──母さんが死んだ。
──父さんも死んだ。
──流行り病で皆が死んだ。
──子供も死んだ。
──私もこれから死ぬ。
──そうだ、花でも積みに行こう。死ぬなら好きな物に囲まれたい。
──頭が痛い。むねが苦しい。からだいたい。
──…近くから何か聞こえる。あ、お医者さんだ。
──せれ…すと?ふ、じみ?何をいってるんだ?まぁ、いいや。
──さいごだけど、ワガママぐらい言わせてほしい。
──神様。お願いします。どうか病を消して下さい。皆を生き返らせて上げて下さい。
──二人に………会わせてください
──妹のフィラに。
──■■■な。
──………コーリスに。
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「ふぅ………!」
「まだ終われません…!」
「当たり前だよ…!」
どうも、コーリスだ。
只今地獄の様な苦しみを味わっている。その地獄には自ら進んでいるのだが。
もうフィラと会ったのも二ヶ月前になる。
何とか気分を戻して、無事士官学校を卒業。それから一月したら始まるリュミエール聖騎士団の入団試験。
入団試験の内容は大まかに分けて三種類ある。
・戦術や、どんな状況でも臨機応変に立ち回れる戦略的知能を測るテスト。
・騎士として優先すべき保護対象、誇りや潔さに重点をおいた聖騎士としての振る舞いを測るテスト。
・武芸の腕も着目される体力テスト。
三つの内二つは精神的な試験であり、士官学校という専門的な場で鍛えてきた俺達には特に苦戦するものでは無かったし、武芸に関しても他人に引けを取ることは無かった。
この点で言えば、騎士に憧れて他島から試験を受けに来た人間よりも有利に事を運んでいると言える。
しかし基礎体力を見るテストの仕様が困り物だ。
柔軟、素早さ、握力などは普通の物と何ら変わりはないのだが、持続力を測る長距離走が曲者である。
何と距離指定は無いのだ。
只、試験官であり現リュミエール聖騎士団副団長でもある人物がいい笑顔でこう言った。
『体力尽きるまで走り続けろ』と。
用意されたグラウンドを倒れるまで走り続ける地獄。
本気で騎士を目指しているからこそ手を抜くなど言語道断。でも出来ればやりたくない。
やる前から気分は最悪だった。
今走っているのは七人。
士官学校生の奴は俺を含めて三人しかいない。他はもう少し年上の人間達だ。
今俺の横にいる二人はロイスとルブロ。奇しくもトーナメント戦で戦った二人だ。スルトは頑張ったが種族的なデメリットを消す事は不可能だったらしく、クラスメイトの中で最初に脱落した。それでも半数以上が脱落していた後なので優秀だろう。
あ、今一人倒れた。
その場で倒れられると走りの邪魔になるから試験官が秒で回収に来るが、試験だからといって体力を使い果たされると困るらしい。あまり良い顔はされないので、自分の限界を見極め気絶しない程度に終えろという事だろう。
体力尽きるまで走ってほしいのか温存して立っててほしいのかどっちかにしてくれまいか。
「ごぷっ」
「ロイスゥゥゥゥゥゥ!!!!」
「彼女の犠牲は無駄にしてはいけない!頑張るよコーリス君!」
「……くそっ!」
ごぷっ。
良く分からないが胃から何かを出してそうな音を発生させながら脱落するエルーン女史。
多分54周目くらいでは無いだろうか。一周で400mあるらしいのでここまで持った方がおかしいのでは無いかと思う。
残りはルブロと俺、他3人である。
肉体能力が高いドラフは筋肉密度が災いし、発汗量が増えてしまい、結果的に脱水症状を引き起こしてしまう。エルーンは逆に細身なので、その辺はヒューマンと変わり無いと判断できる。
その中でも身体強化を使いこなすルブロは元々体力面を鍛えているせいか長持ちする。
ぶっちゃけ俺が耐えているのは気合に過ぎない。顔中汗がドバドバである。
したがってこうなる。
「ギブだ」
「え、ちょ、はぁぁ!?」
「すまん。お前、孤独」
「く、くそ!この腑抜けが!」
60周目でキリよく終了。
あと一周多く走っていたら病院送りだったかもしれないので、流石に辞めておいた。
コースの内側に退避し、糸が切れたように倒れ込む。
太陽が眩しい。寝てしまおうか。
「大丈夫か?」
様子を見に来たのは副団長様。
