幽々の空、灰暮れに   作:ルイベ

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17.分岐点

──堕落とは、何なのだろうか。

 

 

正義から悪に落ちる事…?

しかし正義の定義は別のもの。哲学の世界では、正義の反対は別の正義と言われている。

それもその筈。正義とは独善的な物であり、個人の信じる物を正義とするなら、それに対する意志も正義となるだろう。

悪とは所詮正義を志す者が、敵対者に対して断定する名前なだけであり、結局の所明確に線引きをする事は出来ないと言える。

 

客観的では無く、主観的に見れば分かりやすいかもしれない。

人を助ける事を良しとする人間は、人を殺した時に堕落する。世の為に働く人間は、犯罪に手を染めると堕落する。

逆に言えば、人を殺す事を正義とする人間がいるのならば、それにとって人を助ける事は堕落するということなのだろう。

 

ならば(コーリス)の堕落とは何だろうか?

人を救う為に騎士となった彼だが、救い方は千差万別。

魔物に襲われている人間を救助する場合、先に人を助けるか魔物を倒すか。世を正す為に行動する場合、善人の助けとなるのか悪人の始末を一方的に行うのか。

 

無論この議論に正解は無い。

ただ思うのは、矛盾すらないこの疑問に彼は迷わずにいられるのだろうか。

迷った上で、信念に基づいて行動できる程彼の精神は強いのだろうか?

 

スルト・ヴァーグナーは種族差別を許さない。だからその為に憤り、その為に無茶をする。

ロイス・モラクレルは聖騎士を愛する。憧れでは無い故に失望しない。何故なら自分自身が騎士という要素を構成しているから。

ルブロ・マイスは上に縋り付く。未熟を常に恥、実力の限界を越えようと日々戦う。故にその思いに停滞は無い。

 

コーリス・オーロリアは憧れを終えた。

私は思う。肝心なのは夢を叶える事ではなく、夢を叶えた後にどう生きるかであると。

既に私の教育を終えた彼の実力は申し分無い。それどころか現在の騎士団の実力からすれば上位に入る強さだろう。彼のいた代は皆とても優秀だった。

 

教育を終えた今だから解る。

あの三年で彼の人生経路を考えられなかった事は失敗だったと。何かを成す為に騎士になった者は多けれど、騎士になりたかっただけの彼はとても難しい。

人を救うという意識はあるし、尊い事だと彼も思っている。

 

これは推測であり、彼にとっても無意識な事だと思う。しかし考えられずにはいられない。

──恐らく、彼にとって救う行為とは目的の二の次に位置した物だったのでは無いか?

 

一般的な信念は…人を救う為に騎士団に入り、その立場を最大限利用するという物だ。

しかし彼の場合、憧れた理想になった事で、自らを助けた騎士がやっていたから自分もそれに習い助けるという物。

最早便乗に過ぎない。

悪い事では無いが、無意識にそう判断している縁がある。

 

騎士になる夢を果たしたその実、自分がやっていた事は単なる猿真似に過ぎないと知った時、彼はその矛盾に耐えきれるのだろうか。

騎士という物は道具だ。平和を称した偶像、国が使用する武器とも言える。ならば命の尊厳を破壊する行為も厭わない。

リュミエール聖騎士団の一部隊、『遊撃隊』は戦闘時には哨戒・陽動による補佐が主な役割だが、一般には知られていない裏の役割として堕落した団員の粛清、犯罪者に関しては手に負えないと判断した場合には暗殺を行う。

当然捕まる前に殺める事になるので、国として他殺の容疑を仮に掛ける。

 

コーリスの霧は遊撃隊として役に立ちすぎる。

他人の行動を簡単に把握できる事から粛清にも事欠かないだろう。

妙な事をしたらコーリスに見つかる。それが抑止力になるかもしれない。

これらの要因から、彼の配属される隊は遊撃隊以外に無いだろう。

 

だが、遊撃隊が堕落しては団の均衡が一気に崩れ去る。

諜報活動の一環で、国の機密情報を知っている彼等なら簡単に国を滅ぼせるからだ。

だから、遊撃隊は仲間も手にかけるケースがある。

 

もし、人を救うという姿を真似て騎士になった彼が……裏の行動を目にした時、彼は聖騎士団を続けられるのだろうか。

 

