──早朝。
「……そろーり」
のそりと音を立てない様に布団から抜け出すコーリス。思えば布団という寝床も彼にとって不思議なものだった。床に柔らかい生地を敷いて寝そべるという概念は、最初は拒んだものの、寝てしまえば恐ろしく心地よいものに変わっていたのだ。
だが、昨夜のバジュラの提案を断りきれなかった為、布団には彼女が眠っている。起こさないように、そして騒ぎにならない様早めに布団から出て外の空気を吸おうとし…現在に至る。
「おはようございます」
「おはよう」
毎朝日の光を浴びているヴァジュラとの挨拶も慣れたものだった。静かな空間で朧気な冷気を感じながら、コーリスは犬神宮の下へ、村へ、そして島の入り口まで歩いた。
そして呼んだ。
「──ゾーイ」
返事は一瞬で帰ってきた。
「──ただいま、コーリス」
「おかえり」
世界の俯瞰という役目を終えたのか、微弱な光と共にゾーイが現れた。
「数日しか経っていないが、何かあったかい?」
「バジュラの秘密を知った」
「………そうか。あの命の灯火は、とても小さかったよ」
「それで…」
"殺されかけた"という言葉を言おうとして、やめた。コーリスでも流石に空気を読んだ。バジュラに同情的になっている彼女にそれを言うのは忍びない。
「2ヶ月ほど時間をくれ」
「分かった。悔いの無いようにね」
「ゾーイはどうするんだ?」
「一端姿を消し…いや、リュミエールでバイトでもしようか」
「バイト…?」
「実はもう受けて来ちゃったんだ」
追いつかない理解を放置し、ゾーイはコーリスに1枚の紙を見せる。
「"リュミエールランチ"。時給200ルピで賄い有り……賄いに引かれたか」
「これで食費に君のルピを使う必要もないし、暇も生まれないさ!」
「地味に社会性高いのな…」
失礼な感心をゾーイに向けたところで、コーリスは彼女の口元に目が行った。汚れが付いているというか、モロに食べかすである。
「こんな朝に…何を食べた。食べかすが付いているぞ」
「え?む…こ、れは」
「酒場か…世界を見渡す力を使って疲れた後に行ったんだな」
「…」
「何ルピだ」
「…2000ルピ」
「そうか…………使い過ぎ」
「うぐっ」
バイト十時間分を一食で浪費してしまうあたり、ゾーイの金銭感覚…というより食欲の正直さに呆れてしまうところであったが、コーリスの貯金には余裕がある。
「リュミエールを出た時には68万あったから……犬神宮に住まわせて貰ってる礼に払って………別に余裕あるしバイトしなくてもいいぞ」
「穀潰しには…なりたくない」
「今の俺に刺さる言葉だな」
溜息を付きながら、コーリスは一応の金をゾーイに手渡して神社に戻った。
─────────────
「コーリス君……重ね重ねすまない!!」
「我儘言ってすみませんでした…」
(この家族皆土下座してくるな…)
バジュラが朝に弱い事を忘れていたコーリス。案の定ずっとコーリスの部屋で寝ていた彼女を父親が発見し、彼に謝罪するという光景がここに存在している。既視感を禁じ得ない。
しかも今回はバジュラもセットだ。
「取り敢えず…家主様。これを」
「……うん?」
「ルピです。衣食住のお礼として受け取っていただきませんか」
「そ、そんな此方こそ…」
「此方こそ?」
「娘から話は聞いているよ。この子と一緒にいてくれるんだって…!」
「はい」
「…!ありがとう…ありがとう…!良か゛ったな゛ぁバジュラ!!」
大量の涙を流し娘と抱き合う父親。こっそりこの部屋を覗いている従者達も手ぬぐいで涙を拭いている。愛が深い神社であるとコーリスはしみじみ感じた。
一通り落ち着くと、家主は改めてコーリスと向き合った。
「…せめて、当初の目的である"剣術の指南"を娘にやらせ、効果が見込めればそのお代としてこのルピを受け取るという形では駄目かな…?」
「こちらとしては数日住まわせてもらってる有り難みがあるのですが…」
「私としては君にこそ深い礼を言いたい。どうかな」
「…分かりました。しかしバジュラは良いのですか」
「……どうだ、バジュラ?」
話がいつの間にか進んでいる事にハッとしながら、バジュラは長考する素振りも見せずコーリスに頭を下げて述べた。
「ふ、ふつつかものですがよろしくおねがいします?」
呂律が回っていなかった。
──────────
あの日滞ったバジュラとの修行が、今日からまた始まった。
もっとも、バジュラに教えを乞うといっても、彼が優れた剣士であるので意見交換の様な物になってしまう。彼が刀を使うとするのなら話は別だが、この指南を受けた理由は刀の技術を長剣での戦い方に組み込む事。
