幽々の空、灰暮れに   作:ルイベ

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22.儡々の歎き:①

「これは陛下から賜った物だ」

 

「…綺麗な剣ですね」

 

聖騎士団長が俺に見せたのは、黄金色と碧色が特徴的で──まさに宝剣と呼ぶに相応しい代物だった。

以前謁見の間に赴いた時、その剣は玉座の装飾として認識していたが、それそのものが宝だったらしい。

聖騎士長、副聖騎士長は過去に多大な成果を上げたことで褒美として陛下にその役職や武具を賜ったと聞いていたが、彼が今持っているのは戦うには向いていない剣だ。

恐らく用途は別にある。

 

 

「これは権威の象徴。俺達が騎士ではなく聖騎士たる所以と言ってもいいだろう。リュミエール聖王の意志であり、聖騎士団の在り方を証明する剣だ」

 

「特別な力が宿っているわけでもなさそうですね」

 

「そうだ。しかし陛下の意思を体現すると成れば話は別だ。どんな力よりも心に響くさ。無論一定の人間にしか知られていないがな。俺やエクシンダ*1、そして各部隊の隊長だ」

 

「なる程。その時が来たら、と」

 

「お前に預ける。奴が黒だと分かれば捕縛し、この宝剣を以て正義審問を行う。もしも、だ。もしも逃走し他国へ渡る場合は」

 

「──暗殺」

 

「国を守る為なら致し方ない、とは言いたくないな。その時は多くの遊撃隊を派遣する事になるだろう。お前が隊を率いてな」

 

「了解」

 

「頼む………はぁ」

 

 

そう言って彼はため息を吐く。

こう言ってはなんだが、団長は戦闘狂の側面が無いとは言い切れない。彼は剣がとても好きなのだ。

刀身の銀色が好きで、物体を両断した時の断面は鏡の様だとよく言っていた。それは貴方の剣技が色々可笑しいからですと口にしても尚剣への万能感を語る。

鞘に納めるとスッキリするし音もいい。何より装飾等で特色が出る。彼は戦いが好きなのではなく剣を使う事が好きなのだ。

 

──だかしかし、生命を傷つける刃は好まないらしい。

それは血で汚れるから、剣が錆びるから、という理由ではない。人を傷つける剣は荒々しく、暴力の権化として映るからだ。

何より人の凶暴性をむざむざと見せ付けられている気がして、世界が綺麗なものと思えなくなる事がたまらなく嫌らしい。だから、人の清らかさを見る事ができる戦い──決闘を好む。

彼曰く、『剣と四六時中にらめっこして、強い人間に決闘を申し込み続け、魔物を頑張って倒したら団長になっていた』とのこと。…才能に自覚が無いのも怖いものだ。

そんな彼が、此度の任務に良い感情を抱いているはずが無い。

 

「散々放置されてきたんだろう…組織の腐敗って意外と身近にあるんだな」

 

「この国は信頼という感情で成り立っています。現在の遊撃隊の体制は他の隊に認知されているものではありませんから、気付かれないのも仕方が無いかと」

 

「悪性とは言えないしな。何より盲信が起点と推測している」

 

「…それで、任務の経過ですが」

 

「──どうだ?」

 

 

俺は遊撃隊の調査の任務を受けている為、権限により他の任務は打ち切られている。最終的には遊撃隊隊長への正義審問を目標とするが、遊撃隊そのものへの懸念なので、何かしらの思想に侵されてはいないかと調べる必要がある。

遊撃隊を調べ回っていることは隊長も知っているので、彼は自分が怪しまれている事に気付いている筈だ。

そしてこれは推測だが…彼が俺を危険視している事。それを考えれば、俺の能力の危険性を主張し提言する事で組織の混乱を招くかもしれない。俺の能力は国の重鎮達に知られており、その上で行使を許可されているが、これを機に考えを改める可能性がある。

組織の混乱は秩序の崩壊を招く。これは止めたい。

 