人の命を殺め、人の行動を疑り深く探る。この行動に、彼は適応出来るのだろうか。

否、してしまうのだろう。

 

私は、これからの配属が…

 

 

 

───彼の()()()だと思うのだ。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

「コーリス・オーロリア!貴公の配属先は遊撃隊とする!!精進せよ!」

 

「はっ」

 

 

騎士団に入って三年。

基礎の二年と研修の一年を過ごし、その後に行われる配属先の発表を今されているところだ。

リュミエール聖騎士団は部隊として、戦闘の重点を担う【本隊】、傷を負った者の治療・民間の救出を行う【医療隊】、国の守護・治安の維持を測る【守護隊】、戦闘時の偵察・陽動を旨とする【遊撃隊】が存在する。

後は一般兵が散りばめられている。

 

俺の能力を考えれば遊撃隊に入るのは必然であり、そこに何の遺憾も抱かない。

寧ろサポートは得意だ。存分に名を広めてやる。

 

『清く、正しく、高潔に』というのはリュミエール聖騎士団自体のモットーで、各部隊に別々の目標意識がある。

 

本隊──『勇往邁進(ゆうおうまいしん)

医療隊─『窮鳥入懐(きゅうちょうにゅうかい)

守護隊─『歳寒松柏(さいかんのしょうはく)

遊撃隊─『綱紀粛正(こうきしゅくせい)

 

本隊は前に進み、医療隊は手を差し伸べ、守護隊は意志を崩さず、遊撃隊は正しさを貫く。

簡単に言えばそんな物だ。

 

遊撃隊の情報は役割面の関係で明確に伝えられる訳では無いが、それでも知られているのは『正義審問』。

相手に正義の是非を問い、真実を引き出す手段である。これは相手への疑いを起点とする行為なので、好く者は少数どころか一人もいないだろう。

審問に掛けられたと言う事は疑われたという証明に違わず、自らを見直す機会…ともいかない。

疑いの目を持たれているという事は、逆接的に疑いの目を常に向けている人間がいる事。日頃から裏表の判断がつかない人間を信用するのは難しい話だ。

 

つまり、審問の役割を担う隊員は相応の覚悟がいる。

戦闘時の陽動に比べれば、残酷と言えよう。

 

 

「スルト・ヴァーグナー!本隊への配属を命ず!存分にその炎を振るうがいい!!」

 

「はっ!」

 

 

妥当。

ドラフ達はまぁ…守護隊か。

医療隊はある意味エリートが入れるところだ。回復魔法は貴重とされる時代になっているからな。

 

 

「ロイス・モラクレル!貴公は本隊だ!励むように!!」

 

「はっ!!」

 

妥当…うん、妥当。

寧ろどの隊でも出来るだろう。地味にあいつは浅い切り傷なら癒せるくらいの回復魔法使えるんだ。

真の天才はロイスかもしれない。

 

 

「ルブロ・マイス!貴公は守護隊への配属を命ずる!国の盾となり、誇りを保つように!!」

 

「はっ」

 

 

身体強化なら守護隊向きだろうな。

なるほど、人数で考えるより、人の向き不向きを考えた結果か。

 

スルトは殲滅能力、ロイスは回復持ちながらも強い実力から本隊。

俺は察知能力、記憶忘却による動きの制限から遊撃隊。

ルブロは身体強化による高い耐久性と運動能力から守護隊。

 

ヒューマンとエルーンは得意分野、ドラフは力から守護隊、ハーヴィンはそもそもスルトしかいない。

こんな配分か。

 

 

「以上38名!解散!!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 

教官の声で皆が解散する…と思いきや元クラスメイト達が残る。

すると突然肩を組まれながら誰かが言う。

あ、ロイスだ。

 

「士官学校同窓会……やりますよ!!!」

 

「「「おー!!!」」」

 

面倒くさい。

 

「くだらん、帰る」

「くだらん、寝る」

「くだらん、鍛える」

 

「そこの馬鹿三人組を捕まえろぉぉぉ!!」

 

「「「うぉぉぉぁぁ!!!」」」

 

ロイス司令官により突撃して来る元クラスメイト達。

同窓会を拒絶したスルト、俺、ルブロはもみくちゃにされながら店へと連行されるのであった。

 

