ゾーイが十人前を追加で注文し、それを食べ終えて店を出た二人は歩きながら語っていた。
「私が言うのも何だが、人が人たる所以は心にあると思う。だから、君は例え幽霊になったとしても何も変わらない」
「……」
「むぅ……慰めようとも触れない。自己を認めないと透けてしまうのか……」
均衡と調停の使徒、ゾーイはコーリスの肩に手をかけたが、その手は空を切った。
幽霊というのは生きた屍とは違う。存在はしつつも実体は希薄。その身は自己認識と共に決まる。
そこでコーリスは。
「────」
精神統一を図った。
アンチ情緒不安定と言い換えてもいい程感情のリセットが早い彼だが、ゾーイから聞かされた
情報のロード中。そして彼は受け入れた──
「情報の整理をしよう」
「ふむ。案外大丈夫なのか?」
「俺は何かしらの理由でトラモントに来ていて、そこでカクリヨって奴と出会って少なくとも母さんは行方不明。カクリヨの記憶を吸い尽くしてショックで記憶喪失。俺の霧は吸収の能力が霧の概念と混ざったもの。セレストの影響は俺が無意識に吸い込んだ結果。俺は幽霊。セレストの能力が解除されなければ老けない。体温低い。透ける。ほんの少し白い」
「そうだ」
「……俺の人生なんなの」
「ああ! また透けた……」
──やっぱりちょっと受け入れられなかった。
「耳と腕無くなってまだ追い打ちか…………疲れる」
「そ、そのうち良い事があるさ」
「それで……俺を鍛えてカクリヨキラーにするのか?」
「君の同意が得られればな。…………あと、これは非常に言いにくい事なのだが……」
「む」
とても。とても言葉を選んでゾーイは口を開く。人間社会に疎い彼女は、言葉の知識はあれども意味が詳細に相手に伝わるコミニュケーションが苦手だった。
なるべくコーリスが不快にならない様に、考えたのだ。
「…………君の、その……寿命が無制限だと……好都合で」
「……そうか」
「わ、私は申し訳ないと思ったが……がしかし、
さりげなく上司に責任転嫁。
コスモスというのは、ゾーイ達使徒の大源たる存在である。
コーリスはぶっちゃけほんの少し厶カついた。
「騎士の仕事がある。悪いが直ぐに付いていく事はできない」
「ということは……協力はしてくれるのか!?」
「ゾーイの強さは分からないが、俺は強くならなければならない。鍛えてくれるなら是非もない。それに……カクリヨは危険な存在なのだろう」
「ああ。君は能力を使いこなせれば吸収の過程で自らへの還元を打ち止められるだろう。実質、簒奪という形になればノーリスクでの行使が出来る筈」
「……後は無駄に多い魔力量の使い道が欲しいのだが」
「ん? 簡単じゃないか」
「え」
魔力を攻撃に使用する場合、自らの魔力を属性に変換して放出しなければならない。属性は才能と遺伝に左右され、練習すれば炎や水を出せるという事はありえない。
コーリスは霧。それ以外は無い。あくまで彼の作る盾と壁は魔力を固めて形にするもの。物理的な変化と言える。だから、盾を無限に作るという戦争状況以外では余してしまうのだ。
だが、ゾーイは既に彼の使用法が見えている。
「勢いさえあれば、そのまま出してしまえ」
「え?」
「魔力をそのまま出すんだよ」
「うーんと……意味あるか?」
「魔力を単純なエネルギーでもある。それを奔流に見立てて放出するんだ。そうだな……君達の言葉で分かりやすく言うと──」
「と?」
「──ビームだ」
「ビーム」
「極太で光るレーザーだ」
「極太」
「私もよくやる」
「よくやる」
「ガンマ・レイと呼んでいるのだが」
「ガンマ・レイ」
言っていることが分からなそうで分かってしまう内容で、唖然としたコーリスは言葉を輪唱するしか出来なかった。
「……それをやろうとした人間は今までいなかったのか?」
「この様な技は光の魔法という印象があるからな。魔力量の力押しを戦闘に組み込む者はいなかった」
「……」
「しつこい様だが私は君を見てきた。君の趣味と合っているんじゃないか」
「しゅ、趣味?」
