幽々の空、灰暮れに   作:ルイベ

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2.空を跨ぐ

「そろそろ行きます」

 

騎空挺が駐屯する乗り場では、人だかりが少なからず出来ていた。

今日はコーリスが島を出る日。

フィラと約束をしてから、驚く程に三ヶ月が早く過ぎたように感じた。

そんな彼を送るのは、捨てられていた赤子の彼を拾った高齢の夫婦。

コーリスが島を出たいと思っているのを見抜き、相応の金額まで渡してくれたので、コーリスは感謝が尽きない。士官学校への連絡も済ませたという点では、相当彼を甘やかしていると言えよう。

 

「今までお世話になりました。コーレ伯母さん、レルフ叔父さん」

 

「はは!そんなに畏まらんでもいい。いつも通りが一番過ごしやすいじゃろ?」

 

そう快活に笑うレルフは、捨てられたコーリスを発見した張本人。老いを感じさせぬ力強い振る舞いは周りにも活気を与え、強い存在感を示す。

それに反しコーレは静かな雰囲気を保ち、穏やかで人に安らぎを与える。

 

レルフは義理の息子の旅立ちを笑顔で送り、コーレは溢れ出る涙を布で拭き取り、無事を祈る旨を伝える。

この夫婦の他にも島の人間が大勢集まり、コーリスを送り出そうと様々な言葉をかける。

風邪を引くな、無駄遣いはするな、独身にはなるな、友達作れ、蜂の巣食うな、耳掃除を忘れるな、など、心配に近いものが様々だ。

こうして見ると、自分は意外に皆に好かれているのだろうか?という浮いた考えがコーリスによぎる。

 

実際、コーリスは街でも色々な人物との関わりを持ち、また、人の助けになろうとする彼の態度は密かに村の人々の好感度を上げていた。

そんなコーリス達まで駆け寄る影が一つ。

コーリスの幼馴染である。

 

「ん?どうした。ここまで降りてくるなんて珍しい」

 

「う、まぁ…別れの挨拶くらいはするべきだと思ってな…少しな…」

 

彼女の家は村から離れた山にあり、その場所もまた人々の疎外感を感じるには充分だった。

村の人々もあまり見ない顔付きに驚き、それと同時に交友関係を持っていたコーリスを意外に思った。

 

「なら恥ずかしがらなくても良いだろう。いつも通り堂々としろ、○○○

 

名前を呼ばれた彼女は一瞬たじろぎながらも前を向き、コーリスに言葉を伝える。

 

「あ、えーと…む、向こうでも、元気にな」

「口下手か」

 

コーリスは殴られた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「まったく酷い話です。知人の見送りを打撃で済ます奴がこの世界にいるでしょうか?いえ居ませんよね」

 

「お前は少し黙っとけ」

 

飛空艇。

それは空を飛ぶ移動手段であり、この世界に生まれたからには絶対に『乗ってみたい!』と思わせる乗り物である。

まして男にとっては最高の憧れ(浪漫)である為、コーリスはとても浮かれていた。

たとえ殴られて騎空艇に搭乗してしまったとしても。

 

彼女が怒りに身を任せ、この騎士目指しの愚物を殴った理由は、単純に『お前に言われたくねーよカス!』というような感情が湧いたからである。

 

この男、自覚してないがとんでもない言動をしている。

勉学に悩み、コーリスに相談をした者は『ああ、単純に覚え方が下手なだけだろう。未だに身につけていないのか?』と、鬼畜極まりない暴言を吐く。

なお、本人にとっては『ああ、自分に合った勉強方法が見つけられてないのか…それならしょうがないな!まだ身につけてなくても、余裕で間に合うよ!』と言っているつもりである。

 

挙げ句の果てには、騎空士に憧れた小さな子供に対して、『高所が苦手なお前には向いていないな。そんなんじゃとても無理な夢だ』と、外道ここに極まれりと言った言葉を吐き捨てる。思わず泣いてしまう哀れな子供。

この時ばかりは村中の同年代にビンタされた。

 

これも本人には『いい夢だね!でも、高い所が苦手なのを直さなくちゃ大変だよ?これから苦手意識を消していくのを頑張ろう!』という吐いた言葉そっちのけの脳内変換が行われており、同年代から粛清を受けてた時は、『これがいじめか…』という被害妄想まで生まれていた。

 

