「付いたぞクソ野郎。ここがリュミエール聖王国だ。荷降ろしの用意をしろ」
「はい」
「寮登録までは付き添ってやる。また妙な事をほざいたら風穴が空くと思えよ?」
「はい。御忠告感謝致します」
昨日の出来事のせいかコーリスに元気が無い。
流石に学んだのか、受け答えも下手な事は言わずに感謝の言葉のみを選んでいる。
コーリスは学ぶ男だ。しかし悲しきかなその場で対応する事は出来てもこれからの人生に活かすことは出来ないだろう……そうでなきゃもう口下手・天然など治っている。
少し大きめの皮袋に包んだ荷物を背負い、サレアの案内の元、コーリスは一言も発さずに、足を動かす以外の身体の機能を停止させ、トラウマを思い出した子供のように続いていく。
一方サレアは不機嫌そのもの。コーリスの方を見る度不満と憤怒、憎しみの混じった舌打ちを無意識に打ち付けていく。
それを見たコーリスは『ああ……そりゃ結婚出来ないな……』と相変わらずの思考を無感情の顔面で広げていたのだが、何を感じ取ったのかサレアは腰に掛けている愛銃の引き金に触れたのだ。
それからコーリスは何も考えなくなった。
何も考えられなくなった。
自立起動していた思考は錆果て、空の風に当たり冷えて止まっていた汗腺からは激流の如き汗が流れ、感情を表していた瞳は深淵の闇を顕現させていた。
少し経った後、コーリスは自分の人生の追想を強いられていた。
物心つく前から年中霧が立ち込めるトラモントに捨てられ、拾われ、コーレ伯母さん達に育てられた。
エルーンの自分にも優しくしてくれたヒューマン達。
森で遭遇した青色の髪を持つエルーンの少女。山の上に家があり、下の森で迷ってしまったらしいから頑張って家に返したのを覚えている。彼女の両親には凄くお礼の言葉を送られた。
(魔物に襲われる村。霧でよく見えない視界の中サレアさんが操縦した騎空艇に乗って駆け付けてきたリュミエール聖騎士団の人々。俺に夢をくれた人達。
夢を追い鍛錬を続け、家で疲れて寝ていた俺を労ってくれたレルフ叔父さん。よく迷惑かけたな……。
10になった頃、友人と小さい子供を泣かし、村中の奴らからビンタを食らう。痛かった。
他の奴らは『子の心の方が痛かろう……』と言っていた。何歳だよ。
あいつの妹、フィラに愚痴を零したら苦笑いされた。
蜂の巣から溢れる蜂蜜を啜った。勿論虫抜きはしてあるが、それでもあいつには無理だったらしい。一晩で俺が変態になった。いつか〆る。
フィラと約束をした。二人だけの秘密。
トラモントを去った。寂しくて泣きそうだ。
サレアさんに怒られた。死ぬ)
「──ッ!?」
「付いたぞ。ここがリュミエール聖王国士官学校第一寮だ。早く証明書を出せ」
「……はい」
コーリスの飛びかけていた意識を銃で叩く事でサレアは戻した。流石に撃つことはしなかったようだ。
彼は再びビクビクと怯えながら寮の扉を叩く。
中は木造りのテーブルや椅子が設置されており、受付机の前には休憩のスペースが広がっている。
何故か受付にいる人間以外に人気が無い。
「すみません、寮の申請に来たものです。これが証明書何ですが……」
受付席に座っている外見中老の女性に士官学校との契約で得た証明書を見せ、話し掛ける。
女性は何やら驚いた様子で紙を見る。
「ん? おお! 騎士志望かい!? 若いのに頑張るねぇ……。んん? トラモント……霧の小島から来たっていうのかい!! あの霧を掻い潜ってよくここまで来たね! ああ、人気が全く無いだろう? それはね、他の島から来て態々
乾いた外見から恐ろしいマシンガントーク。話題を提示するまでも無く舌は高速回転している。
コーリスはおろか、サレアまで冷や汗をかいている。
(このおばちゃん、強い……!)
