幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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39.即日リベンジ

 

 

──生まれた時は、何でも出来た。

 

 

──いや、今でも出来る。

 

 

──だが、我の身体は日に日に変わっていく。

 

 

──我の目が、耳が、金色が…失われていく。

 

 

──それでも、我は満足して日々を過ごしていたはずだ。

 

 

──村や神社の皆、父上にヴァジュラ。そして…今は亡き母上に愛されて、幸せだったはずだ。

 

 

──なぁ、コーリス。

 

 

──貴様は何故、そんなにも。

 

 

──つまらなそうに生きているのだ。

 

 

──何故我はそんな貴様を………

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 

「がぁっ!!」

 

 

 3方向からの同時攻撃に対し、バジュラが取った行動──それは"吠える"事だった。

その行動により3名は咄嗟に攻撃を止め身体を動かした。

──瞬間、周囲に奔る白い斬撃。

 

「…」

 

「ッ!」

 

「!!!」

 

 

 コーリスは備えによる盾で、ヴァジュラは目視による回避で、ナガルシャは野生の勘による後退でそれぞれ防御行動を取った。

 

 突然の斬撃は速度こそ優れたものの、攻撃力は実物の刀に劣るものだった。木々に薄い切り込みが入る程度の事から、人体に直撃さえしなければ掠っても痛手にはならない程。

 

 しかし…コーリスにとって、ヴァジュラの反応こそが恐るべき物だった。

見てから反応したという事は、バジュラの攻撃法に心当たりが無かったという事になる。つまり、妹である彼女にさえ知らない攻撃が多く存在する可能性があるのだ。

 

 

「これは…武神の魔力…!」

 

「どういう事だ」

 

 

 しかし、攻撃自体は初見でもその技がどういう物から放たれたのかは知っているらしい。コーリスはバジュラに目を向けつつ聞いた。

 

 

「初代十二神将…バサラ様が使っていたとされる、武具の形を取る魔力です。ですが、姉さんの魔力は私と同じ神将としての祈りの能力だった筈…魔力のコントロールも精々刀から斬撃を飛ばす程度」

 

「だが今、確かに無から斬撃が飛んできた」

 

「"剣気"……その気になれば木々を両断せしめる威力かもしれません。コーリス様、なるべく自身の身を守ってください」

 

「分かった。回避はそちらの方が得意そうだな」

 

 

 再びバジュラの足取りを感知し、コーリスは森に紛れる。

意外な事に、バジュラの感覚は常人に近しい物であるらしく、背後からの奇襲に即反応、という事はない。

 

 

 ただ、気付いてからの反撃が恐ろしく早い為、その反撃を防なかったら体が2つに増える事になる。

バジュラに殺意は無くとも、反射的な攻撃は平気で敵を殺す。コーリスはその事を経験から充分に理解している。

 

 

(やはり…視力も聴力も常人よりやや下か)

 

 

 木々を伝って移動する際の葉の音にも反応を見せず、想定していたよりも柔軟に奇襲を繰り出せる事に彼は納得した。円を描くようにバジュラの周囲を疾走するヴァジュラとナガルシャ、そしてパルクールの様な動きで暗闇を統べるコーリス。

バジュラの苛つきは最大限に達しようとしていた。

 

 

「──フゥ」

 

 

 だが、その所作は焦燥とは程遠く。正座した状態で刀を鞘に収め、柄頭に隠された短刀を顕にした。これが、バジュラの双刃刀(そうじんとう)たる所以である。そして収めた鞘を両手で持ち、短刀の先を虚空に向けて構えた。

 

 

(…槍?)

 

 

 長い持ち手と短い切っ先は槍を想起させた。そしてバジュラは両手を捻じり脇下にまで移動させ──

 

 

「シッ────!!!」

 

 

 

──コーリスは、鞭が空を打つ音を聞いた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 空気が破裂した音。音速を超えた証。短刀を槍と見做したバジュラの突きが、正確にコーリスの居場所目掛けて放たれたのだ。斬撃飛ばしを突きで応用させた飛び道具。不可視の射撃に近い。

 

 

「くっ……!」

 

 

 先程の斬撃から警戒心を高めたコーリスは全身を球状の盾に包んで移動していたが、胴の位置に当たった突きの衝撃は彼の身体を吹き飛ばし、地面に落とすまでに至った。

 

 

「まずい…ナガルシャ!」

 

「行きます!!」

 

 

 あくまでバジュラの狙いはコーリスだという事を念頭に置いていた彼女等は、2方向に分かれて同時に攻撃を繰り出した。

 

