23.Re:覇空戦争
「な、に……が?」
炭の匂い。
炎が木々を乱雑に燃やしており、空には未だに魔物の咆哮がこだましていた。
「……あれは、ショゴスの声か」
コーリスは身体を起こし、そして自身の霧が晴れていた事に気がついた。
傷は幸い負っていない為、彼は直ぐに仲間の元へ戻ろうとする。だが、またある違和感に気が付いた。
気絶している中で、仲間が誰も自分の元に来ていないのだ。任務の達成関係上けしかけられていた魔物を排除して駆け付ける筈なのに、誰一人周囲に存在しない。
疑問に思いながらも、コーリスは騎空艇まで戻ろうとした。
……そこで、ある物を見つけてしまった。
「…………は」
血塗れの鎧、腕、足、撒き散らされたのは腸。
「ぅ」
えずきが収まらず、嘔吐を何とか堪えた。
死亡者1名───
「……」
首だけが消えた死体。
──2名。
「さん……よん……ご」
──5名。
「みんな……?」
そこでコーリスは上空を見た。
空は蒼くなど無かった。
巨大な飛竜が渦を巻いて空を支配していた。
一瞬だけ、ショゴスの目が此方を向いた気がした。
「コーリス!」
「っ!」
生存者。
地竜の相手をしていた盾兵である。兜は既に破棄されており、汗を撒き散らしながら駆け寄ってきた。
「バリクさん……!」
「霧は出すな……
「……何が、起きたんです」
「……大地が揺れた」
それはコーリス承知している。
その揺れでコーリスは頭を打ち付け、意識を飛ばしていたのだから。
「バカでかい竜が何十匹も一気に飛んできて……着地で島が揺れた」
「それで……」
「盾兵は皆体制を立て直したが……本来隊全体で相手する竜がうじゃうじゃいるんだ……皆食われた」
「生存者は……」
「俺達だけだ」
言葉が出なかった。
30人もの隊が一瞬にして粉々になったという事。そして離陸用の騎空艇も破壊されていると聞いた。
「この島にはまだ竜が……?」
「……いいや。もういない。恐らくリュミエールを中心に他の島への準備を勧めている所だろう。協力されては困るから、一つずつ国を破壊するつもりだ」
「……どうすれば」
「団長が来るまで待つ。それだけしか出来ることはない」
二人は再び上を向いた。
竜巻の様な竜の大群の真ん中には、一匹の竜が此方を凝視していた。
偵察の役割を果たすのか定かでは無いが、此方を見ているという事は──
「まずい……! 逃げましょう!」
二人は駆け出した。
なるべく見晴らしが悪い場所へ。
だがしかし、既に竜はすぐ隣の島から飛んできていた。
「バルクさ──」
彼が視認した物は爪。
コーリスは身体の全能力を行使し全力で上体を反らす。
「ぎ───!?」
ブチョン。
トマトを潰すかの様な音が自身の頭から聞こえてきた。
だが彼の意識は途切れていない。
ならば何が起きたか。
「ぐ、ぁぁ…………!」
左耳に莫大な熱。
ブクブクと反響する音。半濁する意識。
痛み。
僅かに当たった竜の小指により、コーリスの左耳の半分は抉られていた。
「コーリス!!」
「逃げろ──!!」
彼が盾兵に逃げろと言った刹那。
盾兵の身体が引き裂かれた。
「あぁ……!」
絶望とは、とても言えない。
これは最早地獄。
「あああああああ!!!!」
コーリスは殺された先達の死を哀しむ暇もなく、叫びながら反射的に剣を振るった。
しかし竜の鱗には刃が通らない。何故なら竜の倒し方というのは、鱗の合間か目玉の奥に剣を突き刺し肉体を破壊するという物。生物としてのアドバンテージが違った。
「がはっ!」
無造作に振るわれた尻尾がコーリスの全身を打つ。
ギリギリ盾を展開できたとはいえ、その衝撃により彼は全身を木に打ち付けられた。
「くそ……が」
竜には嬲るという趣味はない。
ただ視界に収めた物を敵とみなし、食い殺すか潰す。
コーリスに最早逃げ場は無かった。
──だが、真の聖騎士というのは。
絶望を光へと導く英雄である。
「フランベルジュ・メルト!!」
突如竜の身に獄炎が飛び交う。
その熱量、鱗を溶かし全身を気化させていた。
激情の炎。
感情によって熱量が変わる魔力。
最強の火力を持つハーヴィン。
スルト・ヴァーグナー。
「おま、え……」
「久しぶりだな。コーリス」
何年も経っておきながら、その小ささは何一つ変わっていなかった。
「……掴まれ。飛ぶ」
「……ああ、分かった」
