章名に"邂逅"という言葉が入っている通り、この章では原作からおよそ百年前に存在しているキャラとの関わりが多くなっていきます。
なので、基本的に人外キャラとの関わりが多いですね。
リュミエール聖騎士団の拠点で一人の少女が窓を見ている。
ロイス・モラクレル。聖国貴族ヴァンリヒテン家のお転婆娘であり、なまじ強いせいで歯向かうものは黙らされている問題児である。
現在彼女とコーリスは一定の周期で各島の環境を調査しており、片方はリュミエールに残って報告をする形である。つまり、コーリスは今リュミエールにはいない。
この任務は実質旅行の様な物であり、密かに観光を楽しむ騎士が多いのだ。
「お、届きましたね伝書。さてさて成果は……」
鳩が脚に持った手紙を彼女は確認する。
『現在小島バンカレラに滞在中。マフィアが中規模の闇市を取り仕切っており、禁薬ヘヴンの流通が盛ん。街の人間は日常的に麻薬を摂取しており、強制されていない事から日常の一部にまで溶け込んでいると推測できる。更に、子供には副作用が見られない事から中毒の危険性を住人は認知している上で使用、子供には使用していないとも言える──
「……覇空戦争時の歴史が色濃く残った島ですか」
マフィアの起源は覇空戦争が終結した後の社会変化である。力で自らを守る事を優先した人々は今とは違う形の自警団を作った。
しかし次第に力を支配に向けるようになり、影から風流を牛耳る事で組織として大きく成長した結果が現在のマフィアである。
ロイスは続きを読み始めた。
──禁薬は各国の条例に基づき正式に禁止された薬物であり、放置する事は聖騎士団の理念に反する為、合法的な介入は可能だが、得策ではない。また、マフィアを一掃したところで中毒に陥った住人への対処は容易ではない。──
「ふむふむ」
──そして、どうやらマフィアはよそ者を監視していたようで、文章を途中で破壊されてしまったので書き直した。──
「……ん?」
違和感を覚えつつも、彼女は読み続ける。
──コーリスという名は知られてはいなかったが、彼等の目は非常に鋭く、俺を逃がす気は無いらしい。直ぐに包囲された──
「……」
──ので、殲滅した』
「は?」
ロイスはキレた。
行く先々で問題事を起こさなければ気が済まない男を一発でも殴りたくなったのだ。
恐らくコーリスが倒した集団は組織の一角。このまま彼が及ぼした危害を認知されれば袋叩きにされる。ましてや身分が割れてしまえばリュミエールが標的にされる。
「あん……のクソボケがァァ!!」
怒りを行動力に変換し、彼女は剣を携えて騎空艇の停留所に向かって走り出した。
──────────────
小島バンカレラ。
ある群島の一部を担っており、のどかな土地が特徴の田舎である。その中心部にある村の外れには縄で縛られた大の大人が30人程座らされていた。
そして彼等の前にはエルーンの青年。黒光りする剣を携え、腕を組んで目の前に立っていた。
コーリスである。
一人の男が叫ぶ。
「
「犯罪者に言うことは無い」
「くそ……っ! どうなってやがる……縄が……!」
「俺が来た時にはこうなっていたぞ……
「……記憶がねぇ、なんだこれっ……糞がァ!」
言葉に出さないだけで、捕縛されている人間は皆この状況を作り出された原因を思い出せない。彼等にとっては目が覚めたら縄で身体の自由を奪われ、無力化させられていたという現実離れした経験のみが残っている。
これは、紛れもなくコーリスの霧の第3段階。
近接した記憶を飛ばす霧である。
彼等は麻薬の密売人であり、マガザンという大規模なマフィアの一員。平和な島で禁薬を日常に浸透させる事でのどかな支配を行っていたのだ。
村を訪れた瞬間その事に気づいたコーリスに対し、彼等は暴力によっての口止めを図ったが、彼等は敗北した。
無論、戦いどころか会った事すら忘れているのだが。
「さて、このまま統治国に引き渡してもいいんだが……お前達は組織として大きいのか?」
「言う訳無いだろうが」
「……国そのものに繋がりがあったりしてな」
「っ」
「当たりか。堂々と一つの島を麻薬経路にしてる時点で妙な点しかないと思ったが……この島に入った時点で俺を逃がす気はなかった様だな」
淡々とした口調に反しコーリスは焦っていた。