 

 

─────────────────────

 

 

「かんぱぁーーい!!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

「最近、星晶獣の詳細が書いてある歴史書が盗まれたみたいですよ」

 

「星晶獣にもマニアがいるんだろ。俺も読んだことあるけどほぼ図鑑だぞ。古っぽい絵が乗ってあるだけだ」

 

子供麦酒、まぁ端的に言えばしゅわしゅわのアップルジュースだ。

色が麦酒と似てるから子供麦酒。

アルコールは無論入っていない。ただ雰囲気で味わう物。

うん、うまし。

 

席はロイスが手早く予約したので14人が入れる程の大会場となっている。もう14人は別の場所。

別に普通のレストランだろうから良いのだが、もし高級料理店だったらと思うとゾッとする。

こちとら鎧を脱いで着替えただけなのだから、作法も何も無いのだ。

ジャケットの着用は必然ッッ。と言われても困るし。

 

「注文をどうぞ」

 

「フライドポテト五人前を2つ、シーサイドサラダ三人前を3つ、特製オムライス1つ、シチューのセットでエヴィフライ1つ、ベーコンのソテー1つ、レジェンドステーキを3つ、和光ビーフ2つ、リュミエールスペシャルランチセットを6つ。後、子供麦酒14杯お願いします」

 

「かしこまりました。しばらくお待ち頂くことになりますが…」

 

「お構いなく」

 

「では、失礼致します」

 

あらかじて決めておいたメニューを俺が頼み、またもやどんちゃん騒ぎが始まる。

そして店員の言葉を聞き、今思った。

 

「ロイスゥ…その…」

 

「ん、なんでしょう?」

 

「ここってやっぱり…良い店?」

 

「良い店も何も、歴史ある店ですよ。何せ私の家系ですからね」

 

「…お前の家は料理屋の家系なのか?」

 

「あ、言ってませんでした?私貴族ですよ」

 

「……ぇ」

 

「「「ん?」」」

 

俺の顔が凍り付いた所で皆が顔を向けてくる。

いや、だって、ロイスが貴族だったら…。今までの失言、暴言、エル・グロリアスでの傷…………。

貴族とは国の権力で言えば上位の存在となる。そんな家の娘に精神的・身体的傷害を与えてしまったら…。

 

死んだ、おれ。

 

 

「自己紹介を改めてしましょうか…。みなさーん聞いてくださーぃ!!」

 

「なんかはじまったぞ?」

 

「さっきなんか貴族がどうとか…」

 

 

皆が集まってきたところで、ロイス()が口をお開きになる。

 

「改めまして!聖騎士ロイス・ヴァンリヒテン・モラクレルをどうぞよろしく!!」

 

「あ、ああ」

 

「あれ?ヴァンリヒテンって、数百年前の商業家の名前?というかミドルネームって事は………」

 

「「「貴族」」」

 

「はい!何かコーリスさんが急にビビり散らかし始めたので明かしてしまおうかと!!」

 

「ァガ、あががが」

 

「コーリス!?どうしたァ!?」

 

「貴族ニ…喧嘩売リ、マクッテタ。処刑ハ…処刑ダケハ許シテ」

 

「こんな反応されるから私は士官学校で言わなかったんです」

 

 

リュミエールでは貴族、王族はミドルネームを名乗る。

但し書類などに使うのはあくまで名前(ファーストネーム)(ラストネーム)

ミドルネームを使うのは当主のみである。

 

「私の家…モラクレル家は覇空戦争後、商業家としてこの空域の経済に貢献をしたそうなんです。その時の当主がヴァンリヒテン・モラクレルですね。ちなみに彼は料理も得意で、商業が落ち着いたら王族に使える料理人を請け負ったらしいです。どこの島かは分かりませんがね。で、数代跨いでリュミエールに来た訳です」

 

「なる程。その丁寧な口調、慣れた礼儀作法。富んだ知識と学力も全て英材教育の賜物か」

 

「正解ですコーリスさん」

 

(丁寧な口調…敬語なだけで口悪いだろ)

 

(突っ込むな。流れに任せろ、水の様に駆け巡るんだ)

 

(ぎょい)

 

(お前ら黙れ。この話題普通に気になるんだ)

 

 

ヴァンリヒテン卿自体は有名であり、歴史を習う上では欠かせない人物だ。

モラクレル家という物は貴族界隈の話であり、一般市民の我々とは縁のない話なので知る由もない。

 

「ならそれを活かして家を継げば良い話では無いのか?」

 

「それはつまり…騎士になるよりも家を継ぐほうが理に適っている。と言いたい訳ですか」

 

「ああ」

 

「左様ですか。そうですか」

 

「……」

 

「……チッ」

 

(いま舌打ちした!?貴族階級の娘っ子が!)