コーリスはスルトが彼だけを助けようとした事から、既に死亡者の確認は取れていると推測した。
スルトはコーリスの左耳を見て、拳を握りしめた。
直ぐに踵から炎を放出し、アマルティアから飛び去る。
「お前……一人で飛んできたのか……?」
「そんな訳無いだろう。島には付けなかったが、騎空艇を多数浮かせてある。そこから飛んできただけだ」
「……リュミエールは?」
「島には着陸していないが、上空にずっと留まっている。俺達は空中戦を仕掛けるぞ。奴等が島に上陸したらどうしょうもない」
騎空艇に到着し、彼等は一先ずの足を得た。
───────────
「コーリスさん! 大丈夫ですか!!!」
「ロイス……?」
「心配し────」
駆け付けたロイスが包帯を巻かれていたコーリスの耳を見て絶句した。
血を見たからでは無い。生存者の数で絶望はしたがそれでは無い。ただ、本来あるべき耳の先が存在しなかったのだ。
「治ら、ないの……?」
「音は聞こえる。集音が鈍るから音が霧散するとは聞いた」
「他は……!?」
「お、おい……!」
彼女は直ぐ様彼に駆け寄り、見るからに付いていると分かる手足を触り始めた。
指の先まで確認し、最後には手を握りしめて祈るように抱えた。
「良かったぁ…………」
「……ロイス。戦況は」
「……不味い状況です。空に留まっている竜たちはファータグランデ全体から集めた魔物と推測されています。未だに数が集まっているという事は……恐らくショゴスが魔物との会話を続けているということでしょう」
「今回の任務は聞かされたか」
「先程に緊急で。極秘と聞いていましたがそれどころでは無いようです。契約だけでしか動かない星晶獣の暴走。それが今回の結果です……」
「……いや、ショゴスは暴走していない」
「……それは?」
「あれは、自分の意志で戦争を仕掛けている。恐らく過去に人間を懐柔して偽りの情報を書かせ、さも自身には自我が無いと未来の人間達に思わせたんだ。アイツは明らかに空の民を見下していた」
「見下す……?」
「『空は学んでいない』と言われたんだ」
「上等。潰しますか」
「待て待て待て話を聞け」
「怒りで頭がどうにかなりそうなのを抑えているんですが」
鞘に手をかけるロイスを宥めつつ、状況を把握する。
今、ショゴスは手数を更に増やしていて、その狙いはリュミエールだけでなく空域そのものと言える。だが、最初にリュミエールを狙う事は確定。
その事がますます彼女の怒りを加速させていた。
世話になった先輩達を殺され、友の耳を抉られ、更には国を陥れようとしている。
赦されざる傲慢。
「二人とも。来てくれ」
そこで騎空艇を寄越した本人、ルクス団長が現れる。
「団長……」
「コーリス……耳は?」
「痛みは勿論ありますが……問題はないかと」
「ッ……問題ない訳ないでしょう!」
「ロイス!!」
「何ですか!」
「今は言い争っている時間がない! コーリスの力が必要になる……!」
「…………分かりました」
「だが……遊撃隊長を任せっきりにしてしまった俺の不手際だ……すまない」
コーリスは素直に違いますとは言えなかった。
「……それで、次の作戦は」
「ああ。今説明する。来てくれ」
───────
騎空艇の真ん中には乗員が全員集まっていた。
「先ず此方の兵力を説明する。騎空艇6隻。戦いに参加できる兵士は221人。国に接近した竜の陣は俺とエクシンダ、スルトで倒した。他の国にも救援を要請している」
兵力を聞いて強面の騎士が呟いた。
「騎士はもう少しいた筈ですが……」
「アマルティアの死体を見て心が折れた者もいるという事だ。避難誘導の任に当たっている。間違っても逃げたなどと下らない形容はするなよ」
あの後アマルティアの生存者を改めて探したが、集まったのは遺族の元へ還す死体だけだった。獣に殺された人間がどのような姿で死ぬのか、騎士たちは思い知ったのである。
「先ず、飛竜への対処だが……スルトとエクシンダ、俺しか直ぐに倒せない事が分かった。中でも効果的なのはスルトが溶かす事。俺とエクシンダでは少しずつしか削れない。よって、引き付けた後に一気に撃滅し、中心にいるショゴスを狙い撃つのが理想的だ」
スルトの特性は感情の炎。
魔力と魔法には全く関与しない異能。無限の広がりを見せる。