 牽制の斬撃、その後ヴァジュラが刀を上空に投げた。それを空中で咥えるはナガルシャ。降り立つ犬刃と共にヴァジュラの魔力が籠もった斬撃が炸裂する──神将の奥義。

 

 

「「金牙神然(きんがしんねん)!!」」

 

 

 

 V字の爆発はバジュラに少なくない傷を与えたが、彼女は痛みに構わずコーリスの元へ進み続ける。動き出してはもう遅い。ヴァジュラとナガルシャを容易く抜き去る。

 

 

「貴様から来てくれるなんてなぁ…コーリス」

 

 

 浮足立った語尾からは抑えきれない情念を感じられた。鞘を又もや外し、2種の刃をコーリスに向ける。

 

 

「あははははは!!」

 

「コーリス様ぁ!!!!!」

 

 

 何故か棒立ちのコーリスに突撃するバジュラ。妹が静止の声を上げるも聞及ばず、その顔は狂気に染まっていた。

 

 

 そしてその刃がコーリスに触れるに至った所で── 

 

 

 

「…………ぇ」

 

 

 バジュラは、彼の冷たい瞳を見た。

 暗く、(くら)く、(くら)く、(くら)い瞳を。そしてその瞬間──彼女の意識が完全に霧散した。

 

 

「え、い、今…すり、す、すり抜けて」

 

「幻覚を…?」

 

 

 神将の彼女等が見た光景は──刀がコーリスの身体をすり抜け、バジュラが躓いて転んだという物。刀どころか、人間さえも彼の身体を通過したという事実には、幻と形容するしか無かった。

 

 だが、最も不可解なのは…バジュラが起き上がらない事。()()()()()()()()()()

 

 

「悪いが、蹂躙する」

 

「……はッ!?き、貴様ァ!!」

 

 

 心此処に在らずといった風貌のバジュラが復活した所で、既に彼の行動は終わっていた。

 

 彼の幽霊としての性質を活かした透過は相手の動揺を誘い、その動揺は霧が付け込む心の隙間となる。相手が自身の身体を通過した瞬間に濃縮した霧を放てば、無条件に第三段階の霧が相手に繰り出せるのだ。

 

 それは、相手が現在何をしていたかを忘れさせる魔性の霧。如何に判断に優れるバジュラであっても、状況そのものを忘れさせてしまえばどうという事はない。

 

 

「グっ!?」

 

 忘却によって動きを止めた相手には盾の結界を。人体の形に沿って堅固な盾を纏わせれば、相手は今の体勢から身体を動かす事は出来なくなる。だが、その様な複雑な盾を作る事は難しいので、あくまで四肢の関節のみの固定だ。

 

 

「あ、がっ!!??」

 

 そして剣を胴に突き刺す事で一連の動作は終了するが、コーリスに殺意は無く、しかしこの技は対人にしか使えない初見殺し。ここからバジュラを無力化するには気絶させるしかない。 

 

 つまり、意識を落とす必要がある。

 

 

「ふ……!」

 

 

 左手を使った絞め技は頚動脈を圧迫させ、バジュラの脳へ酸欠を促した。無論抵抗するが、コーリスの腕力には及ばない。そして、彼はバジュラの斬撃を知っている。如何に四肢を封じた所で、虚空から発せられる斬撃があっては寧ろ密着状態の今が危険だ。

 

 だが、それも想定済み。

 

 

(集中状態かつ、気合を入れなければあの斬撃や突きは放てない様だな……)

 

 バジュラの攻撃は強力だが、決して万能ではない。動作の内に吠える事が必要だったのだ。

 それをさせない為に、コーリスは生身の右手を──前腕をバジュラの口に咥えさせた。

 

 

「む!?ば、むが!!」

 

 

 危機的な状況を理解したバジュラが藻掻き、声を荒立てて宙に浮いた足を振り回すが、殺意のないコーリスは冷静に…気を失うまでの情けを捨てた。

 

 きっと、生まれてから経験した事のない恐怖と苦しみを味わっているであろうバジュラだが、未だに抗っていた。

 

 

「……っ」

 

 その痛ましい姉の姿に、例えコーリスの意向を理解出来ていても目を逸らしたいヴァジュラ。着々と、戦いが終わろうとしている。

 

 

「む"ー!!!!ヴうーー!!!!!」

 

 

 耐え難い苦しみでの最後の抵抗。涙を流しながら、口に含まれたコーリスの右手を噛み砕かんばかりに力を入れた。彼の腕の血がバジュラの喉を通り、呼吸を妨げたとしてもその抵抗をは止まらなかった。