「隠さなくてもいい。スルトの炎、ロイスの水圧線。ルクスの光剣。ああいう大技に憧れているんだろう。君の読んでいる漫画にも──」
「あー!!!!」
黒歴史を晒された子供の様に、コーリスは辱められていた。
「……話を戻す。君が騎士の仕事をやり続けても構わない。たまに手伝ってもらえれば……いや、私が王に直接かけ合えば事情の把握も進む……か」
「……信じてもらえると?」
「私達は存在を隠している。アプローチは初めてだが……むぅ、理想を言えば君が騎空士になってくれたら助かる。人助けならばそれでも出来るはずだ」
「一理ある」
コーリスは迷った人を助ける過程として騎士に憧れた。
騎士そのものを崇拝している訳ではないが、トラモントを救ったリュミエールの騎士達を思えばその姿でいたいと思うのだ。
「効率的に君を鍛えつつ、人助けもするとなると……私が騎士になるか」
「いいのか!?」
「寧ろ私がそれを聞きたい」
「リュミエールは今人手不足で……ショゴスみたいな奴に襲われたら今度こそ滅びる。ゾーイが協力してくれるならありがたい話なんだ」
「だが、私には学が無い。聖騎士になるにはどうしたらいいんだ?」
「意志、最低限の身体能力・戦闘知識があればいい」
「……君の試験の時みたいにか?」
「多分。字は書けるか?」
「うん」
「なら大丈夫だ。だが、入団試験の時に俺に会っても絶対に話しかけるなよ。あくまでも試験官と向き合うんだ」
「分かった」
「日程だけ確認するから、今日はこれで」
「ああ」
ゾーイは不安に思っている。
人間として勉学に励んだ事もないし、試験という物の経験がないからだ。コーリスが受けた入団試験を見ていた事もあるが、試験を受ける彼を見ていただけであって、ペーパーテストの紙面を見ていたわけでは無かった。
「あ、聞き忘れていた。ゾーイは何処に住んでいるんだ?」
「寝る必要も無いからな。常に歩いている」
「……騎士になれたとしてもそれでは怪しまれるな。俺の寮に掛け合ってみる」
「ありがとう」
「ではな」
会話が終わってコーリスは城へ向かう。
ゾーイはその背中を慈しみの目で見守った。
だが、直ぐにその視線は鋭い物へ変化した。
(自身の権能を行使したいという欲求は存在するが……コーリスの無意識の吸収はそれに類するのか。もし、彼の中で無差別に記憶を吸ってしまいたいという欲望が生まれてしまうなら……)
彼女は歯を食いしばって、拳を握りしめた。
(その時はコーリスを殺さなくてはならない)
その目は、空へ向いていた。
(そうならない為にも、力の使い方を教えなくては)
彼女は失敗の許されない大仕事を前にした人間の様に、堅い決意を滾らせた。
(あの子はまだ、迷っているからな)
ゾーイの目的は、彼が力に飲まれないように導く事。
その過程において、二つの目的に矛盾は無かった。
────────────
「団長、入団試験の目処は立っていますか」
「コーリスか。試験は2週間後。だが、そこそこ数になるぞ」
「志願者が多いのですか?」
「現在人手不足のリュミエールだが、幸運な事にあの戦いで敵を退けた事で有名になってな。騎士に憧れる者が増えたらしい」
「フェードラッへや星晶獣の助けもあったというのに……」
「新聞の記事なんてそんなもんだよ。それより、今思いついた事なんだが」
団長室に来たコーリスを歓迎したルクスは、一つの提案を思いついた。
「お前が義手に慣れて討伐任務に就けるまでは時間がかかる。ちょうど良い機会だ。試験官をやってみないか?」
「試験官……ですか」
「お前は色眼鏡で判断を下す人間じゃないだろう?」
「具体的には何を?」
「簡単だ。人格の判断。それだけで構わない」
「色々な試験があった筈では?」
コーリスが入団する時には終わりの無い体力テスト、制限された状況での判断力、騎士としての心持ちの表明等、戦う者としての最低限の力量を確かめられた。
だが、ルクスが言うには人格だけ気をつければ良いとの事だ。試験の形が変わったのかもしれない、とコーリスは感じた。
