「鎧、エンブレム、剣。私、コーリス・オーロリアは陛下に全てを返上致します」
「……うむ。ご苦労であった」
玉座の間。
今この場にいるのは聖騎士長と聖王、そしてコーリスの3名だ。彼は騎士団を抜け、鎧も地位も返上し新たな姿となって空を旅する。
コーリスは跪くのみ。
静かに王の言葉を待っている。
「だが……剣はお主の物だ」
「……陛下」
「私は空戦での活躍を踏まえて剣を作る許可を出した。だが、それはコーリス・オーロリア個人への敬意を込めた物。元より騎士団に還元する必要もない」
「……有難きお言葉。感謝します」
「ルクスも構わぬな?」
「これからの彼の成長を予期すれば最善です、王よ」
「ははは! 違いない」
ほんの少し、リュミエールを去る事への圧力を込めた笑いは、厳格な王にしては珍しい温情がこもっていた。
「して、コーリス。行く先の検討は付いているのか?」
「はい。元々はポート・ブリーズに拠点を置く予定でしたが、数奇な出会いの元……犬神宮にしばし滞在する事になりました」
「犬神宮とな? 此度の神事将と関わりを持ったのか」
「正確には、その親族です」
「お主は行く先々で奇妙な出会いをするのだな。その縁、大事にするといい」
「はい!」
あの空乱を経たコーリスは数々の出会いを得た。
ナタク、サテュロス、メドゥーサ、バアル、ゾーイ、リッチ、レイ、バジュラ、ヴァジュラ。
4体の星晶獣は彼に勇気を与え、ゾーイは使命を与え、レイは世界を教え、バジュラとヴァジュラは力を与える。
リッチは何もない。
出会いがコーリスの空っぽな内面を満たしていき、そしてこれからもそう在り続けるのだろうと、王は思いを馳せた。
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ゾーイはコーリスを待っていた。
ルピを入れた袋を盗まれない様に見張りながら、空をゆっくりと眺め、未来への懸念を払拭すべく気合を入れる。
「この国が空の一端すらも遠い規模だとは…………空とは、広いものだな」
世界を俯瞰するかの様に扱える調停の使徒であっても、実際に顕現して過ごす事で、何か感慨深い物を感じたのだ。
それが例え空の世界の7つの空域の一つで、更に数ある島の中の一つの国に過ぎないとしても、ゾーイはこの国に思い出を残す程に影響を受けた。
「コスモス……貴女が天司長と創り上げた世界は、とても美しく育った」
彼女は、蒼き空の更に向こうにいる元身に報告をした。
例え直ぐに移り変わる平和だとしても、その営みこそが空の民と言える。
星の民には成せなかった温かみだ。
少し時間が過ぎて、ゾーイの元にスルトが訪れた。
「スルトか」
「……なぁ、率直に聞かせてくれ」
ゾーイと同じく空を見渡しながら、ハーヴィンは語りかけた。
「何で、騎士になってくれたんだ?」
「……まさか」
「コーリスに連れられるのか、コーリスを連れて行くのか、それは俺には分からないけど。少なくとも……お前、態々騎士として働く必要は無かったんじゃないか」
「私は義理を……」
「騎士として物凄く短時間だが……ゾーイの活動は非常に褒められた物だと聞いた。元よりコーリスと共に空に旅立つのなら、寮を借りるだけで良かった。嫌な言い方だが、その程度で俺達に義理を感じる必要はない」
「……困ったな。どう言えばいいのか」
「コーリスは、確かに俺達の大事な仲間だ。お前は、リュミエールからコーリスを奪う事に罪悪感を感じたのか?」
「罪悪感……そうかもしれない」
「俺はバカでチビで考えるのも苦手だ。でも、謎に包まれたお前を王が認めた時点で、敵ではなくとも……その未知に触れてはならないものだと理解している」
ゾーイは隠す事に専念していた訳ではない。
何故なら、そこまでこの国に介入するつもりは無かったからだ。しかし、寮や騎士団で実際に人と過ごす内に、無意識の緩みが彼女を包んでしまった。
「お前は間違い無く優しい奴だ、ゾーイ。コーリスと何かを成す為に空に行くのなら……」
「……」
「アイツを助けてやってくれ」
「元よりそのつもりだ」
「家族愛を求めて……得られないからこそ友を求めた。だが、アイツは故郷を失い、この国に依存するしかなかったんだ」
「私はコーリスと……」
「友だち、だろ?」
「とも、だち……か」
