「──三階の中央に飛び道具及び銃器持ち二人……入口に鈍器持ち三人、隅に暗器持ち二人」
「ご苦労。恐らくは麻薬の売買グループが我々を袋叩きにする為の布陣だろう」
「お言葉ですが……このような仕事は本隊の秩序立てによる制圧が道理なのでは?」
「遊撃隊隊長の文書によると、【後ろ足が立つ組織の殲滅は隠密かつ確実に行うべき】、要するに騎士団の評判を落とさない為に私達がいるという事だ」
「それが遊撃隊」
「そうだ。準備に移れ……取り逃した場合お前に捕縛してもらう」
「了解」
「よし、作戦位置──」
少数の精鋭達がその言葉を聞き、チェスの駒を並べるかの如き迷いのない精密な陣形が作られていく。
建物の入口には突撃兵、窓の周りには狙撃兵、裏口には捕縛用の罠。
そして、一定の範囲から外には俺を含む兵。
「開始ッ!!!」
その叫びと共に、小さな戦場が生まれた。
─────────────────────
禁薬へヴン。
体を活性化させると
絶望、興味、傍観、刺激、依存。
下らない一時の感情に敗北し、手を伸ばしたものはやがて人生においても苦汁を飲まされる事となる。
無論、彼らは自分が負けた事にすら気付いていない。
そして、禁薬という呼び名の通り、合法的な薬品では無い事が明らかだ。
しかし依存性や多幸感からか完全に社会から抹消する事は出来ず、高値で売るには丁度いい。
裏の世界は違法の取引上等クソッタレ世界だ。今まさに下請けの組織をあぶり出し、縄に付けてやった。
それでも奴らは諦めない。
いや、そもそも終わったとすら思っていないのだ。既に薬品は売り捌かれており、下請けの自分達すら止められないお前らは凡俗だ、と。そう目が語っている。
腹立たしい。憎い。嫌い。悍しい。疎ましい。恨めしい。
何故悪気の一つも見せられない?
何故他人の世界を見ようとしない?
お前らによって人生が狂った人達は、それまで狂っていない生活を続けていたのに。
魔物に襲われ、引き裂かれ、貫かれ、穿たれ、食われる……そんな死に方なんて迎えない人達だった。
本人は幸せと思っている?
……人生が狂っていたからへヴンを求めた?
────お前等はッッッ!!!!
「やめろ」
「っ!!」
激情が硬直する。
今作戦での責任者、所謂リーダーだ。
その人に手首を掴まれ止められる。意識を向けてみれば、自分の剣が
ああ……殺そうと思ったのか。
無意識に。
くそ、さっきから頭がおかしくなりそうだ。人間の底知れない悪意の一部分、背景、現状、感情、思考。
それらに頭を掻き回される気分だ。不思議と言いたい事は一つだが。
「……お前等」
「あ? どうしたガキ。腐ったか? 動機でも漁るか? 幾ら盛り返した所でお前等が信じる平和なんて一生訪れねぇんだよ。ああ、なに? 被害者の気持ち考えた事あるかって? 説教? 残念ながら気持ち考えた上で反抗に及べる程覚悟キマッてねぇんだわ。シコー停止よ思考停止。寧ろ考えすぎて辛くなってるお前が一番惨めだと思うがね」
「───ああ」
「耳を貸すな……。正論だとしても腹に入れてはならない物がある」
「いえ……頭は冷えてます。ただ単に気になったのです」
「……分かった、程々にしておけ。そして
沈黙すらも返すつもりは無い。
元より返答など期待してはいないだろう。生意気な下っ端と思ってくれても今は構うものか。
俺は、聞かなければならないのだ。
俺自身の為に。先生に言われた事を成す為に。
班長と先輩方は遠目で此方を見ている。俺の声が聞こえない程度に気を遣ってくれているのだ。
感謝、そして少しの恨みつらみ。
こんな仕事ならば、任務前に説明してくれても良いではないか……と。
そんな事を思いながら目の前の罪人、それもリーダー格の男に問い掛ける。
──これで、何か変わるのだろうか。
───────────────────
「一つ聞きたい」
「斬りかかってきた奴が持つ冷静さじゃねぇな。情緒不安定か?」