ゾーイを騎士にするには試験官という立場の方が良いと思った彼は、その提案を拒否しなかったものの、何故そこまで簡略化された試験を実地するのか気になった。
「聖王様の指針でな。実力よりも人格の重視、そして過剰な自己犠牲を強いる在り方の撤廃を重視したんだ」
「では、訓練の時間が増えるのですね」
「ああ。何なら、新人をお前が鍛えてもいい」
「教えるのは不得手ですが……検討します」
「ああ。で、試験官にもう一人。ロイスだ」
ロイスはあの戦争の後、サテュロスの治癒効果もあってか骨折の回復が順調に進んでいる。後一週間でリハビリ期間へ入る見込みだ。
「ロイスには既に伝えた。くれぐれも喧嘩はするなよ」
「はい」
返事だけは真っ直ぐなコーリスである。
きっと口喧嘩をするだろう。
「そうだ。要望はあるかコーリス?」
「いえ」
「隊員達の要望を聞くようにと聖王様が気を使っていてな」
「俺はたまにガロンゾに行ければそれで良いです」
「フィラちゃんか」
「……何故貴方達は皆フィラに詳しいんですか」
「騎士団に差し入れをくれたからな」
「それは分かりますが……喜び過ぎでは?」
「お前の同期からはアイドル的な扱いを受けていたぞ」
「は?」
「ああこれ言わないほうが良かったな」
コーリス、殺意の波動。フィラに色目を使っていい者はフィラ自身が認めた男のみである。
剣を早い内に新調しておく事を決めたコーリスであった。
──────────────
───試験当日
コーリスとロイスは鎧こそ身につけていないものの、騎士団の制服を着て、長机に座っている。ちゃっかり剣も後ろの壁に立て掛けているが、これは保険だ。
「本当に面接形式だけなんだな……」
「驚きましたね。明らかにヤバい人を弾けばいいのでしょうか」
「リストは……あったあった」
(よし……ちゃんとゾーイも申し込んだようだな。寮でやり方教えといてよかった)
ゾーイはコーリスとスルトが世話になっている寮に入った。手続きは彼女自身でこなした事にコーリスは疑問を抱いたが、彼女は心外といった表情を浮かべていた。
スルトは微妙にゾーイの存在に違和感を覚えたが、外の世界を余り知らないので誤魔化しが効いた。今では元見習い騎空士という肩書になっている。
「そういえばコーリスさん呪いはどうです?」
「駄目そう」
「周りだけ年取るのって嫌じゃないですか?」
「まぁ……嫌だ」
セレストによる幽霊化は既にリュミエール国民には周知されている。隠し通せる物では無かったからだ。白い肌と透化の要素は住民に疑念を抱かせるには充分だった。
それでも、あの戦線にて"戦い"を成立させたのは彼。誇りに思いこそすれ排他などする筈もなかった。
リュミエールにとって、コーリスは一人の英雄である。
「お前らが引退したら、俺も大人しくするかな」
「介護してくださいよ。ボケたら困りますから」
「過剰な介護こそが人をボケさせる事をお前に教える」
「いやほんと……なるべく老けてから引退したいんですが」
「何でだ」
「若いうちに騎士やめちゃったら結婚迫られるんですよ」
「貴族の暮らしは分からん」
「ボーダーラインはアラサーです。多分32くらいで諦めてくれるかと」
「聞いてない」
何が悲しくて生き遅れを肯定しなければならないのか。
「そろそろか。……ノックは2回。それも見なくちゃいけないのか?」
「まぁ当たり前の礼儀ですからね」
面接形式は2対1。
質問に答える形で騎士の理念を語る。アドリブで問い詰めても問題ないと二人はルクスから聞いている。
すぐさま、ノックの音が2回。
「失礼します!」
ガチャリ、とドアが開いた。
ヒューマンの少年。年は15程だろうか。実直な雰囲気を感じる。
「おかけください。試験官のコーリス・オーロリアです」
「同じく試験官、ロイス・モラクレルです!」
「グリムです。よろしくお願いします!」
グリムと名乗った少年は礼をしてから椅子に座った。
マニュアル通りの展開と言える。
