幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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35.バイバイ、リュミエール

 

 

「鎧、エンブレム、剣。私、コーリス・オーロリアは陛下に全てを返上致します」

 

「……うむ。ご苦労であった」

 

 

 玉座の間。

 今この場にいるのは聖騎士長と聖王、そしてコーリスの3名だ。彼は騎士団を抜け、鎧も地位も返上し新たな姿となって空を旅する。

 

 コーリスは跪くのみ。

 静かに王の言葉を待っている。

 

 

「だが……剣はお主の物だ」

 

「……陛下」

 

「私は空戦での活躍を踏まえて剣を作る許可を出した。だが、それはコーリス・オーロリア個人への敬意を込めた物。元より騎士団に還元する必要もない」

 

「……有難きお言葉。感謝します」

 

「ルクスも構わぬな?」

 

「これからの彼の成長を予期すれば最善です、王よ」

 

「ははは! 違いない」

 

 

 ほんの少し、リュミエールを去る事への圧力を込めた笑いは、厳格な王にしては珍しい温情がこもっていた。

 

 

「して、コーリス。行く先の検討は付いているのか?」

 

「はい。元々はポート・ブリーズに拠点を置く予定でしたが、数奇な出会いの元……犬神宮にしばし滞在する事になりました」

 

「犬神宮とな? 此度の神事将と関わりを持ったのか」

 

「正確には、その親族です」

 

「お主は行く先々で奇妙な出会いをするのだな。その縁、大事にするといい」

 

「はい!」

 

 

 あの空乱を経たコーリスは数々の出会いを得た。

 ナタク、サテュロス、メドゥーサ、バアル、ゾーイ、リッチ、レイ、バジュラ、ヴァジュラ。

 

 4体の星晶獣は彼に勇気を与え、ゾーイは使命を与え、レイは世界を教え、バジュラとヴァジュラは力を与える。

 リッチは何もない。

 

 出会いがコーリスの空っぽな内面を満たしていき、そしてこれからもそう在り続けるのだろうと、王は思いを馳せた。

 

 

 

 ─────────────

 

 

 

 ゾーイはコーリスを待っていた。

 ルピを入れた袋を盗まれない様に見張りながら、空をゆっくりと眺め、未来への懸念を払拭すべく気合を入れる。

 

 

「この国が空の一端すらも遠い規模だとは…………空とは、広いものだな」

 

 世界を俯瞰するかの様に扱える調停の使徒であっても、実際に顕現して過ごす事で、何か感慨深い物を感じたのだ。

 それが例え空の世界の7つの空域の一つで、更に数ある島の中の一つの国に過ぎないとしても、ゾーイはこの国に思い出を残す程に影響を受けた。

 

「コスモス……貴女が天司長と創り上げた世界は、とても美しく育った」

 

 彼女は、蒼き空の更に向こうにいる元身に報告をした。

 例え直ぐに移り変わる平和だとしても、その営みこそが空の民と言える。

 

 星の民には成せなかった温かみだ。

 

 

 

 少し時間が過ぎて、ゾーイの元にスルトが訪れた。

 

「スルトか」

 

「……なぁ、率直に聞かせてくれ」

 

 ゾーイと同じく空を見渡しながら、ハーヴィンは語りかけた。

 

 

「何で、騎士になってくれたんだ?」

 

「……まさか」

 

「コーリスに連れられるのか、コーリスを連れて行くのか、それは俺には分からないけど。少なくとも……お前、態々騎士として働く必要は無かったんじゃないか」

 

「私は義理を……」

 

「騎士として物凄く短時間だが……ゾーイの活動は非常に褒められた物だと聞いた。元よりコーリスと共に空に旅立つのなら、寮を借りるだけで良かった。嫌な言い方だが、その程度で俺達に義理を感じる必要はない」

 

「……困ったな。どう言えばいいのか」

 

「コーリスは、確かに俺達の大事な仲間だ。お前は、リュミエールからコーリスを奪う事に罪悪感を感じたのか?」

 

「罪悪感……そうかもしれない」

 

「俺はバカでチビで考えるのも苦手だ。でも、謎に包まれたお前を王が認めた時点で、敵ではなくとも……その未知に触れてはならないものだと理解している」

 

 

 ゾーイは隠す事に専念していた訳ではない。

 何故なら、そこまでこの国に介入するつもりは無かったからだ。しかし、寮や騎士団で実際に人と過ごす内に、無意識の緩みが彼女を包んでしまった。

 

「お前は間違い無く優しい奴だ、ゾーイ。コーリスと何かを成す為に空に行くのなら……」

 

「……」

 

「アイツを助けてやってくれ」

 

「元よりそのつもりだ」

 

「家族愛を求めて……得られないからこそ友を求めた。だが、アイツは故郷を失い、この国に依存するしかなかったんだ」

 

「私はコーリスと……」

 

「友だち、だろ?」

 

「とも、だち……か」

 

 

