決闘の後、大晦日の馬鹿騒ぎも終えた日の深夜。
「レイに勝って、ルクスに勝って……後は全力のスルトに勝って私にリベンジかい?」
「スルトには勝てん」
「……生命を融解させる程の熱量。確かにあの子がいればリュミエールの平和は保たれるだろう」
「ゾーイにも俺が何千年生きたとして、勝てそうにない」
「それはどうかな。戦略の違いはあれど、私自身の力にこれ以上の成長は無い。星晶獣は人造物だからね……物には役割以上の力は発揮できないのが普遍的さ」
「人間の良い所は知能だけでなく、進化だということか」
「そういうことだ」
俺は自室でゾーイとこれからの計画について話していた。
「騎空士は信頼と知名度の仕事だ。依頼でさえあればどの国家にも属さずにどんな出来事にも介入出来るが、戦争に関われば傭兵や侵略国家からの反感を買いやすい。初めは雑用に近しい動きしか出来ないが、構わないか?」
「無論、構わない」
「よし。なら、最初はポート・ブリーズに行く。一人だけでも商人との繋がりを得ておく」
「フェードラッへに行くのはどうだい? 規模が大きく、君も顔を通せる筈だ」
「それはあくまでリュミエール聖騎士団のコーリスとしてだ。細かく言えば魔力質。変に自由な身柄だと実験台になるかもな。それに……あの国の場所は少し危ない」
「確か……多くの国が集まって出来た島だったな?」
「ああ。近隣のウェールズとは仲が悪いと聞く。そしてウェールズは小国ダルモアに少しずつ攻め入っている様だ。フェードラッへが強い事は間違い無いが、関わるのはよしておこう」
「戦争で潤う平和もあるという事か……」
「これでもファータ・グランデは平和な方だ。他の空域ではリュミエールの様な国は少ないからな」
ファータ・グランデに於いて戦争自体は珍しいものだ。
リュミエールとフェードラッへが友好関係を持てたのも、此方側が大損害を受けたからであって、普段ならば戦火に巻き込まれることを予測して不干渉を貫くはずだ。
同じ騎士の国だが、あちらの島は戦争が絶えない島であり、此方は自然豊かな商業国の集団に近いものだ。もしフェードラッへが争いを好まない性質ならば、大国との繫がりを以て抑止力とする方針だろう。
しかし、それは同時に相手が他の国との繫がりを持つ可能性を生む。
「取り敢えず、今日は寝て……そうだな、願掛けにでも行くか」
「願掛け……?」
「ああ。十二神将の神社──」
今年は確か……
「──犬神宮だ」
────────────
「あったかい……」
「犬神宮限定マフラー……結構高いな」
朝日が眩しい時間。
俺達は早起きをして騎空艇に乗り込み、少し島を跨いで犬神宮に到着した。
可愛い子犬のマークが特徴のグッズが沢山売られており、お守りも購入しておいた。俺は『厄除御守』、ゾーイのは『交通安全』と書かれたものだ。
そして参拝には多くの人間が朝早くから訪れており、この行事が空にとって根強いものである事が伺える。
「凄い列だ。人々は皆、祈りを捧げる為にここに集うのか?」
「ああ。何となく自身の未来を案じて祈るんだ。例え幸福な未来を約束されなくても、神社でお参りをする。そういう不思議な楽しみがここにはある」
「ふむ……」
「後5分もしたら俺達の番だ。心の中で自分の願いを呟く」
「確か、手を合わせて目を瞑るんだったな?」
「そうだ」
周囲の賑やかな会話で俺達の声も小さく聞こえるが、この雰囲気が穏やかで心地良い。ゾーイはこういった風情を不思議に思うが、それでも好ましく思ってるようで何よりだ。
