹の再開を思わせながらも、濁音混じりの泣き声のおかげで異質な物に出来上がっていた。

 

 

 さぁ、もう一度言ってみよう。

 

 こ こ は ガ ロ ン ゾ 、 出 会 い の 島 。

 

 

 出会い方は人ぞれぞれなのだ。

 ロマンの糞もへったくれもない。

 

 

 

「コーリズざぁん! トラモントがぁ! トラモントがぁ……」

 

「わかってる、皆までいうなぁ……大丈夫だきっと帰れる……!」

 

「うぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

 

 町で叫んでいるが、騎空艇の船着き場では人がおらず、職人達は工場に籠もっているので注目される事が余り無いのが幸いか。

 

 虚無の体現者になっていたコーリスに届いた手紙。

 それはガロンゾで療養していたフィラによって書かれた物だった。

 内容は只一言、『会いませんか?』という言葉と日時の指定。少なく質素な手紙だが、所々が滲んでいたり、文字が縒れている所を見ると涙ながらに震える手を抑えながら書いたのだろう。フィラと数年間接してきたコーリスにはそれが本来の字では無いと理解できた。

 

 それから三分も掛けず、彼は手紙を送り返した。

 只一言『会う』という言葉を添えて。

 今回の邂逅はそれによる物だ。久し振りに会う事と、故郷への不安で心が溢れたのだろう。

 世間体など気にせず年相応に泣いている。二人ともまともな声変わりなどしていない年なのだ。これくらいは目を瞑ろう。

 

 コーリスには一度帰郷した故の身近な絶望。フィラにはもう顔を見せる事が出来ない未来の絶望。

 互いに心を癒やす時間が必要だった。

 

 

「……ここじゃあれだし、場所変えよっか」

 

「ああ」

 

 

 場所も場所、話をするには華が無さ過ぎる場所なので町の方へ行き配置されたベンチに腰を掛ける。ガロンゾは整備場ばかりで町並みに魅力が無いと思われがちだが、ファータ・グランデ空域屈指の生産力がある為、街の経済も潤うと言うもの。

 決して狭くは無いし、住人も気の良いものが多い。

 契約を結ぶ場合も、一々手続きをする事も請求書も使わず、口約束で行われる。まぁ……それは別の理由があるのだが。

 

 島の住人達も存在を知らない、星の獣。

 "契約"を司る星晶獣──ミスラの力による物だ。

 人の無意識や事象に訴えかけ、契約や他愛ない約束までも絶対尊守させる。その事実によりガロンゾ島の住人達は決して契約を破らず、古くからそう有るべきと育ってきた。だから彼らはミスラの事を知らずとも、島の形式に違和感を持つ事なく過ごしている。

 

 フィラにとって孤独な旅となった二年前だが、島の人々の優しさが良い刺激になったのか、適応出来ているらしい。

 病を治してからはお世話になった女将さんが経営しているパン屋で働いており、看板娘として活躍しているのであった。コーリスは彼女の姉なら無理だな、と失礼な事を思ってしまった。

 

 

「ここの皆はね……優しいんだ」

 

「そうか」

 

「一人ぼっちだった私の面倒を見てくれた人が沢山いたの」

 

「良かったな」

 

 

 文面に表すと如何に薄情な掛け合いかが分かるだろう。慣れ親しんだ友という間柄なら話は別だが、平常運転でコレなコーリスはとても人付き合いが良いとは思えない。

 目上の人間に対しては敬語なので、少しは違和感が消えるかもしれないが、年下の少女にこの素っ気の無さはとても残念だ。この男に血は通っているのだろうか。体温はあるのだろうか。

 

 フィラは分かっている、彼には余裕が無いと。

 言葉に対しても返答はする。此方の目を見て会話もする。しかし耳だけが違う。

 損傷をしている訳でもないのに垂れ下がっている耳が気の落ち様を表現している。コーリスが憂鬱な気分なのは誰から見てもわかる話だ。

 

 尚、フィラ自身も同じくらいに耳が垂れ下がっているのだが、本人は気が付いていないようだ。

 

 

「楽しみだったんだ」

 

「何がだ?」

 

「家の下……村の人達も、コーリスさんが言ってた通り良い人ばかりなんでしょ?」

 

「ああ、良い奴らだよ」

 

「私が病気を直してから皆と会ってみて、沢山お話して……友達作ったりするのが楽しみだったの。お姉ちゃんもそうだったのかな」

 

「……あいつは家で寝込んでるお前に対して悪いと思ったんだろう。俺と話す事はあっても買い物の時以外村には決して行こうとしなかった。お前の為に何かができる訳でもない、かと言って自分の時間を作るのは嫌気が差す……そう言っていたよ」