 

 

「…」

 

 

 だが、コーリスがその程度で止まる訳がない。

 

 

「……よし」

 

 

 彼女の手足の力が抜け、口元が緩んだのを確認して、コーリスは遂に手を離した。霧を解除し、感知能力が途絶える。

 

 離した手からは、少なくない血が滴り落ちた。

 

 

「ご無事で!?」

 

「ナガルシャか…バジュラは問題ない」

 

「そうではなく…いえ、そうでもあるのですが!貴方の手は…!?」

 

「見た目だけだ。深い傷じゃない」

 

 

 戦いが終わった事により、コーリスはやっと目を開けることが出来た。外は変わらず暗いままだった。

 

 遅れて駆け寄るヴァジュラが口を開いた。

 

 

「何故…義手の方を咥えさせなかったのです」

 

「歯が折れるのは死ぬほど痛いからな。それに加えれば俺の腕の皮膚など軽い」

 

「…感謝します」

 

「言うが、バジュラへの気遣いでは無い。お前の姉の首を絞めて苦しめたのは事実だ。だが、本当の本当に歯が折れるのは痛い。やんちゃなこいつなら、迷わず義手に噛みに行っただろうからな」

 

 

 出来る限りならば、コーリスは平和主義である。

 

 

「取り敢えず…ナガルシャ、姉さんを運んでくれる?」

 

「了解です」

 

「これからどうするか…」

 

「姉さんを捕縛した今、コーリス様を倒せる人物はいないかと。なので、私が少々融通を効かせます」

 

「どうやるんだ?」

 

「コーリス様は出来るだけ怖い顔を。それだけで十分です」

 

「…こんな感じか」

 

 

 取り敢えず、彼はショゴスを幻想した。あの空戦での怒りを思い出す事により、生々しい憎悪を表現しようとしたのだ。

 

 

「ひっ…!」

 

「いい感じです、コーリス殿」

 

「………」

 

 

 何か釈然としないコーリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────

 

 

──ヴァジュラの家の一室の前。

 

 

「家主様の部屋…?ヴァジュラ…本当にどうするつもりだ?」

 

「お構いなく。私に任せてください!上手く行きますから!コーリス様は怖い顔をしていればいいのです」

 

「では私は倒れたバジュラ様を目立たせる様に立ちましょう」

 

「お前ら一体何を──」

 

 

 コーリスが言い切る前に、ヴァジュラは襖を蹴り飛ばした。

 

 

「──は?」

 

 

 状況の不可解さが極まり、反射的に声を上げるコーリス。部屋の中にいたヴァジュラの父も同じ様な顔をしていた。品行方正、年に似合わない礼節と敬意を持っていた彼女が、襖を蹴り飛ばした上に…鞘に収まったままの刀を肩に担ぎながら自身の父を見下しているのだ。

 

 自身の娘に殴り込みをされた部屋の主は度肝を抜かれたが、ナガルシャが背負っているバジュラの姿を見て、その驚愕は更に加速した。ちなみにバジュラは何故か安らいだ表情で意識を失っている。

 

 

「私も限界ですよ、父さん」

 

「バジュラが…負けた、だと」

 

「コーリス様と姉さんを接触させる…姉さんの望みを尊重するその気持ちは分かります。ですが、神将として、犬神宮を統べる者として言わせてもらいます。巻き込まれただけのコーリス様に危害を加え、あまつさえ監視の目を向け…重圧を与えた後に迫撃。なんと愚かな事か──恥を知れ」

 

 

 気配が変わる。ヴァジュラの瞳が金色に光った。口調さえも彼女の物とは異なる。その重厚で荘厳な有り様に、コーリスは口を噤むしか無かった。

 

…演技の怖い顔を添えて。

 

 

「許してもらおうとは思わない…!だが──」

 

「あと、姉さんはコーリス様が()()で倒しました」

 

「ん?」

 

「…なんだと!?」

 

「ええ、呆気なく。後から向かった我々が見たのは、倒れ付す姉さんの姿です」

 

 

 無論、嘘である。だが、コーリスは疑問の声をつい上げてしまった。そこにヴァジュラが念を押した。

 

 

「ですよね?コーリス様」

 

「ウン」

 

「ほら、言ってるじゃないですか」

 

「馬鹿な…」

 

 

 コーリスは理解した。バジュラの阿呆っぽさはこの親から受け継いだのだと。そして…コーリスの表情も相まって、ヴァジュラの父は本当に信じていた。

 