今まではスルトやロイスと昼に行っていたが、早起きが出来るゾーイがいるなら問題はない。朝に起きれない奴を態々起こす程薄情じゃないからだ。
「…………コーリス」
ジリジリと前に進んでいると、次第に周囲の声が困惑を含んだ声に変わっている事に気づく。
つま先立ちで前を見ても人が多すぎて見えない。
「何かいる様だ」
「魔物か……? それなら私が殲滅するが」
「いや、逃げる人間が一人もいない。変人でも現れたか」
ざわついた声だけがこの場を跋扈し、進まなくなった列に後列の人間達が意義を申し立てる。
だが、混沌としたその場が一声によって掻き消された。
「盗賊と言っても所詮は素人……貴様等の様な蛮族に祈りを捧げる資格は無い! 失せるがいい!!」
「ひ、ひぃえあああ……」
「なんだこのガキ……!? 強えぞ!?」
「に、逃げろ!!」
凛とした少女の声が響けば刃物を持ったガラの悪い3人の男達が寒冷の中、大汗をかいて犬の様に足を回転させながら走り込んできた。
小声でゾーイに話す。
「……どうやら、荒くれ者が参拝の場を汚したらしい」
「彼等はいつも同じ格好をしている気がするな。人間荒れると皆あの様な姿になるのか?」
「言うな」
コソコソ雑談していると、またもや声が聞こえたと思ったら、今度は『しゃりん』という音が一回。
紛れもなく、斬撃音。それも刀の音であった。
「まだいる様だな……纏めて相手をしてやろう。遠からん者は音に聞け! 我が名はバジュラ!! 何なら腕に自身がある者も挑んで来ていいぞ!」
「うおおおおおおおおお!!」
「剣の道に進む者として我慢できん! 俺も行くぞー!!」
「今年初のファイトクラブだぁぁ!!」
何やらガタイのいい男達も突っ込んでいった。
どうやら荒くれ者達を撃退した女性……少女が剣士達の情熱を誘発してしまった様で、次々と手合わせが始まっている。
「お参りどころじゃない」
「どうするコーリス。お雑煮だけ食べて帰るか?」
「そうするか……ッ!?」
台無しになってしまった参拝を見て帰ろうと視線を変えた瞬間大男が吹っ飛んできた。
どうにか躱せたが、ドラフを吹っ飛ばせる力があちらの少女にはあるのだろうか。
「むははは! よく飛んだのぉ! それ!!」
「ぐは!」
「ぐおおお!?」
前を見ていると今度は二人飛んできた。
その後も十人、三十人と飛んできて、やっと少女の姿が見えてきた。
犬の様な耳に巫女服の少女。
だが、目立つのはその
刀を持っている事から戦士の役割──十二神将だ。
「む? 貴様等もこのバジュラと打ち合いたいと言うのか? よろしい。剣を構えるがいい」
「いや、俺は」
「うん? 上物の剣を持っているではないか。特に我々お手製マフラーを身に着けている貴様。強く見えるぞ」
「私も参拝をしにきただけだ」
「そうか。なら、もう少し待つがいい」
そう言ってまたもや戦闘を始める少女。
近くで見ると恐ろしい戦闘力だ。その細い腕で独特な形状の刀──柄に向かっても刃が付けられた弓の様な形の刀を扱い、軽々と巨漢の剣を逸している。
だが、先程の様に人間を吹き飛ばす技術は見えない。
あれは何だったのか。気になる。
「ああ……もう私が来る前に…………」
神社の者が駆け付けたのか、溜息を溢しながら一般の参拝客に頭を下げる。此方にも頭を下げてきた。
彼女も犬の様な耳に巫女装束。明確に違う点があるとすれば、あの少女と真逆の金髪で、普通の刀を腰に差している事だ。
戦闘員が複数いるのか……?