 

 

 可哀想な奴だ、とコーリスは思った。

 人一倍寂しがりや、なまじ真面目な性格が祟って苦悩に悩まされる毎日。買い物にも自分が同伴しないと落ち着いてもいられない人見知り。

 そしてドジを踏んで荷物を落とし自分が回収する。今思うと中々に危うい奴だったと感じる。

 一度気を許せば舌が回るが、怒らせればひたすら避けられる。嫌われる訳では無いが、気まずさが勝るのだろう。

 彼女が自分の殻を破り、堂々とする日が来るのだろうか、なんて的外れな心配をする彼であった。

 

 何となくコーリスの考えている事を感じ取って、フィラは微笑む。

 

 

「ふふ、おっかしいの」

 

「ん?」

 

「コーリスさんがまだ家とあんまり関わってないくらいの時……私とお姉ちゃんで毎日の様に山を駆け回ってたんだよ?」

 

「天然野菜でも取りに行ってたのか?」

 

「遊んでたの」

 

「…………マジで?」

 

「ホントだよ。笑いながら二人で競争みたいに」

 

「あいつが? ええ……」

 

 

 分かりやすいくらい目を点にし、口を開け絶句するコーリス。

 想像すると可笑しい物だ。

 買い物にも一人で行けない。時間を持て余した時は大して面白くも無いコーリスの鍛錬を木の陰から見て過ごし、何をコソコソ見ているのかと問い掛ければ、『な、何でもないっ!』と意地を張り帰宅。

 終いには暗くなり、地面が余り見えなくなると極稀に『ふえぇ……』という謎の声を上げる。

 

 そんな彼女にも、キャッキャウフフと風の様に駆け回る時代があったなど。彼には到底信じられない。

 

 

「……何で俺があいつと関係持ててるのか疑問を覚えた」

 

「きっと、孤立してた人同士だからじゃないかな」

 

「村には友達がいたぞ」

 

「でも、一人でいたでしょ?」

 

 

 コーリスには友と呼べる者が沢山いた。

 にも関わらず人と過ごしている光景があまり見られない。鍛錬を始める前から、彼は森で一人過ごす事が多かったのだ。

 

 エルーンの本能か、性格が及ぼした行為かは分からないが、彼は何時も森に趣き昼に切り株の上で眠っていた。

 比較的明るい昼間には野生の獣が襲ってくる事は無い。暗闇と霧に乗じ襲う様に進化したトラモントの生物は昼間の活動が活発では無いのだ。

 惰眠を屠るコーリスの姿が興味を引き、そして迷子になった彼女等が助けを求めた事で関係が始まった。

 

 意味は違えど、一人だった彼等は妙に馬が合うのかもしれない。

 

「一回帰ったときも余り変わってなかったんでしょ?」

 

「ああ。自衛を意識したのか鞭術を齧ってるらしいが」

 

「あはは……何かズレてるんだよね」

 

「全くだ。しかもそれなりに上手いときた」

 

 

 心底意味が分からないと言う様にはにかむ二人だが、話せば話すほど愛おしくなるトラモント。

 

 帰郷──それは彼等にとって最も望む事である。

 

 自然と空気が湿気を帯びる。

 

 

 

「──会いたいなぁ」

 

「…………ああ」

 

「病気を直す為に皆が助けてくれた。でもお礼を言う事も元気な顔を見せることも出来ないや」

 

「酷い話だ。態々霧が晴れる見込みが無いと言われたよ」

 

「何でトラモントにだけ霧があるのって何度も怒って泣いちゃったよ」

 

「好きなだけ怒れ。一番権利がある」

 

「でもね、今日は嬉し泣きでもあったんだ。コーリスさんに会えた。私と同じ悲しみを持ってる人がいるから……少し話せば楽になれるかなって」

 

「俺もそう思って手紙に応じたよ。だが」

 

「……話せば話す程、辛くなるね」

 

 

 

 この現状に前向きになれるほど、人間という生き物は思考を止めていないし、薄情でもない。

 傷の舐め合いとは、聞こえに対し中々に効果的である。しかし、それが癒やしという結果を齎すかも分からない。

 ただ、何かを得る事は確実である。

 それが身を焦がす程の怒りでも、全てを忘れる程の嘆きでも。 

 

 何かを得た彼女は、垂れ下がった耳を揺らし、泣きそうになるくらいの笑顔で言葉を出す。

 

 

 

 

「世界って───たまに意地悪だよね」

 

「だって……誰かが()()()()()のかってくらい、物事がそのまま過ぎるんだもん」

 

 

 

 

 ──過ぎていく物語には、優しさも苦痛も無い。

 

()()()()()()()()という結果があるだけである。

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