「……すまない」
「そこで謝んじゃねぇよ」
「取り敢えず聞かせてもらう。その、俺が斬ってしまいそうになった時も思ったのだが、何故平然としていられるのだ? お前等は違法物を売りさばき、信用を得る事でのし上がり上を目指そうと思ったのでは無いのか?」
「……ま、そんな事も考えたか」
「それを邪魔したのが俺達騎士団だ。罵詈雑言くらいは受けるつもりだったがお前だけは表情が終始変わらなかったな。覇気の無い、諦めた顔だが」
「好き勝手言いやがってガキが……まぁ、売買が成功するに越した事は無いがな。違う点と言やぁ上を目指そうなんてつもりは無いという事だな」
「生きるため……か?」
「さてな。ぶっちゃけはした金で泥食って生きるくらいなら? 同じクソみてぇな金額の仕事なんて幾らでもあるし、俺は多分シリアルキラーでも精神異常者でもねぇから働こうと思えば働けただろうな」
「なんでだ」
「あ?」
「そこまで客観的に見れるなら何故辞めなかった。何故自分の事すら置いて非人道的行動が出来る! 他人も自分も見捨ててお前は何がしたいんだ!」
「───死にたくねぇんだよ」
「……」
「死にたくねぇ──嗚呼死にたくねぇ。そう思って生まれてた訳でもねぇ。かと言って人生謳歌なんて特に考えもしねぇさ。でもな、他の人間を見てるとよ……俺にもワンチャンあるかなって思うんだよ」
「……あるわけがない」
「そう、ある訳がない。それでも楽しいを知りたくなる。はした金でヘコヘコ頭下げる事に慣れて、人が馬鹿になっちまうヤクを売ってもよ……買った奴は気色悪ぃ笑顔で『ありがとうございます』って言うんだよ。馬鹿かっての。何回『人生壊れてんぞ』って言いそうになったか分かんねぇや。売る事と
「お前はそうせざるをえない環境に生まれたのか?」
「……まぁ捨てられるってのもそう重いわけじゃねぇんだ。本当にキツイのは守る対象がいる事だな。俺の場合はノロマな弟さ。少しでも俺達を可愛そうと思った奴は密かに食いもんを持ってきたよ。それで生き長らえてきた」
「──で、馬鹿な俺達は少しでも恩返ししようと教養のなってねぇ頭で考え、ゴミでも雇う
「今回と同じか」
「ああ、違う。ベテランの集まり+α……お前みたいな優秀な奴じゃ無くてな、新人の集まりさ。俺はそんとき15だったからおとなしく捕まって最低限の飯貰おうと思ったんだがなぁ……11の弟が自分の生活が破壊されると思い込んでな」
「殺したか」
「殺そうとしたのは確かだ。実際手が逸れて脇腹に浅い突き傷。それで焦った騎士達が弟の胸を斬って終わりだ。俺は普通に逃げたがな」
「
「最初は恨んだ。幸せにしてあげようと弟の為に日金を稼ぎ、その弟も自立しようと俺と一緒に働いた。で、その弟が殺されていつか復讐してやろうと思った」
「でもな、後々考えて分かったんだ。弟が斬られた時に先に動いたのは足だったって。浅い正義感がただの義務感に変わったのに気付いていなかったんだ。幸せになろうとしてたのは俺だった」
「それで、腐ったのか」
「諦めたな。俺に出来ることは金を貰って上から渡された薬を売り、バレない程度に逃げる。使えない部下は身代わり要員になるが、まあ何も感じねぇな。同じ屑同士」
「──聞きたい事は終わった。これからブチ込む」
「お前天然か? それともワザとそういう無遠慮キャラやってんのか? 同情するもんじゃねぇのか普通の人間は。して欲しくはねぇが。俺からも少し聞かせろ」
「なんだ」
「騎士ってのはよ、正義感で動いてるもんだ。人を助け悪を挫く……まさに守護者と言ってもいい」
「だな」
「でもお前等みたいに汚れ役がいる。汚れ役にも珍しいガキがここにいるがな。で、健全な精神で善行を日々重ねる本隊だが……
「誰に対してだ」
「団長も、お前にもだよ。まともな精神持ってる奴がまともな行動で人を助けようとして違う人間を殺すなんて耐えられる訳ねぇだろ。普通辞めるわ」
「何が言いたい?」