「申し訳ありません……」
「いえ。ところで、あれは恒例行事だったり?」
「違うんです。あそこで暴れている女の子……私の姉なんですけど、戦うのが好きで……」
「姉?」
「はい。……申し遅れました。私は犬神宮の主。十二神将─西北西の守護神、ヴァジュラです」
「あ、貴女が……?」
「はい」
「じゃあ、あれは?」
「……ただの巫女、という事になります」
「……」
あんな巫女どこにもいねーよ。
「……それよりも姉さん! 何やってるんですか!!」
「おおヴァジュラ! 先程蛮族達が煩悩を撒き散らしながら荒らしまわっていたのだ! 揉んでやったわ!」
「私が来るまでに一般人諸共吹き飛ばしていたじゃないですか!?」
「がなってくれるな……皆楽しんでたからいいだろ。Win-Winだウィンウィン」
「待っている人に迷惑をかけて申し訳ないと思わないんですか! 謝ってください!!」
「えー……
「東北東は煩悩が溜まりやすいので戦闘によって場を浄化しなければならなかったんです!! それに公然と暴れてたらラオラオ様が見過ごす筈が無いでしょう!」
「ラオラオ? あのマスコットもどきか……デカい顔してうざったいのう」
「姉さん!!!」
姉妹喧嘩、というよりは妹が割を食っているようだ。
自由奔放な姉に十二神将は務まらなかったが故の苦労、心情を察するばかりだ。
ゾーイも面食らって言葉が出ないようだ。
「十二神将……その特殊な力に対して平和で自由な立場。不思議なものだ。種族としての壁さえ超えかけている」
「風の噂だが、寅の十二神将は桃から産まれるらしいぞ?」
「人の神秘はまだまだ未知な部分も多いな。……コーリス、剣を盗られているぞ」
「うん?」
すかさず腰を見ると剣だけが鞘から抜き取られていた。
重さの変化すら気づかせない手腕……いや、単純に俺が鈍かっただけか。
「ほう、剣にしては切れ味よりも硬度に重きを置いているか。しかしこの重さは最早大剣……普通ならば圧して斬る使い方だが」
手ぐせの悪い姉がこちらを見る。
「エルーンの長所を潰すとは思えん……貴様、もしかして強いのか?」
「多少は腕に覚えがある」
「それはそれは僥倖!! なら一打ち───ばごっ!?」
「私にも限度があります、姉さん」
「つ、強くなったのぉ、ヴァ……ジュラ」
妹による愛のゲンコツで撃沈した姉。
その後普通に参詣した。
────────────
「ふむ……なるほどなぁ。我の妹は十二神将として煩悩と日々戦っているが、星晶獣とはそこまでだ」
帰ろうとした俺達に興味を持ったのか、
特に予定は無いし、十二神将の情報も欲しいので素直に会話を楽しむ事にした。
「煩悩、とは人々の悪しき心の様なものだと聞いているが」
「言葉の意味ではそうだ。だがなゾーイよ。その煩悩自体が集まって形を成し、空に敵意を剥く。成り立ち自体が煩悩からだからその魔物も煩悩と呼ぶしかないのだ」
「呪いの様なものか?」
「然り。十二神将は力だけの存在では無く、神力を以て奴らを浄化する役割の方が重要だ」
十二神将特有の力があるという事か。
そして、それは祖先代々からの系譜でもあると。
そこで、俺は気になって聞いてみた。
「純粋な戦闘力ではヴァジュラと妹のヴァジュラ、どっちが強いんだ?」
「……ん? 我はバジュラだぞ」
「え、いやだからヴァジュラと妹のヴァジュラはどっちが強いんだ?」
「…………ん? 我はバジュr…………いや無限ループだろうが! 我はバジュラだ!!」
「だから姉のヴァジュラと妹のヴァジュラだろ」
「我はバジュラ!! 『バ』だバー!!」
「ヴァー……?」
「バだ!! ハに点々付けてバ! 妹はウに点々付けて小さいア!!」
「……ああ……! ようやく分かった。バジュラとヴァジュラか!」
「いやだからバジュラとヴァジュラだ!!」
「今そう言っただろうが!?」
くそが。
頭がおかしくなってきた。
「大体響きが似てるとしてもどっちかと言えばバに寄るだろ!! 何でもヴァに引っ張られるのだ!?」
「いや……何か十二神将っぽい名前はヴァかなと」
「ならば貴様が知ってる十二神将の名前を言ってみろ!」
「サンチラ」
「小さい文字どころか濁音すら入ってないが!?」
「ヴァジュラって神々しいだろ。バジュラは何かパチモンみたいで」
