幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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4.紫苑の夢

 ──なあ、コーリス。

 

 柔らかい森に包まれながら、横に耳を傾ける。

 

 ──人とどうやって関わり合えば良いんだ? 

 

 次に目を向ければ涙が。

 膝を抱えて、涙目で心情を訴えてくる少女。

 朧気な意識を抱え込みながらその質問の返答を考える。

 だが、問に答えるまでもなく耳にはもう一つの声が流れてきた。

 

 ──……話せばいいと思う。

 

 聞こえて来たのは涙に対する一切の同情も含まない返答。それが、自分自身の声だと気付くのに時間はかからなかった。

 だが、自分の目には声も手も足も存在しない。

 ただ二人の動向を横で見つめているだけ。

 

(懐かしいな……)

 

 そう、これは過去の自分。

 過去の自分を景色として見つめている奇天烈な現象─これを夢と判断した。

 違和感のある空気に包まれているのに、その場では疑問に思えないという矛盾。異常空間に溶け込む精神。

 人にとって今も、そしてこれからも未開の地。

 それが夢である。

 

(こんな声だったか)

 

 数年前の自分を見つめ直して思うのは声の変化。

 一年前程の景色。横で泣いている○○○には目もくれず、今の状況を理解する。

 彼女の横にいる自分の高い声に不甲斐なさを感じ、思わず苦笑を顔に浮かべてながら声を聞く。

 

 

 ──私はどうすればいいのかな? フィラは病気で家を出れず、母さんはフィラの看病につきっきり。父さんは種族柄かヒューマンに関わろうとしない。私はこうやって森でぼやっとしてるだけ。人の役にも立てず、妹の話し相手にもなってやれないし、作ってやる事もできない。なぁ、お前はどうして自然に過ごせるんだ。

 

 ──自然? 

 

 ──ああ。お前はエルーンの捨て子なんだろう? 拾われても一人の環境の筈だ。それなのに人が寄ってくる。お前が人を突き放したような発言をしても周りが笑顔で()()()()()()()()。私は余計な事を何も言わないのに誰も話してくれない。目すら合わない。

 

 ──ああ、そんなことか。

 

 余りに軽率な返答に頭を抱える。

 少なくとも悩みに悩んで涙まで流している少女に対する対応では無い。余りにぶっきらぼうすぎる。

 それも過去の自分だと言うのだから、俄然見るに耐えない。今すぐ過去に戻って殴りたいくらいだ。

 

 

 ──……そうだな。お前にはどうでも良いし簡単な事だったな。頭も良いし、身体も動かせて、友達もたくさんいて、フィラの話し相手になれる。確かにお前は何でも出来るからな……。これなら、こんな陰湿な姉より妹が外にいる方が良い……。いっそ私が病気にかかれば良かったッ……!! 

 

 痺れを切らし、言葉に比例して涙の量が増えていく。

 地に滴る水滴は誰の元にも届く事はなく、現実に溶かされていくだけ。

 悩み、というのは妹に対して何も出来ない自分の無能さに打ちひしがれている、と言ったところか。

 

 

 ──なら、どうして話し掛けない? 交友が広がればフィラにも楽しい空間が出来るかもしれないのに。

 

 ──怖いんだ……。他種族として離されていくのが! 仮に私が友達をフィラに紹介したとして、父さんがそれを良しとしないかもしれない! 『エルーンの風習』が何だと故郷の決まりごとを並べて仲違いをさせようとするかもしれない。家族の縁が切れて、またあの子に辛い思いをさせるのが堪らなく怖いんだよ……。

 

 ──へたれめ。

 

 ──ッ!!! 

 

 

 

『……馬鹿が』

 

 コーリスは過去の風景を覚えている為、彼女を怒らせ胸元を掴まれた記憶がある。

 そして、へたれという言葉を堺にこれから殴られると言う事も知っている。確かに自分が悪いが、自分が殴られる風景を見るのは微妙な気分だ。

 いっそ笑い飛ばせれば楽だ。しかし当時は考えなかった彼女の心情が知りたい。

 自分の風景に現を抜かす暇はない。

 じっと、この景色を見つめてみようか。

 

 激情のままコーリスの胸ぐらを掴んだ少女は叫ぶ。

 

 ──お前には出来るのか!? 私に出来ない事を卒なくこなしたお前が!! ならばやってくれよ! ああそうさ、相談というのが間違いだった! お前を頼れば出来ると思っていた私が馬鹿だったんだ! 