群島を統治する国が絡んでいるとしたら、このマフィア達を突き出しても此方が消される可能性が高い。経済政策の一環として薬物や暴力を使用しているのなら、尚更コーリス個人では解決出来ない問題だ。
他国の介入や同族の争い以外に止める方法が無い。
島に入った時点で悪手だったという事実に彼は苛つきを隠せないが、直ぐに気配を察知して柄に手を掛けた。
「──あら、貴方がやったの?」
凛としていて、何処か優しい声が響いた瞬間、コーリスの脳は最大限の警報を鳴らした。
(この気配は……まずい……
声は彼の背後から聞こえるが、振り向けない。
未知への恐怖が腰の稼働を拒絶しているのだ。足音も聞こえず、何らかの術でも無い。
──それは、真心だった。
「強いのね……でも、あまり焦っちゃ駄目よ」
「──!!!」
優しさだった。万感の真心を込めたその言葉は安心感と恐怖の二律背反を彼に与え、身動きを不可能な物にしていた。
やがて声の主が現れる。
美しい羽衣に長い黒髪に閉じられた目、短い手足はハーヴィンの特徴であり──空中に浮いている。
「落ち着いて、ゆっくり話を聞いて」
その女性は柄に掛かった彼の手を優しく解いていき、その風景に暴漢達は心を飲まれていた。
コーリスの未知を刺激し、暴漢達の母性を刺激した。
この世に蔓延る争いなど、この女性の言葉一つで収まると──そう思わせる領域がここに完成していたのだ。
「──私はレイ。貴方の名前を教えて?」
「……コーリス・オーロリア」
ここに、一つの未来が生まれた。
────────────────
ここには実質二人しかいない。
マフィアも存在はしている。だがしかし、彼等の心は虚空の彼方に飛び去ってしまった様だ。
コーリスはレイと名乗ったハーヴィンの仕業だと無意識に理解した。恐ろしいナニカ。
それでも彼はレイと話してみたいと思ってしまったのだ。
「彼等は自分の権力に溺れ、他者を踏みにじる事による成果を選んだのね……この村はもう、穢されている」
「貴女は……?」
「貴方はあまり良い気分はしないでしょうけど……私もマフィアよ」
驚きを隠せなかった。
この慈愛の化身と呼ぶべき女性もマフィアなのか。僅かに疑心が生まれた。
「マフィアにはね、二つ形があるの」
「……覇空戦争後の混乱期。自らの力で他人を支配する事を選ぶか、守る事だけに使うか。……後者は自警団の様な形であると」
「ふふ……良く知っているのね。その通りよ。マフィアである事を強調するつもりは無いけれど、私が活動するには後者の形が適しているわ。もっと分かりやすい言葉で言うなら……抑止力ね」
「抑止……」
「マフィアに介入出来るのは、同じ規模と種類の勢力……貴方とは種類が違うの。ねぇ……聖騎士さん?」
「ッ!」
身が割れている。
疑心は警戒へと引き戻された。
レイは構わず続ける。
「名前だけ新聞に載っていたのを見ただけよ」
「顔を知られれば個人的な恨みを買います。俺としては機敏にならざるを得ない」
「私が怖いかしら……?」
「はい、とても」
コーリスは彼女の前では嘘は意味を失うと考え、正直に答える事にした。会話に於いても、レイは彼の一歩先を常に行く。
レイは少し微笑み、懐に手を入れた。
「何を……」
「貴方にあげる」
「これは……飴?」
「まだまだ落ち着かない様だから、それを舐めてゆっくりしましょう」
「……ありがとうございます」
(毒ではない……袋にも細工はない。市販の飴だ)
警戒を見せる事すら得策ではないと感じ、コーリスは礼を言って飴を口に入れて噛み砕いた。
──バリ、ボリ、バキ。
レイは思わず笑った。
「ふふっ」
「……? 何です」
「飴はね、口の中で転がして舐める物なのよ」
少し緩んだ空気が流れる。
だが、レイは同時に彼の行動に対し"可哀相"と思った。その行動だけで、彼の本質が垣間見えたからだ。
そして、その隙にコーリスがアプローチをかけた。
「もし良かったら、どうぞ」
「サンドイッチ……私にくれるの?」
「飴のお礼です」
「なら、有り難く頂くわ」
これは探りである。
コーリスは誰にでもサンドイッチを撒き散らす性格ではない。あくまで、これをどう受け取るかによって相手の性質を吟味するという狙いだ。
そして、レイは疑いも無く彼のサンドイッチを受け取って口に入れた。警戒の素振りも見せない彼女を見て、コーリスもこの人物の本質を理解した。