「貴様!!」
二人でもみ合っていると、ゾーイが肩に手を置いて諭してきた。
自分が情けない。
「コーリス、ここは君の落ち度だ。素直に認めよう」
「……済まなかった、バジュラ」
「フン……!」
「私からも謝ろう。ヴァジュラ」
「貴様ァァァァ!!!!!!」
あー……まだ文字には完璧じゃなかったんだったな。
第2戦が始まってしまった。
「き、貴様この天然が! これ以上ややこしくして我の名前を馬鹿にするでないわ!!」
「君はヴァジュラ。君の妹は……えっと、ヴアァジュラ。発音はこれで完璧な筈だ」
「そこまで露骨にヴァを強調しなくてよい! どっちも発音的にバだ!!」
「……分からない」
「一般教育を受けてないのか!?」
「うん」
「!?」
あー長くなりそう。
俺達は結構人の気遣いに助けられてたのかもしれない。傍目から見ると天然ってこんなにキツイのか……。
「変な奴らだ……17年生きてきてこんな奴等は見た事が無い。……ああ質問の答えがまだだったな。妹も十二神将の中では武に秀でた者ではあるが、我のほうが強い」
やはり小さな身体で多くの巨漢を相手取る力量。
只者では無いか。
俺は納得したつもりだが、ゾーイはそうではないらしい。
「十二神将としての才能は無かったのか?」
「生憎と存分にある」
「……ますます分からないな」
それはつまり、力量も才能も妹よりも上回っているのに何故十二神将でないのか、という事だ。
確かに、戦う事が好きならば十二神将としての役割もそう悪いものでは無いはず。
……十中八九。
「人格、だろうな……」
「そろそろキレるぞー、我」
「違うのか?」
「違うわ」
「まぁ細かい事は聞かん。ゾーイも細かい詮索は嫌いだろ?」
「ああ」
「煽るだけ煽って納得するのも性質が悪いぞ貴様等」
それはすまん。
俺達をジッと睨んで咎めた後、今度は俺の左腕を見てきた。
「……む? なんだ、その腕。やけにガチャガチャ言う」
「これか? 鎧デザインの義手だ」
「……か」
「ん?」
「……か、かっこいいなぁ…………!!!」
え、ええ……。
結構男前な感性を持っているようだな……?
「ちょ、ちょっと斬らせてくれんか?」
前言撤回こいつヤバイ。
─────────────
その後も身の丈話から始まって、俺の人生の経験をバジュラに話していった。
彼女はとても興味津々で、瞬きもせずに食い入る様に俺の声に耳を傾けていた。
「世界の為に騎士を抜けて旅立つとな」
「ああ」
「威張るだけの理想論者は好かんが、思い切りのある者は好ましい。……あの空戦、我の耳にも届いていた。その戦いに生き延びた貴様ならば実力も相応だろう」
品定め、と言うことだろうか。
何を考えている……?
「しかし剣の道だけは独学では成らん。如何に天賦の剣才があろうと、道に触れなければ創造すら敵わんからな」
「……」
「どうだ? ポートブリーズに行く前に、一つ犬神宮で剣を学んでみないか」
「ここで……!?」
「十二神将随一の戦闘技術、それが犬神宮の在り方だ。貴様にとっても悪くないだろう?」
「しかし許可は……?」
「構わん。我が貴様の剣を教えてやる。刀でなくとも問題ない」
「……ゾーイ」
俺は選択を委ねた。
以外な提案に面食らったという事もあるが、正直自身の剣術には劣っている物を感じていた。
だが、旅にはゾーイの目的も伴う。一存では決められない。
ゾーイは考える素振りを見せて、直ぐに結論を出した。
「私は賛成だ。コーリスが強くなる事に不都合はない。寧ろ、私からも頼もう」
「決まったな。ではなコーリス、ゾーイ。犬神宮の巫女長、バジュラは何時でも貴様等の根性を歓迎しよう」
そう言い残して、バジュラは妹の元へ戻っていった。
「……ゾーイ」
「なんだ?」
「バジュラは強いか?」
「人として、そして剣士として空の中でも上位に位置する実力者と言ってもいい」
「人として?」
「精神面、という事だ」
「心の強さと技術が相まって、優れた戦士という訳か……」
「……いや、戦士としては限りなく弱いだろう」
「何?」
「彼女には戦士として致命的な欠陥がある」
「それは……なんだ?」
「いずれ分かる」
含みを持たせつつも、その言葉の続きを隠すゾーイの表情は何時もに比べて……哀愁が漂っていた。