などとくだらない思考を広げている間にも、トークは終わらない。
「でね! 騎士を目指す人間は皆フェードラッへに行っちまうんだよ! 何故かうちの国は緩いと思われててさぁ、あっちに人員を吸われちまうんさ。個人的には国を守るあっちと空域を守ってるこっちじゃ別物だと思うんだけどねぇ……。まったく、商売上がったりだよ! ん? 横のアンタは? 保護者かい?」
「ああ……一応身分は証明するべきか。私は騎空艇操縦士のサレアだ。こいつを送る為に来たんだ」
「んん……サレア……!?」
「私の事を知ってるのか?」
「そりゃあもう知ってるなんてもんなんじゃないよ! 操縦士のサレアって言ったら超一流の操縦士で豪雨乱風雷鳴などお茶の子さいさいの天才で有名じゃないか!! いやーうちに来るなんて嬉しいこったね! どうだい? 食事でも。騎士はフェードラッへに吸われてるが飯の旨さだけは負けないつもりだよ! 何だったらここを食堂に改装しても良いかなんてねっ! はははは!!」
「あー、ちゃんと住もうとしてくれる人間がいるから辞めとけ。取り敢えず飯は大丈夫だ。こいつを送り届けたら目的達成だからな」
「そうかい……。まぁ未来の騎士様一人確定って事で喜んでおくとするよ」
「そうしとけ。私以上の大物になるかもしんないぞ?」
「まぁた楽しみな事を言うねぇ」
本人そっちのけで繰り広げられる未来への期待。
実はこの二人知り合いかと思わせるような軽い会話。とても初見の若者と年配の雰囲気では無い。
おばちゃんは何百年前からこういう性格と相場が決まっているが、若者は珍しい。
基本、敬語を使かったりする物だが……。
だが、コーリスは少し納得していた。
サレア以外の操縦士も見た事がある故の結論だ。
操縦士とは
……子供に銃を向けるのはどうかと思うが。
舌を回転させながらも事務仕事をきっちり終えたおばちゃんは部屋の番号が記された鍵を渡してくる。
【A-02】と書かれた鍵だ。
「この寮二人しかいません?」
Aとはアルファベットの最初に位置する物。恐らく幾つかの区域で分けられており、次に続くBが存在するのだろう。
そして02とは、区域に存在する部屋の番号だろう。
……両方とも最初に位置する番号ということは。
「……そうさ。騎士を目指す者はいれど本国の人間ばかり。さっきも散々言ったけどあんたみたいのは本当に珍しいんだ。恐らく、あんたともう一人で終わりだろうね。昔は沢山五月蝿い奴らがいてねぇ……私が30くらいの時は部屋が常に満杯さ」
そう語る彼女は先程の和気藹々とした語り口からは一転し、哀愁漂う、そして何かを懐かしむようだった。
単純に騎士業が過疎化した悲しみもあるだろうが、それだけでは無い気がする。そう思ったコーリスは敢えて聞く事をしなかった。
人が自分から言おうとしない限り、人の深層に踏み込むべきでは無いという考えを持っているからだ。彼の数少ない自論だろう。
騎士とは守る事。
守るという事は戦う事。殺めるも殺められるも同率に受け止めなければならない。死にゆく者も少なくは無いだろう。
「辛気臭い空気になって悪いね。部屋でも確認しに行っててくれよ」
言われた通り鍵を持ってAと地面に記されている通路を進む。サレアさんとは外でまた会う予定だ。
何でもリュミエールはあまり訪れないらしく、少しでも見て回っておきたいのと、操縦士としての依頼探しも兼ねてある。
「ここだな」
最初の方に位置する部屋なのでエントランスから近い場所に部屋があった。
ドアに書かれている文字を確認した後、鍵穴に鍵を差し込み、音を立てないようゆっくりとドアを開ける。
中は思ったよりも綺麗だった。
木目が目立つ地面は靴が引っ掛かる事も無いし、作業用の机まで用意されてあった。
更にフカフカそうなベッド。コーリスは大満足であった。
用意されてあった椅子に真顔で居座るハーヴィンさえ居なければ。
「待っていたぞ」
「……用務員の方ですか?」
反射的にそう聞いてしまった。
自分の部屋になる予定の場所に入れるのは掃除を行う用務員でしかあり得ないと思ったからだ。
「違うな」
癖毛の黒髪に混ざったメッシュの様に入った直線型の赤髪を揺らしながら、その小人は表情を変えずに否定する。
その返答を聞きながらこの人物の分析を進める。
エルーンから見て明らかに未発達に見える短い手足、体型に反し大人びて見える顔付き。間違いない、四種族では小柄な種族のハーヴィンだ。
「俺はお前を確かめに来た」
「はぁ……」
「俺と同じ
「……と、言う事は」
「そう。俺がもう一人の志望者だ」
先に申し込みに来ていたもう一人の志望者はハーヴィンの少年だった。
コーリスは少なからずの衝撃を受ける。
まず、ハーヴィンは色々な商業に流通している。
そして、数多くの様々な役職に務める。よろず屋、絵画家、質屋、服屋など、職業のフットワークは四種族の中で一番軽いと言えるだろう。
だが、ハーヴィンは傭兵などは一切行わない。
それは何故か?