 

「彼が犬神宮に敵意を向けたら…無事では済みませんよ」

 

「なっ…!」

 

「無論、私とナガルシャは彼に付きます」

 

「な、なぜだ…!!!」

 

 

 演技臭さがやや残る口調ではあるが、ヴァジュラの言葉は心に迫る恐ろしさがあった。確かに、1枚で砲弾さえも防ぐコーリスの盾…それの20枚を一瞬で粉々にする力を持つバジュラが負けたのだ。数日で彼女の異常さを、彼はよく理解した。今日のリベンジで見た能力も、その一端に過ぎないのだろう、と。

 

 そしてヴァジュラが大きく口を開く。

 

「私情の為に無辜の人間を巻き込む事を善しとする十二神将なぞ、消えてしまえばいいのです!!!」

 

(あ、多分これ本音だな)

 

 

 なんとなくバジュラを撫でながらコーリスは内心でツッコんだ。

 

 

「…だが、だがぁ…」

 

 

 歯を食いしばり、壮年のエルーンは叫んだ。

 

 

「その子には…あと2ヶ月しか時間が遺されてないんだぞ!!」

 

 

──沈黙。その言葉には、ヴァジュラとナガルシャでさえも押黙るしか無かった。

 

 

 

 

「………お前」

 

 

 巻き込まれた当人だけが、その言葉に深い実感を持ってしまったのだ。コーリスは今一度バジュラの顔を見た。

 

 

「そういう事だったんだな……」

 

 

 薄々察していた事ではあったのだ。命までもが近いとは彼にも予想がつかなかった。

 

 

「やけにバジュラの思う通りに事が進むと思ったんです。見ず知らずの人間を犬神宮に迎える事から、衣食住…払うといった金さえも拒む。今、合点がいきました」

 

「コーリス様…」

 

「もうすぐ死ぬバジュラの為に、出来るだけ我儘を叶えてあげようとしていたんですね」

 

 

 コーリスが日々この家に感じていた違和感は、バジュラへの従者達によるぎこちない気遣いであった。余命宣告をされた病人に対する周囲の対応に近いものがあったのだ。それが我が子ともなれば、やりたい事をさせてあげたいのが親としての心であろう。

 

 想定外であったのは、バジュラに恋心が芽生えた事か。

 

 

「心中、お察し致します」

 

「コーリス君……」

 

 家主は、頭を…身体全体を使って謝罪の意を示した。

 

 

「すまない……すまない……!!」

 

「……」

 

 

 コーリスは急激に怒りが収まっていくことを自覚した。どんな事情であれ、襲ってきた事実は変えられないと固く決意していたが、同情の念を抑えられない。

 その日は、虚しい謝罪だけが響き…コーリスはこの島を去る事が出来なかった。

 

 

 そして…誰もバジュラが目を覚ましていることに気が付かなかった。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

──深夜。

 

 

「……知られてしまったからには、というより……もう此処にはいられんし」

 

 

 自嘲する様に笑ったバジュラが、静かな夜に犬神宮から離れた。

 自らの寿命も知られ、父に迷惑を掛けた、妹や忠犬に刃を向け…コーリスを襲った。最早、自身が生きている事さえ恥を感じているのだ。

 

「次にあ奴を見たら…我は我を抑えきれない」

 

 

 それは、恋を知らなかった武神の暴走。何事にも満足していた彼女が初めて心から欲した望み。尽きる命の焦り。それが、彼女をここまで狂わせた。

 

 

「……せめて最期は、一人で潔く過ごそう」

 

 

 誰もいない土地で天寿を全うする事が、今の彼女が行おうとしている事。布で姿を隠し、騎空挺に乗り込もうと歩くが…。

 

 

「…!」

 

 

 島の入り口の石段に、男が座っていた。

 

 

「…コーリス、なぜこの時間に」

 

「………よっ」

 

 

 コーリスは、賭けに出ていた。この少女を助ける事はできなくとも、救う事は出来るのではないか、と。

 

 

「生憎と、寝なくてもいい身体でな」

 

 

 困った様に、そう笑いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この小説に於いて各々が持つ性質

コーリス:出会いが多い・間が悪い
バジュラ:不憫・暴走
ヴァジュラ:苦労人・巻き込まれ体質・実はやんちゃ
ナガルシャ:紳士・お茶目
ゾーイ:肝心な時にいない
レイ:後方保護者面・本当に保護者
りっちょ:ただの不審者
サテュロス:慈愛
ナタク:尊重
メドゥーサ:理解
バアル:傍観

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