碧色の鎧に剣と盾を背負った黒髪ヒューマンである。堕ちそうな意識を敬意と気合で踏ん張り直し、何とか言葉を返す。
「な、なんとか無事で…す」
「なら安心だ、もう片方は中々に耐えるな。ほれ、水」
「ありがとうございます…」
貰った水を喉に通す。
副団長以外にも団員が周囲に水を配っている。何とホワイトな環境なのだろう。
「他の地域の方々も凄いのですね…」
「そりゃそうさ。アイツら18とかそこらだろ?お前らは13か14だぜ?あっちの方が年季ってもんがある。士官学校で学び有利になったとて過信しちゃ駄目だな」
「す、すいません…」
「ま、体力的な面で見ればお前らに不合格者はいないだろう。心構えも良し。最後まで走り切るのはやる気の現れだと言うのも確かだが、瀬戸際を見極め引く事も大事だな。特に守る側の俺らからしたら」
もっと規律に沿った堅い人格かと思いきや、柔軟そうな兄貴肌である。
アドバイスを無意識に行う人間のようだ。
凄く優しそう。気が楽になった。
「何はともあれおつかれさん。お前らはの情熱は確かに清々しく、正しい物だと思うよ。リュミエールのモットーにピッタリだ。結果が結び付けば是非とも騎士団でしごきたいね」
「はは…」
優しくはあるが、厳しくもあるのだろう。
騎士団で新人がこの人に根性を叩き込まれている光景が容易に浮かぶ。
真正の兄貴。騎空艇操縦士のサレアさんを彷彿とさせる人格。
ちなみに俺に前ブチ切れたサレアさんはポート・ブリーズ群島領内のエインガナ島に生まれたため、またトラモントに住んでいる訳でも無いので取り残される事は無かったようだ。
嫌な風を感じたとか何とかでトラモント周辺を担当していた後輩に注意を促していたらしい。火属性使いなのに。
ポート・ブリーズが運ぶ風が好きでちまちま帰郷するらしい。火属性なのに。
花が好きらしい。花を燃やし尽くす火属性なのに。
何だかんだ気遣ってくれるいい人である。
「
副団長は手を振りながら背を向けて違う方向へ言ってしまう。
水筒を置いて行ってしまったから、『忘れてますよ』と声を掛けようとしたが、その前に違う人影が倒れ込んできた。
「も、もぉう、無…理ぃ」
ルブロ、お前もか!
普段落ち着いたキャラをしてるが人の腹に倒れ込んでくるとは恐れ入った。
取り敢えず水を叩き込み背に手を添え、起こす。
一向に立ち上がれそうに無いため、体力的なガタが来たのだろう。
「つ、つかれた」
「頑張ったな。立てるか?」
「足が動かないよ…すまない、おぶってくれ」
「構わん。しかしこういう時にドラフがいれば楽なのだがな」
ドラフを含めた同年代の奴等は既に集まっている。
恐らく反省会の後に帰宅コースなのだろう。此方としてはシャワーを浴びて寝たいのだが仕方がない。
ルブロをおぶって輪に向かう。
試験はこのランニングを終えた者から自由帰宅。一応皆は俺達を待っていてくれたらしい。
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「反省会です。リュミエール聖騎士団のモットーは?」
「清く!」
「正しく!」
「正しく……なんだっけ?」
「論外です脳筋共」
別に筆記試験で出てこない物を何故か問いかけを反省会とする暴挙に出るとは。質問者はロイス。
返答者はドラフの方々。
別にドラフは頭が悪い訳では無いのだが、未だに暑さの影響で頭が回っていないのかもしれない。
ちなみにロイスは熱烈な聖騎士団ファンであり、碧色の鎧で揃えている姿が琴線に触れたらしい。自分がその鎧を着るためにそこまで強くなれるとは末恐ろしい。
そしてリュミエールクイズに答えられなかったら、一時的にゴミを見るかの様な視線を向けられる。
「分かったぞ!」
一人が手をポンと叩き声高らかに宣言する。
品定めするように見つめるロイス。
「清潔に、だ!」
「高潔に、です!!」
「えー違うの?」
「清潔感なんて毎日体が洗ってれば済む話だろうがァ!」
「ぶぱぁ!!」
愚かな回答をした者は制裁という名の水撃を顔面に食らう。貴重な水分だ。中々に涼しめそう。
「試験の反省をしろ。それなら多少の情報交換が出来る」
回復したらしいスルトが腕を組みロイスに喋りかける。奴もやはり帰りたいらしく、今回はまともな論を掛ける。
「では…えと。大して記憶してないので、状況打開策の問題を振り返りましょうか」