彼女も難儀はしている。だが、この2人の日々は確かに充実した物となった。
「斬ると言っても切れ味や腕力に依存しちゃ駄目なのは長剣と一緒だ。背中と胸を使って振り、刃が当たる角度にも気をつけないとな!」
「案外刀との違いは無いんだな。じゃあ突きは?」
「確実な損傷を与えるため、刺した後に捻ると良い。我の持つ柄頭の方の短刀は不意打ち用に近いが、本来の突きはもっと危ないぞ」
「ヴァジュラは斬る方が得意そうだったな」
「神将の戦い方は斬撃が主流だからな」
──ある時は雑談に留めたり。
「すまんかったのぅ……ヴァジュラ………」
「ぐす……もういいんですよ……姉さん」
──美しい姉妹愛を見たり。
「3443…34、44………!」
「ひゃ、121……ぐえ」
──ある時は肉体鍛錬で心と体をスッキリさせたり。
「よっしゃーーー斬ったぁぁぁぁ!!!」
「ば、馬鹿な…30枚の盾を」
──バジュラの斬撃テストをしたり。
「もう一回!もう一回ですコーリス様!!ナガルシャがミスをしました!!」
「妹よ、ナガルシャの動きは完璧だったぞ。金牙新然はお前がミスった。まぁどのみち…」
「はぁ…はぁ…二度とやるかクソ……」
──
「ふぃ……気持ちいいー」
「お風呂は良い物ですね…」
「だなぁ……」
──神将の護犬と風呂に入ったり。
「コーリス!今日はうどんが出るぞ!」
「うどん…?」
「見る方が早い!これだ!!」
「……太いラーメンだな」
「らーめん…?まぁいい、食べるぞ!」
「いただきます……うお、もちっとしてうまい」
「うま、うま……」
──頭を空にして美味な食事に没頭したり。
「しかし鞘を持って短刀を槍に見立てるとか良く考えるなぁ」
「犬神宮は柔軟な戦い方が自慢だ。我が貴様だったらもっと多くの戦い方をするだろう」
「例えば?」
「放つ前の光線を斬って枝分かれさせたり…盾に光線を反射させたり」
「…前者は面白そうだが、後者は無理だ」
「何故だ」
「…だって鏡じゃあるまいし。ただの堅い盾にビーム当ててもどうにもならん」
「え?」
「ずっと前からの疑問なんだが、何でお前らは盾に反射能力を付けたがるんだ?盾は防ぐ物だろうに」
「……浪漫の分からん奴だ」
──なんか技の考案もしたり。
「手や剣の先を光線の噴射口に見立てているのですね!なら私も一つ案を出しましょう!お口です!!!」
「!?」
「流石にそれは出来………るかもしれない」
「!?」
──なんならヴァジュラも案を出してバジュラをドン引きさせたり。
色々遊んでいた気もするが、一週間過ごして結局バジュラと本気で立ち会う事になるのだった。
理由は言葉で伝えられるほど頭が柔らかくなかったからだ。
○○○○○○○○○○○○○○○
「取り敢えず結界は貼ってもらいました。姉さんの全力でも耐える筈です」
「ありがとう。バジュラで問題無いなら俺の心配も無用だな」
どうも、バジュラと3回目の戦いを迎えるコーリスだ。1回目は地雷を踏んだ時の不意打ちに近い形。2回目は森での猪突猛進バジュラ。だが、今回は互いに本気を出す戦いだ。以前の様に簡単にはいかないだろう。
3日前に戦ったヴァジュラも強かった。神将としてなので、ナガルシャを含め本気で戦ってもらったが、精神が強靭なせいか意識阻害の霧は無効化されるし、炸裂する斬撃のせいで霧そのものが払われて当たりにくかった。ナガルシャの動きも戦士として優れているし、口に咥えた刀での錯乱は非常に厄介だった。
最終的に周囲に盾を置いて跳ねまくる戦法でゴリ押したが、ヴァジュラも切り札に"ミタマ降ろし"という技を使ってきた。なんでも、この島に住む精霊等に身体と人格を貸し、彼等の能力を使うというもの。水が飛んでくるわ斬撃が風の様に変化するわでとんでもなかった。だが、ナガルシャとの連携が組めないのがデメリットだった。
結局最後も高速戦闘になったが、ミタマ降ろしが切れて疲弊しているヴァジュラがナガルシャとの奥義でミスをして……その一瞬の隙をビームで貫いて霧を通して盾で押し潰して勝利、という形に終わった。
「意識を失うか、完全な行動不能状態を負けと見做すが…いいな?」
「構わん」
腕を伸ばしているバジュラからの確認を返す。
見たところバジュラの武装は双刃刀のみ。だが真に危険なのは初代神将と同質の力とやら。精神状態が強く作用するらしいが、以前の気が散っていた時でさえ発生した斬撃の速度は恐ろしいものだった。それが今回は純粋な勝負。あいつの精神も整っているだろう。
さて、どうするか。
「…」
少し空気がピリついてきた。戦いの匂い。