「お前──この仕事に信念持ってねぇだろ」
────────
「話は終わりだ」
「終わらせねぇ。久し振りに騎士の嫌がる顔を見れたんだ、弟まで持ってくぞ」
「引きずってるじゃないか弟の事」
「諦めただけで忘れたわけじゃねぇ。続きだ。信念ありじゃその乖離性で腐って騎士を辞めたくなる。じゃあどうだ? 騎士としての行動理念が自分で固まってなきゃ迷い惑って結局その境遇に適応しようとする。今のお前がそれだ」
「違う。俺は騎士に──」
「お前やっぱ馬鹿だよ。夢叶えたのに現実見えてねぇじゃん。普通現実見てから夢叶えるんだぜ?」
「現実など今思い知っている……!!」
「甘え。お前もお前で普通とは離れた人格をお持ちだな。さっきお前が環境に適応しようとしていると言ったが撤回する。お前は諦めてるだけだ。ベクトルは違うが本質的に今の俺と同じ。丁度俺が腐ったのは16だが……お前何歳?」
「…………17歳」
「うは、似たもの同士だな」
「ふざけるな!!!」
「わはははは!!!」
くそ、こんな筈じゃなかったのに。
腐った奴相手に、人の命を弄んだ奴に、自分すら捨てた奴に……
──────────────────────
「遅れました……申し訳ありません」
「構わん。どの道お前なら逃さんだろうし、緊急の用事も来ていない。今回の任務はお前が居たおかげで迅速に終えられた。部下の負傷もない。感謝する」
「いえ……自分にできる事をやったまでです」
「お前に出来ることは俺達が束になっても出来ない。自分を卑下するな……」
珍しく優しい顔で部隊長が頭を撫でてくる。
痛い。撫で方が荒い。耳が曲がる。俺17。
そういうのは肩に手を置いてやるべきだ。
強面の男にやられて嬉しいものではない。照れる事なんて以ての外。
まぁ大人のエルーンお姉さんにやられると少し──ほんのすこぉーし嬉しいかもな。
「で、どうだ」
「どうだ、とは?」
撫で心地ですか? 最低ですよ耳が痛むし頭皮捻じくれたかと思いましたよ。大体子供も抱いたことない強面二九歳の貴方が簡単にエルーンの耳を調伏出来るとでも?
フッ! 笑わせる。
知り合いに静かなエルーンがいますが耳を触ると烈火の如く反応し嵐の様に身をバタバタさせますよ。
まぁエルーンの耳にも差がありますからね。脇の下をこちょこちょしても効く人がいたりいなかったりするのでそれと同じ様なものです。
同種族ですら測れない距離というものがあるのに貴方がそれを理解できるとは思えないんですよどうですか?
貴方に妻は出来ますか?
「なんか殴りたい……」
「俺そんな挑発的な顔してました?」
「『貴方に妻は出来ますか?』って煽られた気がするな……」
「マジかよ」
「当たっていたのか。それよりどうだっていうのはあれだ。お前が遊撃隊を続けるのかって話だ」
「続けますよ」
「そんな簡単に承諾するべき物じゃない。軽く覚悟をするな。覚悟
「分かっています」
愚問だ。
「なら今だけは聡く在れ。そして猶予を与える。考え込んで何方かを受け入れろ」
「猶予も余裕もいりません。この仕事をやります」
「何故そこまで迷いを捨てる? さっきまで迷亭していたお前が」
「対話して気付いたのです。自分はどうやら……頭がおかしいみたいなのが。何でも受け入れ享受しているように見えて唯諦めているだけ。なのにそれを俺は自覚できていない。欠陥的な思考です。でも、
「その覚悟──虚偽は無いか?」
「ありません」
「ならば付いてくるが良い──コーリス・オーロリア。恐ろしき霧の申し子、傍観を捨て絶念を選んだ騎士。誇りは国に委ね、自己を薄め尚かつ保て。お前は遊撃隊の柄になり……支え、剣身である本隊を守り捨てられろ」
「了解」
(この子は本当に人を守り、自らを滅するのだろう。尊い意思だ。卑下するのは誰であっても許される事では無い。憧れしか持ち合わせていない少年が瞬く間に騎士としての理想系を描いた。だからこそ────
──