 

 ──……お前じゃないと意味が無いだろう。

 

 ──違う!! お前と話すフィラの表情はいつにも増して楽しそうだった! 私と話している時よりも目が輝いていた! 最初からお前を頼るのでは無く、()()()()()()()!! 周りの人間もお前を頼りに日々を過ごす事もあった。なら、()()も助けてくれよ!! 正義の騎士なんだろう!? 

 

 

 とめどない悲しみと怒り。

 もはや自分の無力さを受け入れてしまっている。諦めの心は相手への渇望と変貌して叩き付ける。

 ただ普通に生きているだけでも、彼女にとっては一番羨ましい物だった。

 

 

 ──なぜ黙る!! 

 

 吐き出した思いに答えないコーリスへの怒りか、それとも無意識に同情を欲しているのか。

 年相応の感情の爆発を見せた彼女は、まるで無い物ねだりをして誰かに縋る子供だった。

 普通の人間なら、ここで彼女の言葉を受け止めて慰めたり、協力したり、または彼女の望み通り行動するといった方法を取るだろう。

 

 しかしそこはコーリス。

 自分の思った事を素直に吐き出し、他人の言い分は認めるが言いなりにはならない頑固者である。

 地雷を超え、逆鱗に触れる。

 

 

 ──こんな姉で、フィラが可哀想と思っただけだ。

 

 思えば、この発言は意地っ張りの延長だったかもしれない。

 

 ───────!!! 

 

 声にならない叫びを携えて男を殴る。

 涙と感情で混ざりあった顔を隠す事も、目の前にいる男に涙が溢れる事も気にせず、嗚咽のまま殴る。

 だが、男は自分に対し失望のような感情を含んだ目を向けてくる。痛みなど感じていないように。

 

 ……それが、堪らなく悔しかった。

 

 数分経って彼女は冷静さを取り戻した。

 が、大人びた精神がそれを許さなかった。

 親友を感情のままに殴りつけたのが良くなかったようだ。どんなに無情な言葉を突き付けられたとしても、人としての罪悪感が込み上げてくる。憤怒に包まれていた顔は病人のように青白く染まり、力強く握られていた拳は開き、カタカタと指を痙攣させている。

 

 無論、いくら力強く殴ったと言っても成熟していない少女の腕力。痛みは感じれど傷として顔に残る訳が無い。

 コーリスは経験としてそれを理解している。殴られている男が途中にそう思っていたかは本人にも分からないが。

 

 ──あ、その……私はそ、そんなつもりじゃ

 

 ──…………。

 

 ──は、はは……馬鹿だな……私は。相談を持ちかけに森へ連れては勝手に怒って人を殴る。唯一の交友関係も自分で断ち切ってしまった。

 

 ──なぁ。

 

 ──いや、いいよ。コーリスは頭が良いからな。()()()()()に掛ける言葉もすぐ思い浮かぶんだろう? でも、私にはその言葉に対する返答が思いつかないよ……。

 

 

 無言で見つめる男を見てさらに萎縮したのか、言葉もおぼつかない。

 もう何もかもが嫌になったのか、男の言葉も断ち切って自分という存在を嫌悪する。

 

 

 ──こんな馬鹿な女に付き合わされて疲れただろう? 今まで済まなかった。もう無茶を言わないよ。

 

 ──そうか。なら言わせてもらう。

 

 ──? 

 

 ──第一俺を人間じゃないみたいに言うな。慰めの言葉を直ぐに言える程器用じゃないし、何でもこなせる超人なんかじゃない。まず器用なら言葉で子供を泣かせたりしない。

 

 ──それでも、私よりよっぽど立派な人間さ。妹にさえ億劫な私より……。

 

 ──……何を言っても無駄か。

 

 口下手な彼が必死に絞り出した言葉でさえ彼女の後悔を忘れさせるには程遠い。

 ならば、最後に本心だけは言う。

 

 

 ──言っておく。誰だって怖いのは普通だ。俺だって一人じゃ他の島の人に声すらかけれない。だが、人を頼りにする事すら怖がっているなら、人間何が出来るんだ? 