未だ、両者共に腹の探り合いの最中である。
「美味しいわ。貴方が作ったの?」
「はい」
「子供達にも食べさせたいくらいだわ」
「それが貴女の仲間ですか?」
問い掛けに対し──無言で、彼女はコーリスを見た。
「何故、そう思ったの?」
「貴方なら、そういう形容の仕方をすると思って」
「半分は正解。でも、表し方だけじゃないの。私にとって彼等は本当に子供達よ」
「その人達は何を?」
「この村の保護の準備。私はこの人達を無力化しに──」
「っ……」
刹那、銃弾が彼等を襲った。
一人の暴漢がレイの影響から戻ったのか、会話している今を隙と見て銃を取り出したのだ。
コーリスは剣で、レイは術を使い網のような防御膜を作り防いだ。
「あら……縄で縛られていた筈なのに」
「安物を使いました」
「うっかりさんなのね」
一人が力ずくで縄を解いたお陰で他のマフィア達も体勢を立て直し、此方に銃とナイフを構え始めた。
コーリスがレイの前に出る。
彼女は相手を縛る摩訶不思議な術を使えると見たが、その前に銃で撃たれてはどうしようもないからだ。
「ここは俺が。貴女は自分の身を守って下さい」
「それには及ばないわ」
「む……? あ、ちょっと!」
レイがコーリスの目の前に回り込み、頬を両手で掴む。
如何に小さい身体だとしても、二人まとめて蜂の巣になる程度の的にはなっている。思わず声を上げるが……。
「大丈夫──」
その時、閉じられていたレイの瞳が開いた。
その眼は黒曜石の様に黒く、ガラス玉の様に透き通り、更に光沢があった為、青空を介して青く光っていた。
本来眼球がある部分に直接美しい宝石がねじ込まれているかの様な、グロテスクで禍々しい魅力がその瞳には宿っていたのだ。
そして至近距離でその瞳を見たコーリスは、自身の身体に異物が介入した感覚を味わった。
「……が!?」
「──阿頼耶識」
瞬間、コーリスの身体は脱力したかの様に崩れ──消えた。
「なっ!?」
マフィアが驚き周囲を見渡すが、何処にも彼はいない。
彼は消えたと誤認する程のスピードを以て背後へ回ったのだ。
困惑した表情のまま、コーリスは剣を振った。
正確に言えば──
それだけでマフィア達の身体が風圧でよろめいた。驚きつつもコーリスは高密度の霧を彼等の周囲に集中させた。
「凄い力……これは特殊な強化手段……カルム一族ね」
目を開けたままレイが呟く。
その姿を見たコーリスは自身の滾る力を彼女の影響だと理解した。彼の身体に宿る剛力が更に強化され、その上で操られている。
次々と敵が地面に倒され、レイは倒れた彼等を操り無力化した。短い戦闘を終え、後はコーリスへの術を解除するだけだ。彼女は目を閉じようとして──
「まあ……もう
「──貴様」
──首筋に剣を当てられている事に気がついた。
無表情のままコーリスが問いかける。
「何故操る。言え」
「ごめんなさい。少し……貴方の力が知りたくて。どうやって私の瞳から逃げたのかしら?」
「瞳から魔力を介して俺の精神に入り込んだのだろう。流し口から俺の魔力を逆に流し、中和して溢れさせた。そうすれば術は大破して使い物にならなくなる」
「驚いたわ。貴方って思った以上に危ない魔力を持っているのね」
「直接流しこもうか」
「それは嫌ね」
コーリスは一先ずレイの首から剣を引いた。
「何者だ」
「唯の生命。少し他の人達よりも長生きなママよ」
「……今は剣を収める。旅行気分だからな」
「あら、見逃してくれるの?」
「当たり前だ」
剣を鞘に収め、彼は言った。
「
そのまま笑みを浮かべ──
「さ、この男達を連れていきましょう?」
「……ええ、そうね」
何事も無かったかのようにコーリスは村へ戻った。
レイは最後まで笑えなかった。
────────────
「ママ……! ご無事で!?」
「大丈夫。この子が守ってくれたから」
「貴方が……!? 感謝します」
「いえ、自分の身で精一杯でした」
村に戻ったコーリスは、レイが"子供達"と形容した傘下に手厚い保護をされていた。
何故なら、彼もある種の被害者だからだ。
最も、現在はレイの側近らしき人物に感謝の意を伝えられている。どうやら、レイは一人で抜け出したらしい。
「所で……この村の人達は大丈夫かしら?」