はっきり言ってこれじゃただの屑である。

コーリスが村の人々から嫌われなかったのは、村の人々がコーリスをネタ扱いできる程に悟りを開いていたのと、コーリスの毎日に及ぶ献身的な行動が村の為になっていたからであろう。

どっちみち口下手に変わりは無いのだが。

 

「…あなたは暴力肯定派ですか?へー」

 

「お前拗ねると本当面倒くさいな…度量ハーヴィンか?」

 

「そこまで言わなくても…ハーヴィン族に失礼です」

 

「自覚あんだったら直せ」

 

コーリスが現在話している人間は騎空艇の操舵士。名をサレア。茶髪で眉目秀麗な彼女には、一時期ファンが増えたとか。

トラモントにいる僅かな操縦士で、その操縦の実力は他の空域の者と比べても上位に位置するらしい。

若年、そして女性ながらもその操縦能力は天候に関係なく目的地まで難なく到着させる精密さ。まさしく天才と言うべきものだろう。

 

まぁ、その毒舌と荒々しき男のような口調のおかげで婚期を逃し……そうになってるだけだから問題は無い。

少なくとも逃しそうになってるからイライラして辛辣な言葉を子供に投げかける訳ではないだろう…多分。

だが、お互い遠慮の無い言葉を投げかける性格からか気が合い、年の差は11もあるが、今ではすっかり仲良しである。

 

「サレアさんはリュミエールに行った事がありますよね。どんな感じの島なんですか?」

 

「ああ、運び手という職業柄かあんまり中には入れないからな。詳しくは分からないが、まぁ…活気溢れる島だったな。経済は回ってるし、皆笑顔って感じの島だ。犯罪者の数も他の島に比べて少ないらしい。騎士団で有名な国のフェードラッへにも行ったが、あそこは国として機能してるが堅苦しい雰囲気があったな。勿論元気で煩い奴もいたが」

 

「色々珍しい国って事ですね」

 

「そういうことだ。リュミエール聖騎士団も活動が案外自由で、弱い奴でも受け入れるらしい。前に不器用なハーヴィンでも入れたって話だ。来る者は拒まず、辞める者も拒まずって体制と聞く」

 

「そんな国でも一応士官学校は存在するから良く分からないんですよね。実際リュミエール聖騎士団の強さはかなり有名ですし」

 

「指導者が優秀なんだろう。力が無く、取り柄さえ無い奴に対しても適材適所を見つける程にな。まぁ、一番影響を与えているのはこの体制を長年続かせている歴代の国王達だがな」

 

 

コーリス達の住むトラモント、リュミエール聖騎士団本拠地のリュミエール聖国、国を守護する騎士団で全空に名を轟かせるフェードラッへ。

これらの島は全てファータ・グランデ空域という一つの地域として纏められており、広大な海に身を浸すアウギュステ列島や、翠緑の森を持つルーマシー群島、艇整備職人の島であるガロンゾ島を始め、豊かな土地で溢れているのがこの空域の特徴である。

数々の島を渡った操縦士がその中でも特に活気に溢れていると言ったのがリュミエール聖国だ。

 

空域で語るならば、ファータ・グランデと魔物を凶暴化させる乱気流、通称瘴流域を挟んで隣接するナル・グランデ空域が挙げられるが、ナル・グランデは数多くの国が覇権を争う戦乱の空域であり、とても平和な空域とは言えない。

さらに遠方にはファータ・グランデやナル・グランデを超える規模の空域、アウライ・グランデ大空域があるが、多くの瘴流域を挟む上に堅固な情報網で仕切られているため、詳細を知るものは少ない。

 

幾つかの空域の中で、比較的平和なファータ・グランデに生まれるのは、誰だって幸福に思うだろう。

だが、ファータ・グランデにも問題は少なからず存在する。

まず、この世界には『空の民』と『星の民』という種族が存在していた。

空の民とは、言わずもがな現在全空域に存在する四種族、つまりヒューマン、エルーン、ドラフ、ハーヴィンの事である。

そして星の民とは、遥か昔…それこそ数千年前にも遡る時代に突如姿を表した侵略者である。現地民にとって謎でしか無い莫大な技術力を持って土地を蹂躙し、全空最悪の戦乱である『覇空戦争』を引き起こした圧制者達。

戦争を引き起こした後、自分達の兵器を遺して消えるように姿を隠した謎の種族である。

 