 

 返事をする事なくおぼつかない足元で家に帰ろうとする○○○

 

 その言葉は結局彼女に届いたのか。

 それは今になっても分からない。

 

 だが、何故こんな夢を見たのかは予想がつく。

 それは、普段凛としている彼女が見せた数少ない弱みが印象深かったと言う事。

 

 

 

 

 そして、これが彼女との初めての喧嘩だったということ。

 何か特別な物があるわけでも無い、単なる下らない言い合い。それが思い出として残っているという事なのだろうか。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 聞こえたのは目覚まし時計の音だった。

 朝でも遠慮なくジリリリ!! と鳴る時計は、俺がトラモントから持ち込んだ私物だ。現在午前5時。

 

「……」

 

 ……夢でも見たのか。起きた時の妙な目の冴え方と、服に染み込んだほんの少しの汗がそれを連想させる。

 夢の内容を覚えている人もいるだろうが、自分は別。

 嫌な夢、怖い夢、楽しい夢、奇妙な夢など、様々あると聞くが、どれも内容を覚えていない。

 朧気に残っているのは、故郷を思わせる緑と、懐かしい思い出を匂わせる雫だった。

 トラモントを想ったのは、一週間前にサレアさんが帰省した時だろうか。

 

「…………」

 

 重力に引っ張られるように身体を伸ばす。

 望んだ行動かは分からないが、勝手に体が動いてしまう。

 半分だけ開いた眼で洗面所に向かう。

 目に写ったのは耳を垂れさせた半目半口で寝癖を付けたみっともない男だった。

 髪型だけでも人前に出せるようにしたいので、顔と髪を水で洗う。

 

 髪についた水滴をタオルで拭きながら、窓から外を見渡す。そこから見える中庭はとても綺麗だった。

 半袖の私服に着替え、部屋を出てエントランスに向かう。

 そこには当然グルシことおばちゃんがいた。

 

「相変わらず早いねぇ……」

 

「やる事は朝にやっておきたい性分でして」

 

「ま、それが良いけどね。あんまり切羽詰めんじゃないよ?」

 

 眠そうに欠伸をしながら注意をされる。

 この寮に入って10日は経った為、早朝に顔を出す事を驚かれなくなったが、毎日同じ時間に起きている内に感心されるようになった。

 この生活様式はトラモントでも変わらなかったのだが。

 

 朝に起きて即鍛錬。

 そんなにも珍しい事なのか。

 グルシさん曰くこの年の若者は朝に弱く、やるべき事を後回しにする為昼にやり、最悪夜に回して寝不足になる事がしばしばらしい。

 自分は寧ろ夜に弱く、決まって10時には倒れるように眠ってしまうのだ。だから静かな朝に一人で黙々と鍛錬が出来るのは気分が良い。

 

 ……隣部屋のあいつは真逆だ。

 夜は煩いほど声を張り上げて話し掛けてくるのに朝は音量最大の目覚まし時計でも起きない。文字通り叩き起こさないと意味を成さないのだ。

 ここ数日間で毎日グルシさんからマスターキーを貰って起こしに行っている。旗迷惑な物だ。

 

「涼しい」

 

 

 中庭に出たら思わず言葉に出てしまう程の涼しさ。

 丁度良い朝の風が吹き抜け、気持ちよく顔を叩いてくれる。朝早く起きる利点はこの快適さにあると感じる。

 

 

 風の余韻に浸る訳にもいかず、鍛錬の準備を進める。

 まずは身体解し。予め柔軟をやっておく事で体温の上昇と固まった関節を解す。

 次に走り込み。

 広く、そして円状になっている中庭は外周に適していて走りやすく、体力の向上に良く繋がっている気がする。

 二十周程走ったら息を整え、軽く布で汗を拭き取りながら木器に立てられている木剣を手に取る。

 この場所は昔から士官学校の生徒達の鍛錬の場になっていたらしく、色々な種類の武器を模した木造りの塊が置いてある。

 