「ざっくり言うと『一般市民が凶悪犯罪人の人質に取られました。犯罪人は今にも人質の命を奪えます。そして引き替えに逃がせとあなたに要求してきます。どのように対応しますか』みたいな内容だよな?」
「それで合ってます」
「俺は自分を人質にしてもらうよう頼み込んでから隙を突いて打開するって書いた」
「近接戦闘では此方に分があればの話ですね」
「これくらいしか思いつかないな…」
答えたのは友達のエルーン男子だ。
同じ種族故に対策法も独自の物になると思ったが、魔力行使も関係ない普遍的な考えだ。事がうまく進めば名案と生るのだろうが、加害者のスケールが大きくなればなる程成功率が下がり、相手の警戒心を煽る愚策となってしまう。
だが、これは一般的な回答をしろと言われている訳ではなく、自分自身が出来る事を答えろという質問なので、彼にはこれが最大限の解答なのだろう。正しい解答をしていると思う。
騎士の役目は民を守る事。
まず国民の安全を確保するという点で正しいと言える。
「人質になるという点では俺も一緒だな」
「「………マジ?」」
「マジだ」
意外だ、と皆声を上げる。
人質作戦はスルトも考えていたらしい。しかしスルトと言えば猪突猛進ゴリ押しがモットーのイメージがあった為、一時的にも敵にへりくだる様な事はしないと思っていた。
意表を突くのならばハーヴィンに油断してくれる可能性が高いため有用だが。
「人質になるという事は簡単には離されないという事。つまり密着状態となる。後は諸共燃やすだけだ」
「同時に殺されるリスクがありませんか?」
「なら熱源を一点に集中させれば良い。予備動作を感じられない程度に溜め、一気に温度を高める。炎という物はな、簡単には耐えられないんだよ。心で耐えようとも身体は自然に危機を察知し鈍痛として現れる」
刀傷では無く炎傷。
我慢できない程の熱源を喰らえば、炎をかき消す為に転がり回ることは間違いない。火属性を持つ者ならではの作戦と言うわけだ。
他の属性では難しい可能性が高い為、比較的人体に有害な火は効果的と言えるだろう。
ちなみに試験前に書類などを伝ってその人間の戦いの情報などが知られている為、試験でわざわざ自分の戦い方、使える魔法等を書く必要は無い。
余り炎の特性を理解してもらえなかったスルトは目を瞑りロイスに訴える。
「俺は言った。そろそろお前も聞かせろ」
「あ、私ですか。股間蹴ります」
「クソだな。コーリスはどうだ?」
答える前に両者が頬の引っ張り合いを始めてしまったため、答えようにも聞いてくれないだろう。
意見を言うために何とか二人を抑え、試験時に書いた答えを言う。
「気付かれないように霧を使って記憶を飛ばす。思考のタイムラグの間に顎や鳩尾等の急所を突き無力化。こんな物だ」
「股間も急所ですよね?ね!」
「う…ん。まぁ、効くには効くだろうな。だが、鎧を纏った足で股間を蹴ると言う事は、相手の未来を消す事に繋がる。お前にその覚悟はあるか…?」
「ありますよ。無論、自分が蹴られる覚悟もね」
「…良かろう」
『『『いや良くねぇから………!』』』
顎を思いっ切り叩けば気絶してくれると言うのに、悶絶を選ぶ時点でロイスは危ういのかもしれない。
しかし本人に覚悟があるのなら止める資格は無い。
「くだらん。俺は帰る」
「くだらん。俺も帰る」
そして流れるようにスルトと共に帰宅。
ルブロを適当に預け、静止の声を振り切り真っ直ぐ帰宅。
どちらが先に風呂に入るかをジャンケンで決め、負けたので腹いせにお湯の温度を高めにする。
勘付かれて、俺が入っている途中に冷水をかけられた。
クソ。
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翌日、入団を認めるとの旨を書いた用紙が来た。
飛び上がって喜び、手紙をトラモントに送ろうとして、その手を止める。
愚か者め。忘れたのか。閉鎖中だというのに。
しかし何故か。
夢が叶った瞬間だというのに。
報告する相手がいないだけで…ここまで空虚な物なのか。
俺は三週間ぶりに胃から物を吐き出し、最悪の気分で床についた。
トラモントが完全閉鎖され、フィラに会うまでコーリス君はショックから毎晩夜更かし(不眠症)を繰り返していました(隙あらば設定語り)