単純に、力が足りないのだ。
無論、個人個人の努力で済ませられる程ならばとうの昔に解決している問題だろう。
だが、ハーヴィンはその体躯の影響で他の種族より力が劣る。言ってしまえば子供の力で大人の力に勝てる訳が無いのだ。
拳で闘おうとすれば、余裕で掴まれ軽く投げられる。
重い刃物を持とうとすればその重さに振り回され、標的を斬る力さえ出ない。
そもそも戦闘に向いていない種族なのだ。
武力に抵抗出来ない身体を良い事に犯罪に巻き込まれる事も少なくない。
普段から軽視される事もある。
成熟した大人が子供扱いされ、馬鹿にされた事もある。
戦闘に関して、全てが不条理な種族。
それが自分と同じ騎士を目指し、尚かつ自分と同じ目標を持つに相応しいか見に来たと?
余程の強者か、はたまた単純に余裕を見せに来ている勝ちたがりか。
「相応しい? お前がどんな人間が知らないが、騎士とは国を守り、人を守り、世界を守る存在だ。相応しい相応しく無いでお前に合わせている暇も無いし必要も感じられない。志とは人が平等に抱ける物、実現するように努力こそすれ、夢を持つ事に許可なんて必要無い。大体人の部屋に居座るな。驚くだろ」
「フッ……その心味、良い」
「……ますます訳が分からなくなる」
「どうやら本気で騎士を目指すらしいな。ならば言っておこう……俺の名はスルト・ヴァーグナー。リュミエール聖騎士団団長に成り、ハーヴィンの汚名を返上する。均衡を保つ者だ」
──何だこいつ。
コーリスの頭はこの思考で満たされた。
考えても見て欲しい。寮の鍵を渡され初めて部屋に入ったら変な小人が居て、志を共にするに相応しいか確認しに来たと喚きながらドヤ顔で自己紹介。
誰だって混乱する。
だが、スルトと名乗った小人はコーリスの様子に触れる事なく、用が済んだとばかりに部屋を出ようとする。
「ではな。士官学校ではお互いに睨みを聞かせる好敵手となるだろう。まぁ、お前が強いのならばの話だが」
最後にこちらを横目で見ながらそう言ってドアを開けるスルト。
最後までその気取った態度が崩れる事は無かった。
「ぎゃふ!!」
短い足が窪みに引っ掛かり転ぶまでは。
そして、もう一つの疑問が彼の頭を過った。
(──あいつ……どうやってこの部屋に入った?)
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「……てことがありまして」
「災難……? いや、友達が出来た事を喜ぶべきか?」
「災難……いや、災厄ですね」
転んだ
夕焼けに染まった空の下では沢山の商店がアピールをしている。
中でもコーリスが見ていたのは高額で売られているエリクシール。エリクシールとは、傷を負った人間が飲めば即座に回復し、疲れ果てた人間が飲めば活力が漲るという魔法の治療薬。
だが、その効果を作る為にそれ相応の労力が費やされている為、かなり高額。
ちなみに効果が薄くなったものの生産コストが大幅に繰り下げられたエリクシールハーフなる物も存在する。
(あれを持っていればフィラの病気も治ったか?)
その考えが頭を過った瞬間、あり得ないと断ち切った。
そもそもエリクシールに病気は治せない。その前提を失ってた自分に失笑する。