「では、グリムさん。何故リュミエール聖騎士団に入りたいと思いましたか」
(ロイス……いきなり本題か。出身地等を聞いても良かったんだが……あ、書いてある。アウギュステか)
「は、はい! 騎士として人を救う姿に憧れたからです!」
「騎士団はフェードラッへもあります。何故リュミエールを選んだのですか? ……あ、いえ! 特に理由が無くても落とさないので大丈夫ですよ!」
(それ言ったら駄目なやつ……)
「……以前の大乱でリュミエールの騎士達は打撃を受けながらも国を守り通したと聞きました。僕は、その姿に憧れたんです」
「……分かりました」
(は、はえーすごい立派。騎士が好きなだけで入った私とは大違い…………今でこそきちんと意識ありますけど)
面接官として不甲斐ないロイスに変わり、コーリスがアプローチをかける。
「アウギュステには我々騎士の様な存在はいないのですか?」
「いえ……駐屯している騎空士がいます」
「では、騎士とその人達の違いを貴方なりに説明してみてください」
(コーリスさん少し厳しくないですか? 答えづらそうです)
視線での抗議は受け流され、少し不機嫌になるロイス。口裏合わせすらしない大雑把さは、彼女に後悔を与えた。
「……彼等は、アウギュステを故郷としている人間です。騎空士として多くの島を渡りながら同志を集め、最後には戻ってきます。ですが、あくまで彼等がそうしたいと思っているからこそその形は保たれているのであって、国を守る事が前提の騎士とは違うものだと思います……」
「分かりました。説明ありがとうございます」
(思ったよりちゃんと言えるんだな……俺はこんなにハキハキ出来なかったのに)
その後も何方かというと試験官の知識欲を満たすためだけの質問が続き、キリのいいところでグリムを帰らせた。
何となく居心地の悪い雰囲気が訪れ、二人は口を開く。
「……グリム通す?」
「これで通さなかったら私達は質問して遊んでただけのクズになりますよ……」
「本当にマトモな奴だけ判断すればいいのか……?」
「人を守りたいという気持ちは騎士の始点です。その心さえあれば、明確な騎士としての定義を入団前に求める事はしなくてもいいでしょう」
実際、彼らの裁量だけで入団が決まる訳ではない。
ルクスは二人がどの様にして人間を見るのかを知りたかっただけで、本当の試験とも言えるべきは入団後の研修だ。騎士団という組織に馴染めない人格の者は排斥される。
2人、3人と続けて合格を通し続けるコーリスとロイス。
そして、36人中最後の2人になってようやくゾーイの番が来た。
(頼むぞゾーイ……今の俺達は凄く緩くて優しいから当たり障りの無い答えを言い続けろ……!)
コーリスは祈った。
天然気質かつ空の世界にそこまで馴染めていない彼女が、どれだけの社交性を発揮できるか。
短い間隔でノックが響き、ドアが開く。
「失礼する……む」
ゾーイが思わずコーリスの方を見た。
彼は目を逸らしたので、彼女は彼の意を汲んで直ぐに前を向いた。ロイスは少し違和感を覚えたが、コーリスの耳でも見たのだろうと解釈した。
「ゾーイだ。よろしく頼む」
「……試験官のコーリス・オーロリアです」
「……? 知っているよ」
「え」
今度は誤魔化しきれず、ロイスは直ぐにコーリスに脳内通信を試みた。士官学校時代から続く、魔力同調による会話である。
コーリスは焦ったが、寧ろ一部の事実を公表する事でこの場を乗り切ろうとした。
『コーリスさん……この方と知り合いで?』
『……最近寮に入った子だ。試験内容は明かしていない。無論俺が試験官だという事も。先程はその反応だろう』
『……見るからに天然気質ですけど。剣持ってるし』
『問題ない』
ロイスにとっては、ゾーイの容姿はそこまで驚きに値しなかった。明らかに上物な剣と盾を持っているものの、民族等の容姿の違いだとして彼女への疑念を振り払った。
貴族として、歴史の教育を受けた彼女だからこその理解だろう。直感タイプのコーリスとスルトとは違った。だからだろうか、珍しく先に質問しようとした。