怒り。その極致に至れば生命を融解させることなど容易い。
「他の皆は引き付けと援護を頼む。騎空艇を旋回させつつ魔法や大砲での迎撃は効果的だ。砲撃に関しては頭に命中すれば屠れる。そしてコーリス」
「はい」
「壁を作り続けてくれ。白兵……彼に魔力を貸してサポートをこなせ。そして3段階目の霧の開放。竜の動きを一時的に止めろ。各艇へ伝達! 急げ!!」
「「はっ!!」」
既に、猶予は無かった。
────────────
耳に包帯を巻いたコーリスは剣を握りしめて集中していた。
「……恐らく、私達が落とされればファータグランデは危ういでしょう。あの数の空中機動力では簡単に国が落とされます。本当に……戦争です」
「スルトがいなければ詰みだった訳だ。そしてアイツが死ねば詰み。絞り出すしかあるまい」
「耳は聞こえますか?」
「少し左に違和感を感じるが……俺には霧がある」
「なら、私は左に立ちます。いざという時にはアレを……」
「……しかし、アレは俺の魔力ありきだろう」
「本当にいざって時には借ります。二人だけ落とされた場合とか……」
「最後っ屁ということか」
「そういう事です。その時になったら何体か竜を殺して潔く一緒に死にましょう……はぁ、成人はしたかったですね」
「……死ぬ気か」
「いいえ。全く。……でも、貴方が死ねば私達は死にます。私達が死んでも貴方は死にます」
かつてのクラスメイト達は違う船にいた。
コーリスの様に戦局への影響が大きい者は実力者が多い場所に固められる。
恐怖で戦線を離脱した者の中にも一部、彼らがいた。
ロイスとて、死にたくは無い。
国を守る為に命を懸ける覚悟は持っていたが、今日それが求められるとは思ってもいなかった。
「……あの魔物達は、國を狙っているんですから、私達が間に割り込んでいくんですよね」
「そうだ」
「怖い、ですね」
「やらなくちゃいけない」
彼女は、漠然と思った。
死体すら残らない死に様。でも死んだ後の意識なんて分からないからそんな事は関係なくて、ただ、自身の存在が踏みにじられる事を恐れた。
「5分後の合図が来たら霧を出す。それまで、横で待っていろ」
「……なら、少し話しましょうか」
「そんな暇は──いや……話してくれ。死ぬ前には思い出が欲しくなるものだ」
コーリスやスルト達が死ねば状況は悪化する。
そして、スルト達が生きる状況を作るのがコーリスだ。段々と彼に狙いを絞り、最終的には集中攻撃を浴びせられるだろう。
つまり、コーリスの船は犠牲になる可能性の方が高い。
寧ろ、コーリス達が死ぬまでに竜達を一掃するのが理想と言える程に、生存率は低い。
団長は有志を募った。
強い者のみ、だがしかし国の犠牲になる覚悟、惨めな死を迎える覚悟のある者に頼んだ。
拒否権はあった。そして、即答した者はロイス以外に存在しなかった。断った者はいなかったが、それでも死の恐怖に脅かされた意思は存在した。
先程まで生きると宣言していた二人は、敢えて言わずとしていた死を語った。生存宣言に、価値は無いと分かったのだ。
──二人は、死ぬまでに拠り所が欲しかった。
「私は、勿論おばあちゃんまで生きたいですし……何より国の若者達を育てる強い騎士にもなりたかった。貧乏じゃない程の家を建てれるくらい稼いで、アウギュステの端で海を見つめながら暮らす。そういうのも良いかなぁと思いました」
「家は継がないのか」
「弟に任せます。フィラちゃんとも仲いいですし」
「やらんぞ」
「冗談ですって。でも、貴族は一度言った事は何を持ってしても覆してはいけないのです。今回の作戦前、遺書を書かされましたよね? アレにも書きました。こんな事になっちゃったから国が残らないと渡せませんが」
「……俺には後の事は書けなかった。ただ、感謝の意を寮に伝えた。トラモントには送れないからな」
「……やっぱり。帰りたいですか?」
「会いたいんだ。アイツに」
「フェリちゃんに?」
「………………ああ」
「男の子ですね」
「……」
「楽しかったですよ──相棒」
「最期までよろしく──相棒」
戦いが始まる。
───────────
「……はい。回します」
操縦者が指示を受け、皆に捕まっているように声をかける。
砲兵は砲身を固定し、震えている手を抑えながら立っている。