「それが……彼等はヘヴンを強制されていなかったのです……。ゆっくりと生活に馴染む様にこの村に溶け込んだせいで、抜け出すのは大変かと」
「副作用も絶対では無いわ。時間をかけて説明と治療を施していけば元に戻れるはず。今は、この村を守る事に専念しましょう」
「了解です、ママ」
「俺からも一つ」
コーリスがポケットから聖騎士団のエンブレムを出しつつ、会話に介入する。
「俺は偶然この島に来たリュミエール聖騎士団の者ですが、群島を仕切る統治国自体がこのマフィアとの繋がりを持っている様です。後始末はどうしますか? リュミエールの立場だとしても国を相手取るには証拠が少ない」
「ふふ、聖騎士団がマフィアと関わってもいいのかしら?」
「なら、俺個人の関わりにするまで。貴方達の関係を知るつもりは無いですが、少なくとも尾を掴まれれば上が潰しに来るのでは?」
「そうね……彼等が倒されたこと事態を隠せれば良いのだけど……」
「ママ。いっその事本陣を叩く決意が必要なのでは……」
「力に物を言わせてはあっちの思う壺よ。人質が取られれば此方は手出しできない」
「……しかし!」
「この村には利用価値が無いと思わせるのよ。諦めが付けば戦いを好まない私達に手は出さない」
「面子を気にするのなら私達を攻めるのでは……」
「彼等が一方的にカタギに手を出したという事実があるなら、どうかしら?」
「……! それならば多少は」
偶然マフィアが取り仕切る島の一部に訪れたコーリスにとっては、頭が痛い話であったが、リュミエールに責任を押し付ける必要は無くなりそうなので安心している。
後の懸念としては……
「俺の存在を隠して欲しいのです。せめて、聖騎士であるという事は秘密に」
「責任を自分に押し付けられるのが嫌だから?」
「いえ、逆です。国に迷惑がかかるなら俺個人に恨みを買わせれば良いのですが、その前に騎士を辞退しなければならないのです」
「一人で背負う覚悟はあるの?」
「はい」
「……私は暴力が嫌い。だけど、暴力を使わなければ手に入れられない平穏もある。貴方は理想論で片付ける気は無いわよね?」
「ありません」
コーリスは敢えて睨み返した。
自身の覚悟を安く見るなという言外の抗議である。
その眼光を受け、レイは沈黙の後……今度こそ笑った。
「コーリス」
「はい」
「もし、これから
「……」
「──私が
「申し訳ありませんが──」
コーリスは笑わずに言った。
「俺の
コーリスは無言で立ち去った。
その後、コーリスの証拠はレイが仕切るスーオ・ファミリーによって抹消され、村を守りつつ禍根を残さない理想的な結果を齎した。
───────────
コーリスはリュミエール行きの騎空艇に乗って、島に駆けつけたロイスと共に帰宅していた。
今は相方の怒りを引き受けている。
「何ですぐ問題ばっかり起こすんですか!!」
「襲われた。どうしようもなかった」
「それに加えて運良く善のマフィアが助けてくれたァ!? んな訳無いでしょう! 創作でしか見た事ありませんよそんなの!」
「善と言うには妙な形の集団だった……あれは家族だ」
「はぁ?」
「一人を中心に全てが構成されている組織。歪という他あるまい」
「……また変な人に会ったんですか。船にいた不健康そうな人も……船の事しか話さない美少年も」
「この身体になってから妙な出会いが増えた気がする。なぁロイス。因果とはこういう物の事を言うのか?」
「因果論……? まぁ、私も星晶獣の方達に遭遇してからというもの、他の島へ行く機会が増えましたから、案外ある機会を起点に道筋が決まっていくのかもしれませんね」
「何事も、ゼロから分岐していくのか」
「そうですねぇ……」
ひょんな事から戦争を生き延びた彼等は、しみじみと奇妙な出会いについて思いを馳せた。
・レイ
一般通過リミテッドマフィアママ。変わった子がいたのでほんのちょっと操って様子を見たらブチ切れられてビビった。でもコーリスの覚悟と強さは気に入った。
・コーリス
幽霊になってから妙な出会いが増え、明らかに異質な人物との関わりに吸い寄せられている事に疑問を感じている。
レイのことはあくまで人間だと思っているし、誰よりも人間らしいと直感で感じた。
・マガザン(今回の敵)
『こくうしんしん』で存在感を出した謎のモブ達。多分いない方が良い。