ゾーイにとって、コーリスは庇護対象であり、コスモスの手段であり、利用する武器でもある。如何に彼に優しく振る舞おうと、幽世に対抗するために利用した事に変わりはない。
その過程でコーリスが世界を救うという目的を得た現在でも、それはゾーイが促したものではない。
彼女は、素直に彼を友達と呼べる立場では無いと感じた。
それが、ゾーイの罪悪感である。
「……頼むぞ」
「了解した」
スルトはこれ以上は野暮であると感じ、簡潔ながらも重い言葉を彼女に残した。
「む? コーリスを見送らないのか」
「ん、あー……こっちもやる事があってな」
「そうか……」
「まぁ、お互い踏ん切りはついてる。心配するな」
今度こそ、スルトは城に戻っていった。
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ゾーイと合流したコーリスは、もう何回も訪れた騎空艇の乗り場に向かっていた。
しばらく世話になる事は無くなる。
「お! コーリス! またどっか行くのか?」
「はい。次は犬神宮に」
「頑張るねぇ。また任務だろ?」
「……いえ」
「……? そうか。ま、乗っている間は休んでな」
幾度となくコーリスを送り出した操縦者も、彼がリュミエールを後にする事には気づかなかったのか、いつも通り準備をする。
出発までに時間がある為、ゾーイが口を開く。
「……誰も、見送りにこなかったな」
「平日で皆は仕事だし、街の人たちも知らせてないからな」
「少し、寂しい気もするが」
「いいんだ。今世の別れじゃあるまいし」
「そうだが……」
何か、ゾーイから歯切れの悪さを感じるコーリス。
彼は少しだけ察した。
「案外、お前もリュミエールを気に入ったんだな」
「あ、当たり前だ! ご飯は美味しいし……日差しも温かいし……明るい。皆が活き活きしてる」
「以前顕現した時は?」
「暗い街だった。傭兵達が依頼に目を光らせ、街の人々は毎日少しずつパンの欠片を減らしていく…………もう2百年も前の話だ」
「そうか」
「リュミエールは、素晴らしい国だよ」
少ない滞在でも、人の温かみが感じられると評されて、離れた身だというのに、コーリスは嬉しくなった。
だが、その愛国心を咎める様に、騎空艇の動作が始まった。
「…………これで聖騎士も終わりか」
「……」
国が恋しくなる前に彼は室内に籠ろうとしたが、ゾーイがその手を掴んだ。
「どうした」
「……コーリス……! 見てみろ!」
「?」
「あれは…………ルクスとスルト……ロイスもだ!!」
ゾーイの興奮した声を聞き、離れていくリュミエールの景色に目を向けると、城から真上の位置に大きな文字が見えた。
Good luckの文字は誰よりも彼を導いた団長の光で。
saluteの文字は誰よりも彼を案じていた相棒の水で。
from friendsの文字は誰よりも彼の友であった少年の火で。
「……お、れは」
「……コーリス?」
故郷から離れる希望、故郷が無くなる絶望。
騎士としての覚悟、空乱で失った仲間。
長年強く在るべしと、そう務めてきたコーリスの感情は遂に限界を迎えた。
「こんなに…………恵まれていいのかっ!?」
リュミエールの住民が協力して魔力を集め、それに3名が属性を込め、大砲と共に放出し文字を描く。
勿論彼を送り出す騎空艇の操縦者も協力者である。
旗から見れば唯一人を送り出す為にしては大掛かりで、愚かな大国に映るかもしれない。
──しかし、国を守り続けた騎士に賛辞と激励を評さぬ程、彼等は情熱を捨てていなかった。
彼の目から涙が溢れる。
その姿を見たゾーイは罪悪感より先に、ただ背後から抱きしめて、その頭を撫でた。
「いいんだ。君は、頑張ったから」
「みんな……」
「皆、君の頑張りを知っていたんだよ」
──
「……ふふ。バイバイ、リュミエール」
ゾーイ心からの感謝をリュミエールに送り、優しく微笑んだ。
──3章、完。
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──とある島。
「んー」
「どうした、サテュロス」
「コー君がね、泣いてる気がする」
「えっ怖……アンタほんとにヤバいんじゃない?」
「コーリスは前に進む事を選んだ。無駄な干渉はあの国を堕落させる事に繋がると、そう決めた筈だぞ」
「いやストーキングしてる訳じゃないからね!?」
「どうかしらね」
「どうだかな」