魔術部隊は目の間にいる盾兵の後ろにいながらも、何時も感じる心強さが微塵も感じられなかった。竜に丸呑みにされ、防御の意味を感じさせないからだ。
それでも、爪や属性の息は肉壁として効果的にもなる。盾兵の覚悟は、この場にいる誰よりも優れていた。
この絶望の中で、二人。
コーリスとロイスは優しく微笑んでいた。それを見た周囲も、直ぐに笑った。
──我等、リュミエール聖騎士団。
──空に蔓延る悪を誅し。
──光となりて希望を成す者である。
「目標地点まで──3」
竜達が此方を向いた。
「───2」
翼を動かし。
「─────いちィィ!!!」
その牙を持って船を食いちぎらんと吠えた。
「霧を出せぇぇぇえぇぇ!!!!!」
「了解!!」
その空に大きな霧が充満し、翼の竜巻を包み込んだ。
ショゴスが対話出来るのは知能がある魔物のみである。本能だけで動けばこの様な霧も跳ね除けるだろう。
だが、記憶を飛ばした違和感に対して竜の知能は反応してしまった。
「砲撃準備!!」
この次の作戦は、動きを止めた竜達をルクス団長とスルトが霧ごと消し飛ばすという行動に移る。
何千もの飛竜を一度に倒す事は出来ないが、船に肉迫する個体を退ける事は可能。
スルトの剣に炎の渦が、ルクスの剣にヒカリが集まる。
「ラグナロク……!!」
「ノーブル…………!!」
炎は円上に。光は横凪に。
「ヴァーミリオン!!!」
「エクスキューション!!!」
その炎は竜の肉体を気体へ回帰させ、その光は竜の肉体を粒子状に崩壊させた。
渾身の怒りと魔力を込めたリュミエールの最大火力。
霧が一瞬にして晴れ、動きを止めていた竜達が反応を始めた。手前にいた生物は既に撃退され、横並びの騎空艇への距離は開いていた。
次なる飛竜が襲い来る。
だが、それが作戦。
「てぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
砲撃命令。
歴戦の砲兵達は牙が襲いかかろうとも照準を顔色一つ変えずに熟す。
当然大技のタイムラグを狙った竜達は被弾する。
霧に包まれていたのは此方も同様で、直ぐに照準が合わせられない事を知っていた。
竜達は確固たる知識を持って挑んだのである。
だが、元遊撃隊長はショゴスを意思のない者として扱ったが故に……コーリスの情報を伝えていなかった。
目の前で記憶を奪った光景を見たが、ショゴスの優れた知能は彼がソレを日に二度使えない事を見抜いた。
失念していたのは──コーリスの霧は段階毎に能力が別れていることだ。彼は霧を認識阻害用の自然現象としか認識せず、遊撃隊長の位置がバレたのは探索用の魔法を使われたと勘違いしたのだ。
分かりやすく言うと。
コーリスの霧はそもそも知覚を基本としている事に──ショゴスは気づけなかった。
「照準オーケーです! 撃ってください!!」
「ありがとよコーリス!!」
彼の霧で竜の位置が把握できた。後は接近に合わせて弾を撃つだけ。
この攻勢削れたのは総数の3割ほど。此方の土俵に持ち込めた段階で後7割。数は以前として絶望的である。
それでも、ショゴスを苛つかせるに十分だった。
「
横並びの竜と船が並んでいるのなら、機動力に勝る魔物達が迂回して攻めれば良い話。
……だが、右にはハーヴィンがあり得ない熱量を纏って浮かんでいる。近寄るのも一苦労な状況。光の剣を撃った男は攻撃範囲が広い。
ショゴスは考えた──潰すなら霧の少年と。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
VS 求心の獣 ショゴス
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「
何処かで触手が蠢いた。
その瞬間、後方の竜が其々の身に宿る属性を解放せんと口を開けた。
戦争は始まったばっかりだ。
ショゴス
・洗脳能力は持たない。
ルクス
・ノーブルエクスキューションは原作のシャルロッテと違って横凪に撃つ。独自設定でリュミエール王国の奥義とした。
スルト
・ブチギレ感情が一番生物にとって害のある炎になるので、戦争では今の状態が一番強い。
コーリス
・左耳上部欠損。
・霧と壁を出すしか出来ない。
・死亡率最上者。
ロイス
・役割は盾兵の回復。
・コーリスがいれば聖騎士団中の最高火力を出せるが、今の状況では出せない。
・死ぬのは怖い。