「同じく試験官のロイス・モラクレルです」
「ロイス。君の事も知っている」
「ぇなんで?」
コーリスは諦めた。駄目だった。誤魔化すという事が出来ない女だった。せめてもの抗議として相方に気づかれないようゾーイに激烈な視線を送ったが、彼女は『どうした? 目が痒いのか……?』と、母性溢れる心配をしただけで、何も伝わらなかった。
ゾーイはトラモントで拾われた以降のコーリスの生活を全て見てきている。当然スルトやロイス、騎士団の人間の事も把握していたのだ。当の本人達にとっては不気味極まりない事実であるが。
そして、ゾーイは練習してきたのだ。騎士団に入ってコーリスの協力を得る為に。
コーリスがいない間はハキハキと喋れるように毎日発声練習をしていたし、姿勢も鏡を見て整えた。清潔感にも気を使い、出来る限りアホ毛を目立たなくした。努力の方向性はともかく、決して『コーリスが通してくれるだろう』といった楽観的な邪念は持っていない。だから天然なのだ。
「あの戦いで、よくぞ生き抜いた」
「……貴女、何を知って──」
ここで、ロイスは彼女への認識を改め、警戒対象に入った。
だが。
「──ゾーイさん。ここは私達が貴女に問う場面です。どの様にして彼女を知り得たのかは
「あ、ああ。心得た」
青筋を浮かべたコーリスが拳を震わせながら会話を断ち切った。流石のゾーイも彼の言葉で自身のミスを理解したので、余計な事を言うまいと自戒した。
疑念が晴れないまま、ロイスが聞く。
「出身地はどこですか?」
「……メフォラシュだ」
「王都メフォラシュ……ゴーレム技術が発展した国ですね」
「そうだ」
「では、何故騎士になりたいと思ったのですか?」
「……私は今日に至るまで戦い続けて来たが、それは使命の為であって攻める為でも、守る為でも無かった。だが、その使命の為には私一人の力では不十分。私は騎士の共存する形態を見習いたいと思った。だから聖騎士になりたいんだ」
「……」
ロイスにとっては、彼女の背景は分からない。この答弁において彼女は出身地以外嘘をついていないし、誠実であった為、ロイスにもその覚悟だけは通じた。だが、肝心の使命が何なのかを深堀されればどう答えるのかは分からない。
「その剣は……?」
「癖というべきか……持ってきてしまった」
「……門番のミスですね。気にしなくて結構です」
「ありがとう」
実際は剣と盾自体もゾーイという存在の要素なので、隠す事ができ、会場にもその様に訪れたが、緊張からか姿を見せてしまった。
その事に気付いたゾーイは上手くはぐらかした。
「ところで……リュミエール聖騎士団のモットーは知っていますか?」
「……"清く、正しく、高潔に"」
「はい。そうです。もし騎士団に入れたら、常に意識しておくと良いですよ。自分の立場を再認識できますから」
「分かった」
「では、気をつけてお帰りください」
「……もう終わりなのか?」
「おや、もっと話したいですか?」
正直、ゾーイはもう頭を精一杯使って気が気でなかった。
「……いや、お言葉に甘えさせてもらおう」
調停の使徒、爆速の帰宅であった。
────────────
「……ゾーイ通す?」
「何ですか、通して困る事でも?」
「違う。ただ、他の人より優しく対応していたなと」
「彼女は自分が天然という事に気づいていたでしょう。ですが、姿勢、声、目線から努力した事は伝わりました。その時点で文句無しですよ。それに……」
「それに?」
「彼女、本当はリュミエールに興味ないと思います。それでも何らかの目的の為に目指した。モットーもちゃんと覚えている。入ろうとして今日に至った事は明白です。私の事を知っているのは……まぁ新聞にも乗りましたから多少は……」
「……」
コーリスは自分が焦っていた事が馬鹿らしくなって、気を引き締める。素性は一切知り得なくとも、行動理念を完璧に見抜いたロイスに驚きながら、彼は最後の人間の項目に目を向けた。
───────────
──同日、リュミエール士官学校第一寮。