「むぅ……ナタク君もメドゥちゃんも意地悪! 気がするだけだよ!」
「それが余計怖いのよ」
「バアルの様に自分を探しに行く事を勧める」
「ひど────ーい!!!!」
「……でも、何でそんなにアイツを気にかけるのよ」
「うーんとね、気にかけるっていうか……コー君ってさ、凄い事とか簡単な事だとか関係なく、誰にも出来なさそうな例外中の例外を起こしそうじゃない?」
「ふむ……直感的な意見だが、一理ある」
「だから楽しみだなーって! たった数十年待てばファータ・グランデが変わっちゃうって思うと!!」
「考えすぎね」
「どっちかというと気にかけてるのはメドゥち──ぶげ!?」
「はいはい、途中からアタシに振る流れはもう飽きたわ」
「それって認めてるって事じゃ」
「メドゥシアナ、口を塞ぎなさい」
「
「
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──ガロンゾ。
「あの少年……健全な見送られ方しやがって……!!」
「りっちょを殺すつもりなのかな……!」
「…………あの裏切者!!!」
「オイ!! うっせぇぞそこの魔導師の女ァ!!」
「ヒっ! サーセン……もうしません許して下さぁい……」
「チッ……気持ちよく寝てたってのに……」
「…………あーあ、りっちょは何時もこんなんですよ」
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──スーオファミリー本拠地。
「ママ、彼がリュミエールから出ました」
「まぁカルニ。誰があの子を追えなんて頼んだのかしら」
「誰も。ただママには報告しておくべかと」
「いつまで経っても夢から覚めない愚かな子。そんな子を私が気にする必要は無いわ」
「厳しさは愛であると、貴女は私に説きましたね」
「……悪い口が回る様になって。悲しいわ」
「彼の事は知りません。しかし、貴女が怒りを覚えるという事は、彼を子供でなく……対等に見たという事」
「……」
「ママの後を追う存在になり得るのなら、私は彼を尊重します」
「…………親の心子知らず、ね」
「……コーリス。命を延ばした人間が幾度と無く奔走し、何故未だ平和が成されないのか。それはその者たちの力量と覚悟が足りなかった訳じゃないの」
「……人には、人の限界がある。それは命、そして」
「魂にも……」
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──犬神宮。
「ふっふっふっ……」
「また悪巧みですか? 姉さん」
「悪い事ではないぞヴァジュラよ。客人の用意だ!」
「……え、彼等を呼んだのは本当なんですか?」
「面白くもない嘘を付くわけ無いだろう。父上にも許可は取ってある」
「何でそんな許可を……」
「犬神宮の剣技は他に比べて広く知られておる。技を隠す事に何の生産性も無いのだぞ?」
「それもあると思いますが」
「ま、結局我が頼んだからだろうな。父上も甘いな」
「…………姉さん」
「む?」
「楽しみですか?」
「おうとも」
「…………
「……ヴァジュラ」
「……」
「二度と、聞くな」
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──
「今日は誰の話をしようかな……」
「そうだ、私の幼馴染の話にしよう」
「私が3つの時に父さんが屋敷に連れてき…………どうしたニコラ」
「"その話はもう50回は聞いた"って? そうかなぁ……そんなに話していたかな……?」
「モモもそう思うのか……ジジもフージーも」
「もう島から出れなくなって何年経ったかも覚えてないよ。ふふっ……何だか村にいたおばあちゃんを思い出すよ」
「私の頭はおばあちゃんになっちゃったみたいだな。もう村の人達の名前も朧気だ」
「……ちゃんと騎士になれたのか?」
「──コーリス」
3章が終わりました。
コーリスにとってリュミエールは故郷とまでは行かなくても、国自体を家の様に感じていました。
離別の際に流した涙は一時の別れに対してでは無く、かといって言葉に対してでもありません。
もう、リュミエールのコーリスではいられないという実感に対してです。
トラモントのコーリスでもなく。
リュミエールのコーリスでもなく。
彼はやっと、ただのコーリスとして生きていくのです。