 

(いやコーリスの言い方も悪い。『その努力って意味あったか?』って暗に言ってるようなもんだぞ)

 

(折角の同窓会が…こんな雰囲気じゃ飯も不味くうんめぇぇぇぇ!!!!!)

 

(やっぱロイス家継げ!!そしてサービスしてくれ!!美味の暴力や!)

 

(近距離だからって脳内会話をするな。うるさい)

 

(すまんなコーリス。ラーメンより美味いわ)

 

(殺すぞ)

 

(なんで?)

 

先程の発言により、静まり返った雰囲気となってしまったが、近距離限定で魔力を繋げる事で思考を相手に伝達する技術を行使している為か寧ろ煩い。

いわゆるテレパシーと言うやつだが、距離が少しでも離れるとアウト。更に魔力を繋げるので、予め魔力の特徴知っておかねば繋げる事も出来ないので、士官学校生限定の会話だ。

 

本来隠し事などをする場合に使うのだが、隠そうとして相手に介入された瞬間終わるので意味が皆無。

なので色々聞いていたロイスは憤る。

 

 

「先程から黙って聞いていれば好き勝手ぺちゃくちゃと。騎士に憧れ早十年…鍛錬と勉強の日々。貴方達みたいな半端モンとは格が違うんですよ」

 

「ふん。一騎打ちの負け惜しみにしては随分と陳腐な言い回しだな。そんなザマではかのヴァンリヒテン卿も涙を抑えきれないだろうな」

 

「あ?」

 

「ん?」

 

決闘(やり)ますか?」

 

「余興にしては丁度いい。【陽動兵にも劣る本隊】という間抜けな絵面が出来上がるな」

 

「正しくは【本隊の足元にも及ばない落ちこぼれイキりエルーン】ですよ。しかし今日はやけに喋るじゃないですか……遊撃部隊に選ばれたのが一人だけだから寂しくなっちゃったんです?」

 

「な、何をいいだすかかとおもえはえば」

 

「動揺しすぎです。本当に寂しかったんですね…」

 

「ハイ」

 

 

そりゃ顔見知りがいない中敬遠されがちな遊撃部隊に所属となれば憂鬱にもなる。

ここらで優越感を稼いでおかねば一生前を向けん。

 

 

「場所は寮の中広場。ルールは…そうだな。【気絶した方の負け】にしないか?」

 

「明日の予定は?私は休日ですが」 

 

「無論、休みなどない。必要ない」

 

「いや洒落になりませんよ本当馬鹿ですか?」

 

「構わんよ。一度勝った相手に負ける方が難しいというもの」

 

「…………泣かす」

 

「お前の水による擬似的な涙だろう?空虚だな」

 

「─────」

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

端的に言うと、俺は一方的に負けた。 

気絶というルールは奴にとって、【殺さなければ良い】という物だったらしい。

何故か決闘の記憶が失われたが、他の奴らに一部始終を聞いたのでロイスの恐ろしさを知る事が出来た。

 

・敢えて木剣の柄で鼻を殴打する。

・水を口の中に入れて溺れさせる。

・小さな水たまりを作り、相手の髪を掴んで顔を押し付ける。

・相手のつま先を全体重掛けて踏む。

・無言&殺意の腹パン(七回)。

・■■を蹴る。

 

などなどだ。

俺が記憶を都合良く忘れた理由も解るというもの。忘れなければ俺は廃人になっていただろう。

今こんな事を語れるのも皆が治癒魔法をかけてくれたお陰だ。

 

ところで、俺は何時間寝てたんだ?

 

え、2日?じゃあちこ────





このあと普通に怒られた模様。
でも何だかんだ許されたよ。能力が貴重だから是非も無いね!

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