星の民の使っていた兵器の名は『星晶獣』。

名称に獣と入っている通り自我を持ち、この世界の創造主である神にも等しい力を持っているとされている。

星晶獣は各自何らかを司る能力を持っており、その全てが戦いに関わる物だった。だが、星の民が撤収した事で戦っていた星晶獣は放置、残った星晶獣は主を失い、結果空の民の地に残されてしまった。

それを見た空の民は星晶獣が蔓延る事を危惧し、数多くの島と契約を結ばせる事でその力を使った発展の仕方を見つけ、もしくは守り神のような存在にした。

 

ここまでは良いのだが、ファータ・グランデ空域には星晶獣と契約した島が多すぎるのだ。

もし、何らかの影響で眠れる星晶獣が暴走し、それに刺激され他の星晶獣が暴れ出してしまったら……きっと第二の覇空戦争が始まってしまうだろう。

そんな自体にならないよう、各島も立ち回っている。

水を司る島なら水質汚染に気を向ける、大地を司る島なら森林破壊などを控えるなど、様々な対策を欠かさない。

 

なお、トラモントは星晶獣と契約していない島であり、歴史書にもそのように記述されている。

 

「星晶獣…仕事的に会う事になりそうです…」

 

「会う時はその島の一大事って事だ。滅多に無いから安心しろ。暴走した星晶獣なんて私でも聞いた事が無い」

 

実際、暴走を危惧されていると言っても実例がここ数十年まったく無い。

周辺の魔物が暴れるケースは少なくないが、星晶獣が人目に触れる瞬間などは無い。いや、あってはならない。

 

「もし、会う事があるなら命に関わる瞬間だ。今からでも気を引き締めろ。私も操舵士という身分、命を背負う事も自分の命を掛ける事もある。だが、お前は人を守る騎士。私以上に命を張る人生になるだろう」 

 

「……分かっています」

 

「秘密にしておけと言われたが流石に言っておく、お前が騎士になりたいと発言した時、コーレさんは肯定するのを渋ったそうだ。あのレルフさんでさえ苦痛に満ちた表情をする程なんだ。お前が島を出た後、きっと泣いただろうな。いいか?お前は後ろめたさを覚えてはいけないんだ。夜通しする程悩んだ末の厚意で送ってもらったお前が後悔するな。それこそ本当の屑野郎になってしまう。いや、ただのポンコツか?」  

 

「…」

 

厳格な口調から悪口になり掛けているが、これも自分への気遣いだとコーリスは受け取った。

 

「説教みたいで個人的に好きじゃ無いが、お前はもう割り切るべきだ。夢だけで行動をした結果堕落なんてのは見るに耐えない。お前は後悔することなく前に進もうとしろ。それが夢の実現だ。無償で得が出来ると思うなよ」

 

厳しい口調だが、コーリスはそれが心地良いと感じていた。無論Mでは無い。

 

明らかになった伯母達の思いと、サレアのアドバイスに隠れた優しさに胸が暖かくなったからだ。

思わずコーリスは頭を下げた。操縦しているサレアが見える訳も無いのにだ。

 

「ありがとうございます。サレアさんの言葉、胸に刻んでおきます。あと…」

 

「ん?なんだ」

 

「やっぱり優しい人ですね。貴女は」

 

「チッ…言っとけ」

 

サレア一瞬忌々しいと言いたそうな顔でコーリスを睨んだが、コーリスには温厚な笑みが浮かんでいるだけ。

ここで終われば良いのだが…

 

「お礼に今度…いえ、もうちょっと先に成りそうな話になるんですが…」

 

「あ?」

 

それで終わらさないのがコーリス。

11歳にして『口下手クソ外道野郎』というあだ名をつけられたのは伊達では無い。

つまり…

 

「優しそうな男性を紹介しますね」

「しね」

 

地雷を一踏み、いや百踏み、千踏み。

温かい空気は、着々と、それでいて確実に殺意の奔流と化した。

 

「な!?操縦の片手間で銃を構えないで下さい!死人が出ます!!」

 

「今なら死んでも下に捨てりゃバレねぇなぁ!!」

 

「自分が悪かったです!!!でも、せめて好みだけでも!サレアさんの役に立ちたいんです!」

 

「ッ!……バニッシュピアース!!!」

 

「ちょ、まってk」

 

 

 

 

 

 

                

 


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