「ただいま」
「おかえりコーリス。どうだったんだい、期待の新人はいたかい?」
「みんな真面目ですね。バトルジャンキーがいたので一人だけ落としました」
「おやまぁ……」
寮のおばちゃん、グルシが帰宅したコーリスの話を聞いた。
「ゾーイちゃん、ソワソワしてるよ。緊張したんだねぇ」
「通りましたよ」
「それは良かった。報告してやったらどうだい」
「一応結果来るまで伝えません。そういう決まりですから」
任務に出ているのでスルトは不在。ゾーイは部屋で自己反省を行っている。結果的に二人だけの暖かい空間が出来上がった。
コーリスは義手を外し、一息ついて外を見た。グルシはその姿を見て少し考えてから小声で語りかけた。
「──あの子、普通の子じゃないね」
「……分かるのですか?」
「何か秘めてる物がある。というより、隠す必要をそこまで感じていないようだね」
「グルシさんからは、どう見えますか」
「子供、だねぇ」
グルシはゾーイを始めて視認した時、星を連想した。次に、子供。そして、孤独。
ゾーイは自らの行動を誰にも理解されず、理解されようとせず、理解される必要が無かった。その立ち居振る舞いが、良くも悪くも孤独を想像させるのだと言う。
「あの子は堂々としてるけど……コーリス。あんたは隠してるね?」
「……はい」
「うん。遊撃隊の時より前向きな目つきだ。後ろめたさによる隠し事じゃないようだね。なら、安心だ」
「聞かないのですか」
「私は老い先短いババアだ。死ぬときにこっそり教えてくれればいいさね!」
コーリスは少なくとも自分が分かりやすい人間である事は自覚している。そして、その隠し事が暴かれたとしても周囲の人間は変わらない。
何故なら、コーリスは信用されているからだ。
そして、ゾーイを善人と見ているからだ。
「おばちゃんただいま〜!」
「スルトが帰ってきた様だね。ゾーイちゃんも沢山食べるし……コーリス、手伝っておくれ」
「はい」
コーリスは、いつかこの国を去らなければいけない事を嫌にも理解して、その暖かみに身を委ねた。
──小話:文通。
『──コー君へ。元気にしてる?まだまだ若いうちは、ご飯をたくさん食べて楽しく生きること!キミはいい子だから、きっと面白い事をきちんと楽しめる人間だと思うよ!私たちは人前にあまり姿を表せないけど、もしコー君が色んな島に行くなら、いつか会えるかもしれないね…。その時は、成長したキミのカッコよさを見せてもらおう!…なんちゃって。ロイスちゃんによろしく!──サテュロスより。あ!あとこれメドゥちゃんが言ってたんだけど!セレストの呪いも完璧じゃないから、落ち込まない様にしてねって!』
『──お手紙感謝いたします。私はあれ以来晴天を見た心地で毎日伸び伸びと生きています。どうか体調にお気を付け下さい。ナタク様、サテュロス様、バアル様、メドゥシアナ様の健康をお祈りします。そしてメドゥーサ様。お気遣い感謝いたします。希望を失わず、強い意志で以て全力を尽くす所存です。──コーリス・オーロリア』
『──アンタ!変な事手紙に書くんじゃないわよ!アタシが気遣い!?バッカじゃないの!?』
『──サテュロスの文を態々塗り潰してしまった様だが…メドゥーサの不器用さを許してやってくれ。俺達はいつでもお前達の平和を祈っている。──ナタク』
彼の机には、かつての恩人達との交流の証が眠っている。その内自らが書いたものは送り主が不明の手紙と共に送り返されてしまったが、些細な事だ。
例え百年経った今でも、彼は忘れずそれ等を大切に保管している。
「…コーリス。何を見ているんだ?」
「思い出だな。俺の命の恩人達との文通だ」
「思い出、か。私も妹達に会えればいいのだが」
「工房の妹か。二人いるんだったな?」
「ああ。血の繋がりが無くとも大切な家族だ」
「なら、大切にするんだ。離別の原因は死だけではない…会えなくなってはもう遅いからな。そうならない為に頑張らなくては」
「そうだな…ゾーイも各地を回っている。行動に移そう。指示をくれ。