「小部隊の隊長から隊員の様子を調べましたが、変わった様子はありません。が、これが少し問題です。常に誰かを疑い欺く体制を整えること。この遊撃隊の思想が()()()()()()()、と当たり前の様に受け入れられている事です。彼らには疲弊した表情もありません。聖騎士長の予想通りの展開です」

 

「…なる程な。暗殺自体は滅多に行わない。しかし人を疑う必要はある。その行為に信念は無く、あるのは義務感か。底から改善する必要があるな」

 

「はい。本来の役目──戦闘時の陽動、撹乱を元に行動。そして聖騎士団の揺らぎを支える事。そのように認識させる事を目標とします」

 

「良し。俺が正義審問をしても良いんだが…それは本隊の役目では無いからな。それを乱しても困るだろう?」

 

「体制の指摘なのにルール破ったら意味ないですからね」

 

 

状況の確認を速やかに終え、聖騎士長は宝剣を俺に差し出す。

その柄を掴むと、凄まじい重量感が物理的に襲ってきた。今思えば装飾用に宝石がふんだんに使われているので、言ってしまえば剣の形をした金塊だ。

重くないはずが無い。思わず両手で抱えないと落としてしまいそうだ。

 

 

「この剣の金属密度はどうなっているんですか…?」

 

「大事な物なんだから壊れないように念入りに作るだろ。作る過程で魔法とかも使われているから生半可な硬さじゃない。まぁ斬るのには向いていないけどな」

 

 

これを片手で持ち相手に突き付け、正義の在り処を問う。

物理的な重さに加え精神的な重圧もやってくる。何せ尋問に当たる行為は初めてだ。

そも、あれは相手に騎士道精神がある事を前提とする。突っぱねられてはどうしようもない。

 

「この後陛下の前で正義審問を行う。招集も既に終えている。時間通りに奴が来ればお前の出番だ」

 

「分かりました」

 

 

聖騎士長はそう言って、陛下の元への移動を促した。

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

「コーリス・オーロリア。招集に応じ参上致しました」

 

「うむ。面と向かって話すのは初めてだな。お主の功は耳に届いているぞ」

 

「は。よりリュミエールの役に立てるよう精進いたします」

 

「期待している」

 

 

今俺の目の前にいる壮年のヒューマン。

彼がリュミエール聖王その人である。決して多くを語らず、兄である先代聖王が急死してから次の聖王へ繋ぐために玉座に座る事を選んだ人間だ。今回の遊撃隊の事例も、陛下が急遽聖王となった為聖騎士団の体制を把握しきれかったのだろう。それでも完璧に近い統治能力。尊敬に値する御人だ。

 

「コーリスよ」

 

「どう致しました?」

 

「不甲斐ない事だが、今更引っかかった事がある。ルクスに言う事が正しいのであろうが、聞いてくれるか」

 

「御意」

 

寡黙以前に国王としての振る舞いから、陛下は軽々しく会話を広げない。混乱を嫌う道理があってこその話だが。

それ故にこの話題は意味のある物なのだろう。

 

 

「…兄の死因が病死だという事は知っているな?」

 

「国中訃報の知らせで混乱の渦中におりました故、よく覚えています」

 

「兄は王として生きた。暗殺、失墜、裏切り…それら全ての可能性を恐れつつも耐えて生きた。末路は当人の病。救えない話で終わるはずだったのだが、妙に腑に落ちない事がある」

 

「───」

 

「遊撃隊が孤立したのは兄が死ぬ5年前。士官学校にいたお前には想像できないだろうが、遊撃隊は多大な成果を齎した。正に全盛期。リュミエールの治安も当時の遊撃隊が作り出したと言っても過言では無い」

 

 

実際、この成果から信用に足ると判断され、国の為に孤独になる事を許された部隊だ。

小部隊長に飽きるほど聞かされていたから分かる。

魔物の襲撃が全く無いのもそれの影響だ。トラモント、スルトの住んでいたバルツ公国等はしばしば魔物が入り込んでいたのでその点の違いはよくわかる。

 