 ゾーイにとって、コーリスは庇護対象であり、コスモスの手段であり、利用する武器でもある。如何に彼に優しく振る舞おうと、幽世に対抗するために利用した事に変わりはない。

 

 その過程でコーリスが世界を救うという目的を得た現在でも、それはゾーイが促したものではない。

 彼女は、素直に彼を友達と呼べる立場では無いと感じた。

 

 それが、ゾーイの罪悪感である。

 

 

「……頼むぞ」

 

「了解した」

 

 

 スルトはこれ以上は野暮であると感じ、簡潔ながらも重い言葉を彼女に残した。

 

 

「む? コーリスを見送らないのか」

 

「ん、あー……こっちもやる事があってな」

 

「そうか……」

 

「まぁ、お互い踏ん切りはついてる。心配するな」

 

 

 今度こそ、スルトは城に戻っていった。

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 ゾーイと合流したコーリスは、もう何回も訪れた騎空艇の乗り場に向かっていた。

 しばらく世話になる事は無くなる。

 

 

「お! コーリス! またどっか行くのか?」

 

「はい。次は犬神宮に」

 

「頑張るねぇ。また任務だろ?」

 

「……いえ」

 

「……? そうか。ま、乗っている間は休んでな」

 

 

 幾度となくコーリスを送り出した操縦者も、彼がリュミエールを後にする事には気づかなかったのか、いつも通り準備をする。

 

 出発までに時間がある為、ゾーイが口を開く。

 

 

「……誰も、見送りにこなかったな」

 

「平日で皆は仕事だし、街の人たちも知らせてないからな」

 

「少し、寂しい気もするが」

 

「いいんだ。今世の別れじゃあるまいし」

 

「そうだが……」

 

 

 何か、ゾーイから歯切れの悪さを感じるコーリス。

 彼は少しだけ察した。

 

 

「案外、お前もリュミエールを気に入ったんだな」

 

「あ、当たり前だ! ご飯は美味しいし……日差しも温かいし……明るい。皆が活き活きしてる」

 

「以前顕現した時は?」

 

「暗い街だった。傭兵達が依頼に目を光らせ、街の人々は毎日少しずつパンの欠片を減らしていく…………もう2百年も前の話だ」

 

「そうか」

 

「リュミエールは、素晴らしい国だよ」

 

 

 少ない滞在でも、人の温かみが感じられると評されて、離れた身だというのに、コーリスは嬉しくなった。

 

 だが、その愛国心を咎める様に、騎空艇の動作が始まった。

 

 

「…………これで聖騎士も終わりか」

 

「……」

 

 

 国が恋しくなる前に彼は室内に籠ろうとしたが、ゾーイがその手を掴んだ。

 

 

「どうした」

 

「……コーリス……! 見てみろ!」

 

「?」

 

「あれは…………ルクスとスルト……ロイスもだ!!」

 

 

 ゾーイの興奮した声を聞き、離れていくリュミエールの景色に目を向けると、城から真上の位置に大きな文字が見えた。

 

 

 

 Good luckの文字は誰よりも彼を導いた団長の光で。

 

 saluteの文字は誰よりも彼を案じていた相棒の水で。

 

 from friendsの文字は誰よりも彼の友であった少年の火で。

 

 

「……お、れは」

 

「……コーリス?」

 

 

 故郷から離れる希望、故郷が無くなる絶望。

 騎士としての覚悟、空乱で失った仲間。

 

 

 長年強く在るべしと、そう務めてきたコーリスの感情は遂に限界を迎えた。

 

 

「こんなに…………恵まれていいのかっ!?」

 

 

 リュミエールの住民が協力して魔力を集め、それに3名が属性を込め、大砲と共に放出し文字を描く。

 勿論彼を送り出す騎空艇の操縦者も協力者である。

 

 旗から見れば唯一人を送り出す為にしては大掛かりで、愚かな大国に映るかもしれない。

 

 ──しかし、国を守り続けた騎士に賛辞と激励を評さぬ程、彼等は情熱を捨てていなかった。

 

 

 

 彼の目から涙が溢れる。

 その姿を見たゾーイは罪悪感より先に、ただ背後から抱きしめて、その頭を撫でた。

 

 

「いいんだ。君は、頑張ったから」

 

「みんな……」

 

「皆、君の頑張りを知っていたんだよ」

 

 

 

 

 

 

──Good luck, salute from friends.(幸運を、貴方の友より敬礼を)

 

 

 

「……ふふ。バイバイ、リュミエール」

 

 

 ゾーイ心からの感謝をリュミエールに送り、優しく微笑んだ。

 

 

 

 

──3章、完。

 

 

 

 ─────────────

 

 

 

 ──とある島。

 

 

 

「んー」

 

「どうした、サテュロス」

 

「コー君がね、泣いてる気がする」

 

「えっ怖……アンタほんとにヤバいんじゃない?」

 