鞘に収めた剣を腰に差し、あまり使う事は無かったが、遊撃隊時代の暗器も反対の位置に装備しておく。
あと、一番の問題は……義手だ。これが壊れればリュミエールまで行って直してもらう必要がある。だが、"平和な場所なのに腕試しに戦いまくって壊れた"なんて言い訳が通用するとは思えないし、そもそも騎士団を抜けておいてダサすぎるので、損傷には本気で気を遣わなければならな──
「ばー!!」
「うぉっ!?」
色々と考えている途中にバジュラが大きな声で驚かせてきた。背後のすぐ近くに寄られていたのか…。
「何をそんなに緊張している?我なんて刀一本しか持っとらんぞ」
「…ヴァジュラは強かった。だが、お前はそれ以上なんだろ」
「おうさ。まぁ…殺し合いの話だったら間違い無く貴様は世界最強だ。だが、今からするのは試し合いだ。元より貴様も血生臭い戦いは嫌いだらうから気持ちは分かるが」
「荒れるぞ、この闘いは」
「楽にしておれ、気持ちよく飛ばしてやる」
「……前は噛み付いてきた癖に」
「はは。貴様の血、恐ろしく不味かったぞ。鉄の味ですらない
あの夜の噛み跡は未だに残っている。傷として残る訳ではなさそうだが、歯型がビッシリだ。しかし失礼な奴だ。血がドブみたいだなんて……化け物みたいに言うな。
「さて、もういいか?」
「ああ」
バジュラが緊張を解してくれたみたいだ。ありがたいが、気が緩むのは避けたい。
「えー、両名準備もできた事で……」
ヴァジュラが合図を出してくれる筈だ。一瞬の踏み出しの為に全身の筋肉を総動員させる。
バジュラも同じく構えるが、妹のソレとは違い、片手を地面につき刀を逆手に持った──4足歩行の獣の様な体勢だった。
「では……始──」
"め"の音を聞く事なく、俺達は互いに大地を蹴った。
……フライングした。
──────────────
──小話:知らないおじちゃん①
物心が付くほど育ってから見てみると、わしの住む島に一定の周期でエルーンの男が来ている事が分かった。長老……まぁ、わしの祖父なんだが、その男に出会うと毎回頭を下げて挨拶をしてから談笑しているのだ。
長老はこの島で一番偉いのに、何で頭を下げるんだ?
『むむ……あやしいぞ』
納得出来るほどの脳みそを持っていないくらい幼かったわしは、隠れてそのエルーンの男に会いに行った。
──毎回だ。この島に来るたび墓参りだ。しかも、わしの先祖達が埋まってる墓。怪しいだろ、この男。
『ご先祖さまになんのようだ!!』
開口一番森から顔を出して叫んだ。
男はその灰色の髪を揺らしながら驚いていた。訳が分からん。よくよく顔を見れば若く、族長が頭を下げる程の覇気も無かった。そこら辺でひっそり暮らしてそうな顔。
しかし──どんな老人よりも悟った様な顔をしていた。
『……君は』
『な、なんだ』
『ああ、すまない。挨拶がまだだった。こんにちは』
『こんにちは!……って違う!なんのようだ!』
『元気だな……』
わしの顔を知っていたかの様に、そして懐かしげに見てくるので、不可解極まったわしは威嚇したのだ。片足を地面にガンガン叩きつけて抗議する様に。いやぁ、6歳の時とはいえ情けなくて恥ずかしいな。
で、男は名乗った。
『俺はコーリスという』
『こーりすぅ……?きいたことがある気が………七なんだかの騎士にそんなのいなかったか?』
『今は騎空士だ。【
『あー知ってるぞ!4人しかいないやつだ!』
『………』
当時有名だった騎空団の団長であった男は聞いた。
『君の名前は?』
勿論わしは答えた。
『ヴァジラだ!十二神将になる為に修行してるんだ!』
『……!』
名前を聞いた瞬間、男は少し驚いた後に笑った。
そして首を傾げるわしにまた聞いた。
『バジラ、か?』
その絶妙な発音の違いをわしは見逃さなかった。
『"ヴァ"だ!ヴァー!!』
『ははは……ごめんごめん』
──これが、わしとコーリスおじちゃんの出会いだった。何故"おじちゃん"なのか、だと?……聞いて驚くなよ?
この後長老に聞いたんだが、なんとおじちゃんはこの時105歳だったのだ!!驚いたか!!
「いや、おかしいだろ」
「どうしたヴァジラ?」
「……なんでもない。それよりもおじちゃん!今日もガルと奥義の練習をしたぞ!」
「そうか。偉いなヴァジラは」
「えへへ…」
今日も今日とておじちゃんは変わらない。
いつも通り、膝の上で頭を撫でてもらうのだ!えへ。
…でも、おじちゃんはわしを船に乗せてくれないんだ。なんでだ?
話がグダったので小話で誤魔化す作戦実行!!!
でも原作キャラを書くとモチベが上がるのはガチ。皆もやろう。