 

 自分が握った木剣は背丈の半分以上の大きさを持つ物。

 トラモントで使っていた、要らない木の塊を削って無理矢理剣の形に仕立てていた物に比べ、作ろうとして作られた剣はとても形が整っている。

 荒れた部分も無く、つるりとした側面が良く目立つ。

 重さも申し分無く、本物の剣には劣るだろうが両手で持たなければならない程には重い。

 

 

 両手で構えた剣を中段に保ちながら、剣を横凪に振るう。振るうだけで自分の筋肉が隆起し、足が剣の重さに持っていかれるのを実感する。

 それを堪えながら斜めに剣を振り下ろし、脇を締めて突く。

 合間合間に足を入れ替えながら剣を振るう事で、如何に効率よく力を節約しながら振るえるかを追求できる。人間とは体格がそもそも違うものなので、自分の体に合った型を見つけるのが得策と言えよう。

 

「───ッ!!」

 

 

 最後に振り下ろした剣を手首を回す事で構え直し、下から直線上に振り上げる。上から下に落とすのは誰でも可能な動きであるが、下から上へ物を上げるのは通常よりも腕力を使う。

 これらの動きを繰り返すだけで、次第に自分の向き不向きを知る事が出来ると実感する。

 

 

 取り敢えず、生活に支障が出ない限界まで剣を振り続けた。

 

 

 

 ────────────────────ー

 

 

 

 

 朝の鍛錬が終わり、濁流の如く流れた汗を綺麗に浴槽で身体を洗い流し、エントランスのテーブル席に座る。

 少しすると、グルシさんがやって来た。

 

「おつかれさん! いやー、凄い気迫だったよ。若者であれが出来るんだねぇ……」

 

「集中してると、自分が変わる気がします。その物事以外どうでも良いと思えるくらいに」

 

「極限まで集中してるって訳だね。で、何時ものを頼むよ」

 

 

 そう言って苦笑を浮かべながらマスターキーを渡してくる。理由はもう分かっている。

 馬鹿(スルト)を起こしに行くのだ。

 先程述べた通り、スルトの朝の弱さは異常であり、近所迷惑になる程の音量を目覚まし時計に設定しても一向に起きてこない。

 肘を腹に全力で叩き込む事でようやく目が覚めるレベルだ。

 

 

 そんな相手の部屋に向かっている途中で大音量の目覚まし時計の音が聞こえる。

 起きないだろうが。全く無駄な足掻きである。

 マスターキーを一号室の扉に差し込み、ドアを開ける。

 スヤスヤと安らかに眠っているハーヴィンと脈動する目覚まし時計。

 この対比が非常に不快である。

 

 ベッドの目の前に移動し、スルトの額を軽く叩く。

 が、反応が無い。

 

「起きろ!!」

 

 

 怒っているわけじゃないが、できる限り大きな声で挑戦してみるも反応無し。

 生きているのかと疑問に思えて来た。

 前に肘で叩き起こした時は少し堪えた様子だったが、10秒程で何時もの騎士風の佇まいに戻った。

 かなり身体は頑丈と言えるだろう。

 何度も同じ手を使って耐性を付けられても困るので、少しやり方を工夫してみる。

 その方法とは……

 

 

「起きろ()()()()()()()そんなんで騎士になれると思ってるのか?」

 

「んだともう一辺言ってみろ三下ゴラァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 効果あり。口調すら変えさせる精神攻撃だ。

 奴にとって、【チビ、ザコ、マヌケ】は禁止用語らしい。無論本音では無く起こす為の口撃に過ぎないが、理性を失わせるには充分だった。

 

 

 

 ──まあ、たった三人しかいないけど賑やかで楽しいぞ。そっちはどうだ? ○○○

 

 

 




新召喚石でスルトって名前来ちゃった…。

星晶獣と同じ名前で大丈夫?スルト・ヴァーグナー君。
いじめられてない?
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