「魔物を排除すれば国に入る余地が無いのは当然の事。だが、事前に危機を察知して魔物を斃すという行為は決して簡単なものでは無い。遊撃隊は本隊の援護を目的とする部隊。そも、手前勝手に行動していい物では無いのだ」

 

「観測者が一人いれば情報にはこと欠かない、と判断するには無理がありますね。伝達から部隊の編成、対応に当たるまでの時間はそう短いものではありません。見回り任務の途中、偶然侵入しようとしている魔物がいたから排除した、なんて事もありえません」

 

「加え、その数年後に盗まれた星晶獣に関する書物。我が国は星晶獣に精通している訳ではない。だからこそ学者たちが知恵を絞り、"もしも"の場合に対応出来る可能性を作っている」

 

 

その書物が盗まれた時には既に俺は聖騎士になっていた為、その情報も噂の限りとしてだが耳に入っていた。一般的に知られる覇空戦争の歴史書には戦争の背景は乗っていても、どんな戦いかは明記されていない。

単純に星晶獣が現存しているからだ。それを利用する事は不可能では無い。悪用を防ぐ為、意図的に隠された歴史。

 

だが、国が保有する物は別だろう。少なくとも、この地で起きた戦禍は記録されていても可笑しくない。星晶獣の能力、対応策も細かく書いている可能性がある。その数冊の内一冊が盗まれた。当然、許可されている者しか見る事ができないので、遊撃隊の隊長が直々に王に許可を求めたのだろう。

今までの戦績を兼ねて頼み込んだのであれば、降りない事も無いと考えられる。

 

 

「それが盗まれたとなれば学者達の混乱は必須。覚えている限り盗まれた本の詳細を絞り出させた」

 

「…それが魔物の動向と関係が?」

 

「──少なくとも一体、関係のある獣がいた」

 

「その獣はどのような物だったのですか?」

 

「名はショゴス。"求心"を司る星晶獣であり、古来近辺の国を陥落させた()()()だ」

 

「指揮官…ですか」

 

「ショゴスの権能…それは心に接近するという物だった」

 

「それはつまり…」

 

「そう。自我を持つ生物への対話(アプローチ)を目的とした獣だったのだ。記録によれば数多くの飛竜、巨獣を率いての物量戦を仕掛けてきたらしい」

 

「恐るべき力です…確かにその獣を使えば魔物を使役する事も可能でしょう。しかし」

 

「解っている。ショゴスがいたとして、それを利用できる程遊撃隊は強くない。星の獣は簡単な代物ではないのだ」

 

「詳細は本人が来るのを待ちましょう。私が必ずや情報を引き出してみせます」

 

「盗んだ輩が遊撃隊隊長とも限らないし、そも彼奴は何も罪を犯していないかもしれない。その点を留意せよ」

 

「はっ」

 

 

 

…少し気になった事がある。

覇空戦争は星の民が作りし獣、星晶獣を用いて空へ攻めてきた事による戦いだ。各島々の大地を芽吹かせ続ける程の力を持ち、その権能はまさに天災と言ってもいい。力の差異はあれど、人間にとって脅威でしか無かった存在だ。

そんな無謀な戦いに勝利したのは…空の民。不条理を覆したのは、知恵と覚悟。そして何より数。

 

島が攻撃され国が滅びる度に対抗策を絞り出し、戦力が尽きるまで対峙し続けた。人間という種が滅びる可能性もあったと聞く。それ程までに玉砕覚悟の特攻を繰り返し、遂に勝利した。

だがしかし、先程のショゴスは何かおかしい。生物への対話を試み、率い、統率して国を滅ぼした。

 

そう、()()()()を使う事でだ。

強力な魔物しか使っていないと仮定しても、この空域には数え切れない数の魔物がいる。対話し、率いる程の知能があればそれらを集め一曲集中させる事で、時間はかかるが国のみならず島を落とし支配する事も出来ただろう。

全ての空の民が結集して対応したところで他の星晶獣に攻められ終わるだけだ。如何にしてショゴスを退けたのか。

 

単純に弱点を見つけたのか、能力の限界があったのか。

もしくは──無力化する方法があるのか。

 

 

 

 

 

いや、待て。生物への対話と言ったな?