「コーリスは前に進む事を選んだ。無駄な干渉はあの国を堕落させる事に繋がると、そう決めた筈だぞ」

 

「いやストーキングしてる訳じゃないからね!?」

 

「どうかしらね」

 

「どうだかな」

 

「むぅ……ナタク君もメドゥちゃんも意地悪! 気がするだけだよ!」

 

「それが余計怖いのよ」

 

「バアルの様に自分を探しに行く事を勧める」

 

「ひど────ーい!!!!」

 

「……でも、何でそんなにアイツを気にかけるのよ」

 

「うーんとね、気にかけるっていうか……コー君ってさ、凄い事とか簡単な事だとか関係なく、誰にも出来なさそうな例外中の例外を起こしそうじゃない?」

 

「ふむ……直感的な意見だが、一理ある」

 

「だから楽しみだなーって! たった数十年待てばファータ・グランデが変わっちゃうって思うと!!」

 

「考えすぎね」

 

「どっちかというと気にかけてるのはメドゥち──ぶげ!?」

 

「はいはい、途中からアタシに振る流れはもう飽きたわ」

 

「それって認めてるって事じゃ」

 

「メドゥシアナ、口を塞ぎなさい」

 

キシャァァァァ(ごめんね)…………」

 

む、めぶむがむごぼみもじばむばばる(め、メドゥシアナの気持ちが伝わる)

 

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 ──ガロンゾ。

 

 

「あの少年……健全な見送られ方しやがって……!!」

 

「りっちょを殺すつもりなのかな……!」

 

「…………あの裏切者!!!」

 

「オイ!! うっせぇぞそこの魔導師の女ァ!!」

 

「ヒっ! サーセン……もうしません許して下さぁい……」

 

「チッ……気持ちよく寝てたってのに……」

 

 

 

 

「…………あーあ、りっちょは何時もこんなんですよ」

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 ──スーオファミリー本拠地。

 

 

 

「ママ、彼がリュミエールから出ました」

 

「まぁカルニ。誰があの子を追えなんて頼んだのかしら」

 

「誰も。ただママには報告しておくべかと」

 

「いつまで経っても夢から覚めない愚かな子。そんな子を私が気にする必要は無いわ」

 

「厳しさは愛であると、貴女は私に説きましたね」

 

「……悪い口が回る様になって。悲しいわ」

 

「彼の事は知りません。しかし、貴女が怒りを覚えるという事は、彼を子供でなく……対等に見たという事」

 

「……」

 

「ママの後を追う存在になり得るのなら、私は彼を尊重します」

 

「…………親の心子知らず、ね」

 

 

 

 

 

「……コーリス。命を延ばした人間が幾度と無く奔走し、何故未だ平和が成されないのか。それはその者たちの力量と覚悟が足りなかった訳じゃないの」

 

「……人には、人の限界がある。それは命、そして」 

 

 

 

 

「魂にも……」

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 ──犬神宮。

 

 

「ふっふっふっ……」

 

「また悪巧みですか? 姉さん」

 

「悪い事ではないぞヴァジュラよ。客人の用意だ!」

 

「……え、彼等を呼んだのは本当なんですか?」

 

「面白くもない嘘を付くわけ無いだろう。父上にも許可は取ってある」

 

「何でそんな許可を……」

 

「犬神宮の剣技は他に比べて広く知られておる。技を隠す事に何の生産性も無いのだぞ?」

 

「それもあると思いますが」

 

「ま、結局我が頼んだからだろうな。父上も甘いな」

 

「…………姉さん」

 

「む?」

 

「楽しみですか?」

 

「おうとも」

 

「…………()()()()()()()()()?」

 

「……ヴァジュラ」

 

「……」

 

「二度と、聞くな」

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

 

 ──■■■■■(霧に包まれた島)

 

 

 

 

「今日は誰の話をしようかな……」

 

「そうだ、私の幼馴染の話にしよう」

 

「私が3つの時に父さんが屋敷に連れてき…………どうしたニコラ」

 

「"その話はもう50回は聞いた"って? そうかなぁ……そんなに話していたかな……?」

 

「モモもそう思うのか……ジジもフージーも」

 

「もう島から出れなくなって何年経ったかも覚えてないよ。ふふっ……何だか村にいたおばあちゃんを思い出すよ」

 

「私の頭はおばあちゃんになっちゃったみたいだな。もう村の人達の名前も朧気だ」

 

「……ちゃんと騎士になれたのか?」

 

 

 

 

「──コーリス」

 

 

 

 

 

 

 






3章が終わりました。

コーリスにとってリュミエールは故郷とまでは行かなくても、国自体を家の様に感じていました。
離別の際に流した涙は一時の別れに対してでは無く、かといって言葉に対してでもありません。

もう、リュミエールのコーリスではいられないという実感に対してです。

トラモントのコーリスでもなく。
リュミエールのコーリスでもなく。

彼はやっと、ただのコーリスとして生きていくのです。
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