飛竜、巨獣、属性生命体、妖精等の強力な存在。ならば、人間へのアプローチも可能。

人間を操れば戦争の勝利は確定…!だが現に空の民は勝利した。

となればどのような対抗策を取ったのか。そして一部は契約により使役できる星晶獣の存在。意図的に高く作られた知能。

強力無比な星晶獣の利用法…!!支配ではなく対話。

 

まさか。

懐柔──────

 

 

 

「伝令!!!」

 

「…!!」

 

 

 

唐突に開かれた扉の声で思考が途切れる。

訪れたのは遊撃隊隊長では無く、城を守る門番だ。かなり焦燥とした様子で声を出す。ただ事では無い。

それを察した陛下が問う。

 

 

「何事だ!!」

 

「このリュミエールに多数の魔物が接近!!!他の島から魔物が集まり徒党を組んでいます!」

 

「何だと!?」

 

「空中を移動できる魔物が巨獣達を運びこの国に向かってきています!!」

 

「まさか…今すぐ全隊を招集!各部隊に医療隊を行き渡らせ戦いを継続させよ!特に守護隊の援護は怠るな!」

 

「既に聖騎士長が部隊をまとめ出撃しております!その点は問題ありません!」

 

「よい!ならば民の避難急げ!」

 

「はっ!!」

 

 

伝令を終えた門番が去ってゆく。

俺も出撃しようと陛下に伝えようたした時、またもや扉が開く。

 

 

「で、伝令!」

 

「……何事だ?」

 

「遊撃隊隊長を招集しに出向いた遊撃隊隊員2名が死亡!心臓と喉への傷からして、遊撃隊隊長が殺害したものと──」

 

 

ショゴスの権能を受けた魔物と近しい挙動。重なる遊撃隊隊長。嫌な予感がした俺は怒りをぶつけるように彼に詰め寄った。

 

「隊長はどうなった!!」

 

「し、島を出た小艇が一つ発見されました!恐らくは逃亡したものかと…魔物はそれに見向きもせずこちらへ()()してきます!」

 

「クソッッ!!!」

 

 

疑っていた事がバレていた!

王からの招集以外に勘付かれる要素は無かったはずだ!!

いつ…?

 

 

「コーリス」

 

「……!」

 

「霧を出すことを許可する。記憶を奪えば進軍の速度も減るだろう」

 

「…御意」

 

 

そうだ。今は魔物の討伐を最優先に考えろ。

国を守れコーリス。人を助ける事がお前の役目な筈だ。

 

「感謝致します。陛下」

 

 

一礼して、俺は町に出た。

未だに魔物は入ってきてはいないものの、外門でかろうじて食い止めている兵達は確認できた。何故か空からは攻めてきていないらしい。

違和感を覚えてながらも霧を噴出し、魔物だけを認識するよう形を変えた。

 

 

感じたのは恐ろしい数の魔物。

集めたのは数だけか強さとしては大したことが無い。消耗さえ避ければ倒す事は容易だろう。だが、一定の間隔で次々と巨大な魔物が配置されている。明らかに人為的な進軍。

ショゴスか隊長か。何らかの意思が介入している事は間違いない。

 

 

「───関係ない」

 

 

魔物であろうと、星晶獣であろうと、人間であろうと。

敵ならば、倒す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう決意した時、広い広い霧の中で。

"何か"が言葉を発した気がした。笑っている気もした。

ただ言葉の中身だけははっきり聞こえた。それはこう言った。

 

 

 

 

§Å ✿❡✑❢〰⌒❐‰(さぁ、覇空戦争の再開だ)

 

 

 

 

 

 

*1
エクシンダ・オクト。リュミエール聖騎士団副団長






ちなみに今のコーリス君の年齢は19です。

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